一人の少年がレントやテオ、フーリアのいる部屋の扉を勢いよく開け放った。
部屋の入り口に視線を向けると、すぐにその特徴的な赤い髪が目に入る。
「――ジ、ジーク様っ!?」
椅子を蹴倒すように立ち上がったテオが声を上げる。
ジークが何をしにここまで来たのか、どうやら取り巻きのテオも知らないようだ。
「ジーク! あなたをこの場に呼んだ覚えはありません! 早くこの部屋から出て行きなさい!」
「すみません、フーリア先生。ですがこいつの不始末は私の責任でもあります」
咎めるフーリアにジークが毅然とした態度で答えた。
だが、退学処分が下されるほどの不始末である。ジークはどうしてそこまで他人の責任を背負おうとするのだろうか。
少なくとも普通の貴族ならとっくに切り捨てているはずだ。
どうやらテオもジークに見捨てられるかもしれないと不安そうに彼を見ているようだし。
「……それで、あなたも責任を取って退学になりたいとでも言うつもりですか?」
額に手を当てたフーリアはため息をつきたくなるのをぐっと堪えてジークに尋ねた。
「テオと同じ処分を受けます。しかし、退学は考え直していただけないでしょうか」
「相応の理由がない限り退学処分を覆すことはできませんよ」
「その理由があります!」
ジークがフーリアに強く主張し、何も気づいてなかったレントがそんな理由があったとは、と驚く。
「……話してみなさい」
「まず、テオがバカなのはご存知でしょうが……」
「ジーク様!?」
テオがジークにいきなり何を言うんですかと心外そうな顔をしていたが、やはり他の人からバカだと思われているようである。
……まあ、そんな気はしていた。
「すぐ頭に血が上って手が出るし、後になって後悔する姿を何度も見てきました。ですが、流石に塔の廊下で火炎系の魔法を使うほどのバカではありません」
「ジーク様……!!」
ジークに自分の欠点を言われ俯いていたテオが、きらきらと目を輝かせてジークを見る。
……でも、バカに変わりはないよな?
それでいいのか。
と声に出して突っ込みたくなるが、レントはなんとか堪えた。
本人が満足なら何も言うまい。
「天道魔塔の規則は私が直接叩き込んだので覚えているはずです。だから、入学して十か月経つまでテオは大きな問題を起こしていません」
「大きな問題があったから今こうして処分を決めています。昨日何かあったのですか?」
「ええ、昨日は違いました。食堂でテオに話しかけてもどこか曖昧な返事をするし目が据わっておかしな様子でした。治療室に一人で行くというのでそのまま行かせましたが、まさかこんなことになるとは思いませんでした」
フーリアの疑問に答えたジークがテオに顔を向けると、テオはぶつぶつと独り言を言いながら必死に思い出そうとする。
「……え、そうだっけ。――あっ、治療室に行く途中でレントを見かけて、つい勝負を挑んでしまったんだ」
治療室に行くの忘れているし、なんて行き当たりばったりな行動……。
そもそもテオと今まで話したことなくてどんな人なのかあまり知らなかった。
だから、てっきり普段からあの調子だと思ってたけど違ったのか。
「テオ、あのランクが一時的に上がる魔法薬はどこで買いましたか?」
「工房棟一階にある小さな露店です。ランク一の学生ならランク三になれる魔法薬を買いました」
「…………この辺にある店ですか?」
フーリアが羊皮紙に書いた簡易な地図で店の位置を示すと、「そこです」とテオが頷く。
レントもその地図を見るが、特に有名なお店ではなさそうだった。
よくテオはこんな場所にある小さな露店の魔法薬を買ったものである。
魔法薬に何が入っているのかわからないので信用できるお店でしか薬を買っていないレントは、信じられないとばかりにテオを見る。
フーリアが考え込むように黙っていると、テオが何気なく口を開いた。
「その店で魔法薬を買うつもりはなかったけど、効果時間が短い分副作用もない物があるから確かめてくれって店員に言われて試飲したんだ。そしたら間違いなくランク三になれたし……ここでいいかと思って魔法薬を買ったんだ。また飲みたくなるくらい、癖になる味だったな……」
