怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
次回がいよいよ映画の話になってゆきます。
お楽しみに。
待ちに待った夏休みの到来。
学生の身である者達からすればそれは最高のイベントと言っても過言では無い、まさしく一番最高とも言える存在。
しかしブロリー達はヒーローを目指すヒーロー科の学生、林間合宿もあることで全て休めるというわけにもいかない。
それでも羽を休め休息を取るということも大事だ――というわけで。
『ブロリー!明日プール行こうぜ!オイラと上鳴と緑谷で学校のプールのトレーニングでの使用許可を取り付けたんだよ!一緒に訓練しようぜ!』
「プール…!……いっても、いいのか?」
『?なにいってんだよ、当たり前じゃんか!!』
「ー!じゃあ、いく!!」
『おっしゃ決まりだな!!』
トレーニングも兼ねた、雄英高校の屋外プールでの自主練習。
峰田の『女子の水着姿を拝む』という邪な下心は、真面目な緑谷が上鳴と共に男子全員へ声をかけたことであっけなく粉砕され、結局はA組ほぼ全員が集まっての真面目な体力強化合宿へと姿を変えていた。
カラリと晴れ渡った青空の下、照りつける夏の太陽。
水着に着替えた男子生徒たちがプールサイドに集まり、体操をしたり水に入って歓声を上げたりと、思い思いに夏休み初日の空気を楽しんでいた。
「くっそー! なんで女子側とコースが完全に仕切られてんだよ! しかもあっち、スク水じゃねえか!!……いやでも、いいな、スク水」
「そろそろブロリーに怒られんぞ?」
プールサイドの床に突っ伏して悔し涙を流す峰田を、切島が呆れ顔で見下ろす。
そんな中、周りをキョロキョロと見渡していた緑谷が、ふと入り口の方へ視線を向けた。
「あれ、そういえばブロリーくんは? 来るって言ってたよね?」
「ああ、ブロリーなら更衣室で特注の水着に着替えるのに手間取ってたぜ。なんせサイズがサイズだからな」
上鳴がそう答えた、次の瞬間。
ガチャリ、と重たい防音扉が開く音がプール全体に響いた。
「――ごめん、待たせた」
申し訳なさそうにしながらプールサイドへと足を踏み入れてきた人影。
その瞬間――それまで響いていた賑やかな水音と男子たちの話し声が、まるで時間を止められたかのようにピタリと途絶えた。
「………………」
誰も、声が出ない。
男子生徒たちの目が、一斉に一点へと釘付けになった。
そこに立っていたのは、特注の漆黒のスイムトランクスを穿いたブロリーの姿だった。
普段はオーバーサイズの制服や黒Tシャツで覆い隠されていたその肉体が、真夏の直射日光の下に、一分の隙もなく露わになっていたのだ。
『筋肉が……エグすぎる……!!』
爆豪以外の全員の心の叫びが完全に一致した。
流石、その一言に尽きた。
分厚い胸板はもはや装甲板のようで、呼吸に合わせて波打つ腹筋は彫刻刀で深く刻み込まれたかのようにバキバキに割れ、8つのブロックが凶暴なまでの陰影を作っている。
肩から首にかけて盛り上がる僧帽筋は小山のように隆起し、丸太どころではない太さを誇る両腕には、血管が太い蛇のように浮き上がっていた。
腰に巻いたいつものマントは濡れないように外しているため、大腿四頭筋の筋繊維の一筋一筋までもが露わになり、歩くたびにアスファルトを踏み砕きそうな重圧感を放っている。
「や、やっぱすげぇなブロリーの体…!」
「ほんとにオールマイトみたいだよなー!」
「そう、かな」
「そうだって!」
「まさしく完成された肉体」
「俺も体は大きい方だが……ブロリーには負けるな」
「あはは……みんな、ありがとう……」
クラスメイトたちから寄せられる純粋な賞賛に、ブロリーは照れくさそうに太い人差し指で頬を掻いた。
身長も筋量も規格外な巨漢が、褒められて恥ずかしそうに身を縮めている姿はどこか微笑ましい。
「よし! それじゃあ各自、準備運動を終えたら水中トレーニングを開始しよう!」
飯田が笛を首から提げ、水着姿のままビシッと腕を直角に振って号令をかける。トレーニング方法は様々で、シンプルに泳ぐ、工夫をつける、呼吸のリズムをととえたりなど、とにかく色々と行なった。
「――がぁっ…!…はぁ…!ゲホッ…!……切島ぁ…!タイムは!!」
「すげぇぞ爆豪!1分30秒!マジでアスリートのレベルだぞ!!」
「かぁぁぁ!やっぱ爆豪もすげぇな…!」
「僕たちも、1分くらいが限界だったもんね」
「ああ……だが、多分もっとすごいことになるぞ」
全員の視線が、深緑色の水底へと注がれた。
