龍園翔の独白。
真っ黒な映画館で、何も映っていないスクリーンを見ている気分だった。
人生は、強さが全てだ。弱さこそ悪で、強さこそ正義だった。
俺が自分自身を異常者だと気が付いたのか、小学校に上がった直後の話だ。
一匹の蛇、それを見て大騒ぎするクラスの奴ら。
反応は様々だったが、奴らは怖がるだけで蛇を排除しようとしなかった。
だから俺は、その蛇の頭に俺は手近にあった石を振り下ろした。
そこに噛まれるかもしれないという恐怖は無い。ただ目の前の邪魔な存在を潰しただけ。
力尽き、肉片となったそれを見降ろしていると周囲がざわついた。
周囲の奴は悲鳴を上げ、俺を恐怖していた。
それを認識した時、俺の脳内を大量のアドレナリンが満たした。相手が屈服する事が俺にとっての勝利だと、自分とは何かを理解した瞬間だった。
これを最も効率的に得れる手段である『暴力』を使い始めたのもこの頃からだ。
この世界は『暴力』こそが全て。本当の実力者とは、比類なき暴力を持つ人間の事を言っていると考え始めた。
そうして日々を過ごしていく中で一つの問題が起きた。
それは俺が実力者になるにしたがって目を出してきた。暴力で愉悦を満たす事が難しくなったのだ。結局俺に勝てる奴は居ない、そう悟りを開いてしまうほど強くなり過ぎた。
──これを覆すのなら、それは『死』だけ。
あの頃の俺はそう考えていた。
だが、この学校での日々でそれは変わりつつあった。
頭も必要だと思った。単なる学力じゃねえ、小賢しい機転だ。
まぁ、それに気が付き始めた頃にはもう遅かったがな。
暴君が許されるのは、その権力が意味を為している時だけ。横暴な態度も、行動も、結果が伴ってきたから許されていた。
俺は、王を降りる事にしたはずだった。
『私はリーダーなんてやりませんよ』
俺の考えに罅を入れた一因である椎名ひより。アイツはそう言いやがった。
浮世絵離れした性格の女で、どこか居心地が良かった。
だからこそ、この女に後は託したつもりだった。
『やっぱり、私は龍園君の補佐しかしたくないです』
結局、無理やり王の座に押し込められた。
俺を懐疑的にみるクラスの面々。負けた俺がひよりに何を言おうとも、聞く耳を持つ必要も無い。
そしてなにより、この現状を作った人間。竜崎正が腹立たしかった。
俺に勝った人間は、もう少し喜んでいる。感情を見せていた。アイツにはそれが無かった。
若干の表情の変化はあってもそれが本心なのか、偽物なのか分かりはしない。
『恐怖』を克服することは難しい。
これの意味が、やっと分かった気がする。
アイツは俺にとっての未知だった。混合合宿での出来事は特にそうだ。
竜崎は真鍋を退学させた。あの一連の流れはアイツが仕組んだことだと確信している。
態々、全校生徒の前で披露したのも察しがついている。
アイツは2,3年生の頂点である堀北学と南雲雅。それと自分のどちらを選ぶのか天秤に掛けろと暗に言っているわけだ。
来年、新しい制度が始まる。
スポンサー制度、これは実質全学年での派閥争いだ。
より多くの生徒が支援してくれるかで、来年取れる戦法は大きく増える。それぐらいプライベートポイントというのは重要だった。
現に、この特別試験でも救済には5000万pp求められてやがる。
そんな別の意味で飛びぬけている竜崎を見た俺は、暴力について疑問を覚え始めた。
仮に竜崎を暴力で沈めたとして、それは本当に勝ちと言えるのだろうか。
竜崎はきっと、暴力で屈服させる事は出来ないだろう。
アイツは今まで見てきたどんな雑魚共と違う瞳を持っていた。
恐怖なんて感じさせない暗く淀んだ闇。この男は俺が恐怖する『死』すらもどうでもよさそうだった。
勝利の為なら自らの死すらも使い潰す、そんな精神性をしている気がした。
だからこそ、竜崎と同じ土俵で戦ったうえで勝利を捥ぎ取り、屈服させる。
竜崎に恐怖という感情を植え付ける。それが出来た時、俺の飢えは満たされる気がした。
だから俺は、『暴力』を好き好んで使う事を辞めた。
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特別試験『クラス内投票』
この試験は必ず退学者を出す試験だと、坂上は言っていた。
だからこそ、俺は可笑しいと感じている。そこまでの理不尽を何故許すのか?
