ようこそ世界一の探偵がいる教室へ   作:叙述トリッピー

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よう実0巻の独自解釈があります


page 27 犠牲

 

神崎隆二の独白。

 

 

力を持っているのに、それを使わない。これがどれだけ愚かな事なのか俺は良く知っている。

幼い頃に触れた、あの冷徹なまでの合理主義が心に焼き付いている。

 

俺は、凡人だ。俺には力が足りない。

大勢を引っ張るカリスマも、一之瀬のよう者を惹きつける優しさも、俺は持ち合わせていない。

ただ冷めた現実を見つめ、歯噛みしながら水面下で燻るだけの、中途半端な男だ。

 

だが、それを変えてくれた人間も居た。

竜崎正、あの男のお陰で俺はAクラスになれている。幼い頃に聞いた尊敬する人物の言葉を体現しているかのような人物だった。

持つ力を思う存分振るう、理想的な存在だった。

だからこそ俺は考えている、ならそんな人間にどうやったら貢献出来るのか?と。

 

色々とやった。

竜崎が求める事を、出来る範囲内でこなして来たつもりだ。

 

だからこそより理解した。

…結局、これは俺でなくても出来るものだ。

 

「竜崎、お前は何故俺を頼るんだ」

 

考えても分からなかった俺は、ついに本人に聞いてみる事にした。

きっと竜崎も俺が思い悩んでいる事には気づいていたのだろう。最近は回される仕事は前よりも少なかった。

 

「貴方が自分探しをするとは。そんなタイプには見えませんでした」

 

竜崎から人気のない場所で話そうと言われた為、俺たちは食堂から離れた位置に移動してきた。

夜が近いからか、昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったその場所は少し薄気味が悪かった。

 

「…俺は、自分は探してはいない。だが、止まっていることは自覚している」

 

「それは貴方らしい感想ですね」

 

自分。そんな行動の指標を悩んでいるわけでは無い。

俺が今、一番気がかりなのは竜崎がどう考えているのかだ。

 

「気になる事がある。竜崎、お前は俺のどこに価値を感じている?」

 

暗がりの中、竜崎はその言葉に動きを止め、わずかに逡巡した。

そしていつものように唇に右手の親指を乗せ、特徴的な黒い瞳で月明かりを吸い込むようにじっと俺を捉えた。

 

「価値ですか?神崎くんがそんなふうに思い悩んでいるとは、少し意外でした。

あなたはいつも真面目で、クラスのために、目的のために誰よりも行動してくれている。私から見れば、非常に頼もしいですよ。」

 

「……」

 

「価値、そんな言葉を使うのは視野が狭いと思います。貴方のその迷いこそが私の予測を裏切らない要素になっている、私はそう評価していますよ」

 

俺も一瞬、それに縋りそうになった。 だが、その奥底にある乾いた響きに、俺の直感が警鐘を鳴らす。 分かっていることがある。この男の本心はここまで人間臭くないはずだ。

 

「…竜崎、聞いても良いか」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「それは、本心か?それとも俺を推し量っているのか?」

 

「もちろん、本心ですよ。私は──」

 

スラスラと言葉を紡ぐその様子に、俺の中で何かが冷めていくのが分かった。 竜崎という人間は、俺を相当低く見積もっている。

この男が俺に求めているのは、あくまで何の変哲もない凡庸な役割にすぎない。それ以上を、期待すらしていない事実を再認識したからか、俺の心は重く沈んだ。

 

「…竜崎、もういい。お前がそんな上っ面だけの言葉を掛ける人間でないことは俺でも分かる」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。それはお前の本心では無いのだろう」

 

俺の突き放すような声に、竜崎はわずかに目を見開いた。

そして竜崎は答えを返さず黙り込んだまま、しゃがみ込むようにして近くにあった茂みの葉を指先で軽く撫でた。

 

その行動はいつも他人の思考を読み解こうとする男が、目の前の人間を「計算外の個体」として改めて認識し直したような、そんな驚きの色を含んでいるように感じた。

 

「…では話を変えましょうか。神崎くん、貴方は自分を現実主義で合理的な人間だと評していますか?」

 

「そうだ。自画自賛のようで申し訳ないが、そう思っている」

 

冷たい夜風が俺たちの間を通り抜け、木々の葉をカサカサと鳴らす。

そんな中、竜崎はゆっくりと立ち上がりゆっくりと首を横に振った。

 

「過剰な現実主義は絵空事と同じになりますよ」

 

「絵空事だと?」

 

