ようこそ世界一の探偵がいる教室へ   作:叙述トリッピー

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page 23 開花

 

 

椎名ひよりの独白。

 

 

無理をして龍園君の代わりをしていますがこれっきりにしたいと思いました。

特別試験の重圧が、私にはあまりにも重くのしかかっていました。

 

…私はきっとリーダーには向いていないです

誰かを率い、クラスの命運を背負って決断を下すという役割は、読書が好きな私の本質からかけ離れていました。

無理をして龍園くんの代わりを務めてきたけど、今回の件を最後に、もう二度とごめんだ。

そう何回も後悔しました。

 

今回は竜崎くんに乗せられてのこのこ出てきましたが、結局本の中こそ私のオアシスということなんですね。現実のドロドロとしたクラスの命運をかけた駆け引きなど、何の魅力もない苦行でしかありませんでした。

そんな決意を胸に私は周囲に人がいない隙を見計らい、龍園くんの背中へと歩み寄った。

 

「龍園くん、少し良いですか?」

 

私の声に振り返った龍園くんは、不敵な笑みを浮かべたまま片眉を上げる。

 

「なんだひより、首尾は順調なのか?」

 

ペア決めの法則については早くから分かっていました。

最高得点と最低得点がペアを組んでいくというシンプルな法則です。

その根拠は異様に低い退学率。表面上は純粋な学力を競う試験だったのにもかかわらずです。

そしてこの試験のルールと睨めっこした際に思いついたのは一つ。

『成績中間層』がこの試験で鍵を握っていると。

 

「そうですね。ただ調べて欲しい事があるんです」

 

「ほう、聞いてやるよ」

 

「Dクラスの生徒全員分の得意な科目、不得意な科目を調べて欲しいんです」

 

一瞬の静寂の後、龍園くんの双眸が面白がるように細められた。

 

この試験で全ての人へ対策を取る事難しい。人によって不得意な科目は違う。

だから中間層だけに絞り、苦手な人が多い科目を難しくする。

上位層は地力が高い、それと組む下位層も狙うのはバレやすいし難しい。

だから少しでの苦手な分野を突いたら合格ラインから落とせる中間層を狙うのが最も合理的なのです。

 

それに問題作成で全科目を難しくするのは現実的ではない。

私と金田くんと数人。このクラスで問題作成に取り組めるのはこれぐらい。

つまり、リソースにも限界があるのです。

 

「…面白れぇ、つまり狙い撃ちか?」

 

「はい。何を知らないかを考えるのではなく、何処でミスをするか。そこが重要だと考えています」

 

一歩踏み出し、龍園くんは腕を組んだまま問い質す。

(これは、純粋な好奇心…ですかね?)

 

彼はいつもより面白そうに私の事を見ていた。私という個人は信頼していても、クラスを統一している王としては認めていない。その眼は参謀がお似合いだと言いたげだった。

 

「お前そんなに性格悪かったのか?」

 

「そうでしょうか?」

 

「まぁ、自覚がねえならそれで良いか…」

 

確かに、相手の綻びを突いて精神的に追い詰めるこの策は、卑劣と言われても仕方がないものです。この試験で多くの人はどれだけ問題を難しくできるかを考える。それが正解で、当たり前の正攻法です。

 

私はそう考え、持っていた本の表紙を撫でた。

 

「で、それ以外に用はあるのか?」

 

「…取り敢えず裏切り者を探す事をしたいと思います」

 

その言葉に、龍園くんの表情から先ほどまでの余裕がスッと消え、低く威圧的な声音に変わる。

 

「……おいひより、俺は探すなって言った筈だが?」

 

その圧倒的なプレッシャーを少しも気にせず、私は彼の策を言い当てる。

 

「相互監視による実質的な封印でしょう?」

 

その言葉に龍園くんは呆れたような息を吐き出した。

相互監視で動きを制限する、彼らしい策です。

これのメリットは裏切り者が『自分が監視されている』と認識し、表立った行動を自粛せざるを得なくなる点にあります。

 

