月のない空   作:朝凪小夜

35 / 36
第三十五話 差し出す

 

都に戻ったのは夏の終わりだ。四十八人が戻った。箱は空だった。四つとも空のままだ。俺たちは心臓を持ち帰らなかった。

 

門をくぐった。人が集まってきた。誰も何も言わなかった。箱を見ていた。空の箱を。

 

リツが来た。

 

リツは俺を見た。それから箱を見た。そしてまた俺を見た。その順番ははっきりしていた。人を先に見た。

 

リツはこう訊いた。

 

「生きていますか」

「生きている」

「何人死にました」

「二人だ」

 

リツは頷いた。それからこう言った。

 

「二人で済んだのですか」

 

俺はこう答えた。

 

「二人も死んだ」

 

リツは俺を見た。しばらく見ていた。何も言わなかった。

 

それからこう言った。

 

「……部屋に来なさい」

 

例の何もない部屋だ。俺はそこに座った。リツも座った。

 

俺は話した。全部話した。山のこと。龍のこと。龍が喋ったこと。龍が三百年見ていたこと。龍が、月が割れるところを見たこと。龍が、この星が揺れていることを知っていたこと。

 

……そして俺が殺さなかったこと。

 

リツは聞いていた。途中で一度も口を挟まなかった。俺が話し終えるとしばらく黙っていた。

 

それから、こう言った。

 

「……心臓は要ります」

 

俺は頷いた。

 

リツはこう続けた。

 

「私の家は機械の上に立っています。機械が止まれば家はなくなります。いまの心臓は七十二年動いています。いつ止まるかはわかりません。……もう一つ要ります」

 

俺はこう言った。

 

「わかっている」

 

リツはこう訊いた。

 

「ならなぜ殺さなかったのですか」

 

俺はこう答えた。

 

「あれは答えを持っている」

 

リツは俺を見た。

 

俺は続けた。

 

「あれはこの世界の決まりを読める。いま機械が算えている数は、人間が集めた数だ。人間は決まりを知らない。知らないまま数を集めている。……あれは知っている。あれに訊けば数が要らない。あるいは要る数が減る」

 

リツはこう訊いた。

 

「あれは答えますか」

「答える」

「なぜ」

「訊かれるのを待っていたからだ」

 

リツはそこで長く黙っていた。

 

それからこう言った。

 

「……三百年誰も訊かなかったのですか」

 

俺は頷いた。

リツはこう言った。

 

「殺しに行っただけですか」

 

俺は頷いた。

リツはそこで目を伏せた。

しばらくそうしていた。

それからこう言った。

 

「……愚かですね」

 

俺はその言葉を聞いた。

 

「俺も殺しに行った」

 

リツは顔を上げた。

俺は続けた。

 

「あんたが行けと言ったからだ。俺は行った。殺すつもりだった。……山の途中で二人を捨てた。担げたのに担がなかった。力が減れば殺せないかもしれないと思ったからだ。……俺は算えるために人を捨てた」

 

リツは動かなかった。

 

俺はこう言った。

 

「俺も愚かだ」

 

リツは俺を見ていた。長く見ていた。

 

それからこう言った。

 

「……そうですね」

 

そのそうですねには間がなかった。

 

俺はそれに気づいた。

 

リツは俺を慰めなかった。

 

俺はその方がよかった。

 

リツはこう言った。

 

「ですが心臓は要ります」

 

俺はこう言った。

 

「ある」

 

リツはこう訊いた。

 

「どこに」

 

俺は答えなかった。

 

リツは俺を見ていた。

 

俺はこう言った。

 

「……いずれ話す」

 

リツはしばらく、俺を見ていた。

 

それからこう言った。

 

「……いま話しても、私にはわかりませんか」

 

俺は少し笑った。リツが俺にそう言ったことがある。一年半前だ。三つ目の理由を訊いたときだ。あのリツはこう言った。

 