「じゃあ例え話をします。合理的ではない人間を神崎君は愚か者だと思いますか?」

 

「そうだな。俺は感情的に動く人間を好んでいないな」

 

「でも人間には感情がありますよ?誰もが合理的に動く訳が無い。貴方の訴えに応じない時点で分かる事でしょう?」

 

正論だった。確かに、現実主義は自己完結の場合は問題ないが、他者にまでその範囲が及ぶとなると話は変わるからだ。

竜崎は僅かに距離を詰め、俺の目を覗き込むように言葉を紡いだ。

 

「私は現実主義者が貴方の正しい評価だと思っていまし(・)た(・)」

 

「した?何故過去形なんだ」

 

「貴方はある意味、イデアリストです」

 

「イデア?理想主義者という事か…?俺が」

 

「はい。そう言われることに思い当たる節はありませんか?」

 

それは違うという思いと、心のどこかで蹲っていたそうかもしれないという思いが俺の頭でせめぎ合った。俺の喉が無意識にごくりと鳴る。

竜崎は俺のその様子を確認した後、淡々と核心に迫っていく。

 

「貴方は一之瀬さんに改善を求める事しかせず、自らは行動していない。これは口で言えばいつか自分の考えを理解してくれるなんて考えじゃないですよね?」

 

「それは…」

 

「神崎くん、あなたの問題提起は100%正しい。ですが実行を伴わないそれはただの戯言ですよ」

 

図星だったからこそ、反論の言葉が出なかった。

俺は「現実主義」という言葉を盾にして、冷徹に割り切る覚悟からも、一之瀬のように泥を被ってでも誰かを救う事からも、両方から逃げていただけではないのか。

 

いざという時に痛みを引き受ける勇気すらないくせに、安全な場所から冷めた顔をして「これが現実だ」と言い訳をする。

そんなものは現実主義でも何でもない。ただの臆病者の保身だった。

 

理想を語る人間をどこかで冷ややかに見下しながら、実は自分自身が、理想を願っていた。

そんな笑い話になっている現実を俺は認識した。

 

「だからある意味、貴方がこのクラスに配属されたのは運命なのかもしれません」

 

竜崎は、どこか嬉しそうにそう呟いた。

俺はその仕草が演技では無いが、良い意味でもない事に気が付いた。

 

「貴方は冷徹な現実主義者などでは無く、元々は情に厚い人物だったんでしょう?」

 

「え、?」

 

「ある日を境にその考えが反転した。貴方はその出来事で自分を変えざるを得なかった。違いますか?」

 

その言葉で脳裏に、いつの日かの光景がフラッシュバックした。

 

──あの時のパーティでも言われた事だった。

「もし友達なら助けた?それとも見捨てた?」その言葉を俺は即座に否定できなかった。

あの出来事では見栄を張るために嘘を言ったアイツが悪いと断言できる。

 

だが、それが俺の友達だった場合違ったのかもしれない。

 

俺が効率や実利を重んじる人間でありたいと願ってしまった日の事を想いだした。

いざその決断を迫られると『正義感』と『情』がブレーキを掛けていた現実主義に染まる前の話を。

 

「神崎くん、貴方は自分をリアリストだと思い込んでいるがそれは錯覚だ。本当のリアリストは無駄な情や迷いを切り捨てられる人間の事を言います」

 

その言葉は正論だった。真の意味での現実主義者とは尊敬するあの人や、竜崎の事を言うのだろう。俺はそれになりきれなかった、それだけの話だった。

 

「貴方の中にあるのは、そんな冷徹さでは無く、現状を何とかしたいという焦りと優しさへの未練という矛盾。だからそんなに苦しんでいるのではありませんか?」

 

竜崎は俺が現実に打ちひしがれている中、言葉を続けた。

 

「私はリアルとロマンはバランスが大事だと思っています」

 

「…バランス?」

 

「はい。だってどちらかに偏った人間は脆い。夢を捨て去る事を、夢に囚われる事を私はあまり好まない」

 

理想に傾倒し過ぎて足元を掬われる。

現実を見過ぎて雁字搦めになる。

人は、中途半端だからこそ生きていける。そう言いたげな竜崎の顔は、不思議なほど熱を感じないが、どこか冷め切っていなかった。

 

「私は正義が好きではありません。しかし、悪が嫌いなのです」

 

「悪が嫌い、なら正義は好きではないのか?」

 

「そんな一元的な話はしていません」

 

竜崎はそこで一度言葉を切り、わずかに口元を歪めて微笑んだような形を作る。

 

