探索協会支部長室。
その中央に置かれているテーブルを囲むように四人の男女がソファーに腰を下ろしていた。
メンバーは探索協会支部長のガークにカイナ、黒金十字リーダーのスヴェンとヘンリクとその部屋にいても特段違和感の無い面子。今をときめくレベル6ハンターと探協支部長の会合、と言えば聞こえは良いかもしれないが、若干の疲労感を滲ませてお茶を啜る姿は何処か哀愁すら感じさせられる。
その理由は当然、先程までこの場にいた男だ。
結局最低限の情報しか落とさずにいなくなってしまい、誰もが情報を咀嚼するために沈黙していた。
しかしこのまま沈黙の時間が過ぎるのも惜しい。
そう感じたスヴェンが、ガークへと切り出す。
「……ガーク支部長」
「なんだ」
「正直レベルのこととか色々と聞きたいことはあるが今は時間が惜しい。単刀直入に聞くが、ガーク支部長は今回、どういう依頼を出そうとしているのかを聞かせてくれ」
スヴェンの線引きはガークにとっても有難いものだった。
特にアルスとクライのレベルに関しては喋り過ぎた自覚はあり、たとえこの場で突っ込まれたとしても答えられない質問だ。
いくらアルスが仕向けていたものだったとしても迂闊だったと言わざるを得ない。
「今回の依頼は『白狼の巣』の調査だ」
「『白狼の巣』か……たしかレベル3の宝物殿だったな」
「ああ、そうだ」
先程のアルスとの会話から、今回の依頼は『千の試練』である可能性が高いことはこの場の全員の認識だ。
そのためガークも『白狼の巣』の出来事を情報の出処を開示した上でより詳細に話した。
レベル5ハンターの行方不明から、アルスが先日のパーティー募集の件の謝罪を兼ねて依頼を持って行ったこと、その依頼にクライ、リィズ、アルスが参加したこと、そして先程のアルスからの報告まで。
探協としての調査は現在行っているため何も上がっていないが、最早その段階はとっくに過ぎている。
絶対に何かあると、ガークも確信をしていた。
粗方聞き終えたスヴェンは、一度情報を咀嚼をした上で質問事項を洗い出していく。
特にスヴェンが引っかかったのはアルスの報告についてだ。
「外的要因がある、とアルスは言っていたみたいだが、その詳細は分かっていないんだよな?」
「本人は把握していないらしい———本当かどうかは知らんがな」
「いや、恐らく本当に知らないんだろう」
スヴェンの即答に、ガークは眉を顰めた。
先程の一件が尾を引いていることもあるが、アルスの反応からみても少なくとも何かを隠しているのは間違いないとガークは踏んでいる。
「どうして言い切れる」
「……アルスは『千導』の二つ名のせいでクライ側の人間だと思われがちだが、前提条件としてアルスも
「……それは今までの経験か?」
「ああ、そうだ」
迷いの無い即答。
そこには強い信頼関係が見えた。
ガークから見たアルスとは、癖の強い『嘆霊』の常識人の中で最も外交的で、謀略家なハンターという印象だ。
研究職の強いシトリー、寡黙なアンセム、表に出てこないルシアと一癖ある常識人の中で唯一癖がないものの、その
先程の会話が良い例だろう。
しかしそれは支部長としての立場からの視点でしかない。立場が違えば見え方も違う。スヴェンのそれらは、ガークでは分からない部分なのだろう。
「では聞くが、さっきはなんで『聞かなかったことにしてくれ』なんて言ってきたんだ? 仮に俺が今から振る依頼が千の試練だとするなら、スヴェンたちには伝えるべきだろう」
「俺たちが知るかよ。ただアルスは『クライの報復ではない』と言った直後に言うのを止めていた。もしかしたら報復かも、と思ったのかもしれないぜ?」
「……やめてくださいスヴェンさん。反省してるんですから」
スヴェンがニヤニヤしながらヘンリクの頭を撫でると、恥ずかしそうに首を振って手を振り払った。
さっきまで落ちていた気分も多少は紛れたようだが、それでも身体は僅かに震えている。
