具体的に言うと英語がテイワットでも一応は存在していることになり(原作で英単語がちょくちょく出てくるのとそもそもテイワットの言語は一つじゃないようなのでそういうことにしました)、狩人が夢の中だとイカになれることにしました。
あと狩人が犬に追いつかれたのは出待ちされたからということにしました。勝手な後出し改変申し訳ないです。
旅人に連れられて狩人は城の前へたどり着いた。装束を濡らしていた血はいつの間にか消え去っていた。
橋を超えて門をくぐり、まず狩人が驚いたのはその治安である。
門番の二人も、街中の住民も誰も、初対面で松明や鋤を振り回して殺しにかかってこない。
目と目が合ったらヤーナムバトルではないのか。ノコギリ鉈を握る力が強くなっていたというのに杞憂に終わった。狩人はそれを旅人に伝えた。
「……ねえ」
「なんだ」
「ほんとに人が住む場所なの? ヤーナムって」
少なくとも、YESとは言えない。狩人の返答に旅人の困惑。くわえて物騒すぎるので武器はしまうように言われた。人の多い場所で武器を握らずにいるとどうにも落ち着かなかった。
まだ昼なのに加え休日だったようで、門から続く階段前の広場は人でごった返していた。
階段と広場の様子は聖堂街に似ていて、あの場所も昼間ならこれほど清潔だったのだろうかといつの間にか考えずには居られなかった。
旅人に連れられ、人ごみをかき分けながら階段をいくつも上っていく。
途中で道を逸れて大きめの扉の前に立つと、旅人はそこがこの国の治安維持組織の本部であることを告げた。西風騎士団。それが彼らの名である。
「こいつも西風騎士団の『栄誉騎士』なんだぜ! オイラはその大親友だ!」
小さな胸を張ってみせるパイモン。口元が串焼き肉のソースで汚れていた。ほう、と狩人が僅かに目を見張る。
「奇遇だ」
「えっ」
旅人とパイモンの声が重なる。どういう意味だと聞かれた狩人が自身の立場を話すと、先にパイモンが大声を上げた。
「ええっ! お前も騎士だったのかあっ!?」
「パイモン、声大きい……!」
そう、何を隠そうこの男、血の騎士なのである。
なれる機会があったからなったというだけ、まともに狩人狩りも行わないどころか夢を見るたびさも当然のようにほぼ毎回アルフレートに女王の居場所を伝えているが、一応は騎士なのである。それはそれとして事の詳細は話さなかった。
大理石と思われる廊下を旅人を先頭にして通っていくと、旅人はある扉の前で突然立ち止まった。彼が三回扉を叩くと、奥から若い女の声で返事が。
開けてもらった扉を通ると、そこは書斎に似た場所だった。右手の壁が丸ごと本棚となっていて、目の前の巨大な窓の手前には個人用の長い机と、木椅子と、そしてどっしりと積み上げられた書類の山があった。
そして女が居た。後ろ髪を束に結った金髪の女で、一千ヤード先を凝視するような両目の下にとんでもない隈があった。もし出会ったのがヤーナムの曲がり角だったら間違いなくその場でぶち殺していたところである。
旅人ですらその姿にぎょっとして「忙しいときに」と謝りまでしたので、おそらく普段はこうではないのだろう。
彼女は青と白の布装束に身を包んでいた。雰囲気からして、彼女が首領と狩人は見た。
「ああ、君か。そちらの方は?」
「迷子の人が居て。アンバーやガイアさんは見かけなかったから……」
旅人がそう伝えると、女は狩人の方を見て、そして「ジン」と名乗った。狩人の予想通り騎士団の首領──団長は遠征に行っているので代理団長である彼女が務めているそうだ──であり、自由の国として彼を歓迎する旨を伝えている。
「カインハースト……ヤーナム……すまない。どれも知らない土地だ」
申し訳なさげに目を伏せるジンに、だめ元だったので構わないと返す狩人。
狩人はむしろ安堵していた。この場所に獣だの上位者だのが居る心配は無いことを確信できたためである。怪物が居ないわけではないが、それでもである。
戸籍を作るには冒険者協会を訪れた方が早く、またそもそも最悪作らずとも満足な生活は保証できると案内されたので、狩人らは一転、上ってきた階段を一度に降りることとなった。
「あとは大丈夫かな」
「ああ。助かった」
今度礼に何か奢る約束をして、狩人と旅人たちはようやく別れた。旅人は最後まで悪いよと言って遠慮していた。小さなパイモンとは正反対に。
キャサリンと名乗る受付係の女は不思議な雰囲気を纏っていた。話していると不思議と人形ちゃんを思い出すのだ。
人形ちゃん、そうだ、人形ちゃん! 狩人は思い立った。せっかくの新天地、土産も無しに帰れるものか。