「分かってるならなんでだ?」

 

私は怯むことなく、静かに首を横に振る。

 

「確かに他の人なら足ります。ですが竜崎くんは満足してくれませんよ」

 

その作戦は正解であるとともに、悪手です。

まずこれだとクラスの結束が疑心暗鬼によって壊れます。

そしてなにより直接的な行動を辞め、メールや電話等の目撃情報が上がらない手段を取られれば相互監視なんて全く意味を為さなくなります。

それに竜崎くんなら、それぐらいは読み切る筈です。

 

「次を作られるだけって事か」

 

「はい、なので目星は付けるべきです。幸いにも今回は裏切り者を利用したくなる試験です」

 

情報を分割して誰が洩らしたか分かる状態にする。

クラスを複数のグループに分け、それぞれに異なる作成予定の試験問題を伝える。

それにより、相手のクラスの得失点の傾向で、どのグループが情報を流したかは把握できる。

 

ただ、これだけでは竜崎くんは信用しない。決定的な物的証拠が欲しい、なら簡単です。

偽の問題を作成する、それを本物と同時並行で行えば良いだけです。

 

この考えを察したのか、龍園くんは顎に手を当て思考するように視線を床に落とした。

 

「だが、どうする気だ?お前が狙うのはDクラスだろ」

 

「私は櫛田桔梗、彼女は竜崎くん側の人間だと思っています」

 

体育祭で私たちにAクラスの参加表を渡した彼女。理由はDクラスの勝利、そして竜崎くんを陥れる為と言っていた。

でも私はその言葉に喉に引っ掛かるなにかを覚えた。

 

「……理由は?」

 

「竜崎くんが易々と参加表を流させるわけがないです」

 

「それは俺と同じだ。だが櫛田がアイツに利用されてるだけじゃねえのか?」

 

確かに、櫛田さんが竜崎くんに手玉に取られている可能性も拭えません。

ただ私は櫛田桔梗本人が、自らの意志で竜崎くんに組していると考えています。

根拠はないです。これは直感で、戯言として処理されても怒れないぐらいの、曖昧な仮説に過ぎませんから。

 

「これは直感です。私はなんだかその理屈に違和感を覚えたんです」

 

私の真剣な眼差しを見据えた龍園くんは、ふっと不敵な笑みを漏らした。

 

「…クク、なら合ってるんだろうな。お前の勘は外れねえ」

 

「では、今回の問題を利用して裏切り者を探り当てる作戦は採用って事で良いんですか?」

 

「あぁ。俺はお前に頼まれたことをやってやるよ。精々頑張るんだな、ひより」

 

交渉が成立したことに小さく頷くと、私はどこか清々しい気持ちで言葉を落とした。

 

「そうですね。あ、このクラスのリーダーですがこの試験が終わり次第お返ししますよ」

 

「……あ?なんだと」

 

突然の宣言に、龍園くんの表情が驚愕に染まる。しかし、私は昨日買った本の事にいっぱいいっぱいで、彼が色々と言っていた言葉があまり耳に入ってきませんでした。

 

「私には向いていないので、後は任せました」

 

私は足取り軽く、鼻歌混じりで廊下を歩く。

早く読みたい、その想いに心を躍らせながら。

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

綾小路清隆の独白。

 

 

放課後の薄暗い教室内。

窓から橙色の光が差し込む中、この空間には居心地の悪い空気が漂っていた。

 

オレはその原因である言い争いを、まるで他人事のように冷ややかに見守っていた。

 

「どうして俺が……! お前がもっと点数を取っていれば、こんなことにはならなかったはずだ!」

 

「ふざけるなよ! お前だって散々足を引っ張ってた癖によくそんなことが言えるな!」

 

昨日まで仲間だったはずの者同士が、己の保身のために責任転嫁をし合う。

互いを指差し、罵り合っている。どちらが悪いのか、誰のせいでこの結果を招いたのか。

そんな不毛な言い争いが、僅かにあった仲間意識を破壊していく。

 

