一之瀬帆波の独白。
私は、いつからこうだったんだろう。
私は自分が善人とか悪人だとか思ったことは無い。
けど、お母さんの願い通り素直では入れたと思う。
あの豪華客船の上で、私は竜崎くんと話をした。
『生きる為の優しさ』『愛が欲しいが故の行為』それを彼は否定しなかった。
だから私は、自分の咎を大きく目を見開いて受け入れたうえで踏み倒した。
正面から受け止めたうえで、それを乗り越えて、私はその先を走るために竜崎くんを利用するって言ったんだ。
でもそうは言ったものの、私は何も出来ていなかった。
利用する、竜崎くんみたいな凄い人を私は助けられても成長の踏み台にも出来ていない。
そんな風にウジウジ悩んでいる私を見兼ねて、彼は私を助けてくれてるのかもしれない。
──だからこんな事をしたんだよね?
ねぇ、キミは何を考えてるの。
───
いつの日かの放課後。
私はケヤキモールのカフェにいた。近くにある大きなガラス窓から差し込む夕日は、どこか切なさを帯びたオレンジ色で、制服のスカートを優しく染め上げていた。
「──ん、でね、この前買った新作のヘアオイル、すごく香りが良くてさっそく帆波ちゃんにも使ってみてほしいなって思って!」
向かいの席に座る麻子ちゃんが、目をキラキラさせながら楽しそうにそう言った。
その隣で、照れくさそうにカップの縁を指でなぞっている千尋ちゃんが、小さくうなずいている。
「わあ、ありがとう麻子ちゃん! いい匂い……甘すぎなくて、麻子ちゃんらしいすっきりした香りだね」
「でしょ? 千尋ちゃんも後で一緒に付けよー?」
「えっ、わたしも? う、うん、ありがとう……」
そのやり取りを見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じる。
クラスの皆を守らなきゃってプレッシャーや、特別試験のピリピリとした空気感。
そしてあの日に誓った言葉。そういった重たいものが、当たり前の日常を過ごしているとまるで嘘のように軽くなる。
「それにしても、こうして3人でゆっくりお出かけするの、久しぶりだよね」
私はグラスに入っているストローを咥えながら、噛みしめるようにそう呟いた。
「そうだねぇ。帆波ちゃんはいつも生徒会の仕事とかクラスのまとめ役で忙しいし、千尋ちゃんは、ねえ?」
「うっ。わたしは、その、みんなの足手まといにならないようにするので精一杯で……」
千尋ちゃんがシュンと肩をすくめてたから見兼ねた私が「からかわないの、麻子ちゃん」と優しく声をかけた。そしたら麻子ちゃんも同じポーズで落ち込んだ。
そのそっくりな姿に、私は思わず笑ってしまった。
「あはは、可笑しいなっ」
本当に、いつまでもこの日々が続いたらいいのに。
クラスのみんなを全員救いたい。誰も切り捨てずに、皆で一緒にAクラスで卒業したい。 そう望むのは甘いことだって、頭の片隅では分かっている。時々、自分の無力さに押しつぶされそうになる夜もある。
「でも、たまにはこうやって息抜きするのも大事だよ。ね、帆波ちゃん?」
麻子ちゃんのその言葉に、私はハッと顔を上げた。
「うん! 甘いケーキも美味しいし、麻子ちゃんのおススメの雑貨も見られたし……なんだか、すごく心が軽くなる感じがするなー」
私は今どんな顔をしているだろう。きっと、クラスの前で見せる笑顔なんかじゃなくて、ただの年相応の女の子の顔をしている気がした。
「……ねえ、次の休日はさ、もっと違う場所に行ってみない? ちょっとした小旅行みたいな感じでさ」
「いいね! 行きたい行きたい! 千尋ちゃんは休日、予定空いてる?」
「わたしは……うん、特に予定はないから、ぜひ一緒に行きたいな」
麻子ちゃんと千尋ちゃんの弾むような声を聞いていると、明日からまた頑張るためのエネルギーが、体の奥から湧き上がってくるのを感じる。
窓の外では、日が落ちて暗くなった景色に明かりが灯り始めていた。
私には守りたいものがある。
この笑顔を、この温かい居場所を、絶対に失いたくない。
だから、どんな壁が立ちはだかろうとも、私は進み続けなきゃいけないんだ。
「うん、絶対行こうね。次の休みが、今からすごく楽しみだなー」
カフェを出た後、私たちはすぐに寮へ戻るのではなく、そのまま並んで外を歩いていた。
夕暮れの冷たい風が頬をかすめるけれど、麻子ちゃんと千尋ちゃんと一緒におしゃべりしながら歩いていると、不思議と寒さは感じない。
「ねえ、見て見て! あそこのショップ、もう秋物の新作が出てるよ」
麻子ちゃんが指差した先には、お洒落なトレンドの雑貨が並んでいた。
季節の移り変わりは早い。ついこないだまでは暑い夏の中で特別試験に追われていた気がするのに、もう空気はすっかり冬の色だった。
「わあ、本当だ……。あのチェックのマフラー、すごく可愛いね」
私が足を止めると、千尋ちゃんもこてんと首を傾げて指で指してる方を覗き込んだ。
「うんうん、帆波ちゃんに絶対似合いそう! ほら、巻いてみてよ、ちょっとだけ!」
「えっ、ここで?」
「いいじゃん、どうせ冷えてきたし、試着ってことで!」
麻子ちゃんに背中を押されるようにして、私たちはお店の中へと吸い込まれていった。
店員さんの邪魔にならないようにそっとハンガーから外したマフラーを、麻子ちゃんが私の首元に巻きつけてくれる。
「ほら、見て。すごく似合わない?」
「うわあ……本当だ、すごく温かそうだし、帆波ちゃんの雰囲気にぴったり……」
「そうかな? えへへ、なんだかくすぐったいね」
鏡に映る自分を見ると、自分では普段選ばないような落ち着いた色合いのチェック柄が、確かに今の季節によく馴染んでいた。
竜崎くんがクラスの先頭に立って皆を引っ張ってくれてるとはいえ、私にも役割がある。
彼が皆から好かれてないから、それを補うようにばらけた意識を束ねる役目。
(竜崎くんも頑張ってるのに…)
でもきっと、それは間違ってない。彼は時折人の心が分かっていないような言動をすることがある。だから、私はそんな彼を助けたい。いつか、それが分かったら良いななんて願望が入ってはいるけどね。
この学校は、普通とは違う。
クラス間で争わなきゃいけない、そんな当たり前とはちょっぴりズレてる。
だからこうして可愛い小物を身につけているときは、なんだか自分がただの普通の高校生の女の子に戻れたような気がして、胸の奥がキュッと締め付けられた。
……こういう何気ない時間が、私にとってはすごく大切なんだ。
結局、そのマフラーは買わずに私たちは並んで学校の寮へと続く道を歩き始めた。
でも今度皆で買う約束はしたけどね、また新しい約束が出来たことに私は胸がポカポカした。
「ふあぁ……なんだかすっごく楽しかったけど、急に疲れが出てきちゃったかも」
寮の建物が見えてきたところで、千尋ちゃんが小さくあくびをした。いつもよりたくさん歩いて、たくさん笑ったから、無理もない。
「たしかに! 今日はたっぷり歩いたもんね。千尋ちゃん、ちゃんとストレッチして寝るんだよ?」
「うう、麻子ちゃんお母さんみたい……でも、そうするね」
「なにを!!私が老けてると言いたいのか、この口はっ」
「や、止めてよ…!!」
麻子ちゃんは軽く頬を膨らましながら、千尋ちゃんのほっぺたをぐにぐにと弄った。
でも2人は笑顔だった。これは親しいからこそのじゃれ合いだ。
この二人のやり取りを見ていると、自然と笑みが零れた。
「あはは、もうそろそろ勘弁してあげてね麻子ちゃん?」
そんな他愛もない事をしているといつの間にか寮の入り口に到着していた。
だから、部屋へ分かれる足取りは、ほんの少しだけ重かった。
「じゃあね、帆波ちゃん! また明日、教室でね」
「うん、お疲れ様、麻子ちゃん、千尋ちゃん。また明日ね!」
二人がそれぞれの廊下に消えていく背中を見送りながら、私は自分の部屋の鍵を開けた。 自室に入り、コートをハンガーにかけながら、今日までの思い出を心の中で反芻する。
みんな、それぞれに悩みを抱えていて、不安になって、それでも明日を頑張ろうとしている。
私も同じだ。平穏な日常の裏側には、いつだってクラスの命運が控えている。
「……よしっ」
私はそう気合を入れると、引き出しから予習用のノートを取り出した。
冷たい風にのせいか少し赤くなった頬を両手で温めながら、私は一歩を踏み出すために、前を向いた。
「あ、雪だ」
今日は降らない予定だったのに、ぽつぽつと雪が降り始めた。窓には軽く霜が付いていて、それを指で軽く拭き取って外を眺めた。
「綺麗だな……」
この一つ一つの粒が、まるで日常のように儚くて。私は少し感傷に浸ってしまった。
それは守りたいものだったから。だから私は───。
……あれ?
守りたいものって、なんだっけ?
あれ。私が歩んできた道ってどこだっけ…?
「──?」
あれ、何か聞こえる。
いまって何時だっけ。ここは、どこだっけ?
「…瀬──?」
まだ声が聞こえた。
ぼやけていた視界が徐々に明瞭になって、私の瞳には人の顔が映っていた。
「…ん?」
「大丈夫か、一之瀬?」
いつの間にか寝ていたみたいだった。
目の前には南雲生徒会長の姿、どこか揶揄うような顔をしつつ声を掛けてくれていたみたいだ。
(なんだか、長い夢を見ていた気がする…)
「ぁ、すいません。ぼーっとしてました…」
「おいおい、そんなんで大丈夫か?お前はAクラス、狙われる立場って事を理解した方が良いぞ」
「あはは、そうですよね…」
言い返せない言葉だったから、私は視線を少し逸らして誤魔化すしかなかった。
恥ずかしさを隠すために軽く椅子に座りながら伸びをして、凝り固まった身体を解す。
だからだろう、私は目から零れ落ちる雫に気が付かなかった。
休みの日の生徒会室。
天気が良いからか、真っ青な空には絵具で乱暴に塗ったような雲が泳いでいた。
冬の筈なのに、どこか温かい。いつもなら思わない事を何故か考えてしまう。
視線を手元にずらせば山のように重なった紙束があった。
今日、私は渡された書類を整理していた。
いつの日か、堀北元生徒会長と面談し、生徒会入りしたからだ。
最初は拒絶された。多分、私の力不足だからだろ思う。生徒会に入りたいって思ってたから落ち込んだ。
けど、竜崎くんにそれを話したら「私が話をつけてきますよ」って教室から出て行って、少し経った後に何でもないように「おめでとうございます、明日から貴女も生徒会役員ですね」って言われたんだっけ?
私はそんな話が通るのかなって若干疑いながら、次の日生徒会室に向かったんだけど要らない心配だった。
『ようこそ、一之瀬。早速だがお前に任せたい仕事がある』
入って早々仕事を任されたけど、生徒会に入る事は出来た。
(…彼に、また借りを作っちゃったな)
そう考えつつ、作業をしていた私に南雲生徒会長が声を掛けてきた。
「どうした、何か悩みか?」
「え、どうしてそんな風に思ったんですか?」
「そんな分かり易い態度なら誰だってこう思うだろうよ」
彼はぐっと息を飲み、言葉を発しない私の様子を面白そうに観察した後に、声を出した。
「竜崎か?」
「え」
私は突然出た彼の名前に、言葉を詰まらせた。
その様子を見た彼は、ふっと軽く息を吐いた後つまらなそうに言葉を続けた。
「なんだ、当たりか。大体お前の考えてる事はそれかクラスについてだろ」
「あはは、そんなんですかね…」
「それに今だって気が付いていないかもしれないが、顔が赤くなってるぞ」
「え、嘘…!?」
「あぁ、嘘だ。お前は相変わらず搦手に弱いな」
南雲生徒会長の意地悪な言葉に、私はぐぬぬと唸る事しか出来なかった。
彼は、頬杖をついて私を観察した後、手元の書類に視線を戻した。
「…本当に惜しいな」
「何が、ですか?」
「お前はルックスとスペックは俺の理想に近いが、竜崎のお手付きだしな」
ほんの戯れに投げかけただけだろう、けど私はその言葉に過敏に反応してしまった。
彼が、私を。そんな妄想が頭を駆け巡った。
「え!?そんなんじゃないですよ」
「冗談だ。竜崎が女に興味があるとは思えないしな」
「……ッ」
確かに竜崎くんは異性に興味があるって感じでも無い。
そもそも他人を特別視するのかも怪しかった。きっと彼は孤高の存在なんだろう、なんて思ってみたりする。
「そういえば思いだしたんだが、中学時代は生徒会長だったよな?」
南雲生徒会長は、作業をしながら雑談をするようだ。私が生徒会に入る前に言っていた言葉をぼやいていた。
「はい。だから今も生徒会に入れた事、嬉しく思ってます」
小学校でも中学校でも私の生活は順調だった。
男女問わないたくさんの友達がいた。スポーツは苦手だったけど、自分なりに頑張った。
中学3年生に上がった頃には生徒会長になることも出来た。憧れのポジションだったけど、自分がそうなると実感が湧かなかったのを思い出した。
「そして担任の星之宮先生に聞いたが、入試も抜群な成績だった、と」
「そう、ですね。でも竜崎くんは全科目満点だったし、まだまだだと思います」
苦笑いを浮かべた私を、慰めるように彼は首を横に振った。
「それはアイツが異次元すぎるだけじゃないか?俺も色々な生徒を見てきたが、入試で全教科満点なのはアイツぐらいだぞ」
「へー、そうなんですね」
やっぱり竜崎くんは凄かった。
入学してから何回かあった筆記試験は全て満点。難問ぞろいだったペーパーシャッフルのテストも満点で、結果を見たクラスが騒然となってたっけ?
そんな思い出に思いを馳せていると、南雲生徒会長はいつもより真剣な顔で私に話しかけた。
「だからこそ、気にならないか?」
「…なにがですか」
「竜崎がなんで生徒会に入らないで、一之瀬だけを入れたのかだよ」
「え、でもそれは竜崎くんがマイペースだから…」
「確かにアイツの性格じゃあ生徒会には入れられない。だが、アイツは俺によくルール追加を頼む。じゃあ無理やりにでも入った方が都合は良くないか?」
確かに、そうした方が面倒じゃなくなる。何回かあった例年にはなかったという前置きは、竜崎くんが関与している事を意味しているって話はこの学年で周知の事実だった。
「だから俺は気になってんだよ。なんで一之瀬を自分が動いてまで生徒会入りさせたのか」
「…確かにそうですね」
「堀北先輩は厳しい人だ。相当な人間じゃないと採用を見送るだろう。だから最初は一之瀬もそうだった」
生徒会入りする事は出来る、なんて甘い考えで生徒会の門を叩いたのは少し前の話だ。
当時は相当落ち込んだっけな、なんてあの日の感情を呼び起こしてみる。
「理由は恐らくAクラスに配属されなかったとか色々あるだろうが、肩書き不足だな」
「そう、ですね」
「俺は自分のポテンシャルの高さを自覚してる。そして竜崎も俺と並べる人間だ」
私の顔が少しづつ曇っていく。それを見た南雲生徒会長は心を躍らせたのか、少しだけ声のトーンが上げた。
「俺は本来ならAクラスで然るべき人間だったと自負してる。竜崎は…、まぁ普段の生活態度のせいだろうな。アイツのは流石に擁護できない」
「…はい」
「だが、オレは実力ではAクラスに負けないって証明した。それを今の俺が証明してる」
この人の目的が、今やっと分かった気がする。私の心を折る気なんだ。
竜崎くんは、こんな事を一々気にしない。だからクラスの弱点である私を潰そうとしてるんだ。
「お前はAクラスに配属されるのが妥当だ。成績優秀、コミュニケーション能力も申し分ない。そして生徒会長の実績も、だ。だが、それだけだ」
鋭い指摘、動揺を隠せない私。それにトドメを刺すような一言が、私を襲った。
「なぁ、一之瀬。お前は俺や竜崎みたいに何か証明したのか?」
でも、それに気が付いた頃にはもう遅かった。
その問いは、私の心に大きな楔を打ち込んだ。
私って、なんだっけ。
あれ、何をしたいのか忘れちゃったな…
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竜崎正の独白。
学年末試験が終わり、数日経った。
今日から3月に入った。そして、学年末試験の結果が発表される月曜日だ。
学年末試験は何事も無く、受けた。
今までのように特別なルールがあるわけでも無いただの試験。
面白みは無かったが、それでも赤点になれば退学となる。だからこそ、クラスには緊張して汗を流している生徒の姿も見えた。
「先生、結果はどうでした…?」
生徒の誰かが、心配そうに星之宮に聞いた。その質問に意味深げに頷いた後、持っていた大きな紙を広げていく。大抵の事はデジタル媒体で行うのだが、筆記試験の結果だけはアナログな方法に拘っている。
恐らく、発表までの緊張感を高める効果等、あまり聞いていても良い理由では無いのは確かだ。
「竜崎はどうだ」
そんな風に眺めている私に近くの席に座っている神崎隆二が声を掛けてきた。
彼は混合合宿以降、私へ話し掛ける時にあった躊躇いが無くなっていた。自分の価値を見つけたからか、迷いが無くなったらしい。
それを私は、良い変化だと評価しながら返答した。
「いつも通りです」
「それは、満点という事か?」
「そうですね。それに神崎くんも、今回は調子が良いんでは無いですか?」
普段から好成績を残していたが、今回は特別気合を入れていた。きっと、私の評価を見返すとか、そんなありきたりな理由だろう。
「そうだな。俺にしては手ごたえがあった」
その表情と声は、自信を覗かせていた。勿論、断言する不安はあった筈だ。消極的だった言動や態度も今は遠い昔。彼はその内面の熱さを隠す事を辞めた。
感情に流されやすい女子にはあまり好感を抱けてなさそうだったが、以前よりは関わるようになっていた。
公私混同をしなくなった彼は、クラスの頼れる参謀と昇華していた。
「それは素晴らしいですね。貴方の成長には感心できます」
「思っても無い事を言うな。……だが、ありがとうとは言っておく」
神崎隆二は照れくさそうに頬を掻いた後、口を閉ざした。相変わらずの不器用さだった。
そう雑談に花を咲かせていると、黒板にテストの結果が張り出されていた。
「じゃ、皆ちゅーもく!!今回の結果は──」
少し言葉を溜めた後、星之宮はぱちぱちと拍手をし始めた。
「おめでとうっ!!見事、全員合格だよー、流石だね」
その言葉でクラス中が安心からか、人の声で溢れた。
今迄の不安で曇っていた心が一気に晴れたからだろう、解放された彼らの口は閉じる事を知らなかった。
「いやぁ、楽勝だったな」
「いや、お前ギリギリじゃないか」
「私今回いつもより点数上がったよ?そっちはどう」
「え、私はほどほどかなぁ…」
次々と出てくる言葉。
ただ、全員合格したのだからこの状況に不満を持つ方が可笑しいのだろう。
この様子を星之宮は嬉しそうに、そしていつもより熱が籠った眼差しで見ていた。
彼女とは、内心を暴いた以降絶妙な距離感となった。
恐らく、自分の価値というのを思いついていないのだろう。
だが、悩むだけでも成長と言えた。彼女がどんな選択を取るのか少しだけ興味を持ちつつも、私は椅子の上で自らの足裏を撫でた。
「この一年間の集大成、流石私の生徒達っ。これからも期待してるよー?」
上位陣の顔ぶれはいつもと似たものだった。
1位は私、2位は一之瀬帆波、3位は神崎隆二。この並びはいつも変わらない。
だが、点数の方は大きく伸びていた。今回もいつも通り勉強会を開いていたからだろう、クラスの団結力も強固なものになっていた。
「他のクラスはどんな感じだったんですか?」
「皆無事乗り切ったよ。クラス別の平均点だと2位だったね」
やはり、流石は元Aクラスと言ったところだろう。私たちのクラスも負けてはいないが、如何せん地力が違った。
「キミたちも薄々感づいてると思うけど、筆記試験が終わったからって安心しちゃダメだよ?この後には大きな特別試験が行われるんだから。例年通り3月8日だね」
3月8日。来週の月曜日にはまた試験があるらしい。
その言葉に生徒達の何人かは悲鳴のような声を上げていた。無理もない、筆記試験を終えたばかりなのに、また試験があるのだ。学年度の日程が僅かであるとしても、文句の一つは言いたくもなるだろう。
「とにかく、次の試験で最後。皆で力を合わせて頑張ってね?先生は応援してるよー」
星之宮はそう言葉を言い切り、ホームルームを切り上げた。
──
残り僅かな一年生としての生活。
だからこそ、卒業間近な3年生と話したい生徒が出てくるのも自然だった。
「よう、竜崎。調子はどうだよ」
見覚えのある2人が話し込んでいる時に遭遇して、その片方に声を掛けられた。
「どうしました?何か用でもあるんですか」
生徒会長の南雲雅と、元生徒会長の堀北学。いつ見ても一緒にいるお馴染みのコンビだった。
いや、南雲雅の方が執拗に追いかけまわしているだけか。厄介なのに目をつけられたものだ、彼も。
「一応俺は生徒会長だぞ?そんな態度で良いのかよ」
フランクに私の態度を流そうとするが、その余裕を少し崩してみたくなった私は、意地悪言葉を投げかけた。
「私に勝ってからその言葉をもう一度言ってください」
「…まぁいい。お前も話に加われ」
それには何も反論できなかったのか、それ以上態度への追及はしないようだ。
周囲に人が居ない事が幸いだとでも言うように、南雲雅は口を開いた。
「堀北先輩が無事Aクラスで卒業できるのか、気にならないか?」
3年生は2つの試験が控えている。恐らく一つ目は前哨戦で、2つ目が苛烈なモノになるのだろう。
「いいえ。それは聞く必要が無いです」
南雲雅は私の素っ気ない反応に、不満そうな顔を見せた。恐らく、心配の一つでもして見せれば面白いとでも思っていたのだろう。
「私にそんな事を期待する方が間違ってますよ」
「まぁ、竜崎はずっと湿気た顔してるからな。しょうがないか」
南雲雅は私の顔を、じっと眺めた後、堀北学へと視線を移した。
「ともかく先輩。何とかAクラスで卒業して在校生に存在感をアピールしてくださいね。万が一にでもBクラスになったら、笑えないっスからね」
プレッシャーをかけるような、挑戦的な視線と共に投げかけられた言葉に堀北学は顔色一つ変えなかった。そんなものを感じる人間ではないと知ってはいたが、流石としか言えない。
「竜崎、良いか」
「なんですか、堀北さん」
もう話は無いと思い、私が歩き出そうとしたところで声を掛けられた。
声の方へ目を向ければ、いつもより真剣そうな顔をしている堀北学が居た。
「…俺がAクラスで卒業できた時、一つ頼みを聞いて欲しい」
「内容は──、まぁ楽しみにしておきます」
「それは承諾という事か?」
「はい。Aクラスで卒業は通過点でしかない、そうですよね?」
私の不信を見せない言葉に彼は、軽く笑った。
「…あぁ、そうだな」
「貴方なら、そう言うと思ってました」
ただ、その雰囲気を良く思わない人間も居る。仲間外れにされたという事実と、自分の慕う先輩が自分に見せない顔をしていた事への嫉妬からか、いつもより声が低かった。
「…なんスか先輩、俺もその話混ぜてくださいよ」
「いいえ、私たちだけの秘密。ですよね?」
「フっ、そうだな」
南雲雅はその空気感に苛立ちを覚えていたようだが、それ以上の追及をすることは無かった。何をしても答えないのだから、それは正しい判断だった。
「私は、こんな性格なんです。ダメですか?」
「まぁ……、お前らしいか」
「そうですか。なら私はこれで」
今度こそ、そう言い残し私はその場を後にする為、歩き出した。
丁度入れ替わりで綾小路清隆に会ったが、軽く会釈するだけで済ませた。
「ま、待ちなさ──」
彼の後ろに、堀北学の妹の姿が見えた気がした。
が、その制止を求める声を私は聞こえないふりをして歩みを進めた。
一之瀬帆波の噂部分は全カットです。
あとこんな調子だけど、一之瀬クラスは成長します。ホントだよ