ピンクの司書が閲覧禁止の本をこっそり読んでくれる話 作:ひみっち
――無幻図書館。
ピンクの司書と名乗る女性が管理している巨大図書館。
彼女曰く、ありとあらゆる本を取り揃えているという。
今、あなたがいる場所だ。
「おや、またお会いしましたねぇ……え、初めまして、ですか? それは失礼……」
女は自らをピンクの司書と名乗り、軽くスカートを摘んで丁寧にお辞儀した。
司書服に身を包んでいることから、本当にこの無幻図書館の司書なのだろう。
……その派手な桃色の長髪と、胡散臭い表情に、あなたは何故か見覚えがあった。
「無幻図書館へようこそ。お探しの本をお申しつけください。なぁんでも、取り揃えてありますよぉ」
ピンクの司書は、こちらの様子を伺うように、あなたをじっと見つめている。
「今日は、アナタにぴったりの本がありますよぉ」
ピンクの司書が得意げに指をパチンッとかき鳴らす。
その合図を皮切りに、一冊の本がひとりでにこちらへ飛んできた。
「『最果』……ここに収蔵されている中でも最も古く、最も新しい本ですよぉ」
ピンクの司書の言葉は矛盾している。
再版された結果、新しくなったということだろうか。
「気になりますよねぇ……ワタシも気になりますから、読んでみましょう」
◇◇◇
宇宙は一体、どのようにして始まったのだろうか。
ビッグバン? 神々の創作物? 実は仮想空間で存在すらしていない?
否、どれも違う。
宇宙は、たったひとりの観測者が目を覚ました時からすでに、そこにあった。
その少女は、宇宙で最初に生れ落ちた存在だった。
使命は――宇宙の終わりを見届けること。
生まれた時から何故そんな役割を持っているのか、彼女自身もよくわかっていなかった。
宇宙の終わりを見届けるにはどうすればいいのか。
少女が導き出した結論、それは、旅をすることだった。
あらゆる世界を巡れば、いつかは最果てへとたどり着くだろうという目論見。
そして、それは少女自身の、旅がしたいという欲求の発露でもあった。
(外の世界へ行くには、どうすればいいのでしょうか?)
少女の脳裏に浮かぶ、必然の疑問。
その問いに答える者も当然、存在しない。
(そもそもここは、どこでしょうか?)
すべてが白で覆われた空間に、少女がぽつんと立っていた。
途方に暮れる少女は、行き止まりに見えた白い壁へと手を伸ばす。
――その瞬間、壁に穴が開いた。
まだ、壁に触れてもいないのに、空間そのものへ亀裂が入っていた。
その裂け目の中には、白い霧で覆われた街並みが広がっている。
(これが、外の世界……)
初めて見た外界の様子に高揚し、少女の足は壁の穴へと吸い寄せられていく。
少女が裂け目をくぐると、まるで手品のように白い壁は元通りとなった。
白い空間にはもはや、誰一人として存在しない。
少女はこの時をもって、世界の境界を超えることができるようになった。
その力で開かれる裂け目は門となり、あらゆる世界へと繋がっていく。
いずれは彼女が望む、最果てへと。
彼女が最初に降り立った街は、虚構だった。
人の気配どころか、動物の気配すら、一切しない。
街並みのように見えたのはすべて蜃気楼で、漏れ出た白い霧が辺りを彷徨っているだけだった。
ただ、巨大な百貨店だけが実際の建物として、存在しているようだ。
少女は何も言わずに裂け目を開き、さっさと行ってしまった。
次に訪れた世界では、妖や怪異が跋扈する和の町だった。
紆余曲折を経て、町の平和に貢献し、少女は報酬として一振りの刀を手に入れる。
その得物は、少女の旅を助けるのに十分すぎるほどの活躍をしたのだが、次第に使われなくなっていく。
今では裂け目で作った収納スペースの片隅に置いて、眠らせている始末。
錆もしない、刃こぼれもしない、相当な業物であるが、その真価を発揮する機会は、もう訪れないのかもしれない。
彼女は世界を渡る度に、争い事を避けるようになっていた。
観測者としての在り方を自覚したか、あるいは、世界に影響を与えることへの無意識の忌避か。
旅の終着は、刻一刻と迫っていた。
世界の果て――それはなんてことのない、小さな島。
ここにあるのは波の音だけ。
世界各地が災害に見舞われ、星々が砕け散ろうが、ここは静かだった。
誰もいない小島の端っこで、少女は夜空を見ながら、終わりゆく世界を見ていた。
壊れかけていく星々の欠片が、まるで雪みたいだと思いながら、少女はこれまで旅した世界を一つずつ思い返していた。
少女は心の底から、旅をしてよかったと感じながら、目を瞑り、最期の時を待った。
しかし、少女が再び目を覚ます。
あの白い空間で、宇宙の終わりが再演していた。
宇宙は、また、始まりを迎えている。
◇◇◇
「お気に召したでしょうか? 彼女の旅は、いつ終わるんでしょうねぇ……。え、ワタシが考える宇宙の始まりですかぁ? そうですねぇ……」
あなたの疑問に対して、ピンクの司書はわざとらしく頭をひねる。
それから一拍置いて近づき、そっと耳元でささやいた。
「ここが始まりだったりしてぇ……なんて、冗談ですよぉ」
ピンクの司書は満面の笑みを浮かべながら、さっとあなたから離れる。
ここが宇宙の始まりなわけがない。
そう思ってはいるものの、何故か、あなたは一抹の不安を感じた。
「おや、もう時間ですねぇ……」
あなたの思考を遮るかのように、閉館の鐘が鳴り響く。
いつか見た時と同じく、書架の灯りが消えていく。
「それでは、またのお越しをお待ちしております」
既視感を覚えながら、あなたの意識は遠くなっていった。