綾小路の独白。
一日がかりの長い試験が終わった。
オレたちのグループは想定より遥かに高い点数を取れた気がする。
それは高円寺という自由人が、思った以上に真面目に試験を受けていたからだ。
『駅伝』では竜崎もある程度やる気を出しており、不穏分子である2人が参加するのなら勝利は確定したも同然だった。
そして『筆記試験』において、オレは満点を取った。
この林間学校で学んだことがそのまま出されるテスト。要領を抑えていれば満点は容易だが、以前のオレならば難問を除いた95点で抑えていただろう。
だが、試験が始まる直前、ふと向けられた竜崎からの視線に気が付いた。
気まぐれか、あるいは挑発か。理由は分からない。
だが、アイツの視線を感じた瞬間、オレは予定を変更することにした。
そして全ての試験を終えたオレたちは体育館に集められた。
これから男女合わせて特別試験の結果発表が行われるのだろう。
時刻は既に夕方の5時前。
茜色の傾いた光が、体育館の壁面に規則正しく並んだ窓から横一線に差し込み、埃を含んだ冷えた空気を淡く染め上げていた。
「林間学校での8日間、生徒の皆さんお疲れ様でした。試験内容は違えど、数年に1度開催される特別試験。前回行われた特別試験よりも全体的に評価の高い年となりました。ひとえに皆さんのチームワークが良かったことが要因でしょう」
この林間学校を取り仕切っている初老の男が、体育館の壇上にて笑顔でそう総括する。
「では早速、結果に触れさせてもらいます今回の特別試験、男子は全グループが学校側の用意したボーダーラインを越えていました」
そう発表された時、男子からは一斉に安堵の声が漏れ出た。
現にオレの隣に居る啓誠も、緊張から固まっていた肩の力を抜き、ホッと胸をなでおろすように息を吐き出している。その後ろで石崎がその背中を叩いて、喜びを共有していた。
普通はそうだろう。退学という最悪を回避出来た、それだけで喜ぶべきだ。
だが、態々『男子』と分けて告げたその言い回しと、オレの少し前に居る男の様子どうにも引っ掛かった。
アイツは、周囲の喧騒など何処吹く風といった様子で微動だにせず、何処から用意したのか分からないパイプ椅子に体育座りで乗っていた。
だが、その違和感を一瞬にして吹き飛ばすほどの衝撃的な言葉が、次の瞬間に聞こえた。
「…誠に残念ながら、女子のグループからボーダーを下回る平均点を取ってしまった小グループが一つだけあります」
この宣告に、体育館を包んでいた空気は一気に凍り付いた。
誰もがこの試験のボーダーを上回り、退学する生徒なんて居ないと心のどこかで高を括っていたからだ。
騒めき立つ女子生徒達を傍目に、堀北兄は南雲の様子を一瞥した。終始浮べている不敵な笑みの理由を探るように。
…だが、オレは南雲の思い通りの結果では無いと察した。
「責任者──真鍋志保さんのグループです」
そう初老の男に哀し気な声色で読み上げられた言葉は、場の表情を一変させた。
「は?」
誰かが、そう呟いた。何かが可笑しいと誰もが思った。この試験で1人の生徒を嵌めようとしていた南雲は、特に呆気に取られていた。
多くの生徒が未だに事態の飲み込めない、そんな沈黙に支配された体育館。
そこで1人の生徒が、まるで主役の登場を告げるかのようにゆっくりと前に歩み出た。
猫背気味に背を丸め、髪は寝ぐせなのかぼさぼさだ。
そして、いつにも増して色濃いクマを携えながら、この事態が想定通りなのか表情を乱さない男──竜崎正に視線というスポットライトが集中した。
この男が堀北兄と南雲の勝負に乗らない時点で、怪しいとは思っていた。
竜崎は幼稚で負けず嫌いと自らの事を評している。仮にその言葉が本心なら、乗らない理由は無いからだ。
だからオレはこう感じていた。