「……お前、修行もせず魔法薬に頼るなんて恥ずかしくないのか?」
「今は恥ずかしいと思ってます!!」
ジークに冷ややかな視線を向けられテオが慌てて弁明する。
やはりジークに借り物の力など必要ないのだろう。そんな暇があるなら修行して強くなれば良いとか言いそうである。
フーリアがコホン、と咳払いして話を戻す。
「昨日に限ってテオの様子がおかしいのは分かりました。しかし、あなたの証言だけでは根拠に乏しい……それに昨日のテオの行いがなくなるわけではないのですよ」
「ええ、理解してます」
意外にも即座に肯定するジークを見て、ならばどうするのかと疑問に思うレント。
今ここで退学処分を覆す証拠を出せないようだし、他にも何か考えがあるのかもしれない。
「私も責任を取りますので、どうかテオの退学を保留にしていただけないでしょうか。今はこうしてお願いするしかありませんが、その間に必ず証拠を見つけてみせます!」
ジークがフーリアの前で迷いなく頭を下げる。
「……そんな!? ジーク様! 俺のせいなんです! そこまでなさらずとも――」
「――黙れ。……お前にもすべきことがあるだろう」
深く頭を下げたままのジークがテオの制止を遮り何かを促す。
なかなかそれに思い至らず焦るテオだが、やがてはっとした表情を浮かべてジークと同じようにフーリアへ頭を下げる。
「フーリア先生、お願いします!!」
「………………」
懇願するジークとテオの二人にフーリアは黙して語らずその部屋に重苦しい空気が満ちる。
ジークに入学試験で初めて会ったときからプライドが高そうな少年だと思っていた。
だからこそ、これだけ誰かのために必死になっているのであれば、やはりただ退学になるだけではない。それ以外にもっと重い理由があるはずだ。
だが図書館にこもってばかりで交友関係が狭いレントにはその知識がなかった。読みたい本が多すぎて興味のある分野の本しかまだ目を通せてないのである。
……これは本を読むより誰かに聞いた方が良いかもしれない。
「フーリア先生、何やらお困りのようじゃな」
処分の判断に迷って考え込むフーリアに一人の老人が声をかけた。
「アルドリック教授!? どうしてここに?」
「なに、部屋の前を通りかかっただけじゃ」
どうやらジークが部屋の扉を開いたままにしていたのでこの部屋の様子が外から丸見えだったらしい。
驚く全員の前でアルドリックが穏やかな声で言う。
「……ふむ、こうしてはどうじゃろう。そこの学生の退学処分は一旦保留とするのじゃ。……フーリア先生も気になることがあるようじゃしのう」
「……ありがとうございます。私一人の判断で軽々しく処分を変えるわけにはいきませんでした。一先ず教員会議に回したいと思います」
アルドリックの提案を受けフーリアは他の教員と共に審議を行うことにした。
「私について来なさい」
部屋を出るフーリアの後をテオ、ジーク、レントの三人が追う。
「レントは帰って構いませんよ」
「えっ?」
振り返ったフーリアにあっさり告げられて困惑するレント。
「あなたは襲われただけで過剰に反撃することもありませんでした。処分の対象にはならないでしょう」
てっきり自分も連れて行かれると思ったが、そういえばもう話すことはなかった。
さっきからずっと聞いてるだけだったし。
何もレントの影が薄くて忘れられていたわけではないのだ。
そしてフーリア達の背が遠ざかっていくのをレントは見送った。
アルドリック教授がレントの横を通り過ぎるとき、なぜか一瞬だけ目が合った気がした。
「……レントったら、こんなところにいたのね! 探したわよ!」
「一体どうしたんだ?」
クラリスが駆け寄ってくるので図書館に向かっていたレントが足を止める。
特に思い当たる用事はないがクラリスに何かあったのだろうか。
「アンタ、ジークの取り巻きに襲われたんでしょ!? 怪我はない!?」
「大丈夫だから落ち着いてくれ」
クラリスが信用ならないとばかりにレントの周りをぐるっと見て回る。
……そこまで確認する?
「どうやら本当みたいね。……だったら早く無事を知らせなさいよ! 心配したんだから!」
「ごめんって……」
クラリスの勢いに負けてレントが身を引く。
確かに襲われた昨日のうちに伝えた方が良かったな。……忘れてた。
「それに、今度は他人の杖を壊したって聞いたけど!?」
「……いや、あれは襲ってきた本人が自爆したようなもんだから、違うはずだ」
取り巻きの命が危なかったから、その杖を吹き飛ばしたが壊してはいない。誤解である。
「つまり、他人の杖が壊れたのは間違いないわけね!?」
「……はい」
「アンタ、また杖殺しって言われるわよ……」
呆れたようなクラリスの冷たい視線がレントに突き刺さる。
……認めたくないものだな。
とはいえ避けようがなかったんだ。
これでも咄嗟の判断としてはよく反応できたと褒めて欲しいくらいである。
「それで、先生に呼び出されていたようだけど、結局どうなったの?」
「……取り巻きが退学になるところで、ジークが必死に庇って処分は保留になったんだ。その後先生にどこかへ連れて行かれたから、そこで処分が決まるんじゃないか?」
つまり、どうなったかわからないのでクラリスに答えられないのである。
むしろ自分が知りたいくらいだ。
「なんでジークが出てくるのよ? 関わってないんでしょ?」
「さあ? なぜか取り巻きの責任を取るつもりで来たんだ」
「……そう。あいつにもそんなところがあるのね」
意外そうに眉を持ち上げるクラリスにレントが気になっていたことを尋ねる。
「天道魔塔を退学になったら、ここに居られなくなるだけじゃないのか?」
「えっ、知らないの!? まぁアンタは興味なさそうだし仕方ないわね。……いい? 特進科はアンタも知っての通り貴族の子女ばかりで、しがらみの一つや二つ当たり前にあるのよ。例えば貴族なら魔法使いとしてランク十はないと一人前だと見なされないわ。だから、結婚もできず社交界では笑い者になるし、廃嫡になって野垂れ死ぬ者も多いわね。ジークが庇うのもわからなくもないって感じかしら」
口減らしで家族に捨てられたレントにとってみれば、しがらみなんて遠い世界の話である。
「魔法使いの実力の問題なら貴族なんだし家庭教師をつけるとかすれば、どうにでもなるんじゃないか?」
「まぁそうだけど……寿命も修行期間も長い魔法使いに教えるわけだから、ランク十以上の魔法使いを何十年も雇う必要があるかもしれないのよ? とんでもない金額がかかるに決まってるじゃない。見捨てられてしまうのも無理はないわね」
クラリスに聞くまで貴族の事情なんてレントはまったく気にしてなかったので、そんなことがあるんだと只々頷いていた。
これでようやくジークが似合わない真似をした疑問が解けた気がする。
さすがにここまで友達の人生が転落すると分かっていれば退学をなんとかしてやりたいと思うか。
……と、友達で合っているよな? 単なる取り巻きにはそこまでしないはずだから。
「……そういえば、アンタ他にも無事を伝えた方が良い相手、いないでしょうね?」
ジト目で確認してくるクラリスに、いるわけないだろと返そうとして、あっと思った。
――エリシアにも伝えるの忘れてた。
「今は無事を祈るしかありませんね……」
(昨日、治療室にいたエリシアのもとへ魔法薬の副作用で動けないでいるテオがフーリア先生に運ばれてきていた)
お待たせしました!
クラリスのシーンは一瞬(数時間)で書けて楽しかったけど、それ以外はかなり苦戦しました……。
あと投稿する直前にもっと良いプロットができて、十二話を一回消して書き直してました!
原型の粗いプロットしかなかったのですが、細かいところまで完成してよかった……!
しばらく執筆に集中できそうです。
手術でお休みした分、11月は週一投稿を目標に頑張ります!
評価とお気に入り、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございました!