怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
「お久しぶりです、デヴィットさん」
「蕗利君じゃ無いか…!久しぶりだね、元気……かどうかは、送られてきた雄英体育祭の映像でわかっていたよ。昔の頃よりも、随分と大きくなって、さらに頼もしくなったね」
「まだまだ、です。オレなんて、先生たちや友達に助けてもらってばかりで……」
巨大な身体を恐縮そうに折り曲げ、ぺこりと頭を下げるブロリー。
そんな彼の姿を、メリッサの父、デヴィッド・シールドは、眼鏡の奥の温かな瞳を細めて見つめていた。
メリッサと再会した直後、「パパがね、蕗利くんにどうしても直接会いたがってるの!」という彼女の案内で、一行は予定を変更して先に研究エリアへと向かうことになったのだ。
世界の頂点に君臨するといっても過言ではない天才科学者、ノーベル賞受賞者でもあるデイヴィッド・シールドに会える――そう聞かされた時の同伴者三人の反応は、まさに三者三様だった。
今、その研究室のソファの端で、心操はかつてないほど背筋をピンと伸ばしていた。
(……デヴィッド・シールド。世界のヒーローサポート業界の最高峰にして、あのオールマイトのコスチュームを制作した人…なんでそんな人物のプライベートな研究室に、普通科の俺が当たり前のように通されてるんだ……?)
平静を装ってはいるものの、心操の額には微かに冷や汗が滲んでいる。
その隣では、常闇が厳かに腕を組み、深淵を見つめるような鋭い眼差しで息を呑んでいた。
「世界の叡智が集うこの島において、頂に座す稀代の賢者……。直接相見える栄誉に浴するとは、数奇な運命(さだめ)を感じずにはいられんな」
『サイン貰オウゼ!!』
「静かにしろダークシャドウ、礼を失するな」
そして――最も危険水域に達していたのが、発目だった。
両目の照準をカチカチと超高速で伸縮させ、鼻息を荒くして今にもデヴィッドの作業デスクへダイブしそうな勢いである。
「私!発目明と申します!!博士の研究や作り出されたサポートアイテムはすべて目を通しておりまして、どれも素晴らしい物だと思います!!こうして会えたことは、本当に、本当に嬉しいです!」
「あはは……熱心な学生さんだね。君たちのことは蕗利君から聞いているよ。雄英高校でできた、大切な友達だとね」
デヴィッドは発目の勢いに怯むこともなく、柔和な笑みを浮かべて頷いた。
そして、ブロリーへと穏やかな視線を向ける。
「それにしても、本当に立派になったね」
「ブロリーさんとは、一体どこでお知り合いに?」
「ああ、実はね。蕗利君のお父さんとは、彼が昔、アメリカに留学していた頃からの長い付き合いでね。出会って以来、お互いにかけがえのない親友なんだよ」
――ブロリーの父・八木俊典が、かつて「オールマイト」としてアメリカでデヴィッドと出会い、共に駆け抜けた青春の日々。
その真実、そしてオールマイトが自分の父であるという事実は、雄英の生徒たちには一切明かされていない極秘事項だ。デヴィッドもその事情を痛いほど理解しているからこそ、「留学時代の古い友人」という言葉で、ごく自然に心操たちの前で辻褄を合わせてくれていた。
「へぇ……ブロリーのお父さん、アメリカに留学してたのか」
心操が納得したように小さく呟いた。
「だから、世界的な科学者のシールド博士と家族ぐるみの付き合いがあるわけか。……ブロリーのあの規格外のスケール感も、父親譲りなのか」
「ふむ、海を越えた熱き絆か。実に美しき友情の系譜だな」
常闇も深く頷いている。
「ふふっ、パパと蕗利くんのお父さんは本当に仲が良いのよ! 昔はよく、お父さん同士で難しい話をしてる横で、私と蕗利くんが研究所の中を走り回って遊んでたんだから」
メリッサが紅茶のカップを配りながら、懐かしそうに微笑む。
ブロリーの怪力も、その特異な体質も、この親子にとっては最初から当たり前に受け入れてきた日常の一部だった。
「……所でブロリーくん、せっかく来てくれたのに申し訳ないんだが……この後、予定はあるかな?実は……ちょっと大事な話があってね」
「オレは、大丈夫です……でも」
「俺達のことは気にしないでくれブロリー、さっきも言ったと通り、俺たちは同伴者なんだからな」
「2人の大事な話となると、部外者である我々が聞いていいような物ではないのだろう。ここは大人しく、この場を去らせて貰う」
「ちょうど行きたい場所もありましたので…またお話が終わってからの合流ということで!!」
「じゃあ、蕗利くん! 私、知り合いを迎えにいくからエントランスまで迎えに行ってくるね! パパとゆっくり話してて!」
メリッサが明るく手を振って部屋を後にし、心操や常闇、発目の三人を見送った重厚な防音扉が、シューッと静かに密閉された。
カチリ、と電子ロックの施錠音が鳴る。
一万人以上の科学者がひしめく喧騒から完全に切り離された広い研究室には、巨大なメインコンピューターの微かな駆動音だけが静かに響いていた。
「……座ってくれ、蕗利君」
「はい」
デヴィッドに促され、ブロリーはソファに座る。
先ほどまでの穏やかな「旧友の優しい父親」の顔から一転、デヴィッドの表情には、深くて重たい影が差していた。眼鏡を外し、指先で眉間を強く揉みほぐすと、静かにブロリーを見つめる。
「……以前、トシから話を聞いていたんだ。君がある1人のヴィランを前にして、力を解放し勝利したと。そしてその力の解放が原因で、周辺地域一帯に震度4相当の震動を引き起こしてしまったと」
「……事実、です」
「…その際の力は、何%だったかわかるかい?」
「おそらく…25%くらい、です」
「―――25%で………そうか………そうか――すまないが蕗利君、少し時間を取らせてもいいかい? 君の今の身体を、最新の設備で詳しく調べさせてほしいんだ」
「オレの体を……ですか?」
「ああ。君のその尋常ならざる出力と、首元の制御装置による負荷……トシから話を聞いてから、ずっと気になっていたんだ。君の負担を少しでも減らす手助けができないかと思ってね」
「……わかりました。よろしくお願いします」
ブロリーは素直に頷き、デヴィッドに案内されるまま研究室の奥にある大型の生体検査室へと足を踏み入れた。
部屋の中央に鎮座するのは、円筒形の最新鋭高密度スキャナーポッド。世界最高峰の学術都市でも数台しか存在しない、個性のエネルギー波形や細胞組織の微細な活動までを完全に可視化する超精密機器だ。
ブロリーがポッドの中央に立つと、青白いスキャン光がその巨大な肉体を上から下へとゆっくりと走る。
ピピピ……と電子音が鳴り響き、ガラス越しにコンソールへ向かったデヴィッドが、高速でキーボードを叩き始めた。
「痛みはないから、安心して、リラックスだよ」
「はい」
コンソールのホログラムモニターに、ブロリーの骨格、筋肉の密度、血流、そして体内を渦巻く固有のエネルギー波形がリアルタイムで投影されていく。
デヴィッドは指先を動かし、画面の隅に保存されていたフォルダを開いた。
――『PROJECT: YAGI BROLY(AGE: 8)』。
かつてオールマイトに連れられ、幼いブロリーが初めてこの島を訪れた際に記録された生体データだった。
「データの同期を……開始」
モニターの中央で二つのデータが重なり合い、解析バーが瞬く間に100パーセントへと達した。
その瞬間――コンソールの計器がけたたましい警告音を上げ、画面一面が警告色の真紅に染まった。
「……なんだ、これは?」
デヴィッドの眉がピクリと跳ねた。
機械のエラーを疑い、即座に予備の演算プロセッサを接続して再計測をかける。だが、叩き出された数値は、先ほどとまったく同じ――いや、さらに厳密な数字となって突きつけられた。
「ッッ…!!」
デヴィッドは息を呑み、思わず眼鏡をずらして画面を凝視した。冷や汗が、こめかみを一筋つたって顎へと滴り落ちる。
画面に表示された、幼少期と現在のエネルギー出力係数。
成長期における肉体の変化や、雄英高校に入学してからの基礎トレーニングを考慮しても、一般的な「個性」の出力上昇値はせいぜい2倍から3倍。トッププロの血統や類まれな努力を重ねた者ですら、5倍から10倍程度が限界値とされている。
しかし――ブロリーのデータに刻まれていた数字は、そんな常識の遥か彼方にあった。
10倍、20倍どころではない。
体内から放たれる生体エネルギーの絶対量、潜在的な最大出力係数は――幼少期の約70倍へと跳ね上がっていた。
(――70…倍……こんな、こんなことが…)
デヴィッドの手がカタカタと震えた。
ブロリーは戦場を渡り歩いてきたわけではない。過酷な死線を潜り抜け続け、極限の戦闘を何年も繰り返してきたわけでもないのだ。
日本で、父のもとで慎ましく暮らし、普通の小学校や中学校に通い、雄英に入ってからわずか数ヶ月。ただ日常を過ごし、体が大人へと成長した――ただそれだけのはずだった。
長年戦闘を重ねたわけでもないのに、生物としての器が広がるのと完全に比例して、内包するエネルギーが無制限に膨れ上がり続けている。
まるで、成長することそのものが、眠れる星を巨大な太陽へと変貌させていくかのように。
(あれから数年経っているとはいえ……この、数値は…!!この子は…今もなお成長を続けている……限界がないのだ、この子には成長に限界がない……!!25%……それだけで大地を揺らす程だとすれば――80……いや、フルパワーを発揮した、その時は……!!)
