七つの家は俺の話に乗った。
乗らざるを得なかった。俺を殺せないからだ。殺せない男が血を差し出すと言っている。断る理由がない。
……。
彼らは、そう、考えた。
条件はこうだ。
龍は殺さない。龍に訊く。訊いて得たものを機械に入れる。機械はイスカの家が管理する。だが、算えた結果は七つの家で分ける。……。そして、俺の血を七つの家に入れる。
俺はそれを書いて送った。
六つの家が承知した。一つの家は承知しなかった。三番目の家だ。その家はこう言った。龍を殺せ。殺して心臓を寄越せ。……そうすれば、我らも機械を持てる。
俺はその家に行った。一人で行った。
何をしたかは書かない。誰も死んでいない。それだけは書いておく。
三日後その家も承知した。
俺はその夜イスカの家に戻った。
リツが待っていた。
例の何もない部屋だ。リツはそこに座っていた。灯りが一つ置いてあった。俺はその向かいに座った。
リツはこう言った。
「七つ、揃いましたね」
俺は頷いた。
リツはこう言った。
「見事です」
「そうか」
リツはしばらく俺を見ていた。
それからこう言った。
「……一つ、訊いていいですか」
俺はこう言った。
「訊け」
リツはこう訊いた。
「あなたの血に、価値はありますか」
俺はそこで動きが止まった。
俺はリツを見た。
リツは俺を見ていた。表情は変わっていなかった。いつも通りの顔だ。
俺はこう答えた。
「ない」
リツは頷いた。それだけだった。
俺はこう訊いた。
「……驚かないのか」
リツは、こう、答えた。
「知っていました」
俺は、こう、訊いた。
「いつから」
リツはこう答えた。
「あなたがあの女の話をしたときからです」
俺はその言葉を聞いた。……ミナだ。
俺はいつかリツにその話をした。いつだったかは覚えていない。たぶん記録を読み合わせていた頃だ。俺は話した。村に弱い女がいた。火が熾せなかった。俺が教えた。……三月半で熾せるようになった。そして山に入れるようになった。
俺はそれを話した。何も考えずに話した。
リツはそれを聞いていた。
リツはこう言った。
「その話を聞いたときにわかりました。……強さは血では決まらない。教えれば変わる。弱かった者が強くなる。……なら、血に価値はありません」
俺はその言葉を聞いた。
リツはこう続けた。
「そして、あなたはそれを知っています。知っていて、七つの家に血を差し出しました。……あなたは彼らを騙しました」
俺はこう言った。
「そうだ」
リツは、こう、訊いた。
「謝りませんか」
俺はこう答えた。
「謝らない」
リツはしばらく俺を見ていた。
「……結構です」
俺はその言葉に少し驚いた。
俺はこう訊いた。
「怒らないのか」
リツはこう答えた。
「なぜ、怒るのですか」
俺はこう言った。
「あんたの家にも俺の血を入れる。価値のない血を。……あんたも騙されている」
リツは、こう、言った。
「私は騙されていません」
俺はそこで黙った。
「私は知っています。知っていて受け取ります。……それは騙されているのではありません」
俺はこう訊いた。
「なぜ、受け取る」
リツはこう答えた。
「血は要りません」
リツはそこで少し間を置いた。
それからこう言った。
「私が欲しいのはあなたの知識です」
俺はその言葉を聞いた。
リツは続けた。
「あなたは東京の記録を読みました。私に書き取らせました。……ですが、あなたが持っているのはそれだけではありません。あなたは前の世界のことを知っています。字を読めます。この都の名を知っていました。空気に終わりがあることを知っていました。……あなたが知っていることを、私はまだ半分も聞いていません」
俺はその言葉を聞いた。
リツはこう言った。
「あなたを家に入れます。入れて全部書かせます。……それが、私の取り分です」
俺はそこで少し笑った。
「あんたらしい」
「そうですか」
そして、こう続けた。
「……もう一つ、あります」
俺は待った。
リツはしばらく黙っていた。
灯りが揺れていた。部屋は静かだった。外から機械の音が聞こえていた。規則正しい音だ。止まらない。
リツはこう言った。
「あなたはいずれ自分の心臓を渡すつもりですね」
俺はそこで動けなくなった。
俺はリツを見た。
リツは俺を見ていた。表情は変わっていなかった。いつも通りの顔だ。
俺は何も言わなかった。
言えなかった。
リツはこう続けた。
「あなたは龍を殺さなかった。心臓が要る、とあなたは言いました。私がどこにあると訊くと、あなたは答えませんでした。……いずれ話すと言いました。いま話しても私にはわからないと言いました」
リツはそう言った。
それからこう言った。
「あなたは輪廻だと言いました。前にも生きていたと。……あなたは死んで、戻ってきた。この世界であなただけです。……龍の心臓はこの世界の決まりを読んでいます。ならあなたの中にも何かがあるはずです。……死という決まりをあなたは外から見ました」