プールの底、水深1メートル半の青いタイルの上に、特注の漆黒のトランクスを穿いたブロリーがあぐらをかいて静かに沈んでいた。
水面へ立ち上る空気の泡は、最初の一粒きり。胸板は一切波打たず、水流に髪を揺らしながら、まるで海底の岩塊のように微動だにしていない。
「……切島。ブロリー、潜ってからどれくらい経った?」
瀬呂がストップウォッチを覗き込もうと身を乗り出す。切島の握るタイマーの数字は、すでに3分を大きく超え、数字を刻み続けていた。
「さ……3分40……45……おいマジかよ……」
「常人ならとっくに脳に障害が出るレベルだぞ……!」
「期末試験で見せたマイク先生との叫び合い…!やっぱりブロリーくんは、肺活量も凄すぎるんだ…!」
緑谷が息を呑みながら解説する横で、爆豪が水滴の滴る前髪の下から、血走った赤い瞳で水底を睨みつけていた。
奥歯がギリリと軋む。
息を止めるという、最も原始的な肉体の限界値の勝負。そこですら、これほどの絶望的な差を見せつけられている。
そしてタイマーが4分ジャストを告げた瞬間。
水面が大きく揺れ、ブロリーの上半身が静かに浮上してきた。息を切らす様子も、肩を上下させる様子も皆無。顔についた水滴を手でさっと払うと、ブロリーは水底にいた時とまったく同じ、平然とした呼吸でプールサイドの面々を見上げた。
「……あの、みんな、待たせちゃってごめん。そろそろ次に行かないと、ダメだな」
「全然余裕だ!!?」
「スッゲェ!!?」
男子だけではなく女子達もその結果に驚いていた。
「4分だぞ4分!! お前、まだまだ潜ってられただろ!?」
「うん……あと5分か10分くらいは平気だったけど、みんなの練習が止まってしまうから」
「人間辞めすぎだろ!! 肺に酸素ボンベでも飼ってんのか!?」
大騒ぎするクラスメイトたちの中、爆豪だけは別だった。
「ふざけんな……ッ!!」
激しい水飛沫とともに、爆豪がコースロープを力任せに叩いた。
肩で荒い息を吐きながら、濡れた切っ先のような指をブロリーの眉間へと突きつける。
「加減して切り上げただァ!? 舐め腐った真似してんじゃねえぞブロリー――酸素の我慢比べなんざどうでもいい!! 白黒つけるなら、速さだ!!」
爆豪の掌から、パチパチと苛立ちの爆発が火花を散らす。
その剥き出しの闘争心に火をつけられたように、切島がニヤリと歯を見せて笑った。
「お……! いいねぇ爆豪! 潜水じゃ勝負にならねぇが、50メートルのタイムアタックなら個性を使って競い合えるぜ!……多分……!いや、多分ブロリー以外なら!!」
「個性使用ありの50メートルレースか! 面白そうじゃん!」
瀬呂が腕を回し、上鳴もニヤリと口角を上げる。
「個性の自由な行使は学校側から許可された訓練内容に含まれている!」
飯田が笛を構え直し、瞳を熱く輝かせた。
「切磋琢磨し、己の限界を押し広げることこそが雄英生の矜持! 誰がこのプールで最も速く50メートルを駆け抜けられるか、クラス内レースを開催する!!」
『うおおおおおっっ!』
男子生徒たちのテンションが一気に最高潮へと跳ね上がった。女子達も面白そうと見学をすることに。
水飛沫と熱気の中、ブロリーは両手を胸の前で合わせながら、楽しそうに笑い合うクラスメイトたちの姿を嬉しそうに見つめていた。
「コホン……勝者!ブロリーさん!!」
「知ってたぜちくしょう!!」
「そりゃ勝てるわけないって…ブロリーだもん…!」
「爆豪の『爆速ターボ』もデクの跳躍も飯田の噴射も、全部ただのクロールで置き去りにされたぞオイ!!」
「くそがぁぁぁぁぁっっ!!!」
地面を殴りつけ、絶叫する爆豪。膝をついて荒い息を吐く緑谷や飯田も、悔しさと共に脱帽したような苦笑いを浮かべていた。
(……あ、危なかった……)
濡れた前髪の隙間から、ブロリーはそっと自分の巨大な両手を見つめていた。
勝つには勝ったが、内心では冷や汗の連続だったのだ。
壁を蹴る強さ、水を掻く腕の角度、バタ足で起きる水流の向き――それらすべてを極限まで押し殺し、全開の1パーセント……いや、数パーセントすら出さないように必死でブレーキをかけ続けていた。
もし少しでも力を込めてしまえば、水圧の衝撃波で背後のコースを泳ぐ爆豪たちを怪我させ、プールの水を丸ごと外のグラウンドまで吹き飛ばしてしまう。
(みんな、すごく悔しがってる……。オレがもっと遅く泳げばよかったのかな……でも、手加減しすぎると爆豪くん怒るし……)
そんな「力の1パーセントも出していない」などという規格外の事実は、もちろん口が裂けても言えない。ブロリーは心の中でそっと秘密にしまい込み、ただ小さく息を吐いた。