遥か高みにいるアルスのクライに対する評価は、それだけ衝撃的だったのだろう。
そんな高みにいる人間に対して、表面上だけ見て迂闊なことを言ってしまったことも含めて。
「とにかく今は依頼についてだ。結論、探協としてはこの後『始まりの足跡』に対して正式に協力を要請する方針でいる」
「ですが支部長、今回の依頼に関しては既に予算一杯まで使っています」
「構わん。追加の予算についてはこっちで何とかする———改めて、『黒金十字』には『白狼の巣』の調査を依頼する。内容は『白狼の巣』の異常調査と探協の先行部隊の取り纏め役だ」
「了解だ」
スヴェンたちの表情には僅かな緊張が浮かんでいる。
しかしそれをガークは揶揄うことなどしない。
これから千の試練に挑むのだ。
それも当然と言えよう。
「アルスの考えでは『白狼の巣』の中ではなく、その周辺に違和感があるとのことだ。しかし探協としては中の安全確認もしておきたい。分担については現場に任せることになってしまうができそうか?」
「やるしかないだろうな……俺たちは一度クランハウスに戻るが、エヴァに何か伝えておくことはあるか?」
「探協から正式な要請があることと、クライと話をしたいと言っておいてくれ。忙しいならこちらから出向くとな」
ガークからの破格の対応に、スヴェンは僅かに目を見開いた。探協の支部長が一つのクランに赴くことなど基本はありえない。
特例中の特例。
ガークの中でもそれだけ重い案件だという認識なのだろう。
スヴェンが立ち上がり、それに習ってヘンリクも立ち上がる。
まずはパーティーメンバーに話を付けなければいけない。
相応の準備もいるだろう。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」
そのスヴェンの呟きは、その言葉が現実になると確信しているようなものだった。
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支部長室から逃げ出した俺は、食料と水を持って『万魔の城』へ出発していた。
俺は今、ゼブルディアから『万魔の城』まで馬車で一日の道のりをひたすらに走っている。『嘆霊』ともなれば宝物殿に行く際に馬車を使うのだが、俺は一人で帰ることが多いためこうやって走ることがよくあるのだ。
水は魔法で、食料は現地調達するため持ってはおらず、基本は魔力回復ポーションを数本しか持っていかないため身軽なのだが、今回は手持ちに酒瓶が一つ追加されてしまっているため僅かに速度を落としている。
その酒瓶には、例のスライムであるぽよちゃんが入っていた。
別に旅先に持っていきたいとかそういう私事ではなく、今後のことや飼育方法についてシトリーに相談するためだ。
魔法生物に知見の深いシトリーなら何か知っているかもしれない。
勿論、実験云々言い始めたら引き剥がす……いや、内容によっては協力するかもしれないけど、基本は引き剥がす方針だ。
正直、『万魔の城』に連れて行って良いのかも不安ではある。
ぽよちゃんはマナ・マテリアルを吸収する能力があるが、『白狼の巣』レベルだったから俺が違和感を覚える程度だっただけで、もし『万魔の城』レベルのマナ・マテリアル量のところに持っていった場合、何が起きるのか見当も付かない。
最悪の場合、『万魔の城』のボスを超える凶悪な敵になる可能性もあるにはあるのだが……シトリー、アンセム、ルーク、ルシアがいるなら何とかなるだろう。
ちなみに『万魔の城』を既にクリアしていて中にいない可能性については全く考えていない。
いくらレベル以上の実力がある『嘆霊』とは言っても、完全に格上の宝物殿である『万魔の城』を欠けたメンバーでクリアするのは至難だ。
クライがいたら……知らん。
宝物殿の中から宝物殿が顕現したって驚かない。