まるでこの特別試験は、初めから勝ちが決まっているみたいだ、と。
「皆さん、一体どうしたんですか?まるでこの事態が想定外、そんな顔をしていますよ」
竜崎はゆっくりと溜めてそう切り出した。
生徒の何人かはその不気味な落ち着き様子に、固唾を飲んでいる。
まるで、これから始まる事を理解しているかのような様子だった。
「でも、確かに可笑しい」
竜崎は演技調にくるりと女子の集団で、焦りと暗い雰囲気を隠そうともしない人物へ視線を固定した。
「真鍋さん、そう思いませんか?」
名指しされた真鍋は、目の前の現実を処理しきれていないように硬直していたが、竜崎の声に刺激されたのか、忘れかけていた呼吸を荒く再開させた。
「貴女のグループは、そこまで実力の足りない寄せ集めグループでは無い筈です」
確かに、真鍋のグループのメンバー個人のスペックだけを見るなら、その指摘は正しかった。
オレのクラスからは櫛田、松下、篠原、佐藤、王。この5人は特別優れているわけでは無いが、劣っているわけでも無い。
そしてそれは他クラスも同様だった。だからこそ、真鍋以外の生徒達も竜崎の言葉の真意にジワジワと気づき始めていた。
「──つまり、貴女を嵌めた人間が居る」
竜崎はその答えを、淡々と告げた。
このグループ内で、真鍋が責任者であることを利用して退学に追い込もうとしている人間が居る。そう、断言したのだ。
「では今の貴女が取れる手段の一つ。この特別試験のルールの肝、『ダウトゲーム』を開始しませんか?」
ダウトゲーム。それはこの試験において、グループの平均値を捏造した者を裁くためのルールだ。
竜崎は暗に、いや多くの生徒の前でこう言っている。『お前のグループの誰かが平均値を下に捏造している』と。
「では状況を整理しましょうか?このグループにおいて犯行の動機がある人間は誰だと思いますか?」
動機。まるで目の前で起きた密室殺人事件の謎を解き明かす名探偵のように、竜崎は淡々と情報を整理していく。
真鍋は、そんな視線を向けられるプレッシャーに耐えるように頭を抱え、記憶の底から一つの名前を絞り出した。
「し、篠原ならあり得ると思う…」
「へぇ。篠原さんですか?それは何故」
竜崎は無表情のまま、どこか興味のないような、それでいて探るような言葉を零した。
それに気付いていないのか、真鍋は林間学校での共同生活の中で蓄積された鬱屈と確執を、堰を切ったように語り始めた。
「篠原と私は馬が合わなかった。だから、この試験中も毎日のように些細なことで口喧嘩ばかりしていたのよ……!」
「それは確かに、犯行に走るには十分過ぎる動機だ」
竜崎は右手の親指を自身の口元に寄せ、爪を軽く噛みながら、自らの推理を語り始めた。
「ですが、少し見当違いですね。動機なんて、このグループの全員にある。 貴女のことを人間的に嫌悪している人間。あるいは、龍園君に対する個人的な私怨を晴らすための八つ当たり。理由は、探そうと思えば無限に転がっている」
真鍋の所属するDクラスは、この学校に入学して以来、周囲から好かれない、あるいは敵を作るような手法を好んで取り続けてきた。
だからこそ、この状況で『彼女を恨んでいない理由』を探す方が難しいほど、多くの生徒が好意とは程遠い感情を抱いていたのは事実だった。
「…ただ、私は心当たりがあるんです」
竜崎は犯人を捜すように、女子の一団へとゆっくりと視線を巡らせ、やがてその動きをピタリと止めた。
黒く、深淵のような光の無い目を大きく見開いて、竜崎は死刑台に1人の人間を送った。
「──白波さん。貴女何故このグループに居るんですか?」
突然名前を呼ばれた白波千尋は、何が起きたのか理解できず、おろおろと周囲に視線を泳がせたが、隣にいた姫野に背中を押される形で、舞台へ引きずり出された。
「貴女の行動理由はクラスに貢献したいから。そうでしたね?」