だが銭はない。先ほど広場の露店にて輝く硬貨での支払いを試みるも「モラでないと困る」と断られてしまったのだ。モラとはテイワットにおける通貨である。
そこでこの冒険者協会である。なにやら怪物を狩って金儲けができると言うではないか。いち狩人として、これ以上の好機はないと確信できた。
「さあ、誓約書にサインを……」
聞き覚えのある声を聞きながら羽ペンを握る。そもそもヤーナムで地獄を見たのも元はと言えばあの時焦って署名をしたせいでもあるので、念のため狩人は血眼で誓約書を隅々まで見渡した。裏の、隅の、端の全てである。
が、特段問題のありそうな文字は無かったので、遂に狩人は紙面にペンを滑らせた。せいぜいなぜ名前の欄が三つもあるのだろうと首を傾げた程度である。
誤字もなく書き上げ、これで狩人も立派な冒険者である。狩人なのに冒険者なのかと少しこんがらがりそうになるが問題ない。
「ありがとうございます、狩人・狩人・狩人様」
「いいや、こちらこそ──ん?」
狩人は聞き返した。ありがとうございます、と繰り返され、そのあとだと返す。
「狩人・狩人・狩人様、がどうかしましたでしょうか」
そんなゴリラの学名みたいな。狩人は頭を抱えた。本来人間には名前に上下、稀に中さえあることを思い出した。
まあ良い。いや全くもって良くはないが、少なくとも「狩人」とのみ名乗れば良いだけである。
訂正も面倒だったのでそのまま登録し、韋駄天、狩人は駆け出した。右手いっぱいに握られた依頼書の数々。
星と深淵を目指せ! 秘密を暴け! 化け物どもをぶっ殺せ! 街を飛び出し、橋を飛び出し、草原の中を駆け抜ける。
新たな狩りは、まだ始まったばかりであった。
……翌日の内には、既にテイワットに異変をもたらし始めていたのだが。
「──いやいや旦那、見間違える筈がありやせん。昏い装束で全身を覆ってたんでさあ。顔だって、布と帽子で隠れてたんでっせ」
夕焼けが窓を染める中、ほうとぶっきらぼうに相槌を打ちながら、ディルックはワイングラスを拭いていた。
目の前の西風騎士団員が、かの有名な「闇夜の英雄」を見たのだと言う。
酔いが回っているのだろう、呂律が曖昧で、ディルックは既にこの男をつまみ出すことを考え始めていた。
たった、数秒前までは。
「見間違える筈がありやせん。大剣を振り回してやしたし。一振りしたかと思えばドン! たちまち刀身が炎を纏ったんでえ」
「そうか」
ワイングラスを拭く音が僅かに音程を外すのを、幸いなことに目の前の男は気付かずに無視した。
そんな筈はない。夜目は利く方だ、人が居たとして見逃す筈がない。そもそもあれはごく深夜、月も無い夜のことである。
だが、それでここまで似るだろうか。男が話せば話すほど、その内容は闇夜の英雄の姿に、ディルック・ラグヴィンドに近づいていった。
表情筋の一つも動かぬまま、ディルックの脳を無限の「But」と「What if」が駆け巡る。ふと、微かな違和感に気が付くまでは。
「……待て、『帽子』?」
「あと右手から青白い触手出してヒルチャール暴徒の内臓生きたまま引っこ抜いてやした」
「ちょっと待て」
ディルックはカウンターから身を乗り出した。思わず身を引いて転びかける男。どう考えても聞き捨てならなすぎる言葉が三つくらい同時に出てきた気がする。
「はい?」
「いや、なんでもない……」
触手? 内臓? 引っこ抜く? 頭を抱え、闇夜の英雄はひどく混乱した。危うく肘がテーブルに刺さるところであった。僕が絶対やらないことしか言っていないぞこの男。
部屋の隅で転げまわるガイアに睨みを睨みをきかせ、思案するディルック。
ガイアの仕業ではないだろう。流石にあの男でも突然触手は出せないはずだ。というより出せると信じたくなさすぎる。
とはいえ他に正体が居たとして、それが正気の人間であるとは思えない。正気の人間はヒルチャール暴徒の内臓を生きたまま引っこ抜いたりしないからだ。
これがすべてこの騎士の幻覚であるなら、それでよい。だが、万が一にもそうでなければ? 無視などできる筈もなかった。
それにそもそも単純に風評被害が過ぎる。「闇夜の英雄」という通称すらディルックは気に入っていないのだ。
「帰ってくれ。今日はもう店じまいだ」
「ええっ、早すぎまっせ」
「おいおい、もう少しゆっくり飲ませてくれよ、なあ?」
「用事があるんだ。これ以上居座るならつまみ出す」
未練がましそうに去る二つの背中を見つめながら、静かに大剣の重みを思い出すディルックであった。