怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
次回にプールの話があり、そこから映画へと行こうと思っております。
お楽しみに
「よっしゃー! 来たよ来たよ! 木椰区ショッピングモール!!」
吹き抜けの広場に響き渡る葉隠の弾んだ声。
ずらりと並んだ近代的なショップと、休日を楽しむ大勢の買い物客たち。その待ち合わせ場所に集まったA組の面々は、制服姿とは打って変わって、それぞれの趣味が全開に出た個性豊かな私服を纏っていた。
そして――そんな輪の中でも、ダントツで周囲の視線を集めていたのがブロリーだった。
オールマイトが専門店で特注してくれたという、極太のジーンズに黒の特大無地オーバーサイズTシャツ。さらに腰には、いつものトレードマークであるマントがしっかりと巻かれている。
身長2メートルをゆうに超える巨躯と、Tシャツ越しでも隠しきれない丸太のような筋肉の凹凸は、街行く一般人からすれば歩く巨岩そのもの。すれ違う客たちが思わず「うわっ、デカ……!」「プロヒーローか!?」と振り返るほどだった。
「人……すごく多い」
ブロリーは周囲の視線に少し居心地悪そうにする。身体は一番大きいのに、気配は一番小さい。
「ブロリー、私服でもすげぇ迫力だな! だがその腰の毛皮、やっぱかっけぇぜ!」
「みんな揃ったね! じゃ、それぞれ必要なもん買いに行こっか!」
切島や芦戸の声に、飯田が大きく腕を振り回して集合時間を告げる。各自が思い思いの店へと散らばっていく中、上鳴が後頭部に手を当てながらキョロキョロとフロア案内を見上げていた。
「うーんと……俺はとりあえず、頑丈な靴と、夜用のライトだな。一人で回るのも寂しいし、誰か適当につるんでくれねぇかなー」
「なら私とブロリーとで行けばいいでしょ」
ロックテイストなジャケットを羽織った耳郎がそう言うと、『だよなー!俺もそう思ってたー!』と喜びながら2人に近づく上鳴。
「ブロリーはリュックとかアウトドアのやつを見にいくんだっけ?」
「ああ」
「じゃああっちだね、行こ」
「任せとけよブロリー。俺がいっちばんかっこいいリュックを探してやるからな!」
「そこはブロリーに選ばしてやりなって」
ブロリー・上鳴・耳郎は共に動き、先にブロリーのリュックを見にいった。2人らしいセンスのいいデザインの物を選んだりしたが、結局は『オールマイトのデザインのリュック』と言うので決着。
「よし、これならブロリーの体格でも背負えるし、何より超頑丈そうだ!」
上鳴がオールマイトの赤・白・青のコスチュームカラーをあしらった特大バックパックをポンと叩いた。
頑丈な登山用で、荷物もたっぷりと入る。ブロリーは手に入れたリュックを両手で大事そうに抱え、口元を緩めた。
「うん…オールマイトの色だし、すごく、いい」
「ほんと、あんたオールマイトのこと大好きなんだね」
耳郎がくすっと笑い、自分の目当てだった防水ギアや靴を探すため、フロアの奥へと歩き出す。上鳴もライトや小物を物色しながら、二人で賑やかに棚を冷やかしていた。
その後ろを、人混みにぶつからないよう気を配りながらついていくブロリー。
ふと、通路沿いにある雑貨店の一角で、多くの若者たちが足を止め、人だかりを作っているのが目に入った。
「――ん?」
ブロリーが何気なく視線を向けると、特設された棚の上に、禍々しい赤いマフラーを模した布地や、血を連想させる意匠のTシャツ、さらには仮面をモチーフにしたバッジやキーホルダーが並んでいた。
『ヒーロー殺し・ステイングッズ』
「……うわ、もうこんなもん売ってんのかよ。いくら話題だからって、ヴィランのグッズなんて作る奴も買う奴もどうかしてるぜ」
棚に気づいた上鳴が、眉をひそめて小さく呟いた。
「……ネットじゃカリスマ扱いされてるらしいけどさ。やってることはただの凶悪な人殺しじゃん。飯田の兄さんだって、あいつのせいで……それになんか、ブロリーにも変なこと言ってたって聞くし」
耳郎も不快そうに視線を逸らした。
二人の声を聞きながら、ブロリーはあの時の光景をよく思いだしていた。
(……『オールマイトだけが、本物だ』って……)
保須での事件の後、ニュースやネットで何度も耳にしたその言葉。
ステインは、名声や金のために活動するプロヒーローを「偽物」と断じ、粛清を繰り返していたという。そして、ただ一人――オールマイトだけを「真のヒーロー」と認め、その背中を崇拝していた。
ブロリーにとって、オールマイトは世界を救う偉大な象徴であると同時に、優しく頭を撫でてくれる、誰よりも温かい「お父さん」だ。
だからこそ、胸の中に拭いきれない違和感と、重たい澱のようなものが沈んでいた。
(あの人は……父さんのことが、好きだったのかな)
父を尊敬していた。
それは、ブロリーと同じはずだった。
けれど、あの男が選んだ道は、刃を研ぎ、自分と異なる考えを持つヒーローたちを容赦なく傷つけ、切り伏せることだった。
(でも……傷つけたら、ダメなんだ)
自分も、規格外の力を持って生まれた。
期末試験の時、プロの先生たちと戦った時もそうだった。少しでも力を誤れば、相手の骨を砕き、命を奪ってしまう。だからこそ、ブロリーは必死にブレーキをかけ、相手を傷つけないための方法を必死に探した。
力を持つ者は、その力をどう使うべきなのか。
父さんが命を削りながら守り続けてきた平和は、誰かを切り捨てることで作られたものじゃない。
「……ブロリー? どうしたの、ぼーっとして」
耳郎の声にハッと我に返ると、二人が心配そうにこちらを見上げていた。
「あ……ううん。なんでも、ない」
ブロリーは小さく首を横に振り、胸元に抱えたオールマイトのリュックを、ぎゅっと少し強めに抱きしめた。
まだ難しい理屈や、社会の歪みなんて全部は分からない。
けれど、あの男のように誰かを傷つける刃ではなく――父さんのように、誰かを包み込んで守れる手を持っていたい。
そんな静かな誓いが、少年の心の中にゆっくりと根を張っていた。
「……よし! 俺の買い物も終わったし、次は耳郎のスピーカー見に行こうぜ!」
「はいはい。あんた変なメーカーの安物選ばないようにしなよ」
「失礼だな! 見る目くらいあるわ!」
賑やかな二人の背中を見つめ、ブロリーはふっと表情を和らげると、再び大きな足取りで歩き出した。
「―緑谷が…死柄木と!!?」
「ああ……今、警察に事情聴取されてるみたいなんだ」
「マジか―ああくそっ…!流石に油断しすぎてた!」
「仕方ありませんわ……流石に、こんな場所に現れるだなんて」
休日の賑わいに満ちていたショッピングモールは一変し、パトカーのサイレンが鳴り響く異様な空間へと変貌していた。一般客は避難誘導され、規制線が張られた広場の一角で、A組の生徒たちは固まって息を呑んでいた。
「デクくん……首元を、指で押さえられてたって……」
麗日が青ざめた顔で両手を胸の前で握りしめ、肩を震わせている。その場に居合わせた彼女の動揺は、他の誰よりも深かった。
「一般の人も、人質に取られてて、デクくん、上手く動けなかったみたいで…!」
「クソッ…!男らしくねえやり方しやがって…!」
「一本でも指が触れれば崩壊する個性……。一歩間違えれば、緑谷くん……そして人質の方――いや、他の市民の皆様の命はなかったということだ……!」
飯田が悔しげに拳を強く握り締め、爪を手のひらに食い込ませる。保須での出来事を経て、誰よりも冷静であろうと努めているはずの彼の眼鏡の奥には、友を危険に晒してしまった無力感が滲んでいた。
「敵連合のボスが、なんでこんな白昼堂々の買い物客の中に紛れ込んでんだよ……!?」
上鳴が頭を抱え、耳郎も厳しい表情で腕を組んで唇を噛む。
「USJだけじゃ飽き足らず、街の中にまで普通に出てくるなんて……。あたしたち、完全に狙われてるじゃん……」
そんな重苦しい空気の輪の中で――ブロリーは、先ほど買ったばかりの特大のリュックを両腕で抱えたまま、微動だにできずに立ち尽くしていた。
(デクが……死柄木に……)
脳裏に蘇るのは、USJの光景。
あの全身に人の手を纏った不気味な男。相澤先生の肘を崩壊させ、生徒たちを殺そうと平然と笑っていた悪意の塊。
あの男が、自分たちが楽しく買い物をしていたすぐ近くにいたのだ。
(オレが……オレが、もっと早く気づいていれば……)
ブロリーの胸の奥を、冷たい刃のような後悔が貫いた。
あれだけの力を持っておきながら。期末試験でプロヒーローを制圧できるほどの肉体と感覚を持っておきながら、すぐそばにいた大切な友達が命の危機に晒されていたことに、自分はまったく気づけなかった。
抱きしめていたオールマイトカラーのリュックに、ぎり……と無意識に力が籠もる。
指先がめり込み、頑丈な生地がきしむ音を立てた。
保須の事件での犯人、ステイン。
そして、今現れた死柄木弔。
自分たち学生が足を踏み入れようとしているヒーローの世界には、ただ「強くなればいい」「傷つけなければいい」では済まされない、底なしの悪意と理不尽が確実に口を開けて待っている。
「……ブロリー」
そのただならぬ気配に気づいた切島が、心配そうに声をかけて巨漢の腕に手を置いた。
「お前のせいじゃねぇぞ。誰も気づけなかったんだ。……緑谷が無事だっただけでも、不幸中の幸いだったんだよ」
「……うん」
ブロリーは小さく頷いたものの、その琥珀色の瞳は硬く強張ったまま、警察の規制線の向こうを見つめ続けていた。
無事だった。それは本当によかった。
けれど――もし、死柄木の指が五本とも触れてしまっていたら。もし、自分が間に合わない場所で、大切な誰かが失われてしまったら。
心優しい巨漢の胸の内に、生まれて初めて「理不尽な悪に対する恐怖」と、それを絶対に許してはならないという「守るための怒り」が、静かに、けれど熱く燻り始めていた。
「みんな、聞いて欲しい」
そこへ、事情聴取の対応を終えた塚内警部が、疲労を滲ませた足取りで歩み寄ってきた。
「緑谷くんの聴取は一段落したよ。彼や人質の方には外傷はない、精神的なショックはあるが……しっかり受け答えしてくれている。君たちも今日はもう解散だ。全員、保護者かプロの付き添いのもとで真っ直ぐ帰宅しなさい」
塚内の言葉に、生徒たちは安堵の息を吐きながらも、誰一人として晴れやかな顔はしていなかった。
楽しみにしていた林間合宿の直前、突如として落とされた巨大な影。
夕暮れの木椰区に響くパトカーの赤色灯が、散り散りに家路へとつく少年少女たちの背中を、不気味に赤く染め上げていた。
『――それは、つまりどう言うことかな?弔』
「そのまんまの意味だぜ先生………俺を鍛えろ」
『それは……どっちだい?力か?それとも…』
「全部だ、全部強くなりてえんだ。……俺がやるべき事が全部見えた――八木蕗利、俺はアイツを壊す……そして、今ある全てを一回……全部、リセットするんだ」