「いま話してもあなたにはわかりません」

 

……。

俺はこう答えた。

 

「そうだ」

 

リツは頷いた。それ以上訊かなかった。だがその日からこのリツは俺を見ていた。俺はそれに気づいていた。気づいていて何も言わなかった。

 

問題は他家だった。

 

俺たちは龍を殺さなかった。心臓を持ち帰らなかった。……そして俺は龍と話した。話して生きて戻ってきた。

 

その話が、広まった。

 

四十八人が喋ったからだ。当然だ。止められない。龍と話して生きて帰った男がいる。……そんな話は止まらない。

 

ひと月で都じゅうが知った。

 

そして七つの家が動いた。

 

俺はそのとき初めて貴族というものをまともに見た。

彼らは、こう、考えた。

 

龍は殺せる。だが殺すのに二百人が要り百人が死ぬ。……あの男は一人で行って生きて帰った。あの男を使えば龍が獲れる。心臓が獲れる。……。心臓があれば機械が作れる。機械があればイスカの家と並べる。いや、越えられる。

 

彼らは、そう、考えた。

 

筋は通っている。

俺は呼び出された。一つの家から呼ばれた。行かなかった。二つ目の家から呼ばれた。行かなかった。三つ目の家が俺を攫おうとした。

 

俺はその者たちを殺さなかった。腕を折った。三人だ。折って返した。……それで都じゅうが静かになった。

 

リツがこう言った。

 

「殺した方が早かった」

 

俺はこう答えた。

 

「殺したら戦になる」

 

リツはこう言った。

「腕を折っても戦になります」

 

俺はこう言った。

 

「ならなかった」

 

リツはしばらく俺を見ていた。

 

「……なぜ、ならなかったと思いますか」

 

俺は答えられなかった。

 

リツはこう言った。

 

「あなたが加減したからです。殺せるのに、殺さなかった。……それは、あなたがいつでも殺せるということです。彼らはそれを理解しました。だから動けません」

 

 

それからこう続けた。

 

「あなたは都でいちばん強い。そしてそれを証明しました。……ですがそれでは終わりません」

 

俺はこう訊いた。

 

「なぜ」

 

リツはこう答えた。

「彼らは、待ちます。あなたが、老いるのを。あなたが、死ぬのを。……あなたは一人です。一人はいつか、死にます」

 

俺はその言葉を聞いた。

俺はこう思った。

 

……。

これは力の話ではない。

俺はこの都でいちばん強い。誰も俺を殺せない。……だが俺は一人だ。一人はいずれ死ぬ。……。この都は三百年続いている。俺は三百年生きられない。

 

俺はそこでこう気づいた。

 

……。

俺は勝てない。

 

俺はその夜考えた。

考えて、答えを出した。

 

簡単な答えだ。俺は貴族に勝てない。……なら貴族になればいい。

 

俺は七つの家に使いを出した。全部の家に同じことを書いた。

 

俺は龍を殺さない。龍は答えを持っている。答えを機械に入れる。機械が算える。……それを認めろ。

 

そして、こう書いた。

 

その代わりに、俺の血をあんたらの家に入れる。

 

七つの家は動揺した。当たり前だ。

 

俺はこの都でいちばん強い。その男が血を差し出す。……。貴族の力は血で決まる。彼らはそう信じている。強い血が強い者を生む。三百年そう信じてきた。……。なら俺の血が入ればその家は強くなる。

 

彼らは、そう、考えた。

 

俺はそれが嘘だと知っている。

 

魔法の強さは血では決まらない。理解で決まる。俺はそれを知っている。ミナがそれを証明した。……あの女は弱かった。俺が教えた。強くなった。血は変わっていない。

 

俺の血には何の価値もない。

 

俺はそれを知っていて差し出した。

 

彼らはそれを最上のものとして受け取った。

 

俺は彼らを騙した。

 

俺はそれを知っている。

 

知っていてやった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。