月のない空   作:朝凪小夜

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第三十六話 見抜く

 

七つの家は俺の話に乗った。

 

乗らざるを得なかった。俺を殺せないからだ。殺せない男が血を差し出すと言っている。断る理由がない。

……。

彼らは、そう、考えた。

 

条件はこうだ。

 

龍は殺さない。龍に訊く。訊いて得たものを機械に入れる。機械はイスカの家が管理する。だが、算えた結果は七つの家で分ける。……。そして、俺の血を七つの家に入れる。

 

俺はそれを書いて送った。

 

六つの家が承知した。一つの家は承知しなかった。三番目の家だ。その家はこう言った。龍を殺せ。殺して心臓を寄越せ。……そうすれば、我らも機械を持てる。

 

俺はその家に行った。一人で行った。

 

何をしたかは書かない。誰も死んでいない。それだけは書いておく。

 

三日後その家も承知した。

 

俺はその夜イスカの家に戻った。

 

リツが待っていた。

例の何もない部屋だ。リツはそこに座っていた。灯りが一つ置いてあった。俺はその向かいに座った。

 

リツはこう言った。

 

「七つ、揃いましたね」

 

俺は頷いた。

 

リツはこう言った。

 

「見事です」

 

「そうか」

 

リツはしばらく俺を見ていた。

 

それからこう言った。

 

「……一つ、訊いていいですか」

 

俺はこう言った。

 

「訊け」

 

リツはこう訊いた。

 

「あなたの血に、価値はありますか」

 

俺はそこで動きが止まった。

 

俺はリツを見た。

 

リツは俺を見ていた。表情は変わっていなかった。いつも通りの顔だ。

 

俺はこう答えた。

 

「ない」

 

リツは頷いた。それだけだった。

 

俺はこう訊いた。

 

「……驚かないのか」

 

リツは、こう、答えた。

 

「知っていました」

 

俺は、こう、訊いた。

 

「いつから」

 

リツはこう答えた。

 

「あなたがあの女の話をしたときからです」

 

俺はその言葉を聞いた。……ミナだ。

 

俺はいつかリツにその話をした。いつだったかは覚えていない。たぶん記録を読み合わせていた頃だ。俺は話した。村に弱い女がいた。火が熾せなかった。俺が教えた。……三月半で熾せるようになった。そして山に入れるようになった。

 

俺はそれを話した。何も考えずに話した。

 

リツはそれを聞いていた。

 

リツはこう言った。

 

「その話を聞いたときにわかりました。……強さは血では決まらない。教えれば変わる。弱かった者が強くなる。……なら、血に価値はありません」

 

俺はその言葉を聞いた。

 

リツはこう続けた。

 

「そして、あなたはそれを知っています。知っていて、七つの家に血を差し出しました。……あなたは彼らを騙しました」

 

俺はこう言った。

 

「そうだ」

 

リツは、こう、訊いた。

 

「謝りませんか」

 

俺はこう答えた。

 

「謝らない」

 

リツはしばらく俺を見ていた。

 

「……結構です」

 

俺はその言葉に少し驚いた。

 

俺はこう訊いた。

 

「怒らないのか」

 

リツはこう答えた。

 

「なぜ、怒るのですか」

 

俺はこう言った。

 

「あんたの家にも俺の血を入れる。価値のない血を。……あんたも騙されている」

 

リツは、こう、言った。

 

「私は騙されていません」

 

 

俺はそこで黙った。

 

「私は知っています。知っていて受け取ります。……それは騙されているのではありません」

 

俺はこう訊いた。

 

「なぜ、受け取る」

 

リツはこう答えた。

 

「血は要りません」

リツはそこで少し間を置いた。

 

それからこう言った。

「私が欲しいのはあなたの知識です」

 

俺はその言葉を聞いた。

 

リツは続けた。

 

「あなたは東京の記録を読みました。私に書き取らせました。……ですが、あなたが持っているのはそれだけではありません。あなたは前の世界のことを知っています。字を読めます。この都の名を知っていました。空気に終わりがあることを知っていました。……あなたが知っていることを、私はまだ半分も聞いていません」

 

俺はその言葉を聞いた。

 

リツはこう言った。

 

「あなたを家に入れます。入れて全部書かせます。……それが、私の取り分です」

 

俺はそこで少し笑った。

 

「あんたらしい」

 

「そうですか」

 

そして、こう続けた。

 

「……もう一つ、あります」

 

俺は待った。

リツはしばらく黙っていた。

灯りが揺れていた。部屋は静かだった。外から機械の音が聞こえていた。規則正しい音だ。止まらない。

リツはこう言った。

 

 

「あなたはいずれ自分の心臓を渡すつもりですね」

 

 

俺はそこで動けなくなった。

 

俺はリツを見た。

 

リツは俺を見ていた。表情は変わっていなかった。いつも通りの顔だ。

 

俺は何も言わなかった。

 

言えなかった。

 

リツはこう続けた。

 

「あなたは龍を殺さなかった。心臓が要る、とあなたは言いました。私がどこにあると訊くと、あなたは答えませんでした。……いずれ話すと言いました。いま話しても私にはわからないと言いました」

 

リツはそう言った。

 

それからこう言った。

 

「あなたは輪廻だと言いました。前にも生きていたと。……あなたは死んで、戻ってきた。この世界であなただけです。……龍の心臓はこの世界の決まりを読んでいます。ならあなたの中にも何かがあるはずです。……死という決まりをあなたは外から見ました」