俺はそこに座っていた。
リツはこう言った。
「私は輪廻を信じません。ですがあなたが知っていることは事実です。事実は信じます。……そして事実から推せることは推します」
リツはそう言った。
俺はこう言った。
「……いつからわかっていた」
リツはこう答えた。
「あなたが戻ってきた日からです」
一年前だ。
俺はこう訊いた。
「……なぜ、言わなかった」
リツはこう答えた。
「あなたが言わなかったからです」
俺はその答えを聞いた。
俺はそこに座っていた。
リツは一年前から知っていた。知っていて何も言わなかった。俺が言わないから。……。俺はそこでこう思った。
父も、そうだった。
俺が村を出される話を父は知っていた。知っていて、言わなかった。俺が訊かなかったからだ。俺も訊かなかった。父が言わないと決めたならそれを暴くのは筋が違う。……俺はそう思った。
リツも同じことをした。
「……そうだ」
俺はそう言った。
「俺は心臓を渡す」
リツは動かなかった。
俺は続けた。
「いまではない。まだやることがある。血を撒く。龍に訊く。書き残す。……全部終わってからだ」
リツはこう訊いた。
「何年かかりますか」
俺はこう答えた。
「わからない。……三十年か。四十年か」
リツはこう言った。
「その頃にはあなたは老いています」
「そうだな」
リツはこう言った。
「心臓が使えるかどうかわかりません」
「そうだな」
リツはそこで長く黙っていた。
それから。
「……間に合わせます」
リツは、こう、続けた。
「私が見ます。毎年、見ます。まだ使えるか、私が見ます。……使えるうちに渡してもらいます」
リツはいま、こう、言った。
私があなたの心臓を毎年見る。
俺はこう訊いた。
「……あんたが取り出すのか」
「私の家の仕事です」
俺はその言葉を聞いた。
三百年、この家は龍の心臓を扱ってきた。取り出し運び機械に入れてきた。……そういう家だ。
「……そうか」
リツはこう言った。
「はい」
俺たちはそこに座っていた。
灯りが揺れていた。外から機械の音が聞こえていた。規則正しい音だ。止まらない。
「一つ訊いていいですか」
俺はこう言った。
「訊け」
リツはこう訊いた。
「なぜあなたは自分の取り分を取らないのですか」
俺はその質問の意味がわからなかった。
リツは続けた。
「あなたは七つの家を騙しました。都でいちばん強い。誰も、あなたを殺せません。……あなたはこの都を取れます。取ろうと思えば取れます。なのに、あなたは算えることしか求めていない。……算えた結果をあなたは見られません。三十年後に心臓を渡して死ぬのですから。答えが出るのはそのずっとあとです」
リツはそう言った。
それからこう訊いた。
「……なぜそんなことをするのですか」
俺はその質問を聞いた。俺はしばらく答えられなかった。
考えた。
考えて答えを探した。探してこう答えた。
「……あの男が、そうしたからだ」
リツは俺を見ていた。
俺は続けた。
「三百年前のあの男がそうした。答えを見なかった。書いて死んだ。……誰かが読むと信じて。……。俺はそれを読んだ。届いた。……なら俺のも届く」
リツは長く黙っていた。
それからこう言った。
「……私にはわかりません」
リツは続けた。
「私は、あなたの言うことがわかりません。あなたがなぜ、それをするのかわかりません。……私なら都を取ります。取って力を握ります。それが人間だと思っています。……いまも、そう思っています」
リツはそう言った。
そしてこう続けた。
「ですが」
俺は待った。
リツはこう言った。
「……あなたには価値があります」
俺はその言葉を聞いた。
「あなたの血に価値はありません。あなたの言うことも、私にはわかりません。あなたの算えるものに、意味があるとも思いません。……ですが、あなたには価値があります」
俺はそこに座っていた。
俺は何も言えなかった。
俺は四十四年生きた。前の生と合わせて四十四年だ。……。その四十四年で誰も俺にそう言わなかった。
俺はこう言った。
「……なぜ、そう思う」
リツはこう答えた。
「わかりません」
俺はその答えを聞いた。
そして、笑った。
リツはこう言った。
「何がおかしいのですか」
「いや」
俺は、そう、言った。
「……あんたも、わからないのか」
リツは少し目を伏せた。
それからこう言った。
「……わかりません」
俺たちはそこに座っていた。
灯りが揺れていた。機械の音がしていた。止まらない音だ。
俺はこう言った。
「あんたの家に入る」
「はい」
「……あんたと婚礼をするのか」
「そうです」
「あんたはそれでいいのか」
リツはしばらく黙っていた。
それからこう言った。
「……はい」
そのはい、には間があった。
俺はその間を覚えている。
いまでも、覚えている。