退学者という取り返しのつかない現実を目の当たりにし、恐怖を感じた人間たちの醜悪な内紛劇。

それはこの学校の本質を象徴するような、あまりにも浅ましい足掻きに過ぎなかった。

 

特別試験『ペーパーシャッフル』。その結果は勝利。

Cクラスに打ち勝ち、クラスも昇格した。

喜ぶべき結果なのに、目の前のクラスはこんな状況だ。

 

退学者の名前は外村秀雄、伊集院航の2名だった。彼らは残念ながら赤点になってしまった。

元Cクラスの中間層を狙い撃ちするという策に見事引っ掛かったのだ。

 

「(クラスとして勝ったのだから喜ぶべきではないのか?)」

 

オレは背中を壁に預け、腕を組んだまま行く末を眺めていた。

内心で呟いた言葉は誰の耳にも届くことなく、教室の喧噪にかき消されていく。

 

彼らは彼らなりに、この理不尽な学校のシステムの中で生き残ろうと足掻いていたはずだった。

だが、退学という現実が突きつけられた途端に露呈したのは、積み上げてきたはずの信頼でも強固な絆でもない。終わってしまった人間の醜い本性だけだった。

 

責任を擦り付け合い、内側から崩壊していく姿は、かつてオレが過ごした特殊な環境の冷徹さとはまた異なる、救いようのなさを漂わせていた。

 

この空間にはこれ以上見るべき価値など何一つ存在しない。

利用価値があるかを見極めるまでもなかった。

 

(…竜崎ならこの状況をどう収めるのか)

 

そう考えてしまったのには、明確な理由があった。

 

 

***

 

ある日の放課後、オレは図書室に居た。

勉強会が終わり、生徒達がそれぞれ帰り支度を始めている最中の出来事だった。

 

「一之瀬さん、少し良いかしら?」

 

聞こえた話にオレは参考書を片付けていた手をふと止めた。

声が聞こえた方に目を向ければ、堀北が真剣な面持ちで一之瀬に声を掛けているところだった。

 

「ん?何かな何かな?」

 

「出来れば貴女一人と話したいのだけどダメかしら?」

 

その言葉を承諾し、共に勉強会をしていたAクラスの生徒たちに申し訳なさそうに待機を願った。彼らはその申し出を快く引き受け、オレと堀北、そして一之瀬の3人がその場に残る。

 

一之瀬と堀北、対照的な組み合わせだった。

 

「当たり前のように受け取るかもしれないけど、一之瀬さんは仲間が困ってたら助けるわよね?」

 

「ん、困ってたら助けるのは当然じゃないかな?」

 

一之瀬の責任感の強さは相変わらずだ。

須藤が龍園に嵌められた時も彼女はオレ達を助けようと色々と動いてくれた。

善人、その言葉がこれ程までに似合う人間も中々居ないだろう。

 

「そうね。でも助ける内容は多岐に渡るわ。その全てを貴女は救おうとするのかしら」

 

「それは勿論だよ。私にできる事は全部するつもり」

 

一之瀬は即答した。迷いなんて微塵も感じられない。透き通った目をしていた。

 

「じゃあ貴女にとっての仲間の基準はあるのかしら?」

 

「んー、どういうことかな」

 

「例えばAクラスの生徒なら無条件で助ける?それが親しく無い生徒だとしても」

 

一之瀬は少し悩んだ後、言葉を捻りだした。

 

「向こうが私をどう思ってるかは分かんないけど同じクラスである以上仲間だもん。困ってたら助けるよ」

 

「愚問だったわね。なら愚かついでにもう一つ質問させてほしいのだけど」

 

「んー、質問次第だけどいいよ?」

 

今日は随分と質問攻めをするんだな。堀北は一之瀬のどこにそこまで惹かれているのだか。

そうオレが考えている最中も話は進んでいく。

 

「仮に生理的に貴女を嫌う存在が居たとして、その人を好きになれる?それとも嫌いになる?」

 

「それはちょっと難しいね。私の問題だし、接触を控えるしかないかなぁ」

 

