都に戻ったのは夏の終わりだ。四十八人が戻った。箱は空だった。四つとも空のままだ。俺たちは心臓を持ち帰らなかった。
門をくぐった。人が集まってきた。誰も何も言わなかった。箱を見ていた。空の箱を。
リツが来た。
リツは俺を見た。それから箱を見た。そしてまた俺を見た。その順番ははっきりしていた。人を先に見た。
リツはこう訊いた。
「生きていますか」
「生きている」
「何人死にました」
「二人だ」
リツは頷いた。それからこう言った。
「二人で済んだのですか」
俺はこう答えた。
「二人も死んだ」
リツは俺を見た。しばらく見ていた。何も言わなかった。
それからこう言った。
「……部屋に来なさい」
例の何もない部屋だ。俺はそこに座った。リツも座った。
俺は話した。全部話した。山のこと。龍のこと。龍が喋ったこと。龍が三百年見ていたこと。龍が、月が割れるところを見たこと。龍が、この星が揺れていることを知っていたこと。
……そして俺が殺さなかったこと。
リツは聞いていた。途中で一度も口を挟まなかった。俺が話し終えるとしばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「……心臓は要ります」
俺は頷いた。
リツはこう続けた。
「私の家は機械の上に立っています。機械が止まれば家はなくなります。いまの心臓は七十二年動いています。いつ止まるかはわかりません。……もう一つ要ります」
俺はこう言った。
「わかっている」
リツはこう訊いた。
「ならなぜ殺さなかったのですか」
俺はこう答えた。
「あれは答えを持っている」
リツは俺を見た。
俺は続けた。
「あれはこの世界の決まりを読める。いま機械が算えている数は、人間が集めた数だ。人間は決まりを知らない。知らないまま数を集めている。……あれは知っている。あれに訊けば数が要らない。あるいは要る数が減る」
リツはこう訊いた。
「あれは答えますか」
「答える」
「なぜ」
「訊かれるのを待っていたからだ」
リツはそこで長く黙っていた。
それからこう言った。
「……三百年誰も訊かなかったのですか」
俺は頷いた。
リツはこう言った。
「殺しに行っただけですか」
俺は頷いた。
リツはそこで目を伏せた。
しばらくそうしていた。
それからこう言った。
「……愚かですね」
俺はその言葉を聞いた。
「俺も殺しに行った」
リツは顔を上げた。
俺は続けた。
「あんたが行けと言ったからだ。俺は行った。殺すつもりだった。……山の途中で二人を捨てた。担げたのに担がなかった。力が減れば殺せないかもしれないと思ったからだ。……俺は算えるために人を捨てた」
リツは動かなかった。
俺はこう言った。
「俺も愚かだ」
リツは俺を見ていた。長く見ていた。
それからこう言った。
「……そうですね」
そのそうですねには間がなかった。
俺はそれに気づいた。
リツは俺を慰めなかった。
俺はその方がよかった。
リツはこう言った。
「ですが心臓は要ります」
俺はこう言った。
「ある」
リツはこう訊いた。
「どこに」
俺は答えなかった。
リツは俺を見ていた。
俺はこう言った。
「……いずれ話す」
リツはしばらく、俺を見ていた。
それからこう言った。
「……いま話しても、私にはわかりませんか」
俺は少し笑った。リツが俺にそう言ったことがある。一年半前だ。三つ目の理由を訊いたときだ。あのリツはこう言った。
「いま話してもあなたにはわかりません」
……。
俺はこう答えた。
「そうだ」
リツは頷いた。それ以上訊かなかった。だがその日からこのリツは俺を見ていた。俺はそれに気づいていた。気づいていて何も言わなかった。
問題は他家だった。
俺たちは龍を殺さなかった。心臓を持ち帰らなかった。……そして俺は龍と話した。話して生きて戻ってきた。
その話が、広まった。
四十八人が喋ったからだ。当然だ。止められない。龍と話して生きて帰った男がいる。……そんな話は止まらない。
ひと月で都じゅうが知った。
そして七つの家が動いた。
俺はそのとき初めて貴族というものをまともに見た。
彼らは、こう、考えた。
龍は殺せる。だが殺すのに二百人が要り百人が死ぬ。……あの男は一人で行って生きて帰った。あの男を使えば龍が獲れる。心臓が獲れる。……。心臓があれば機械が作れる。機械があればイスカの家と並べる。いや、越えられる。
彼らは、そう、考えた。
筋は通っている。
俺は呼び出された。一つの家から呼ばれた。行かなかった。二つ目の家から呼ばれた。行かなかった。三つ目の家が俺を攫おうとした。
俺はその者たちを殺さなかった。腕を折った。三人だ。折って返した。……それで都じゅうが静かになった。
リツがこう言った。
「殺した方が早かった」
俺はこう答えた。
「殺したら戦になる」
リツはこう言った。
「腕を折っても戦になります」
俺はこう言った。
「ならなかった」
リツはしばらく俺を見ていた。
「……なぜ、ならなかったと思いますか」
俺は答えられなかった。
リツはこう言った。
「あなたが加減したからです。殺せるのに、殺さなかった。……それは、あなたがいつでも殺せるということです。彼らはそれを理解しました。だから動けません」
それからこう続けた。
「あなたは都でいちばん強い。そしてそれを証明しました。……ですがそれでは終わりません」
俺はこう訊いた。
「なぜ」
リツはこう答えた。
「彼らは、待ちます。あなたが、老いるのを。あなたが、死ぬのを。……あなたは一人です。一人はいつか、死にます」
俺はその言葉を聞いた。
俺はこう思った。
……。
これは力の話ではない。
俺はこの都でいちばん強い。誰も俺を殺せない。……だが俺は一人だ。一人はいずれ死ぬ。……。この都は三百年続いている。俺は三百年生きられない。
俺はそこでこう気づいた。
……。
俺は勝てない。
俺はその夜考えた。
考えて、答えを出した。
簡単な答えだ。俺は貴族に勝てない。……なら貴族になればいい。
俺は七つの家に使いを出した。全部の家に同じことを書いた。
俺は龍を殺さない。龍は答えを持っている。答えを機械に入れる。機械が算える。……それを認めろ。
そして、こう書いた。
その代わりに、俺の血をあんたらの家に入れる。
七つの家は動揺した。当たり前だ。
俺はこの都でいちばん強い。その男が血を差し出す。……。貴族の力は血で決まる。彼らはそう信じている。強い血が強い者を生む。三百年そう信じてきた。……。なら俺の血が入ればその家は強くなる。
彼らは、そう、考えた。
俺はそれが嘘だと知っている。
魔法の強さは血では決まらない。理解で決まる。俺はそれを知っている。ミナがそれを証明した。……あの女は弱かった。俺が教えた。強くなった。血は変わっていない。
俺の血には何の価値もない。
俺はそれを知っていて差し出した。
彼らはそれを最上のものとして受け取った。
俺は彼らを騙した。
俺はそれを知っている。
知っていてやった。