「何をやっているのですか!?」
怒気を帯びた声が廊下に響き、思わずレントの肩がびくりと跳ねた。
恐る恐るレントが振り返ると、結界の光の向こうに厳格そうな少女がいた。
少し年上の学生かと思いきや、学生の黒いローブとは違う純白のローブを着ているし、こう見えて天道魔塔の教員なのかもしれない。
そこで、ハッと何かに気づいたレントが自分の周りを見回した。
四つの小石のような魔道具によって展開された結界の中はどこか焦げ臭いし、緑髪の少年が壁沿いの結界にもたれて座り込んでいる。
これではいかにも何かあったと言わんばかりである。
……まずい。どう見ても怒られそうだ。
あれだけの爆音がしたのだ。不審に思った教員は駆けつけて来るし、誤魔化すのも無理がある。正当防衛で何とかならないだろうか。
「この結界を解きなさい!」
「……」
少女のような教員が結界の魔道具を示すも触れたことすらないのに解除方法なんて分かるわけがない。
どうにかしてくれとレントがテオに顔を向けると、それにつられるように教員もレントからテオへと視線を移す。
「テオ、あなたなら結界を解けますか?」
「フーリア先生、すみません。この通り、動けなくて……できないです」
テオは座り込んで下を向いたまま申し訳なさそうに答えた。
魔法薬の副作用のせいでこちらを向くことさえ難しいのだ。
「…………そうですか」
大きなため息をついたフーリアは、仕方なさそうに結界の光へと手を伸ばす。
一体何を……? まさか、この結界を壊すつもりか?
さっきのランク三の魔力が込められたスブラマや、暴走していたとはいえデナージオの爆発にも耐えた結界をそんな簡単に壊せるのだろうか。
フーリアがどんな魔法を使うのか気になってレントはそこから目を離せなかった。
しかし、フーリアは結界に触れたまま何らかの魔法を使う素振りを一向に見せようとしない。
やはり結界を壊すのは間違いであったか、レントがそう思ったとき――結界が崩壊する。
「あっ……」
「えっ」
結界の破片が光の雨粒のようになってテオとレントのところに降ってくる。
フーリアにテオの結界が壊されたことで廊下の四方に転がっていた小石のような魔道具の輝きも消えた。
ただの石ころになってしまったとテオが嘆くその横でレントは目を見開いた。
そもそもフーリアは結界に触れるだけでそれを壊す魔法など使ってなかったのである。
驚くべきことに純粋な魔力操作のみで結界の核となる一点を崩し、連鎖的に結界全体を解体してのけたのだ。
これは決してすぐに真似できるものではない。
例えるなら、レシピを使わずに料理を作り上げるようなものだ。
レシピさえあれば料理の完成度は違えど誰でも同じ料理ができる。カレーライスがオムライスになることはない。
つまり、魔法というレシピを使わずに魔力操作だけで同じ現象に辿り着くのはそれだけ実力や経験が必要となる。
だから、あの少女のような教員は間違いなく結界魔法に精通している。
もし結界魔法の授業を担当しているのであれば何としても受講すべきであろう。
まあ普通科なのでどうせ廊下で聞くだけになると思うがそれはどうしようもない。
いとも容易く結界を壊したフーリアがてくてくとテオに近づいて彼の周りをぐるっと見渡す。
そうして見つけたのは中身がなくなって空になった小瓶だった。廊下に転がっていたそれをフーリアが訝しげに拾い上げる。
「……ランクを一時的に上げる魔法薬を飲んだのですか? よくこれだけ上等なものがありましたね」
流石というべきか、フーリアはその魔法薬を飲んだのがテオだとすぐに理解してくれた。
しかしそれはテオの体が動かないという単純な理由からではなかった。
それだけなら怪我や疲労が原因かもしれないが、テオの魔力から違和感を感じるのだ。
本来のランク一の器に相応しくない魔力が無理やり押し込められているような不自然さがあった。
「あなたの名前は? 何があったのですか?」
「普通科一年のレントです。図書館に行く途中でこちらの……」
フーリアが面識のないレントに尋ねてくるが、なかなか相手の名前が出てこない。
それでもまあいいやとレントは何事もなく話を進める。
「……方に勝負を迫られて――」
「――テオだよ!! ついさっき名乗ったばかりだろ! それに覚えておけって言ったよな!?」
とりあえず上手く誤魔化そうとしたけど、あっさりテオに突っ込まれてしまった。
先生に説明している最中なんだから、もう少し堪えてくれよ。
ほんとに体が動かないのか疑問に思うほど口が動くのは早いんだから。
「どうやら余計な心配だったようですね」
せっかく人が心配して来たというのに元気そうに話す二人を見てフーリアは何の感情もなく呟いた。
その声があまりに冷たく、テオの口からひっと悲鳴が漏れた。
「私はこれからテオを治療室に連れて行きます。明日改めて事情を聞かせてもらいますからそのつもりでいなさい」