「じゃあ、その人が困ってたらどうする?」

 

「助けるよ、絶対にね」

 

その質問に一之瀬は今日一の即答をした。

 

「Aクラスは皆仲間なんだもん、嫌われててもそれは変わらないよ」

 

「Aクラスが大切な存在なのは分かった、その気持ちはオレも堀北もなんとなく分かる。けど友達は他クラスにも居るだろ?」

 

「うん、綾小路君も堀北さんも私にとっては大切な友達だからね」

 

「なら、そんなオレたちが困ってたら?お前に金を貸してくれと泣きついたら?」

 

「…理由次第かな。出来る限りはするよ」

 

相変らずの善人ぶりを見せられ、オレは少し意地悪な質問をしようと思った。

究極の二択を迫られればどちらを選ぶのか、彼女の答えを知りたかった。

 

「質問の仕方を変えよう。お前はAクラスの生徒のどちらかしか選べない場合どうする気だ?」

 

綾小路の静かな言葉に、一之瀬は困ったように眉を下げた。

 

「あはは、参ったな。両方助けるはダメなんだよね?」

 

「スマン、それじゃあ質問の意味がなくなる」

 

「にゃはは、成程ね」

 

不条理な二択を突き付けられ、想像の話とはいえ真剣に悩む一之瀬。

 

「…ごめん、理想を言えば助けたいよ。その2人はクラスの仲間で友達。そして同じ問題で苦しんでる。どちらを取ってもきっと私は後悔するし両方救いたいけど…。私にはそんな力も無いし、現実は甘くない」

 

そう言いかけた一之瀬だったが、ふと思い直したように表情を和らげると、胸の前で小さな拳を握りしめた。

 

「って以前の私なら言ってたかもね?」

 

「…それはどういう意味かしら?」

 

「……それは内緒って言ったらダメかな?」

 

一之瀬の口から出た言葉の意味にオレは心当たりがあった。

 

「竜崎か」

 

「え、…分かっちゃう?」

 

「分かりやすいと思うぞ」

 

一之瀬はパチパチと瞬きしながら、深く深呼吸をして言葉を継いだ。

 

「竜崎くんならきっと救ってくれる、私はそれを信じてる」

 

その言葉には心からの信頼が込められており、、オレは静かに納得した。

確かにアイツならその第三の選択を現実のものにするだけの実力は担保されている。

一之瀬の考えからすればこれ以上なく頼りになる存在なのだろう、眼に篭っていた想いはとても強かった。

 

「竜崎が動くなら、出来るかもしれないな」

 

「でしょ?彼なら無条件で信じれる、そんな気持ちになれるんだ」

 

一之瀬はふふっと柔らかく微笑むと、人を待たせてるからと椅子に置いていた鞄を持ち上げた。

 

「だから質問に答えられなくてごめんね?今回の試験も竜崎くんと私で絶対に誰も落とさずに乗り越えてみせるから!」

 

清々しい笑顔を見つめながら、オレは心の中で静かに呟いた。

(…竜崎はもう根回しをしているみたいだな)

 

一之瀬の見る先は一片の曇りが無さそうだった。

 

 

 

…回想を終えたオレは教室を後にした。

これ以上見る時間は無駄だからだ。

背後で響く怒号と泣き声を聞き流しながら、廊下へと足を踏み入れた。

 

「まずはこのクラスの心臓の平田洋介を掌握するか」

 

この惨状が始まった直ぐ後に、逃げるように教室から出て行ったアイツは深い闇を宿した目をしていた。この機会を活かさない手は無かった。

 

 

 

───────────────────────────────────────

 

竜崎の独白。

 

 

特別試験『ペーパーシャッフル』が終了した。

 

現在は、ホワイトボードに結果が張り出され、安堵を浮かべる生徒たちが群がっていた。

 

私たちAクラスは、誰一人として脱落者を出すことなく、全員が安全圏を勝ち取っていた。

奇跡でも運でもない。それは事前の準備に基づく必然の結果だ。

 

