ピンクの司書が閲覧禁止の本をこっそり読んでくれる話 作:ひみっち
――無幻図書館。
宇宙の始まりから終わりまで、ありとあらゆる星々の記憶を本として収蔵する巨大図書館。
書架を囲む通路は、どこまで続いているのか分からない。
見上げても天井は見えず、世界そのものが本棚になったような、そんな空間。
今、あなたがいる場所だ。
「おや、もうこんな時間でしたか……」
入り口の長机で本を読んでいた女は、読書を中断し、ゆっくりとあなたの元へ近づいた。
「初めまして、ピンクの司書と申します」
ピンクの司書と名乗った女は、軽くスカートを摘み、丁寧にお辞儀した。
司書服に身を包んでいることから、本当にこの無幻図書館の司書なのだろう。
……派手な桃色の長髪と、どこか胡散臭い微笑みを除けば。
「無幻図書館へようこそ。お探しの本をお申しつけください。なぁんでも、取り揃えてありますよぉ」
ピンクの司書は誇らしげに眼鏡の縁を吊り上げ、あなたをじっと見つめている。
「え? 読みたい本が分からない……ですか? なるほどぉ……」
ピンクの司書が指をパチンッとかき鳴らす。
その合図を皮切りに、一冊の本がひとりでにこちらへ飛んできた。
「『カタストロフィの
◇◇◇
凄まじい焼け跡が残る廃屋で、女が金品を物色している。
先の大災害によって持っていた家・金・プライド、そのすべてを女は失った。
自分にはもう何も失うものがない……そう結論付けた彼女は、ただ生きるための行動だけをしていた。
(……はずれか)
女が諦めて踵を返した時、ふと違和感を抱き、もう一度向き直った。
炭と化して黒ずんだ床の一画だけ、妙に色が濃い。
不思議に思って近づくと、女はニヤリと口元を歪めた。
本だ。
タイトルも著者も分からないが、真っ黒な表紙は燃やされた訳ではない。
手に取った感触から、艶のあるなめし皮で製本されていることがわかった。
(思わぬ収穫だったわ。別に高い本じゃなくても、素材として売れる……!)
念のため、本の中身を確認しようと女はページを開く。
そこには――
いあ! いあ! はすたあ! はすたあ、くふあやく、ぶるぐとむ、ぶぐとらぐるん、ぶるぐとむ。あい! あい! はすたあ!
ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅぐあ、ふぉまるはうと、んがあ・ぐあ、なふるたぐん。
いあ! くとぅぐあ!
意味不明な呪文の羅列。
しかし、女の琴線に触れたようで、読書にのめり込んでいく。
初めて見る文字なのに、不思議と意味が頭へ流れ込んでくる。
「そうか、そうだったのか。じゃあ、私の人生は……!」
女が本を読み進める度にぶつぶつと呟く。
傍から見れば、狂人の類。
やがて、本を読み終えた彼女の表情は、幸福で満ちていた。
「世界は物語なんだ。終わらせなければ、物語を……」
その日を境に、彼女は終末を待つのではなく、終末を迎えに行くようになった。
性質が悪いことに、その本は、力を持った本物の魔導書であった。
それからの彼女は、魔導書の力を使って世界を渡り、星々を滅ぼしていく災厄となった。
常軌を逸した力により、あらゆる世界の人々は、成すすべもなく終焉へと導かれていく。
「終わらせなければ」
それが彼女の口癖になった。
女の凶行は留まることを知らない。
やがて、彼女の理解を超えた存在に、その身が終末に晒されるその日まで……。
◇◇◇
「お気に召したでしょうか? え、その後、女はどうなったのか……? さあ……どうなったんでしょうねぇ。ワタシも『初めて』読みましたから」
あなたの疑問に対して、ピンクの司書は微笑みながらはぐらかす。
質問に答える気は一切ないようだった。
「おや、うっかりしていましたねぇ。この本、閲覧禁止だったようです。何でも物の見方が変わってしまうかもしれない……とか」
ピンクの司書は悪びれもせずに、言い放つ。
「先に言ってくれ? すみませんねぇ……何しろ、ワタシも初めて読んだ本だったのでぇ……」
閲覧禁止とは、どっちの本のことだろうか。
この『カタストロフィの映鏡』か、それとも……。
「ああ、もうこんな時間ですか……そろそろお別れですねぇ」
閉館の鐘が鳴り響いた。
それと同時に、書架の通路の奥の灯りも順番に消えていく。
「それでは、またのお越しをお待ちしております」
ピンクの司書の別れの挨拶と共に、あなたの意識は遠くなっていった。