どちらにしてもリィズがボス部屋までの罠を解除したと言っている以上、ボスの前まで全て攻略が終わっているはずだ。
本当は俺が昨日のうちに戻る予定だったため、ボス部屋の前で待たせてしまっている可能性もある。
酒瓶が割れないように注意しながら、とにかく急ぐ。
休憩は最小限に、身体強化魔法は最大限。
目標は半日以内に走破することだ。
当然馬車よりも早く走っているためすれ違う商人やらハンターやらにギョッとした目を向けられてしまうが、最早慣れてしまった。
……最近、自分でも魔導師っぽくない自覚はある。
やってることがルークやリィズと何にも変わらないんだよな。
「アルス……?」
ふと、追い越した馬車の一団から聞きなれた声が聞こえた。
一瞬だけだったがあの声は間違えようがない。
急ブレーキをかけて立ち止まり、僅かに上がった息を整えながら馬車を待つ。
よく見たら無駄に豪華な装飾が付いている立派な馬車だ。
「やあアルス、奇遇だね。こんなところで何をしているんだい?」
「今から『万魔の城』に向かうところなんだよ。そっちこそ今からどこに向かうんだ、アーク?」
サラサラな金髪に何故か全身からキラキラした何かが発せられている、爽やかなイケメン。
帝都で最も有名なハンターの一人にして、英雄の再来と呼ばれている男、アーク・ロダンが率いるパーティー『
帝都に滞在する時間は結構被っていたはずなのに、凄い久しぶりに会った気がする。
「僕たちはこれからグラディス伯爵のお屋敷に向かうところなんだ」
「なるほど、俺たち一般のハンターにはあんまり縁がないが大変そうだな」
「そんなことはないさ。『嘆きの亡霊』と会ってみたいという貴族は結構多いんだよ?」
「……パスで」
誰が好き好んで貴族社会に入るのだろう。
たとえ縁があったとしても絶対に行きたくないし、そういうのはエヴァやシトリーの領分だ。
「あっははははは! アルスならそういうと思ったからやんわりと断っているよ」
「アーク……お前はやっぱり良い奴だよ……」
「アルスにそこまで言われるなら断った甲斐があるというものだね」
思わず感動してしまった。
やっぱりお前は良い奴だよアーク。
イケメンで気遣いも出来て、実力もあれば配慮もできる。逆に何ができないんだと思えるようなこんな完璧な男よりもレベルが上のハンターが、信じられないことに同年代にいるらしい。
マジで冗談にしか思えねぇよ。
「アーク、今度酒でも奢らせてくれ」
「奢るのは必要ないが、是非酒の席には同席したいね。たまにはクライたちを呼んでやるのも———」
「ちょっとアルス! またアークに絡んでるの!?」
「うげっ」
そこまで長く話しているつもりは無いのだが、恐らくアークの様子が気になって覗いていたのだろう。
長くボリュームのある薄紫の髪をうなじの高さで一つに纏めた気の強そうな魔導師、イザベラ・メルネスがこちらを睨みつけながら馬車を降りてきた。
「アルス! 私たちは今忙しいの! また今度にして貰えないかしら!」
理不尽だ。
このイザベラ・メルネスは『聖霊の御子』のレベル6ハンターで優秀な魔導師なのだが、どういうわけか俺たち『嘆霊』を目の敵にしているらしく、こうやって突っかかってくることが多々ある。
魔導師である俺とルシア———同じレベルで同性のルシアには特に———当たりが強いが、若干空回り気味な可哀想な子だ。
下手に反応しても突っかかってくるだけなので、ここは無視に限る。
あ、そういえばアークに会ったら言わないといけないことがあったんだった。
「あ、そういえば『白亜の花園』の攻略おめでとう」
「ありがとう。実はグラディス伯爵領の後、その件でサンドライン侯爵領にお呼ばれされているんだ」
「いや、本当に大変だな」
「———ッ! 無視するな!!」
僅かに頬を紅潮させながら地団駄を踏むイザベラに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
遠目から見ていたり聞いていたりする話では凄く出来た優秀な魔導師らしいのだが、どうして俺たちの前ではこうなってしまうのか……。
アークも困ったように眉を下げている。
ちなみに世間的には『嘆きの亡霊』と『聖霊の御子』、つまりクライとアークはライバル関係にあると思われているが、二人は普通に友人と思っているし俺もアークのことは気の置けない友人だと思っている。
兎にも角にも良い奴なんだよね、アーク。
「それじゃあアークも忙しいみたいだし俺は行くとするよ」
「うん、引き留めて悪かったね」
「大丈夫、またねアーク。ついでにイザベラも」
「ついでって何なのよついでって!」
何か言われる前に、俺は『万魔の城』へと
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アルスが走り去っていくのを確認したアークは、イザベラを連れて馬車の中へと戻っていた。
アルスと出会う前は和やかだった馬車の空気は、一変して僅かにピリピリしている。
『嘆きの亡霊』と『聖霊の御子』はライバル関係と認知されているが、その実全員が誰かしらと因縁のあるパーティーだ。イザベラであればルシアやアルス、アークであればクライというようにどうしても比較されてしまう。
個人個人で思うところはあったかもしれないが、パーティー単位で見るならそれで問題なかった。
お互いに長所短所があり、ここが勝っている、いやいやここが負けている等と世論でも言い合いが行われて、最終的には千日手となり結果は曖昧なまま終わる。
例えばクライとアークなら『千変万化が神算鬼謀を持ってアークを封殺する』、『英雄がその力を持って謀略ごと叩き潰す』など、机上の空論で済んでいたのだ。
それが今明確に、少なくとも実力面では優劣が付き始めている。
『嘆きの亡霊』が上で、『聖霊の御子』が下だ。
その最たる原因が魔導師。
つまりイザベラがルシアやアルスに対して、完全に見劣りしてしまっているという点にある。
イザベラは優秀な魔導師だ。
帝都でも数少ないレベル6に認定された魔導師であり、『聖霊の御子』の副リーダーとしても力を発揮している。
だがそれでも、ルシアとアルスには及ばない。
それを一番わかっているのはイザベラだ。
分かっていても意識はしてしまうのだろう。
そして空回りしてしまい、毎回自己嫌悪に陥ってしまう。
今も若干の自己嫌悪に陥っているのか、苦い顔をしながら額に手を当てて目を瞑っていた。
「イザベラ、落ち着いたかい?」
「……ごめんなさい。分かってはいるのだけどどうしても意識しちゃって」
歯痒い気持ちだ。
英雄パーティーの魔導師、という肩書きがイザベラの重荷になっていることは分かっているが、こればかりはどうにもできない。
イザベラは今不調に陥っている。
『白亜の花園』を踏破し、イザベラ自身もレベル以上の活躍をしたのにも関わらずその気持ちが晴れることはない。
競争はランクアップに必要なものだが、過度な焦りが加われば足枷になり得るものでもある。
イザベラ・メルネスは不調だ。
攻撃魔法を使えば「ルシアならもっと……」と火力不足を嘆き、サポートに回れば「アルスなら……」と手札の少なさを嘆く。
副リーダーの不調はパーティーの雰囲気にも影響を与えており、一時は『白亜の花園』の攻略を中断するレベルにまで落ち込んでいた。
アークとしても手助けをしたいが、これはイザベラ自身の問題である以上過度には手を出せない。
その不調を治すためのヒントはまさしく不調の大元にあるのだが、そこに辿り着くまでにはまだまだ時間がかかりそうだった。
主人公が万魔の城に行ってしまったので、主人公がいない話があったりなかったりするかも。
原作と違う点
・白狼の巣が千の試練だと割れており、大捜索が原作よりも早い
・イザベラとアークのメンタル