「え……、う、うん。そうだよ?」
「それは可笑しい。貴女はそんなアクティブな性格じゃないはずだ。精々、一之瀬さんと同じグループに入れるよう切望するのが関の山です」
白波という人間をオレは深くは知らない。が、確かにリスクを背負ってクラスのために奔走するようなタイプではない事くらいは知っていた。
「もう一度聞きます。何故このグループなんですか?」
逃げ場を塞ぐように冷徹な問いを投げかけると、竜崎はさらに踏み込む。
「じゃあ、ダウトゲームを開始しましょうか?真鍋さん。私が検察をしてあげます。充分に情報は出してください、貴女の目が頼りだ」
「え、分かった…」
真鍋は竜崎に流されるようにそれを了承してしまった。この場は竜崎に支配されている、だからこそ小心者の真鍋は断れなかった。
「では、疑問を挙げます。貴女はそこまでクラスを気にする人間でしたか?」
「私は、今のクラスに申し訳なくて…」
「分かりやすい嘘ですね。貴女はそんな殊勝な事を考える性格じゃない」
竜崎の追及は止まらない。犯人がボロを出す事を待っている探偵の様に淡々と情報をぶつけていく。
「次の疑問。それは度々授業や部屋から居なくなっていたらしいじゃないですか?その時間何してたんですか?」
「……た、単純に、お手洗いに行っていただけだよ……!」
「そうですか? では、同じグループの姫野さんに質問です。彼女が居なかった時間は、ほんの短時間でしたか、それとも長期間でしたか?」
姫野はわずかに眉をひそめ、冷めた声で事実を告げた。
「一時間ぐらいいないときもあったけど」
「へぇ。じゃあ貴女はどこのトイレを利用してたんですかね?この施設は一定区画ごとにトイレは設置されている。それなのに、わざわざ遠く離れた場所のトイレを利用していたとでも?」
「──それは違います」
そんな張り詰めた空気を切り裂くように、声が割り込んだ。
周囲の生徒の間から、「なんだあいつ……?」「正気かよ……」と戸惑いのざわめきが漏れ漏れる。
しかし、当の本人はそんな視線を一切気にする様子もなく、制服の裾を退屈そうにつまみながら一歩前に出た。
「貴女は…」
独特のこだわりを感じさせる結び目のローツインテール。
動きに連動して揺れるその髪の間から覗く横顔は、驚くほど感情が読めない。
人形のように整った顔立ちでありながら、その瞳に宿るのは、相手を値踏みするような鋭い好奇心だった。
「私は森下藍、初めまして竜崎正。ナイストゥミーチュー」
突如として前に躍り出た森下は、緊迫した空気などまるで気にする様子もなく竜崎の目を真っすぐと見つめた。
「で、何の用ですか」
「通りすがりの美少女、ここに参上ってやつです」
「……ふざけているのですか?」
「ふざけてません。 証拠にほら、私、今すごく真剣な顔してます」
言って、森下は全く表情を微動だにさせないまま、両手の指で自分の口角を無理やり不気味な形に引き上げてみせた。周囲の空気がさらに冷えるが、本人は至ってマイペースだった。
「……話を進めます。答えはズバリ、私が白波千尋を弁護します」
「この絶望的な状況から、ですか。 いったいどんな勝算があるんです?」
「勝算? そんなかっこいいものはないです。これはその場のノリというやつです」
「……」
この場にいる人間はその言葉で絶句した。全校生徒の視線が集まる場にノリで出てくる人間が居るなど信じられなかったからだ。
「そんな干乾びたスルメを見るような顔しないでください。ちゃんと中身のある話も用意してます。早速、私の脳内会議の結果を述べてもいいですか?」
「どうぞ」
「その疑問は解消できます。私はこの名探偵・藍ちゃんアイで見ました。白波千尋が大グループの先輩と雑談していた事を」