 

俺はそこに座っていた。

 

リツはこう言った。

 

「私は輪廻を信じません。ですがあなたが知っていることは事実です。事実は信じます。……そして事実から推せることは推します」

 

リツはそう言った。

俺はこう言った。

 

「……いつからわかっていた」

 

リツはこう答えた。

 

「あなたが戻ってきた日からです」

 

一年前だ。

 

俺はこう訊いた。

 

「……なぜ、言わなかった」

 

リツはこう答えた。

 

「あなたが言わなかったからです」

 

俺はその答えを聞いた。

 

俺はそこに座っていた。

 

 

リツは一年前から知っていた。知っていて何も言わなかった。俺が言わないから。……。俺はそこでこう思った。

 

父も、そうだった。

 

俺が村を出される話を父は知っていた。知っていて、言わなかった。俺が訊かなかったからだ。俺も訊かなかった。父が言わないと決めたならそれを暴くのは筋が違う。……俺はそう思った。

 

リツも同じことをした。

 

 

「……そうだ」

 

俺はそう言った。

 

「俺は心臓を渡す」

 

リツは動かなかった。

 

俺は続けた。

 

「いまではない。まだやることがある。血を撒く。龍に訊く。書き残す。……全部終わってからだ」

 

リツはこう訊いた。

 

「何年かかりますか」

 

俺はこう答えた。

 

「わからない。……三十年か。四十年か」

 

リツはこう言った。

 

「その頃にはあなたは老いています」

 

「そうだな」

 

リツはこう言った。

 

「心臓が使えるかどうかわかりません」

 

「そうだな」

 

リツはそこで長く黙っていた。

 

それから。

 

「……間に合わせます」

 

リツは、こう、続けた。

 

「私が見ます。毎年、見ます。まだ使えるか、私が見ます。……使えるうちに渡してもらいます」

 

リツはいま、こう、言った。

 

私があなたの心臓を毎年見る。

 

俺はこう訊いた。

 

「……あんたが取り出すのか」

 

 

「私の家の仕事です」

 

俺はその言葉を聞いた。

 

三百年、この家は龍の心臓を扱ってきた。取り出し運び機械に入れてきた。……そういう家だ。

 

 

「……そうか」

 

リツはこう言った。

 

「はい」

 

俺たちはそこに座っていた。

 

灯りが揺れていた。外から機械の音が聞こえていた。規則正しい音だ。止まらない。

 

「一つ訊いていいですか」

 

俺はこう言った。

 

「訊け」

 

リツはこう訊いた。

 

「なぜあなたは自分の取り分を取らないのですか」

 

俺はその質問の意味がわからなかった。

 

リツは続けた。

 

「あなたは七つの家を騙しました。都でいちばん強い。誰も、あなたを殺せません。……あなたはこの都を取れます。取ろうと思えば取れます。なのに、あなたは算えることしか求めていない。……算えた結果をあなたは見られません。三十年後に心臓を渡して死ぬのですから。答えが出るのはそのずっとあとです」

 

リツはそう言った。

 

それからこう訊いた。

 

「……なぜそんなことをするのですか」

 

俺はその質問を聞いた。俺はしばらく答えられなかった。

 

考えた。

考えて答えを探した。探してこう答えた。

 

「……あの男が、そうしたからだ」

 

リツは俺を見ていた。

 

俺は続けた。

 

「三百年前のあの男がそうした。答えを見なかった。書いて死んだ。……誰かが読むと信じて。……。俺はそれを読んだ。届いた。……なら俺のも届く」

 

リツは長く黙っていた。

 

それからこう言った。

 

「……私にはわかりません」

 

 

リツは続けた。

 

「私は、あなたの言うことがわかりません。あなたがなぜ、それをするのかわかりません。……私なら都を取ります。取って力を握ります。それが人間だと思っています。……いまも、そう思っています」

 

リツはそう言った。

 

そしてこう続けた。

 

「ですが」

 

俺は待った。

 

リツはこう言った。

 

「……あなたには価値があります」

 

俺はその言葉を聞いた。

 

「あなたの血に価値はありません。あなたの言うことも、私にはわかりません。あなたの算えるものに、意味があるとも思いません。……ですが、あなたには価値があります」

 

俺はそこに座っていた。

俺は何も言えなかった。

俺は四十四年生きた。前の生と合わせて四十四年だ。……。その四十四年で誰も俺にそう言わなかった。

 

俺はこう言った。

 

「……なぜ、そう思う」

 

リツはこう答えた。

 

「わかりません」

 

俺はその答えを聞いた。

 

そして、笑った。

リツはこう言った。

 

「何がおかしいのですか」

 

「いや」

 

俺は、そう、言った。

 

「……あんたも、わからないのか」

 

リツは少し目を伏せた。

 

それからこう言った。

 

「……わかりません」

 

俺たちはそこに座っていた。

灯りが揺れていた。機械の音がしていた。止まらない音だ。

 

俺はこう言った。

 

「あんたの家に入る」

「はい」

「……あんたと婚礼をするのか」

「そうです」

「あんたはそれでいいのか」

 

リツはしばらく黙っていた。

それからこう言った。

 

「……はい」

 

そのはい、には間があった。

俺はその間を覚えている。

いまでも、覚えている。

 

 

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