「中途半端。それは人間らしさじゃないんですか?」

 

その言葉に、胸を突かれたように思わず息が漏れ出した。

俺の人生観の根底にあったのは、いつだって「現実的」であることだった。

甘い理想論や、根拠のない希望にしがみつく人間は弱い。誰かを救うために全員で手をつなごうなどというのは、綺麗事の最たるものだ。

犠牲が出るなら切り捨て、クラスという組織の崩壊を防ぐことこそが、最善にして現実的な選択であると信じて疑わなかった。

 

だが──、しなくても良いのならしない方が好みだ。

 

「では、もう一度聞きましょうか。神崎隆二」

 

竜崎は、ふっと息を軽く吐き、俺に問いを投げた。

 

「貴方は自分の価値をなんだと思いますか?」

 

俺はこの答えを知っている。今理解した、竜崎が何を言いたいのかを。

これはきっと善意からの助言ではない。俺という人間をここで失うのが惜しいという打算からだろう。だが、それで選択肢が増えたのは事実だった。

 

「貴方はもう既に分かっていますよね?この問いの答えが」

 

「あぁ。俺はクラスの全員が生き残る道を探す。それを見つけてから、現実を見れば良い。

俺が現実と理想、そのどちらも考えた上で初めて答えを出すべきだ」

 

「そうですか、なら見せてくださいよ。貴方の可能性を」

 

確かに俺は「このままではダメだ」と口では言いながらも、一之瀬への配慮やクラスの輪を乱すことを恐れ、結局は半端な暗躍にとどまっていた。

だが、もう言い訳はしない。

 

自分の足元に落ちる頼りない影を見つめながら俺は小さく息を潜め、ポケットの中で冷え切った拳を強く、痛むほどに握り締めた。

もう逃げない。ここで立ち止まれば、本当に何者にもなれないまま沈んでいくだけだ。

 

竜崎はそんな俺の様子をしばらく眺めていたが、純粋な興味からか親指の爪を噛みながらボソリと話しかけた。

 

「…そんな貴方に一つ訊きたい事があります。」

 

「なんだ?話を聞いてもらったんだ、俺で良いのなら答えよう」

 

竜崎はわずかに目を細め、どこか遠くを見るような、自身に刻まれた記憶を掘り起こすような、長い沈黙の時間を置いた。

そして、決心したのかいつもよりも無表情で言い放った。

 

「誰(・)か(・)の(・)為(・)に(・)自(・)己(・)犠(・)牲(・)を(・)厭(・)わ(・)な(・)い(・)人(・)間(・)を(・)ど(・)う(・)思(・)い(・)ま(・)す(・)か(・)?(・)」

 

「……それはどういう意味だ?自己犠牲の先は破滅しか無いぞ」

 

「えぇ。貴方の言う通り、そんな人間はいつか壊れる」

 

だが、俺の回答は竜崎の求める答えでは無かったらしい。

竜崎はそこで一呼吸置き、わずかに声音のトーンを変えた。それは深い興味が入り混じったような響きを帯びていた。

 

「私はそんな人間を見たことがある。その人物は確かにギリギリの均衡を保っているだけだった」

 

「そうだ。自己犠牲は何も生まない、結局は誰も答えてくれないからだ。相手がその人と同じ感情を向けていない限り、空しく終わるだけだ」

 

「はい。ですがその人間は不合理だった。彼(・)女(・)は私の理解できない原動力を持っている、そんな気がするんです」

 

この言葉はきっと感動や尊ぶ気持ちではない。

論理の枠外に居るイレギュラーへの知的好奇心だ。だからこそ、俺の回答は聞きたいのだろう。お前ならどう考えるのか?それを聞き出したそうだった。

 

「神崎くん、“今”の貴方はそんな人間をどう思いますか?」

 

夜の森に響いたその問いに、俺はもう迷わない。

ぐっと握り締めた拳の痛みを頼りに、いつもよりハッキリとした声色で答えた。

 

「俺は──」

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

 

綾小路清隆の独白。

 

 

波乱のグループ決めが終わった日の翌日。

早朝の6時過ぎ。室内には起床の時間を知らせるアラームが鳴っていた。

室内は暗く、薄手の生地のカーテン越しですら日の光は視えなかった。

 

「もう朝か…?」

 

誰かがそうボヤキをした。それを皮切りに、生徒達は次々と身体を起こし始めた。

高校生と言えどこんな朝早くから活動を開始する事は早々無いだろう。

 

「はぁ、今日からこの生活か。めんどくさいな」

 