そしてその理不尽を嫌うはずの竜崎が何故大人しく従うのか?
つまりだ、この試験には抜け道がある。
「ど、どうするんですか龍園さん!!この試験の退学者筆頭になってるんすよ!?」
放課後のカラオケの一室。防音壁に囲まれた狭い空間には、人工的な照明とモニターに流れる華やかな映像の光だけが漂っていた。
外の喧騒を遮断した部屋で、俺たちは情報共有をしていた。
「さっきからウジウジしてて鬱陶しい。焦っても状況は変わらないでしょ」
ソファーに腰を下ろした石崎が、いら立ちを隠しきれない様子で発した言葉。それに反応した伊吹は、カラオケの端末をいじって曲の一覧を眺めていた。
俺に懸けられたクラスポイントは350ポイント。
このDクラスの中では一番高く、これまでの行いからも狙われやすい立場だった。
「焦るだろ普通!!龍園さんが居なくなるかもしれないんだぞ、そうなったら俺たちは終わりだ」
石崎のその言葉を、伊吹は鼻で笑った。
「だから態々休日返上してまで情報を集めてたんでしょ」
「クク、そうだな」
何も動かず諦めるのは雑魚の思考だ。だからこそ、俺たちは情報を集める事を怠らなかった。
この試験の一番の肝は嘘だ。嘘が何かによって対策も取れる手段も変わるからだ。
「じゃあまず私から一つ良いでしょうか?」
水の入ったグラスを両手で包み込むように持っていたひよりが、少しだけ首を傾げてそう切り出した。その瞳の奥には、いつにも増して静かな鼓動が宿っていた。
「伊吹さん、頼んでいた事を聞いてくれましたか?」
伊吹は突然話を振られたからか、キョトンと面を食らった顔をした。
だが、思い当たる節があったのか、納得したような声を上げた。
「あぁ、投票のやり方でしょ?昨日、坂上に聞いといた。
確か、別室にある箱に名前を書いた紙を投票する感じらしいよ」
「そうなんですか。ならこれから話す事はほぼ真相に近いと思います」
「…え、もうこの試験の攻略法が分かったの?」
「はい。まずこの試験の嘘とは何なのか。嘘がある理由を考えました」
「理由、か…」
「この試験において学校側が嘘をつく理由は2つあると思います。それ以外の理由は、今回の先生の説明からは思い浮かびませんでした」
椎名はこほんと軽く咳払いした後に、自らの推理を展開した。
「一つ目の理由。それは──、嘘とは退学者を出さない方法を隠すためのルールだと」
その言葉に俺は笑みを深めた。この試験で嘘なんて面倒なルールがある理由。
嘘こそがこの試験の攻略法だというのは俺も辿り付いた結論だからだ。
「2つ目の理由としては生徒を惑わす為に嘘をついた可能性です。ただそれはリスクしかないです。ここまで生徒達を追い込んでおいて、結果がそれでは学校への不信感に繋がります」
「ま、散々振り回されてるわけだから当然ね」
仮にこの仮定が間違っているのならば試験制度自体が崩壊。
この学校は良くも悪くも信用の元に成り立っている、それと反する行為を取った場合は考慮しても時間の無駄って話か。
「だから嘘とは退学者を出さないという推論は確定と言っていいでしょう。こうやって理論で突き詰めていけば嘘は分かると、そう思いませんか?」
推理というものはまず決めつけてかかり、間違っていればやり直せばいい。
そして、今回の試験は仮に推理を間違っても責める気はない。
それぐらいにはとっかかりが無いのは事実だった。だからこそ、竜崎の物知り顔が目立つのだが。
そんな思考に耽っている最中も話は続いている。石崎が思いついたように俯いていた顔を上げた。
「あ、それって、論理パズルと似てるな」
「はい。それが近しいと思いますよ」
正直ものは常に正しいことを言い、噓つきは常に嘘を言っているとすると、A~Dのうち嘘を吐いているのは誰か。
誰しもが一度は目にしたことがある平凡な論理問題。
ひよりは、それと今回の試験を重ね合わせているらしい。
「次は賞賛票、指名票が各自一票ずつ与えられるという点です」
「あー、あったな。そんなルール」
「はい。ではこれが嘘だった場合、どうなりますか?」
その言葉を投げかけられた石崎は、唸り声を上げた。
「うーん、え、えっと…複数回、回答出来るって事か?」
「そうですね。そしてそれも嘘にする意味は薄いです」
ひよりは石崎が必死になって頭を回している様がどこかツボに入ったのかクスクスと笑いながら、回答を述べた。
「ただの物量作戦になっちゃいますから」
その言葉に納得したように、伊吹は感嘆の息を漏らした。
「ま、そうね。例えば私が石崎に指名票を100票入れたらそれで終わるし」
「た、確かに…」
自身の一年間見せてきた『能力』
試験を通じて溜めてきた『資金力』
あるいは友情を介した『チーム力』
これらすべてに関係ない方法は《嘘》である可能性は低いという事だろう。
「…前から思ってたけど、石崎って本当に馬鹿ね」
「え!?伊吹、お前いきなりなに言いやがるんだ!?俺のどこが馬鹿だって言うんだよっ!!」
小ぜり合いを始めた二人の様子を幾許か微笑ましそうに見守っていたひよりだったが、
いつまで経っても話が終わりそうな気配が無かったので手を叩いて中断させた。
「お二人ともそこまでにしてください。今はそんな事をしている場合では無いと思いますよ」
「…すまん」「…ごめん」
2人揃ってぶっきらぼうに謝罪の言葉を口にしたので、より一層笑みを深めた後、ひよりは話を続けた。
「そして、賞賛票と指名票が同一人物に入れられた場合指名票の効果が先に履行されるという点です。これが嘘の可能性は大いにあります」
「…え、マジかよ!!」
「はい。そもそも賞賛と指名を同時に最も集めるのは困難です。だからこそ、退学者を成るべく出したい試験において、こんな意地悪な抜け道にする可能性を捨てきれません」
そしてなによりリスクがある。
仮にこれが嘘だと断定して事実だった場合、抗う統べなく退学となってしまう。
投票の結果発表まで《嘘》が何かを明かされない以上、それが嘘である可能性を追う事はすべきではない。あくまでも最終手段と言う訳だ。
「ですが、あくまでも仮です。なので次の話に進みます」
「───そして、これが私の本命です」
その言葉に続けて話された仮説。
それは、充分に信じる価値がある物だった。
「──確かに、これならいけそうっすね」
「いや、むず過ぎない?その方法って仲良しこよしのAクラスですら出来るか微妙でしょ」
「そうですね。なのでどうやってクラスの皆さんに協力して貰うのかは考える必要があると思います」
「…それに関しては俺とひよりで後日考える。お前らは取り敢えずは俺を退学させる事で同意してるフリをしとけ」
俺は頭の中である程度の方法の模索をしつつ、折角カラオケルームを借りているのだからと考えを一旦辞めることした。
そして、部屋の隅で座っているアルベルトの方に視線を向ける。
「よし、会議はここまでだ。……おいアルベルト、せっかくの個室だ。お前の十八番でも歌って場を温めろ」
「……Yes, Boss. No problem.」
「クク、石崎お前も歌え。デュエットって奴だ」
「う、うっす!!英語分かんねぇけどやれるだけやりますッ!!」
唐突に降りかかる理不尽にも関わらず石崎が素直に従ったことを面白く思いつつも、俺はひよりの話が少し引っかかっていた。
その方法は竜崎には、
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投票前日の放課後。
明日には各クラスから退学者が決定し、席を空ける事になる。
誰もが自分は大丈夫かと怯え、不安になるであろう日に、俺は図書館の一角に身を置いていた。
手近にあった本棚から適当に一冊抜き取り、いつも通りの席で俺は本を読む。
何故こんな事をしているのかといえば、表面上は退学する運命を受け入れ、無抵抗で居るべきだからだ。
ここで変に行動すれば、俺を支持する少なくない生徒が余計な揉め事を起こしかねない。
それに、ひよりが予想している本命が外れていた場合、俺は確実に退学する事になるだろう。あいつの洞察力を信用していないわけでは無いが、最悪の未来を想定する事は必要だ。
仮に退学しても良いように、残り僅かな時間を満喫するつもりだ。
学校を去った後、何処で何をするのか考える必要もあるからな。
現状、クラスでは俺が退学者筆頭となっている。
クラスの過半数は俺へ入れる事で合意している。残りの半分は様子見なのだろう。
逆に言えば、クラスのほぼ全員が俺を排除するという予想は外れたわけだが…
そう思考を巡らせつつ手元で紙が擦れる音が数回過ぎ去った時、声が掛けられた。
「偶然ですね、龍園くん」
ちらりと目線を向ければ、憎たらしいほどの余裕そうな表情でこちらに近づいてくる坂柳の姿があった。
「…何の用だ」
「なぜそんなに警戒をするのでしょうか?私はただ、お話がしたいだけです」
坂柳は俺の目の前までゆっくりと歩み寄ると、杖を軽く鳴らし見下ろすように視線を流した。
「お前はそんな柄じゃねぇだろ」
「あら、酷い言い草ですね。これでも龍園くんが心配で声を掛けたんですが」
目的をすぐに話そうとしない坂柳に痺れを切らした俺は、早く用件を吐くように催促をした。
「…御託は良い。早く目的を言え、今良いところだ」
「そうなんですか? 私の目からは、自分が退学した後の未来を物憂げに憂いているようにしか見えなかったのですが」
「……」
「まぁ、どちらでも構いませんよ。龍園くんは意外と、そういう感傷的な一面もお持ちなんですね」
口を開けば相手の神経を逆撫でして煽ることしかしないこの女に、苛立ちを覚えた。
だからこそ俺は意趣返しのつもりで、彼女の触れてほしくないであろう部分を抉るような質問をする事にした。
「…なぁ一つお前に聞きたい事がある」
「なんでしょうか?」
「お前の親父、失脚したらしいじゃねぇか?どうだ、身内が落ちぶれて少しは泣き喚いたのか」
容赦のない問いかけ。
しかしその言葉を受けても、坂柳は表情微動だにせず、涼しげに瞳を細めるだけだった。
「いいえ。哀しい事ではありますが、父は悪事に手を染めていたみたいですので」
「冷たい奴だな、実の父親じゃねぇのか?」
「……私としては、父がそのような軽率な手に染まる人間ではないと信じていたかったんです。
ですが、人間の本質なんてすべてを知り尽くせるわけではありませんからね。父の隠された側面だった可能性も消えません」
「だから受け入れると?」
「はい。これは因果応報、仕方がないことなんです」
他人事のように、あまりにも淡々と語る坂柳の声音には、肉親に対する情愛や温もりの欠片すら感じられなかった。
「素晴らしい眼をお持ちの龍園くんに敬意を表して、そろそろ本題を話しましょう。
…この試験、本当に竜崎くんだけを狙っているんでしょうか?」
坂柳はステッキの先を軽く床に触れさせながら、じっと俺の反応を伺っていた。
「龍園くんは今回の試験、とても理不尽だと思いませんでしたか?」
「まぁ、そうだな」
これまでの低レベルな雑魚を切り捨てる為の試験とは違い、今回は明らかに強者を篩い落とすための試験だ。毛色が全く違うのは紛れもない事実だった。
「竜崎くんを退学させようとする試験。この学校が掲げる理念から考えても、特定の個人をあそこまで露骨に狙い撃ちにするのはおかしなことです」