「雑談ですか?それはおかしい。白波さんは先輩と積極的に話す人間ではない。つまり、協力を仰いでいた可能性もあります」
竜崎は疑うような目を白波にぶつけた。それに彼女は怯えるがそれを遮るように森下が間に身体を割り込んだ。
「それは違います、竜崎正。それに先輩は何を協力するつもりなのですか?大グループの順位は小グループの順位には関係ないですよ」
確かに、同じ大グループになっただけの先輩が白波に協力できることは少ないだろう。
「なら、アリバイを作る目的ならどうなりますか?捏造する時間が無いよう隙間なく存在を証明する手段の相談。これは在り得ますよね」
「それは無いです。私はずっと白波千尋を見ていました。寝ている時以外は」
「森下さんと白波さんはずっと一緒だったと証言するわけですか?」
「はい。ほぼすべての時間、同じ空気を吸ってました。もはや運命共同体です」
森下は白波の手を取って、自分の小指と彼女の小指をくっつけた。
「ほぼ?なら貴女と共に居ない時間はどうする気ですか」
「その空白の時間の幾らかは保証できます。それは私の我儘のせいです」
「お願い?」
「はい。私はぬいぐるみが無いと寝れないピュアな乙女なんです。なので、白波千尋に『うさぎちゃんを捕まえてきて』を唄いながら探してもらいました」
森下はややリズム調に聞いた事も無い歌を言い始めた。世間ではこんな歌が流行っているのか?そんなオレの疑問には誰も答えてくれないらしい。
話はオレの思考を置いてきぼりにして、進んでいた。
「それは本当ですか。白波さん」
「えっ!? う、うん……! そうだよ、森下さんのお願いで、森の奥までうさぎを探しに行ってさ……!」
「いや、うさぎなんているわけ無いんだけど?」
姫野の辛辣なツッコミが飛ぶが、森下は涼しい顔で受け流す。
「細かいことは気にしない精神ですよ、姫野ユキ。ロマンが無いです」
「成程、それは失礼しました」
「うむ。よきに計らえ、検察官殿」
周囲の冷ややかな視線などどこ吹く風とばかりに、偉そうにふんぞりかえってみせる森下。だが、竜崎はその茶番をスルーし話を切り替えた。
「ですが寝ている時はアリバイが無いですよね?」
「はい。でも捏造は絶対不可能です。何故なら私たちが寝ているのは夜の10時頃。その時間、教師にこっそり近づくのは無理ゲーです」
「…教師も就寝しているから、ですか?」
「はい。それに夜の校舎はホラー映画より怖い。深夜に近い時間、廊下を照らすのは月明りのみ。そんな状況、懐中電灯でも無ければまともに移動できないです」
「では懐中電灯があった場合、それは可能という事ですよね?」
「それについては保証できます。先生に質問です。林間学校においてライト類を生徒にコソッと貸し出した不届き者はいますか?」
その質問に対し、先生方は一斉に首を横に振った。つまり、それについては疑う必要は無いという事だ。先生が生徒を贔屓することは無いからだ。
「成程、分かりました。そしてこの試験において携帯電話も回収されている、月明りのみで辿り着く無理やりな言い分しか出来なくなった訳ですね」
だが、その説は破綻した訳でない。無理筋だろうと勝ち筋ではあるのだ。ならその可能性を追うのも正解だ。
「ならその無理筋を推します。月明りのみで辿り着くという選択肢は捨てきれない。先日以外は天気が良く月は良く見えていた。つまり、不可能ではない」
「鬼ですね竜崎正。そんなムチャぶりを言うなんて、前世は妖怪ですね?」
「……話を続けます。なら疑問があります。全生徒が寝ていた、そんな保障はあるんですか?」
「へぇ?」
「この林間学校という慣れない環境で全生徒が深い眠りに付くのは難しい、何人かが廊下を出歩き、眠るきっかけを捜していても可笑しくない」
竜崎は森下の話を頭で整理しているのか、じっくりと時間を使いながら次の言葉をしゃべり始めた。