だが私はそれを口に出さず、喧騒から少し離れた位置で眺めていた。

野暮というものなのだろう。喜ぶ彼らの邪魔をすることが得策ではないことは十分に理解していた。

 

そんな中、正面から一之瀬帆波が穏やかな笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

 

「竜崎くん、お疲れ様。みんな無事だったよ。……本当に、君の言う通りになったね」

 

彼女の声音には、安堵だけでなく、私という人間の底知れなさに対する戦慄の色が混じっていた。

私はそれに反応せず、いつも通り淡々とした口調で返す。

 

「当然の結果です。負ける要素は無かった」

 

「……そうだとしても、ここまで上手くいくとは思わなかったな。みんな、竜崎くんのお陰だって感謝してたよ」

 

一之瀬帆波の言葉を適当に受け流しながら、私は親指の爪を軽く前歯で噛み、あの試験の裏で行った作戦の全貌を、脳内で改めて整理した。

 

「難しく考える必要はありません。今回の試験の肝は、学校側が用意した『ペア決めの法則』の看破と、『中間層のコントロール』、そして『裏切り者の利用』。この3点に尽きます」

 

私は指を折りながら、論理を組み立てていく。

 

「まず第一に、ペアの法則です。『小テストの最高点と最低点の所持者から順番にペアを組む』。これを見抜くことが最初の関門でした。これがランダムなら運任せになり、元Dクラスのような悲惨な内紛と退学者を生む。ですが上位と下位が組む法則であれば、容易にクリアできます」

 

「うん。そしてその法則の問題は『中間層』。彼らをどうにかしなきゃいけなかったんだよね」

 

「その通りです。この試験で重要なのは同じ実力同士が組んでしまった場合のこと。だからこそ、私が以前のテスト内容から逆算し、『中間層の点数調整』を指示しました」

 

成績下位10人は白紙提出、上位10人は実力通り。

そして問題の肝である中間層には、あらかじめ把握させた苦手科目ごとのグループを作り「誤差5点以内」の指定点数を取らせた。

ランダムな事故を排除し理想的なペアリングを、生徒の点数操作によって作り上げたのだ。

 

さらに、もう一つ。これが最大の勝負所があった。

 

『裏切り者』の存在。

Aクラスにいるそれを利用した。相手が『自分たちが優位に立った』と錯覚するように誘導し、それを信用させた。

 

保険としてBクラスの裏切り者には葛城の動向を探らせている。

仮に問題を坂柳有栖にも共有した場合は、もう一つ作成していた問題にすり替える事を視野に入れていた。

 

結果として坂柳有栖は誇りを優先し、敗れた。

退学者は2組、つまり4人も出てしまった。自派閥から出してしまった以上、葛城との派閥争いは実質的に停戦となるだろう。

 

彼女は自らのプライドを捨て、葛城の手を取るしかなくなった。

すべては私の掌の上だった。

 

そんな考えをしていると知らない一之瀬帆波は、私にどこか誇らしげに微笑む。

 

「キミは本当に全てを見通していた。誰も傷つかずに勝つなんて理想を本気で実現しようとしてるんだね」

 

「理想ではありません。全員生存、それ以外を考える気がないだけです」

 

私はそれ以上語ることもないとばかりに背を伸ばし、踵を返した。

その足取りには、完璧な勝利を収めた者の傲慢さすらない。

ただ、次の難問を待ち望むかのような、知的好奇心だけが胸の内で息を潜めていた。

 

私は静かな廊下を歩きながら、ふと、あの準備段階のやり取りを思い出す。

どう問題に工夫したのか?それは単純だった。

 

***

 

 

「貴方が以前言っていたでしょう?『実在する大企業』でも行われてるって」

 

私は坂柳有栖と対面する少し前に職員室で仮問題の検査を行っていた。

その時に居たのはBクラスの担任である真嶋とDクラスの担任である茶柱だ。

 

「……確かに言った覚えがあるな」

 

「だから私も考えたんです、実在する学校が行った方式なら通せるって」

 

私が取り入れた方式とはいわゆるクイズ形式だ。

 

例えば、

・5×5のマス目に1~25の数字を入れ、和を等しくする時、指定したマス目の数字は?