「だから、何が言いてぇ?」
「……これは本当に、竜崎くんを排除する為だけの試験なんでしょうか」
「──綾小路が狙われていると?」
この女の本題に、俺は見当がついた。
試験の説明日の翌日から見れるようになった各クラスの生徒が退学した際に支払われる報酬のリスト。
竜崎の首に掛けられた額が1番高いのは当然として、綾小路が2番目に高いのは意外だった。
試験の説明段階だと俺は2番目は櫛田桔梗あたりだと踏んでいたからだ。
確かに、綾小路は最近頭角を表している。
学力試験でも入学時とは比べ物にならない点数を叩き出し、運動能力も体育祭で竜崎や堀北学、南雲と並ぶポテンシャルを見せつけていた。
だが、それだけで目に見える「実績」があるのかと言えば、大半の生徒はは首を傾げるだろう。
「あら、ご存じだったんですね」
「あぁ。鈴音に付き纏ってるストーカーだろ?」
「あら、そうなんですか?私も最近彼と知り合ったんですがそんな人だとは思いませんでした」
最近知り合った、だと?それは可笑しな話だ。
この女が綾小路と話す時にいつもより笑顔が深くなるのを見たことがある。
…あれは、まるで以前から知っている人間と出会ったような表情だった。
だからこそ、俺を馬鹿にしたような白々しい演技をする坂柳の姿に、思わず笑ってしまった。
「クク、それは嘘だな。お前は綾小路の事をただの敵として見てねぇ、知り合いだろ?」
以前からこの女は綾小路の事を無意識かは知らないが見ている時があった。
この女がただの一生徒に執着する事は在り得ないだろう。
「よく見てらっしゃるんですね、意外でした。そしてそれは正解です。彼とは昔に知り合って、偶然この学校で再会したんです。運命的ですよね」
それに惚ける事もせず、素直に白状した坂柳はどこか楽しそうだった。
「あの薄気味悪い無表情野郎と運命だと?悪趣味だな」
「あら、辛辣ですね。綾小路くんは貴方が思っているような人間では無いですよ」
「そうか。なら、何者だ?」
「フフ、それを私に聞いてどうするんですか?」
坂柳は微笑むと、さらに踏み込んだ言葉を紡ぎ出す。
「ここまで長々と語りましたが、結局のところ私が言いたいのは……竜崎くんがあまりにも無抵抗なまま従っていることに対する、強い違和感なんです」
成程な。この女も俺と同じく違和感を覚えていたらしい。
「龍園くんは、この試験に竜崎くんが噛んでいる可能性があるとは思いませんでした?」
「まぁ、あり得る話だな」
「彼はこれまでの特別試験に度々メスを入れていました。しかしそれは自分だけを有利にするのでは無く、全ての人間に公平に逆転の機会を与えるものでした」
体育祭の参加表2枚。混合合宿のダウトゲーム。他にもあるかも知れないが、この2つは竜崎が噛んでいると断言出来るルールだった。
「…にも拘らず、今回は彼らしくない」
いつもならば、この理不尽なゲームを面白おかしく弄る筈。だからこそこのルールのまま通したのが違和感だと言っているのだろう。
「彼は良くも悪くもゲーム感覚で試験に挑んでいる節がある。彼は天才であるがゆえに退屈を嫌っています。だからこそ、刺激的な何かが欲しい」
その言葉と共に、坂柳は俺の隣の席に座った。
それによりこの女の表情は見えなくなった。
だが、声が段々と熱を帯びていることは感じる。
物語の核心に迫るような、それを喜ぶようなそんな雰囲気だった。
「この試験は彼好みではない。しかし、抵抗の意志はないご様子」
「…」
「だからこそ私は、きな臭いと思っています」
今、この女は踏み入れてはいけない場所へ一歩前進しようとしている。
この女、坂柳有栖は。
恐怖を感じない、俺の人生観を体現したような人間だった。