「成程。誰にも見つからず光の少ない中廊下を歩く。これが不可能だと。なら今この話を聞いている生徒に質問です。廊下において白波千尋に出会った人間は居ますか?もし証言が出るなら報酬としてポイントを差し上げますよ」
だが、誰も声を上げなかった。この場で声を上げる事に怖気づいたのは理由の一つだろうが証言が嘘だった場合ペナルティがある。
竜崎はそれを加味して報酬にポイントを着けたが、態々知らない生徒の為に嘘の証言する気は起きなかったらしい。
「答えは完全なる沈黙。ですね、竜崎正?」
「そうみたいです。残念な結果になりました」
少しも悔しそうじゃない雰囲気で、竜崎は親指の爪を強く噛んだ。
「ただ、一つ疑問が出ました。森下さん、貴女はグループに捏造者が居ないと言いたいわけですか?」
「いいえ、違います。私はこのグループに、とんでもない裏切り者が居ると断言します」
「何故、断言できるんですか?」
「──何故なら、真犯人はこの私なのだから」
「…それで白波さんが点数を捏造していない根拠は何ですか?」
「あれ。盛大に「マジかよ」ってざわめくところですよ? そこは空気読んでください竜崎正」
「貴女のそんな分かりやすい嘘に騙されるほど、私は馬鹿では無いです」
「…ぐぬぬ、手強いです竜崎正。貴方はAIみたいに感情のパラメータがゼロです」
無表情のまま微動だにせず、しかしどこか悔しげなオーラを出す森下を竜崎は冷めた目で見つめた。
「無表情で悔しがられても何も感じません。それで本当の根拠は何ですか」
「──それはこの私の直感です」
森下は自分の頭をつつつ、と人差し指で指し示した。
「直感、そんな不確かなもので犯人ではない。そう貴女は言いたいんですか?」
「はい。やはり彼女にそこまでのメンタルは無さそうです、私の分析では」
森下は、直感という曖昧な感覚に信頼を置いているようだった。
そして、竜崎はそれを否定しなかった。
「私は彼女を深く知らない。突飛な発想に至った経緯を想像でしか語れない。でも真鍋という人間に恨みは無く、それを実行するだけの勇気も無いと判断しました」
その言葉に竜崎は両手を上げ、降参のような仕草をした。
「……成程。ではこの討論は私の負けですね。貴女の推理はとても素晴らしいものでした。私は感動しました」
感情は読めないが、心なしか柔らかい笑顔をして、竜崎は素直に森下を褒めた。
「やったー。藍ちゃん大勝利です。拍手をください」
そしてその言葉に竜崎だけが拍手をし、誰もが無言になった静かな体育館に乾いた音は木霊した。
(竜崎が負けた…、それは本当か?)
だが、オレはこの結末に疑問を覚えた。
竜崎が議論で負ける姿を想像もしてなかったのもあるが、こんなあっさりと負けを認める方に違和感があった。
オレの想像上の竜崎なら、屁理屈でねじ伏せるか、あるいは面白がって話を広げるはずだ。何せ竜崎は、予測不能な人間には食いつくような性格なのだから。
それに、白波は本当に犯人なのか?
仮に捏造した本人なら竜崎らしくない迂闊さだ。何せ、この議論で森下が負ければ白波は退学してしまう。それは竜崎を望んでいる未来じゃない筈だ。
何せアイツはクラスの誰も欠けない結末を望んでいる、ならこれは危険な賭けでしかない。
そして次に疑うのは櫛田と姫野だ。
この2人は竜崎から指示をされれば捏造をするだろう。
だが、それは露骨すぎる。竜崎がそんな分かりやすい人間にやらせるのか?
仮にこの2人が犯人だとバレて、ダウトされる。そして退学となった場合、救済するしかなくなる。
何故なら救わなければ、私は裏切っているとバラされ竜崎の立場が悪くなる。
既に作っている裏切り者から、用済みと成れば切られるのだと認識されてしまう。
つまり、今までに名が挙がっていない中に裏切者候補がいるのではないか?