・都道府県名を漢字で書いた時、画数が11画となるものを全て挙げよ。

・ことわざと故事成語の組み合わせを作った時の仲間外れはどれ?

 

どれも、問題としては難しくない。重要なのは『量』と『質』のバランスだ。

 

誰もが最初は面を食らうが相手は元Aクラス、直ぐに適応してくる。

ならば、難問と、簡単な問題を入り混じった問題を作るだけだ。試験は限られた時間内で行われる。

優等生である彼らはまず、どういった問題があるかを確認するだろう。

 

その際に見られると予想したページの難易度を上げた。

それにより、精神的プレッシャーを与える。この特殊な問題が後50問も続くのか?という絶望感を植え付けるのだ。

中にはクイズ形式ではないただの難問もあるが、アプローチの仕方は違う。対処法が次から次に変わり続ければ、人間の脳は容易に混乱する。

 

「幼稚園の段階でクリアするんです。なら、高校生である彼らは解けて当然ですよね?」

 

幼稚園の入試などでは、こうしたクイズ形式を採用することは珍しくない。

目的は柔らかい発想や数の感覚を掴む、成長の補助的な側面が大きい。

私はそこに注目した。ならその基礎的なプロセスは既に出来ていて当然なのだと。

 

「…ッ」

 

「私はこれでも譲歩してあげました。相当簡単な問題もある程度混ぜ込んであります、それさえクリアすれば赤点は取らない程度の温情は残してあるのですから」

 

その言葉に彼はもう言い返せないようだった。最後に隣で静かに行く末を見守っている茶柱に確認を取る。

 

「だからこれで退学者が出れば、彼らの実力不足。この学校の理念に則した結果でしょう。そうですよね?茶柱先生」

 

「あぁ、そうだな。これは試験の枠組みから外れた問題ではない」

 

茶柱は私の質問にわずかな葛藤の色を滲ませながらも肯定した。そして、これ以上抗う余地がない事を察したのか、真嶋もゆっくりと重い頷きを返した。

これで私の勝ちは確定した。

 

「そうですか。では先生方、お疲れさまでした」

 

 

 

…これが私の取った策だった。

 

今回の特別試験、通称ペーパーシャッフルは

AクラスとBクラス、CクラスとDクラスの直接対決だった。

 

合計得点が高いクラスが+100cp、負けたクラスが-100cp。

実質200cp貰える美味しい試験だった。

 

Aクラス(竜崎) 1304cp→1404cp(Bクラスに勝利したため+100cp)

Bクラス(葛城) 1074cp→ 974cp(Aクラスに敗北したため-100cp)

Cクラス(龍園)  292cp→ 192cp(Dクラスに敗北したため-100cp)

Dクラス(堀北)  275cp→ 375cp(Cクラスに勝利したため+100cp)

 

この結果によりCとDクラスは入れ替わる事になった。

Cクラスは退学者を出す事には成功したようだが、クラスの学力でDクラスに負けた。

純粋な学力勝負を仕掛けたのだから、その結果は当然だったと言える。

 

だが、結果的には狙い通りとも言える。

Dクラスは退学者が出た事によりクラスが空中分解しており、ここからの再起は容易ではないだろう。

あの綾小路清隆が、この絶望的な逆境からどのように這い上がるのかが見物だった。

 

学年の退学者としてはBから4人、元Dから2人。数は少ないがまだ序章だ、これからもっと増えていくだろう。

その未来に心を躍らせながらこの後の予定を考える。

 

「…少し暇になった、彼らを呼び出して今回の試験の感想戦に付き合ってもらうか」

 

そう独り言ちると、私はポケットから携帯端末を取り出したのだった。

 





因みに船上試験で貰ったポイントがあれば退学者を救済出来るって話ですが
あったとしても一人しか救えない上に元Dクラスは各々で使い切ってるので無理です。

※一之瀬と龍園はしっかり貯金してます。
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