それに俺は笑みを深めた。成程、やはり俺の考えは間違っていなかったと証明していくこの女を少し気に入ったからだ。
「本当に竜崎くんを退学させたいなら《嘘》なんて面倒なルールを追加する必要はないです」
そうだな、俺もそう考えていた。
「純粋な投票と報酬の試験にすればその問題は解決します」
そうだ。俺と同じだ。
「ならどんな陰謀が裏で蠢いているんでしょうね」
クク、そう心の中が嗤いで満ちていく。初恋のように胸が高鳴るのを感じた。
やはり、この学校に来てよかったとそう思っている。
いつだかの船上試験で竜崎から聞かれた質問を、ふと思い出した。
『何故、この学校に来たのか?』
決まっている。俺の退屈を埋めろ、それだけだ。
俺の満たされない渇望を満たしてくれる存在がこの学校には、多くいる。
コイツらを屈服させたらどれほどの喜びがあるのか。
俺はその未知が知りたいと、心の底から思ってしまった。
「……さぁな、俺には分からねぇよ」
だが、ここは正念場じゃねぇ。
今はまだ早い、そう心を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸する。
その様子に何か感じるものがあったのか、坂柳は顎に手を当て、暫しの時間を黙考に使った後、口を開いた。
「……そうですか。なら少し私がどうするかを話しましょうか」
「この試験が発表された段階で、私は誰を退学させるか決めました」
「クク、誰を切るんだ?お前の事だ意地の悪い事を考えているだろう?」
その言葉に坂柳は意味深げな笑顔を浮かべた。
「では、どなたかお分かりになりますか?」
「…戸塚だな」
俺はまず妥当なお年頃である人間を上げた。
「正解、流石龍園くんですね。既に告知も済ましてあります。消す人間を事前に言っておけば、クラスメイトも不安を覚えずに済みますから」
「本来は彼ではなく葛城くんを退学する予定でした。ですが、それは叶わなかったんです」
「お前が無様に負けたからだろ?ペーパーシャッフルで指揮した自派閥から4人退学、情けねぇな?」
「…えぇ、私の実力不足で少なくない犠牲者が出てしまいました」
葛城は義理堅い男だ。戸塚が退学するとしれば何とかして打開策を考えるだろう。
しかし、それ以上に戸塚は必要のない存在だった。クラスの足を引っ張る事しか出来ない、邪魔者で葛城派閥からも不要だと思われていた。
妥当な落としどころだ、
「────クク、面白いなぁ坂柳」
「…どうしたんですか、龍園くん。退学の恐怖で頭でも可笑しくなってしまいましたか?」
「いいや、違うな。お前の本命は戸塚じゃねえ」
「何故でしょうか?戸塚くんを切る判断は納得していただけたと思っていましたが」
「あぁそうだな。雑魚を切る事で士気を高めるだなんだと言ったんだろう?だが、お前はそれで満足する玉じゃねぇ」
確かに不要な存在で、葛城派の忠臣のようなポジションの男だ。消すのにも躊躇いは無く、相手派閥の戦力を削れる丁度いい機会と言える。
「お前の本当の目的は裏切り者の排除だろ」
「……さて、何のことでしょうか。私のクラスには裏切り者なんて居ませんよ」
「いいや、お前が気付いてないなんて、あり得ねえよ」
俺は確信している。
この女も気が付いている筈だと。全てのクラスに竜崎の手先が居るのだと、あの混合合宿の結果を見ていたコイツは気が付くのだと。
「なぁ誰なんだ、お前の本命は?」
「さぁ、どうでしょうか」
「そうか、まぁ良い。結果は楽しみに取っておくからな」
俺はそう言い切ると、視線を本へと落とした。
これ以上、この女と話をする気はない。
坂柳もそれを察したのか、それとも元々これ以上の詮索が無意味だと分かっていたのか、くすりと笑っただけで、それ以上追撃してくることはなかった。
