月のない空   作:朝凪小夜

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第五話 成人

 

 村では、十五で成人と認められる。儀式らしい儀式は、ない。春の狩りの始まる前の日。広場に人が集まり、その年に十五になる者が、前に出る。村長が名を呼ぶ。呼ばれた者は、返事をする。それだけだ。名を呼ばれて、返事をすれば、その日からその者は村の人間になる。子供ではなくなる。狩りに出て、分け前を受け取り、村の話し合いに口を出せる。所帯を持てる。村の人間になる、というのはそういうことだ。俺はその年、名を呼ばれる側だった。

 

その年、十五になったのは、四人だ。俺と、男が一人、女が二人。ミナは含まれない。ミナは俺より半年遅れて生まれているから、次の年になる。朝、広場に出た。人が集まっていた。村の全員だ。冬を越えた分、少し減っている。それでも、全員だ。父がいた。母がいた。兄がいた。ミナがいた。村長が、前に立っていた。

 

一人目が呼ばれた。返事をした。二人目が呼ばれた。返事をした。三人目が呼ばれた。返事をした。俺の番だった。村長が、俺の名を呼んだ。ソウ、と。俺ははい、と答えた。村長は頷いた。そしてこう続けた。この四人を村の人間として認める。それから少し間があって、ソウは都へ行け、と言った。

 

広場は、静かだった。誰も、驚かなかった。これは、書いておく。誰も、驚かなかったのだ。誰もが。驚いたのは、俺と、兄と、ミナだけだった。いや、俺は驚いていない。薄く、感づいていた。だから驚かなかった。驚いたのは、兄と、ミナだけだ。村の人間は、知っていた。全員が、知っていた。冬のあいだに、決まっていたのだと思う。あるいは、もっと前に。そしてその話は、村じゅうを回って、俺のところにだけ、来なかった。父と母は俺を見なかった。二人とも、村長を見ていた。

 

村長は話した。筋の通った話だった。俺は強い。村でいちばん強い。それは、村にとって、ありがたいことだ。おかげで村は冬を越せた。何度も越せた。だが俺は強すぎる。都には、学問がある。魔法を体系として教える場所がある。俺のような者は、そこへ行くべきだ。ここにいては、伸びない。村のためにも、それがいい。いずれ都で名を上げれば、この村の名も上がる。だから行け。これは、追い出すのではない。送り出すのだ。村長はそう言った。

 

筋は通っている。全部、正しい。俺は村では伸びない。誰も俺に教えられない。都に学問があるのは本当だ。俺のような者が村にいる意味は、確かに薄い。嘘は、一つもない。嘘が一つもないというのは、そういうふうに作られた話だということだ。村長は俺の顔を見なかった。俺の後ろのあたりを見て、喋っていた。それで、十分だった。この話は、俺を村から出すために、冬のあいだ、練られた話だ。村の全員が、それに同意した。そして誰も、俺に言わなかった。言わないまま、成人の日に、全員の前で言うことにした。なぜか。その方が、断りにくいからだ。

 

俺はそう理解した。理解して、腹は立たなかった。腹が立たなかったことに、少し、驚いた。村は俺を持て余していた。俺がいれば、冬を越せる。俺がいれば、死人が減る。その俺を村は恐れていた。両立する。矛盾しない。俺が狩れば狩るほど、村は俺に頼り、頼るほど、俺を恐れた。だから俺を出すことにした。これは正しい判断だ。村を守るための正しい判断だ。村長は村を守る立場にある。だから、村長は正しい。

 

誰も悪くない。俺はそう思った。いつも、そう思う。そしてそう思うたびに、俺は何もしない。

 

兄が、動いた。人の間から出てきて、村長の前に立った。どういうことだ、と兄は言った。声が、大きかった。村の人間が、少し、身を引いた。村長は兄を見た。落ち着け、と言った。落ち着いている、と兄は言った。落ち着いた声ではなかった。あいつは、村のために狩ってきた。冬のあいだ、あいつがいなければ、何人死んだと思ってる。わかっている、と村長は言った。わかってない、と兄は言った。わかってるなら、なぜ、出す。

 

村長は答えなかった。村の人間も、答えなかった。誰も、答えられない。答えは、一つしかない。恐ろしいからだ。だが、それは、言えない。言えば、俺が村にいられなくなる理由が、俺のせいではなくなる。村のせいになる。村はそれを認めない。だから誰も答えない。沈黙が、続いた。長かった。その沈黙が、答えだった。兄も、そのうち、それに気づいたと思う。

 

俺はそこで、口を開いた。わかった、と言った。

 

兄が、振り返った。俺を見た。その顔を俺はいまでも覚えている。あれは、怒っている顔ではなかった。殴られたような顔だった。俺はそれを見て、少し、遅れて理解した。兄は俺のために怒っていた。俺が、それを一言で終わらせた。兄は口を開いて、何か言おうとして、そして閉じた。言うことが、なくなったのだ。俺が、わかった、と言ってしまったから。

 

俺は兄に、何か言うべきだった。いまでも、そう思う。だが何を言えばよかったのか、いまでもわからない。ありがとう、では、違う。すまない、でも、違う。俺は村を出たくない、と言えばよかったのか。それは、嘘だ。俺は村を出たくないとは、思っていなかった。村にいたいとも、思っていなかった。どちらも、思っていなかった。だから何も言えなかった。俺は何も望んでいなかった。だから兄の怒りを受け取ることができなかった。あれが、俺が、生涯で最初に、誰かに借りを作った瞬間だと思う。返せていない。

 

村長は頷いた。ほっとした顔を隠さなかった。隠す必要も、なかったのだと思う。俺が、わかった、と言った時点で、この話は終わりだ。村の人間の体から力が抜けるのが、わかった。空気が、緩んだ。それを俺は見ていた。見ていて、こう思った。この人たちは、俺が抵抗すると思っていたのだ、と。抵抗されるのが、怖かったのだ、と。俺が一言も抵抗しなかったことで、村は救われた。俺は最後まで、村の役に立った。

 

春に出る、と村長は言った。道が完全に開いてからだ。ひと月ほど後になる。支度をしろ。金は村が出す。紹介の文も書く。都までは遠い。エチまで下りて、そこから船と道を継いでいけ。道は教える。村長はそう言った。俺ははい、と答えた。それだけだった。その日、狩りは休みになった。成人の日だからだ。村の人間は家に戻り、飯を食い、酒を飲んだ。俺の家でも、飯が出た。母が、いつもより、多く出した。父は何も言わなかった。兄はその夜、家にいなかった。

 

俺は飯を食って、外に出た。寒かった。春とはいえ、夜はまだ冬だ。誰もいない広場をしばらく歩いた。あそこに立って、名を呼ばれて、返事をした。村の人間になった。そして村から出ろと言われた。同じ日に。同じ場所で。村の人間として認められた、その直後に。うまくできている、と思った。そう思って、少し、笑った。誰も見ていなかったから、笑った。

俺は空を見なかった。見上げれば、環が出ていた。毎晩、出ている。十年、そこにある。俺はそれを知っている。知っているから、見なくていい。そう思って、俺は家に戻った。

 

 

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