有無を言わせずテオとレントの二人を頷かせたフーリアがさっと杖を振り、テオの体を宙に持ち上げる。
「わぁっ!」
「我慢しなさい」
「そんなぁ……」
突然フーリアに浮遊魔法をかけられたテオが声を上げるもフーリアにそっけなく切り捨てられた。
テオはまるで糸の切れた人形のように力なく手足を垂らしたまま、フーリア先生の後ろをふよふよと付いていかされるのだった。
おそらく同級生や先輩達の前で恥を晒す羽目になると思うが強く生きてほしいものである。
翌日、レントとテオはフーリア先生に呼び出されてしまったので教室棟一階の部屋にいた。
しかし、机と椅子が人数分あるだけで圧迫感を感じるほど狭い。
空間拡張魔法がある天道魔塔でこんな部屋を残してるのは今みたいに説教をするためであろうか。
一晩経って自由に体を動かせるようになったはずなのにテオの顔色は昨日より悪そうだ。
これから昨日の処分が決まるのだから当然である。
「二人とも事実と異なる点がないか注意して聞いてください」
努めて無表情でいたフーリアは机に置かれた羊皮紙に視線を向ける。
「決闘制度を利用せず教員の立ち会いや回復要員なしでの私闘を強要したこと。塔内の廊下で使用が禁止されている火炎系の魔法を用いたこと。そして、自分で制御できない危険な魔法を使用したこと」
フーリアが一つ一つ読み上げる度にぐうの音も出ないとテオが身を縮める。
「あなたが結界の魔道具を使わなければ、周囲の学生や塔の設備にも被害が出たことでしょう」
「……はい」
「これらを踏まえ、天道魔塔はテオを退学処分とします」
誰一人として身じろぎしない重苦しい沈黙が落ちた。
やがて自分が退学になると理解したテオの顔がみるみる青ざめていく。それは隣に座るレントが反射的に身を引いてしまうほどの変わりようだった。
天道魔塔を退学になっても特進科なら貴族が多いしお金もあるので生きていくのに困らないだろう。
そこまでショックを受けるなんて一体何があるというんだ?
いやこんなに規模の大きな図書館は貴族のお屋敷にもないか。
確かに重大な問題だ。
あとは天道魔塔の教員や設備といった魔法使いの修行環境などが考えられるか。それも貴族なら家庭教師なんかを呼び寄せたらいい気がする。
やはり読める本が少なくなるからに違いない。
しかしお前も本好きだったんだな。でもその割に図書館で見かけないのは何故だろう。
「そ、そんな……退学だなんて! 何とかなりませんか!?」
「あなたに正当な事情があるなら聞きますが、そう簡単に処分は軽くなりません。あまり期待しない方が良いでしょう」
テオが何かを言おうとして口を開くがまったく言葉が出てこなかった。
おそらく退学と言われた衝撃で頭が回らないのだろう。
もしかしたら処分が変わる理由もあったのかもしれないが、それはテオ自身が言葉にしないと誰にも伝わらないのだ。
もはやテオの退学は避けられない。
と思ったとき、部屋の扉が弾かれたように開け放たれる。
「失礼します」
お待たせしました!
もっと良いプロット、もっと面白い文体にして楽しんでもらいたいと思って何度も書き変えてたら、あっという間に締め切りがー! 時間が経つの早すぎでしょ……。
プロットの変更は今回のお話で言うと、新しく登場した先生ですね!
最初のプロットではワンシーンのみの出番だったので名前すらありませんでした!
書いてるうちに色々思いついてプロットが迷子になって、あとで辻褄を合わせに悩んでます!
こんなに難しいのに毎日小説を更新し続けている作者様はすごいですね! 私は最低でも一週間かかってるから相当頑張らないと追いつけない……!
文体は少しずつ変えて面白くならないか試してるから気づいてる人は少ないかも。
あ、腰の痛みはなくなりました! やっぱり座りすぎでした……。
さすがにお仕事と執筆で毎日10時間以上座る生活を二ヶ月以上続けるのは私の体では無理だったようです。
それにしてもこれだけやって執筆が遅いのが不思議。書いてると意識がなくなって時間だけが過ぎてるのかもしれない……っ!
今はパソコンの使用を諦めて、スマホで横になって書いてます!
……でも執筆画面と類語検索とメモと設定資料のアプリを切り替えると毎回再読み込みになって待ち時間ができるので地味にストレスです。五年前に買ったスマホがもう古いのかもしれないのでいつか買い替えたいものです!
あと、なぜか別作品のプロットを思いついてしまいました!
とりあえずメモしたけど、今は本作を仕上げたいので思いついた小説を書く日が来るのかわかりません! たぶんこのまま眠ったままになりそうです!
評価とお気に入り、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございました!