なぜ殺す。
俺はその問いを立てた。立てて答えを探した。
答えはすぐに出た。
心臓が要るからだ。心臓がなければ機械の力が足りない。力が足りなければ算えられない。算えられなければこの星がいつ終わるかがわからない。
……。
だから殺す。
筋は通っている。完全に通っている。
俺はそこに立っていた。風が吹いていた。龍は動かなかった。俺を見ていた。俺はその目を見ていた。
俺はこう思った。
……村長もこう考えたのだろうな。
俺はそのときそれを思い出した。なぜ思い出したのかはわからない。村長は俺を追い出した。筋の通った理由を並べた。嘘は一つもなかった。全部正しかった。……そして俺は追い出された。
筋が通っているというのはそういうことだ。
筋を通せば何でもできる。人を追い出せる。人を道具にできる。人を殺せる。……筋さえ通っていれば。
俺はそこで動けなくなった。
俺はそのとき初めてこう考えた。
俺はいつから殺すことに何も感じなくなった。
俺は村で魔物を殺した。七つで初めて殺した。その日から殺し続けた。何百と殺した。都でも殺した。狩りに出て、殺して、割って、臓を出して、石を探した。五年、それをやった。地下でも殺した。目のない白いものを。動かずに待って通り過ぎるところを殺した。……。俺はそれを何とも思わなかった。
当たり前だと俺は思っていた。魔物は殺すものだ。殺さなければこちらが死ぬ。村ではそうだった。……。だが地下のあれはどうだ。
あれは俺に向かってこなかった。目がなかった。俺が見えていなかった。俺は動かずに待った。あれは俺の横を通った。俺はそのまま殺した。……。あれは俺を襲おうとしていなかった。俺がそこにいることを知らなかった。
俺はそれを殺した。
なぜか。
腹が減っていたからだ。……それだけか。……。いや。俺はそのときこう思った。殺せる。
だから殺した。
俺はそこに立っていた。
そしてこう思った。
サキが言っていた。
「あんたみたいなのは珍しくない」
「みんな同じことを言う。殺せるって」
「実際殺せる」
「そしてそのうち殺せないやつに会う」
俺はその言葉を思い出した。思い出してこう思った。……違う。サキが言っていたのはそれだけではない。
サキはこうも言った。
「殺せる男はいつか死ぬ」
「生きてる三人は、あるとき、殺すのをやめた」
俺はそれを聞いていた。聞いてこう思った。この女は正しい。確率の話だ。毎回勝つ。だが負ける可能性が毎回少しある。何百回も繰り返せばいつか当たる。……だから殺す者はいずれ死ぬ。俺はそう理解した。
いま俺はこう思う。
あの女が言いたかったのはそれではない。
サキは確率の話をしていなかった。あの女は原理を知らない。確率という言葉もたぶん知らない。
……。
あの女はこう言っていたのだ。
殺すのをやめない者はいつか殺すこと以外を忘れる。
……いや。そうは言っていない。あの女はそんなことは言っていない。あの女が言ったのはもっと単純なことだ。「殺せる男はいつか死ぬ」それだけだ。……。だが俺はいまそう聞こえる。
俺はそこに立っていた。
そして俺はあの女の背中を思い出した。
荷車を押していた。俺はその横を歩いていた。あの女は崩れた斜面を通らなかった。沢筋を歩かなかった。魔物がいても殺さなかった。迂回した。時間がかかった。俺はそれを馬鹿だと思った。……。俺はあの女にこう訊いた。
「殺せる。殺しておけば次に通る者が死なずに済む」
あの女はこう答えた。
「そうだね」
……。
そしてこう言った。
「あんたが死んだらこの荷は誰が運ぶんだい」
俺はその言葉を二十年覚えている。いや、七年だ。俺はいま二十二だ。あの女に会ったのは十五のときだ。七年前だ。……。俺は七年、あの女の言葉を覚えている。
俺はそこでこう思った。
あの女は荷を運んでいた。運んだ荷がどこかの村の火を熾していた。あの女は原理を知らない。なぜ火が熾るのか知らない。知らないまま運んでいた。……。俺は原理に近い。この世界の誰よりも近い。……。俺は何を運んだ。
俺はそこに立っていた。風が冷たかった。日が傾いていた。龍は動かなかった。俺を見ていた。
俺はこう思った。
俺は五日前に二人を置いてきた。
俺はそのとき初めてそのことを思い出した。
三日目だ。木がなくなって岩と雪だけになった。寒かった。風が強かった。四十九人のうち二人が動けなくなった。隊の頭が置いていくと決めた。二人はそこに残された。……。俺はそれを見ていた。何も言わなかった。
俺はあの二人を担げた。
俺なら担いで登れた。二人とも担げた。俺は強い。俺はこの世界でいちばん強い。……。だが言わなかった。
なぜか。
俺はそのときこう考えていた。俺は龍を殺しに来た。殺すには力が要る。人を担げば力が減る。力が減れば殺せないかもしれない。殺せなければ心臓が手に入らない。心臓が手に入らなければ算えられない。……。だから担がない。
俺はそう考えた。
筋は通っている。
完全に通っている。
俺はそこで膝が折れそうになった。
俺はそれを堪えた。龍が見ている。俺はそこに立っていた。風が吹いていた。俺は動かなかった。
俺はこう、思った。
「算えるために人を捨てる」
俺はそれを正しいと思った。思って実行した。迷わなかった。……。迷わなかったのだ。
俺はそこでこう気づいた。
俺はあの束を読んだ。三百年前の男の束を。あの男は自分の悲しみが他人の生存の邪魔になることを許せなかった。三十二回印をつけた。最後に謝った。……。俺はそれを読んで泣いた。泣いてこう思った。俺は四十二年誰のことも考えていなかったと。それが悔しかった。
……。
そして俺は山に登って二人を捨てた。
俺は何も変わっていない。
いや。違う。
変わった。
俺は目的を持った。
目的を持たなかった俺は誰も傷つけなかった。何もしなかったからだ。村で狩って寝た。都で働いて寝た。誰の役にも立たず誰の邪魔にもならなかった。……。目的を持った俺は二人を捨てた。
俺はその場に立っていた。
龍がこう言った。
「どうした」
俺は顔を上げた。
龍は俺を見ていた。俺はその目を見た。そしてこう言った。
「……俺は五日前に二人を置いてきた」
龍はこう言った。
「見た」
俺はその言葉を聞いた。
俺はこう訊いた。
「見ていたのか」
龍はこう答えた。
「見た。二人動かなくなった。残りが置いていった。……お前も行った」
俺はそこに立っていた。
俺はこう訊いた。
「……あの二人はどうなった」
龍はしばらく黙っていた。
それからこう言った。
「一人はその日のうちに動かなくなった。もう一人は次の日だ。……二人ともそこにいる」
俺はその言葉を聞いた。
俺はこう訊いた。
「……なぜそこまでわかる」
龍はこう答えた。
「近くまで行った」
俺はそこで顔を上げた。
龍は続けた。
「夜に行った。見た。一人はもう動かなかった。もう一人はまだ息をしていた。……朝には動かなくなっていた」
俺はその言葉を聞いた。
俺はそこに立っていた。動けなかった。風が吹いていた。日が沈もうとしていた。空が赤かった。俺はそれを見ていなかった。下を見ていた。雪を見ていた。自分の足元を。
俺はこう言った。
「……お前はそれを見ていて何もしなかったのか」
俺はそう言った。
言ってから俺は自分を殴りたくなった。
龍はこう答えた。
「私に何ができる」
俺はその言葉を聞いた。
龍は続けた。
「私が下りていけばあれらは恐れる。恐れれば逃げる。逃げれば落ちる。……私は見ることしかできない」
俺はそこでこう言った。
「……俺は、担げた」
龍は答えなかった。
俺は続けた。
「俺は担げた。二人とも担げた。俺は強い。……担がなかった。お前を殺すために」
俺はそう言った。
龍は長く黙っていた。
それからこう言った。
「……お前はいまそれを悔いているのか」
俺はこう答えた。
「わからない」
俺はそう答えた。
そしてこう続けた。
「悔いているのかどうか、わからない。俺はそういうものを感じたことがない。……だが俺はいま、お前を、殺せない」
龍はこう訊いた。
「なぜだ」
俺はこう答えた。
「……わからない」
俺たちはそこにいた。
日が沈んだ。空が暗くなった。風が止んだ。寒かった。
そして星が出た。