だからこそ愚痴が出るのは当然だった。溜息を吐きながら橋本はそう呟いた。

それに反応するように啓誠がジャージを着替えながら、まだ寝ぼけている生徒たちに目を覚ますように催促した。

 

「取り敢えず早く起きてくれ。誰かひとりでも欠けてたら減点…、おい待て!!」

 

「…っせぇなぁ!!なんだ朝から騒いで!?」

 

苛つきながら起きていた石崎はその大声に大声で返した。慣れない生活でグループ内の空気は最悪だ。だからこそ、余り問題を起こさないように細心の注意を払おうそういう約束をしたはずなのに、起きてしまったようだ。

 

「おい、竜崎が何処にも居ないぞ?」

 

「あぁ彼かい?彼はとっくに指定教室に行ってしまったのさ」

 

「は?待て。どういうことだ、それは?」

 

「おや?今日も素晴らしい天気なのに凡人の君の頭は曇ってしまっているらしいね」

 

その煽り文句に怒りを覚えつつも、一周廻って冷静になったのか啓誠は深い深呼吸を付きながらもう一度質問をした。

 

「つまり竜崎はとっくに起きて、出て行ったって事か?」

 

「そう言ってるじゃないか?フフ、本当に面白い男だよ。この私よりも先に起きて……いや、そもそも寝てないのかもしれないねぇ」

 

寝ないで夜を越した。この混合合宿において非合理だった。

人間は睡眠をしないと、能力が下がる。それをアイツが理解してないわけは無いだろう。

竜崎は何故、そんな事をしたのかオレには分からなかった。

 

「は?それはないだろ。幾ら何でも寝てないなんて、人間としてあり得ない」

 

「そんな話をしている場合なのかい?そろそろ集合時間になってしまうよ」

 

高円寺はやれやれと溜息を吐いた後、やはり彼とは違うなと吐き捨てた。

 

「高円寺に同意はしたく無いが、時間が無いのは事実だ。早く準備してくれ」

 

今は時間がない。初日の遅刻は一番避けたいところだ。

本来なら葛城などが仲裁しないと喧嘩でも起きそうだったが、今回は竜崎という抑止力が居るお蔭か喧嘩は起きなかった。

 

「分かった…、すまん」

 

「良いって、気にすんな。同じグループだろ?」

 

少し和やかになった空気のまま、オレたちは部屋を出た。

 

 

***

 

そしてグループ分けされた各学年の生徒たちが指定教室に到着集まってくる。

教室にいる人数は約40人程度、ほぼ一クラスと言ってもいい規模だった。

オレ達が上級生たちに挨拶していく中で、上級生の集団の中心に居る竜崎の姿が見えた。

彼はどうやら朝早くから、他学年と交流を行っていたらしい。上級生の1人が竜崎と肩を組もうとしていた。

ただ、それを嫌そうに手で制していたが。

 

その会話内容はここからは聞こえないが、オレは竜崎の動向観察を続けようとする。

…と考えていると、丁度教師が教室にやって来た。

 

「3年Aクラスの小野寺だ。これより点呼を済ませた後、外に出て指定された区画の清掃を行う事になる。その後は校舎の清掃だ。これは毎朝の日課で雨が降った場合には、外での掃除が免除されるが、その分校舎の清掃に倍の時間を使う為、清掃時間が短くなることはない。

それから今日から始まる授業は学校の教師だけではない。様々な課題を担当する方も来ているので、しっかりと丁寧な接し方を心がけるように」

 

そんな短い説明を受け、オレたちのグループは清掃へと向かった。

 

 

***

 

 

朝の清掃と座禅を終え、朝7時頃になった。

朝食の時間となったが昨日の夜に利用した大きな食堂では無く、外へと案内された。

 

「今日の所は学校側が用意するが、明日からは全てグループ内で作ってもらう事になる」

 

明日以降の調理方法などを軽く説明されるとともに、並行して朝食の準備がされていく。

献立は決まっているようで、何を作るか分からないなんて事態は起き無さそうだった。

 

「……なるほど」

 

「竜崎、何か悩みがあるのか?」

 

そう声をかけると、竜崎はゆっくりと首を曲げ振り返った。その右手の人差し指は相変わらず唇に当てられている。

 

「どうしましたか?綾小路君」

 

「いや、なにか問題が起きたのかと思っただけだ」

 

「あぁすみません、これだと糖分が足りないなと思いまして」

 

食事の内容はシンプルな一汁三菜だった。食欲旺盛な学生からすれば、物足りないだろう内容だ。ご飯のお代わりが出来ると言え、ひもじい生活であることは変わらない。

 