その後プールサイドに上がり、水分の補給をする一同。
「あー、マジで疲れた……。でも、超楽しかったな!」
タオルで頭をガシガシと拭きながら、切島が白い歯を見せて笑う。
「夏休み初っ端からいい汗かいたぜ! ブロリー、お前も楽しかったか?」
「ああ、とても、楽しかった………オレ、誰かと一緒にプールに入ったの、今日が初めてだったから」
「……え?」
ペットボトルのキャップを開けようとしていた緑谷の手が、ピタリと止まった。緑谷だけではなく周りの者達みんなの動きが止まってしまった。
上鳴は事情を知ってはいるが、自分の口から全部話すのは違うと思い、様子を見ていた。
「初めてって……ブロリー、小中学生のときとか、体育の授業で入らなかったのか?」
尾白の素朴な疑問に、ブロリーは困ったように眉を下げながら、ぽつり、ぽつりと昔のことを言葉にした。
「うん……。小さい頃から、オレ……体がすごく大きくて、力もうまくコントロールできなくて……。先生達から『みんなのためにも、見学をしていて欲しい』って言われてて、入ったとしても、オレ、1人だけだった」
授業の時間は、いつもプールサイドの隅っこで見学だった。
高いフェンスの向こう側で、クラスメイトたちが水しぶきを上げて楽しそうに歓声を上げているのを、一人だけで眺めていた記憶。
羨ましかったけれど、「自分は入っちゃいけないんだ」と自分に言い聞かせていた幼い日の孤独。
プールに入れたとしても、周りに人はおらず、自分1人だけ。
「だから……みんなと笑いながら水の中に入って、競争したり、泳いだりできたの……夢みたいだった。みんな、誘ってくれて……本当にありがとう」
プールサイドに、一瞬の静寂が流れた。
誰一人として茶化す者はいなかった。
規格外の怪力と肉体を持ちながら、その優しさゆえに、どれほど多くの「当たり前の青春」を我慢し、諦めてきたのか。その一端に触れた生徒達の胸に、熱く切ない感情が込み上げていた。
――まだ終わりたくない、もっとみんなと楽しみたい……それがブロリーの中にある、隠されている本音だった。
「――おい委員長、プールは後どんくらい使えんだ」
「あと……20分くらいだが」
「なら話は早え――おいブロリー!俺と勝負しろ」
「もう一回…?」
「俺が満足するまで付き合えって言ってんだ!競争だろうが潜水だろうがとにかく俺と勝負しろ!!ここが使えなくなるまで、何度でもやり合うぞ!!」
ブロリーが目を丸くする。
同情するわけでも、湿っぽい言葉をかけるわけでもない。
ただ剥き出しの闘志と、濡れた掌からパチパチと弾け飛ぶ小さな火花。爆豪なりの『まだまだ時間はあるんだからそんなシミったれた面すんじゃねえ』と言う不器用すぎるフォローだった。
「ぷっ……あっはは!」
切島が堪えきれないように吹き出し、バッと立ち上がって水着の腰紐を締め直した。
「さすが爆豪! そういうことなら俺も混ぜろ! あと20分、突っ立ってダベってるなんてもったいねぇよな!」
「おいおいマジかよ! 俺もう腕上がらねぇんだけど!?」
上鳴が悲鳴を上げつつも、その口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
「でもよ、せっかくブロリーがこんな嬉しいこと言ってくれたんだ! とことん付き合うしかねぇだろ!」
「僕も……もう一回、泳ぎたいな!」
緑谷もまた、目を輝かせてプールサイドの縁へと足をかけた。
「待つんだみんな!!ルールと安全管理は厳守だぞ!」
飯田が笛を咥え直しながら叫ぶが、その表情には委員長としての誇らしげな熱が満ちている。
「―けれど、いいだろう!残り20分、完全燃焼のフリーバトルレースとする! 怪我人ゼロで全力を出し切るとしよう!!」
『うおおおおおおおおっっ!!』
どぼん、ざばぁん、と次々に水飛沫を上げてプールへと飛び込んでいく。
熱い歓声と弾ける飛沫の向こうで、爆豪が水面を叩き、ギラついた視線でブロリーを射抜いた。
「おいブロリー!!突っ立ってんじゃねえ、さっさと入って来い!!」
「あ……うんっ!」
胸の奥が、熱いものでいっぱいになった。
気遣われることにも慣れていなかった。
でも――こうしてライバルとして、同じクラスの仲間として、本気でぶつかり合おうと言ってくれる。それが、どれほど誇らしくて嬉しいか。
ブロリーは足元のタイルを壊さないよう、そっと、けれど勢いよくプールの中へと飛び込んだ。
マジでこの世界強い個性=生きにくいがすぎません……??