オレはそう考えている。
そんな両手でピースサインを作る森下に負けた筈の竜崎は
「真鍋さん、一つ訊いても良いですか?」
「なに、今それどころじゃ…」
真鍋は唯一味方?をしてくれた竜崎が討論で負けた事により、もう後が無い事を理解しているらしい。先ほどから僅かに痙攣して、冷や汗を滝のように流していた。
「貴女には道連れする権利がありますよ」
「え、」
「誰にしますか?貴女がこのグループで、誰を潰したいですか?」
まるでどの料理を頼もうかとメニューとにらめっこする子供のような気軽さで、竜崎は誰を道連れ相手に選ぶのか問うた。
「櫛田さんも良いですね、彼女が居なくなればCクラスは終わる。
藪さんでも良い。仲良いんですよね?なら一緒にこの学校を去るというのも一つです」
名前が挙げられた人間は顔を青くする。選ぶのは真鍋だが、今の彼女は竜崎の言葉なら流されそうな危うさがあったからだ。
「でも。違いますよね?貴女が本当に消したいのは、そんな人間じゃない」
「…そうなの?」
「はい。貴女にも心当たりがあるはずだ、この混合合宿において最も嫌悪したであろう相手ですよ」
そこまで聞いて竜崎の考えの一部をオレは理解した。
誰が捏造したのかは分からない。だが何故、真鍋を擁護したのか。何故、姫野と櫛田をこのグループに入れてまで真鍋と篠原を同じグループに入れたのか。これはこの時の為だと察してしまった。
「…篠原さつき」
「そう。彼女が最も適切だ」
その名前が告げられた瞬間、ざわめいていた体育館の空気が静まり返った。
真鍋は自分の口から零れ落ちた名前に縛られたように、顔を真っ青に染めて震えている。 篠原さつき、同じグループでありこの林間学校の間中、些細な小競り合いを繰り返してきた因縁の相手。
「……そうよ。あいつよ……!」
恐怖と、それ以上に溜まりに溜まった憎悪に突き動かされるように、真鍋は声を震わせながら叫んだ。
「毎日、毎日私をバカにしたような目をしやがって……! 私のグループの点数が下がったのも、あいつが裏で足を引っ張ったからに決まってるわよ!」
狂気すらはらんだ真鍋のその選択に、周囲の女子生徒たちが息を呑む。 そしてその言葉は、竜崎が描いていたシナリオ通りの結末だった。
しかしオレは違和感を覚えた。
確かに篠原は良いスケープゴートだった。櫛田と姫野、竜崎に組する2人にヘイト向けない為の、良い当て馬だった。
だが、真鍋はなんだ。何故、真鍋を狙った?
(オレのスパイを消す、という事か?)
それなら辻褄も合う。
竜崎は各クラスにスパイを散りばめている。そのメリットは多くの情報が入ってくること。そして情報の優位性がある事。なら、他の人間のスパイがいるのは都合が悪い。独占状態の方が、スパイの価値は高騰するからだ。
「素晴らしい回答ありがとうございます、真鍋さん」
竜崎は満足したように小さくうなずくと、深淵の色を濃くした目を細めた。
そして理解した──、この試験で竜崎が狙っていたのはオレ。
船上試験で棚ぼた的に作れたスパイ、それを潰す為だけの茶番劇。森下という女子生徒の意図は分からないが、あれはただの気狂いだと予想する。
(──そしてこの一連の流れはあくまで前座にすぎない、という訳か)
そう考えていると篠原が泣き喚き、真鍋を罵倒している姿が目に入った。
真鍋という人間は最後まで自己犠牲をしなかった。最後にクラスへ貢献することはせず自らが憎む生徒を道連れする。そしてそれは篠原も変わらない。同類が相打ちになった、それがこの物語の結末だろう。
(もしかしたら竜崎は、成長性の無い人間が気に食わないから退学にさせたのかもな)
そんな荒唐無稽な理由を思いつくほど、この2人の醜態は見ていられなかった。
「すいません、時間を取りました。次の話をしましょうか、大グループの順位の話をね」
そしてその2人が先生に連れていかれ、体育館から消えたところで竜崎は話を再開した。
まだまだ竜崎の独壇場は終わらないらしい。
その時に
まだまだ続くよ、竜崎劇。