「平等にやるなら各学年が一回ごとに交代でどうだ?」

 

食事の最中、三年生の責任者らしき人物がオレたちに食事のローテーションを提案してきた。

残る時間全てが晴れだとすれば、朝食を作る回数は6回。作る順番が違うだけで、回数は同じ。不満を言うほどではない。だからこそ、了承の返事をしようとしたが石崎は違う方向を見ながら不安そうに声を上げた。

 

「俺たちは良いですけど…」

 

テーブルの端の方で食事をしている竜崎だ。この班は実質的にアイツがリーダーといっても良いだろう。葛城と龍園も居るが、竜崎にはカリスマという面で劣ると言わざるを得ない。

実際、他学年の生徒が竜崎に時折話を振っている程度には仲を深めているのだ。

アイツの意見を聞くのは必須だろう。

 

「ん?なんですかこちらを見て」

 

その何とも言えない視線に気が付いたのか、竜崎はこちらに目を向けた。

 

「…いや、竜崎はどうしたいのかなって」

 

その言葉が何を指しているのか考えていたのか、一瞬、沈黙の時間が流れた後、竜崎は要件の内容を察したのか返答を返した。

 

「…あぁその事ですか。私は作る気ないですよ」

 

「え?」

 

その言葉に石崎は口をあんぐりと開けた。驚きが直に表情に出て少し面白かったが、竜崎も3年の先輩も気にせず、会話を続ける。

 

「ああ、それは構わない。竜崎は特別に無しで良いぞ」

 

「え???」

 

「あぁ三年の方にポイントを払って食事を作らなくていい権利を買いました」

 

「そうだな、だから竜崎は免除でいい。代わりに1人、三年生を派遣するからな」

 

確かに初日、食事を作った事が無いとは言っていたが作る権利を購入するほどまでに嫌だとは思わなかった。隣に居る龍園と葛城も呆れたような表情を見せていた。

 

「え、そうなんすね。分かりました…」

 

石崎が気の抜けたような返事をしたのを見届けると、竜崎は目の前にある漬物を箸でつまみ上げた。

箸の持ち方が奇妙に歪んでおり、摘まむというよりは指先で器用に挟み込んでいるような形だった。

 

「しかし、このシステムはよく出来ていますね。金を対価として委託できるというのは、社会の縮図みたいですね」

 

竜崎は納得したように独り言を呟くと、漬物を口に放り込む。

そしてそれを、砂糖を大量に入れた白湯で流し込んだ。

そのあまりに異様な光景に、龍園は不敵な笑みを引っ込め、その行為にドン引きしたような視線を向けた。

 

「クク……、お前なぁ。自分の手足を使わずに金で解決するとは、悪党みたいなやり口じゃねえか?」

 

「悪党とは心外ですね、龍園君。これは適材適所ですよ。私に料理をさせたら、班全体の食中毒のリスクが跳ね上がります」

 

涼しい顔で言い放つ竜崎に、葛城は腕を組み、やれやれといった調子で深い溜息をついた。

 

「理屈は通っているがあまり推奨できるやり方ではないな。プライベートポイントの浪費は今後の試験における致命傷になりかねない。いくらお前の懐が暖かいとしても、無駄な消耗戦は避けるべきだ」

 

「ご忠告どうも、葛城さん。ですが心配は不要ですよ」

 

そう言うと、竜崎はまた白湯を一口啜り、再びあの猫背の独特な姿勢で考え込むように目を伏せた。

 

たしかに、葛城の言う通りポイントの消耗は痛手になり得る。だが、竜崎がこの合宿においてただ金にものを言わせているだけだとは思えない。

アイツが『三年生にポイントを払って調理を免除した』という事実。

その裏には、単純な労働の回避だけでなく、他学年との新たなパイプ作りや、情報収集、あるいはもっと別の裏の意図が隠されている可能性が高いと思う。

 

周囲の生徒たちが慌ただしく朝食を片付け、次の行動へと動き出し始める中、オレは竜崎の横顔を一瞥した。

この男は退屈な共同生活の裏で、何を仕掛けているのだろうか。

 

「さて」

 

竜崎は食事を終えたのか、トレーを持ち立ち上がった。

その後ろ姿を見つめながら、オレは静かに箸を置いた。

 

波乱の幕開けとなった二日目の朝は、まだ始まったばかりだった。

 




神崎隆二、覚醒ルートです。
言い忘れてましたが、この作品は彼らの成長物語です。
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