―地震だけでは済まされない、デヴィットは眼光を開きながら息を飲み、座る。少ししてから、音がした、ブロリーがポッドの中から出てきてデヴィットの元へと歩み寄り、画面をじっと見ていた。
「……やっぱり、強く、なってるんですね」
「…ああ、今までにないレベルの……成長だ」
デヴィッドは震える指先を隠すように組み、深く息を吐き出した。ブロリーを不安がらせないよう、コンソールの切るスイッチを押し、真紅に染まっていた警告画面を素早く閉じる。
だが、ブロリーは静かに自分の大きな両手を見つめていた。
岩をも容易く握り潰すその分厚い掌。太い血管が浮き彫りになった腕。
それらは、他の誰よりも頼もしい「ヒーローの武器」であるはずなのに、ブロリーにとってはいつ爆発するかも分からない爆弾を抱えているのと同義だった。
「オレ……また、大きくなりすぎちゃってるんですね」
ぽつり、と掠れた声がこぼれる。
その声には、強さを誇る傲慢さなど微塵もなく、ただ純粋な困惑と怯えだけが滲んでいた。
「雄英に入って、相澤先生やオールマイト……父さんに、力の抑え方をたくさん教えてもらいました。期末試験でも、先生たちを絶対に傷つけないように、必死で我慢して……。でも、戦っていると、胸の奥から熱いものがどんどん湧いてきて……この首輪がなかったら、オレ、先生たちを吹き飛ばしていたかもしれない」
ブロリーは首元の黒い制御装置にそっと触れた。
カチリと冷たい金属の感触。自分を正気に繋ぎ止めてくれる、唯一の錨。
「父さんにも、クラスのみんなにも、迷惑をかけたくないんです。でも……この力が勝手に大きくなっていくのが、時々……すごく、怖くなります」
「…………」
デヴィッドは胸を締め付けられるような痛みを覚えた。
目の前にいるのは、島一つを容易に沈めかねないエネルギーを宿した存在だ。
しかしその魂は、誰よりも繊細で、誰よりも人を傷つけることを恐れている、心優しい一人の少年に過ぎない。
「……怖がることはないよ、蕗利君」
デヴィッドは立ち上がり、ブロリーの逞しい腕にそっと手を添えた。温かい、父親のような手つきだった。
「力そのものに、善も悪もない。問題なのは、その力を振るう者の『心』だ。君が誰かを守りたいと願い、傷つけることを恐れるその優しい心がある限り……君は決して、怪物なんかにはならない」
「デヴィットさん……」
「メリッサもね、君のその優しさを知っているからこそ、あのコスチュームを作ったんだ。君が自分を傷つけず、力に振り回されないようにね。……だから、自分を責めちゃダメだよ」
努めて穏やかな声でそう語りかけながらも、デヴィッドの眼鏡の奥には、科学者としての冷酷な現実と、激しい焦燥が渦巻いていた。
(心がどれだけ優しくあろうと、肉体の許容量には限界がある……。このまま成長を続ければ、あの首元のデバイス程度ではいずれ負荷を逃しきれなくなる。その時、もしこの子が理性を失って暴走したら……一体誰が止められるというんだ……?)
そして――何より。
そのブロリーの暴走を力づくでねじ伏せ、優しく抱き止めてやれるはずの『唯一の男』の姿が、デヴィッドの脳裏に過った。
デヴィッドは一度目を伏せ、小さく息を整えると、椅子の背もたれに手を置いてブロリーを見上げた。
先ほどまでの科学者としての硬い表情を解き、旧友を案じる一人の男の顔に戻って、静かに問いかける。
「……ところで、蕗利君」
「はい?」
「――トシは、元気かい?」
そして彼は、心の中でこう思っていた。
―――ああやはり……あの装置が必要だ。
と