足音が遠ざかり、再び図書館に静寂が戻る。
だが、一度かき乱された思考は、もう元の凪いだ状態には戻ってくれなかった。
あいつがこの学園の裏で何を企んでいるのか、分からない。
だが、坂柳の言う通り、今回の試験の裏に、あの男の影があるとしたら──。
「……クク、面白い」
もし、この退学劇が誰かの仕組んだものだとしても、最後に笑う奴が勝者だ。
本のページをめくる指に力を込めながら、俺は明日の結末を静かに待つことにした。
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結果発表の土曜日。
結果発表の少し前の時間。クラスは緊張に包まれていた。俺が指示した通り全員が投票はしただろが、上手くいっているかは賭けでしかない。
だからこそ、この状態は自然だった。
「これより、追加特別試験の結果を発表する。まずは賞賛票を一番集めた生徒です。一位は椎名さん、39票入っていました」
「ありがとうございます」
「続いて、最も指名票を集めた生徒を発表します。分かっているとは思うがここで名前が呼ばれた生徒は退学という形になります」
どよめきやざわめきは起きない。ただ粛々と退学者の名前が呼ばれるのをコイツらは待っていた。
「──最下位は、指名票一票を集めた……」
一瞬の沈黙。
そして───
「クラスの皆さんです。つまり、結果は退学者なしです」
その瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れるように、教室中に大きな歓声と安堵の泣き声が広がった。
自分たちの作戦が成功したのだ。それを理解した生徒達が、底知れぬ恐怖から解放された強烈な安堵に浸り、自らの生存を噛みしめながら心から喜びに浸っている。
「──ククク」
その思惑通りの結果に、俺は笑いを堪えられなかった。
「ひより、お前の予想は当たっていたらしいな」
そう言いつつ、いつも通り自分の席で本を読んでいた女に近づいた。
「えぇ、良かったです。これで私の友人が減らなくて済みました」
声が掛けられ、パタンと持っていた本を机に置き、俺へと顔を向ける。
そして嬉しそうに手のひらを合わせ、ひよりは笑った。
「ア?俺はお前をそう見たことはねぇぞ」
「えっ、そうなんですか?私は、龍園くんはお友達だと思ってたんですが…」
少しだけ目じりを下げつつ話した言葉は、この女の偽りのない本心に聞こえた。
「……まぁ良い、先にお前らにネタばらししてやるよ」
俺は、その恥ずかしげも無くそう話すこの女とこれ以上話す気も起きなかったため、クラスの奴らの視線を集める為、一度大きく手を叩いた。
「感謝してやるよ、俺の指示に従ってくれて」
その言葉に釣られ、全員の視線がこちらに集まる。
だからこそ、俺は意趣返しのつもりでこの女に無茶ぶりをする事にした。
「ひより、この試験が何故この結果になったのか。こいつ等に語ってやれ」
「…龍園くんは意地悪です」
「なんとでも言え。さっさと話さねぇと報酬のポイントは無しにするぞ」
俺はひよりとこの試験が始まる前の約束をしていた。この試験を無事乗り越えられたら報酬としてプライベートポイントを与えるというものだ。このクラスはクラスポイントが低い為、日々の生活で使うだけで精一杯な状況。
それは、本の虫であるひよりにとって苦痛なはずだ。
なにせ、趣味である本を購入する事が制限されるからな。
だから、その状況を考慮し飴で釣った。
「…私が嘘だと考えたルール。それは、自投票が出来ないという点です」
ひよりはふっと小さく息を吐くと、教室全体を見渡すようにゆっくりと視線を巡らせた。
「これには理由があります。伊吹さんは私の頼んだことを覚えていますか?」
「成程ね。だから椎名は私に投票方法を聞いてってお願いしたんだ」
伊吹は腕を組みながら、合点がいったといった様子でうなずく。
「伊吹さんには坂上先生に投票の際の方式を聞いてもらいました。
本来ならデジタル、つまり端末で投票するシステムだった筈です。この学校がこのような試験をアナログ式で行う事は少ないので」
「でも、違った。私が聞いたのは選挙みたいに紙に名前を書いて投票するシステムだった」
あの日、俺たちが行った投票は、名前を呼ばれた生徒から順に投票室に移動して行う方式だった。
「なぁ、お前らはそれを聞いて可笑しいと思ったところはねぇか?」
「匿名性なのに、どうやって学校側は自投票かを判断するのか、ですよね?」
箱の中に入れた後は、それが誰のものなのか判断する事は筆跡からしか出来なくなる。
そしてそんな解釈の余地が生まれる判定方法は通らない。
しかし、この仮説には反論の余地がある。
箱に入れる前に教師が確認すればいいというものだ。
「あぁ。だが、それはフェアじゃねぇ。いくら立場を理由に中立を語っても、所詮人間だ。そんな口約束を信じる馬鹿はいねぇだろ?」
教師が俺たちの投票先を知ることが出来てしまうなら、贔屓や不正を生む可能性が出てしまう。仮に退学者が出たとして、それは教師が操作した結果だと提訴された場合、覆す事は難しくなる。
無実だが、無実を証明する証拠が無いのだ。まさしく悪魔の証明だった。
その言葉にひよりは少し笑った後、話を続けた。
「そして、これだけではこの結果にはなりません。説明の際には同数票だった場合はやり直しと話されていましたから」
ルールの一つ。
同数票の場合は再投票を行う。これと今の現状は矛盾している。
「でも、それは筋が通らないんです。だって自投票が嘘だった場合、結果は自ずと全員一票の状態になる。ならこれも嘘だと推測するのが自然でした」
仮に自投票が嘘だとしても、状況が変わらなければ推論として成り立たない。
この推理の前提、それは『嘘』とは退学者を出さない方法を隠すためのもの。
つまり、全員が同率最下位となったとしても再投票と成れば、この推理の前提が崩れてしまう。
残ったルールに指名票が賞賛票よりも先に履行されるというものがある。
これが嘘だった場合、それは賞賛票の効果が先に履行されて退学を免れるという事になる。確かにこの可能性は拭えなかったが、結局のところ神頼みでしかなく実力主義を謳うこの学校とは相反する行為でしかない。
「でも、よく裏切らなかったな。誰かしらが龍園さんに入れてもおかしく無いと思ってたぜ」
「仮に自分に入れなかったらバレますから。龍園君が退学した後、このクラスに居づらくなるのは嫌だった、そう言う事でしょう」
「そうだけど確信は無かったわけでしょ?無茶なのは変わらないし、こっちはハラハラしてた」
「ふふ、そうですね。今回は私も色々と頑張りましたから。良い結果になって良かったです」
「…なんだ、なにかしてたのか?」
ひよりはその問いに答えるように口を開いたが、次の言葉を言うべきか悩んだのかすぐに声を発する事はしなかった。
「…いえ、これは内緒にした方が良いかもしれないですね」
そして、幾許の時間が経った後。ひよりは顎に手を当てて、そう呟いた。
「そうか」
話す気が無いと察した俺は、ひよりの席から離れ、教室の出口へと歩み始める。
後ろを向いた俺の背中に、誰かが力なく笑う声が聞こえた気がした。が、空耳だと判断し無視する。
「あとで報酬は振り込んでおく。精々それで楽しめよ」
まぁいい。それよりも竜崎のクラスがどうなったのかが知りてぇ。
何せ、俺が取った手段は竜崎自身が封じているわけだからな。
そう心の中でぼやき、Aクラスへ向かう事にした。