我思う、此は真に曇らせたるのか、と
時雨言うたけど、漣ちゃんです
俺は母港である横須賀第一鎮守府の執務室で堂々と座っていた。今は提督としてここに着任してから何度目かになる海域へ出撃した漣たちを見送った後のことだった。
漣たちが帰るまで暫しの間、時間ができるからとこうして執務室で書類作業をしようと思っていたのだが……。
「あの、提督?さっきから随分と時計を気になされていますがどうかなさいましたか?」
全くもって集中できない。くそ、これならやっぱり、漣たちと無線で常に連絡を取るべきだったか?緊急の時以外は連絡を控えようだなんて言うべきじゃなかったか。まさか、ここまで彼女たちのことが気掛かりになるとは思わなかった。
しかも、執務補佐の大淀にも心配されるとはそれほどまでに態度に出ていたのだろう。大淀も、多分俺がそわそわしている原因について察しがついているのだろうが、緊張緩和のための雑談の切っ掛けにでもするつもりなのだろう。今はその気遣いがとても骨身に染みたので、どうせなら思いっきり頼らせて貰うことにした。
「あぁ、どうにも落ち着かなくてな。漣たちのことを信じて送り出したつもりだったんだが……。俺は漣たちを信じられていないのだろうか?」
「そんなことはないと思いますよ?提督方とは数ヶ月ちょっとのお付き合いですが、それでも提督と漣さんがお互いを強く信頼し合っているのは伝わってきます。それに、大切な方が戦地に赴いているのですから心配になるのは当たり前のことですよ」
まぁ、そうだな。確かに、危険な戦地に赴いた相棒のことを信頼しているなんてチープな表現で全く気に掛けない方がおかしい。
「ありがとう、大淀。多少は落ち着けそうだ」
「いえ、これくらいで良ければ幾らでも。今は存分に不安がって心配して、漣さんたちが戻ってこられたら波止場で迎えて『おかえり』と言ってあげて下さい」
「あぁ、是非やろう」
そして、俺は海が良く見える波止場で漣たちの帰りを待った。
「ただいま帰投しました、ご主人さま!」
水平線をぼうっと眺めながら待つこと数時間。漣たちは無事に帰ってきた。俺がここで待っていたのが意外だったのか驚いた様子を見せた後で、満面の笑みで敬礼しながら漣が帰投の報告を述べる。
「ご苦労様。全員無事で何よりだ。詳しい報告は後で執務室で聞くから、まずは入渠してくるといい」
俺が漣たちに答礼をしながら告げた。だが、艦娘たちはどうにも動き出さない。何なんだと眉根を寄せていると時雨が一歩前に出る。
「提督、何か僕たちにご褒美とかはないの?せっかく、迎えに来てくれたんだし、何か欲しいな」
時雨は目を期待に輝かせながら上目遣いで聞いてくる。由良たちを見れば大なり小なり差はあれど、時雨の言葉を聞いてみんな同じような顔をしている。……ウチの子たちかわいいな。
「お安い御用だ。ほら、こっちゃ来い」
「お、聞いてみるものだね。提督は僕に何をくれるのかな?」
俺は近寄ってきた時雨の頭にポンと手を置いて撫でる。どうやら、今日の俺はいつもとは一味違うらしい。不安だったが故の反動とも言う。
「今日もよく頑張ったな、時雨。これからも頼りにしている」
「え、あ……て、提督、これはなんだい……?」
「いやなに、すぐに渡せるものが手元になかったからこれくらいしかできないな、と。嫌だったか?」
もし嫌だったとか言われたら、泣きながら憲兵さんのところへ自首しに行くぞ。
「ううん、嫌じゃないよ。ちょっと恥ずかしいけどね。でも、寧ろ……凄く落ち着いてる。もっと僕のこと、撫でて欲しいな」
うお、面がいい。時雨はほんの少し照れた様子を見せつつもはにかんで笑っている。その頭をもっと撫でろと俺の手にぐりぐりと押し付けてくる。
「また今度な、後がつっかえてる」
「……むぅ、仕方ないか。約束だよ、提督」
時雨は後ろにいる他の四人を一瞥すると名残惜しそうに離れた。そのまま、入渠ドックへ向かっていった時雨を尻目に朝潮、由良、川内の相手をした。
「キタコレ!これが妖精さんと時雨ちゃんたちを虜にした撫でテク、効きますなぁ」
最後に残った漣の頭を撫でながら俺と漣は話し始める。
「漣、俺は今日不安だった。お前たちの声が聞こえない執務室で帰りを待つのはキツかった」
「なんと!ご主人さまは漣ちゃんたちのことが好きですからなぁ!それも仕方ないと言うものですよ!漣はそんなご主人さまも受け入れちゃいますとも!」
俺の本音に漣はにこやかに笑って受け入れた。それはまるで、俺の弱さを受け入れてくれたようにも感じて、心が前よりもずっと軽くなる。
「漣」
「なんです?」
俺は右手で拳を作って漣へ向ける。
「改めて、おかえり漣。これからもよろしくな相棒」
「っ……!ただいまですぞ、ご主人さま!!」
一瞬だけ目を見開いた漣もまた俺と同じように右手に拳を作って俺の方へと差し出した。俺と漣のちょうど真ん中でコツンとぶつけられた二人の拳。
俺がその場の雰囲気とノリでやったこの行為だが、どうにも漣が気に入ったようで大きな戦いがあった後には必ず、そうでない時も何となくで行うようになった俺と漣だけの秘密のやり取り。今日も精一杯生き延びたぞと伝え合う儀式になっていた。
——————————
「ん、ここは……」
俺が最初に気付いたのは薬品の臭いだった。続いて一定のリズムを刻む電子音。それが、俺の眠りを覚ました。
「病院、か」
目を開けば白い天井が見えた。だが、どうにも視界の左半分がぼやけてよく見えない。
さて、ここは恐らく病院でどうやら俺はあの戦場から生き残ったのだろう。果たして、俺の艦隊は無事に勝てたのだろうか?まぁ、俺がここにいる以上は勝てたのだろうが、やはり皆の顔を見ないとどうにも心配になってしまう。
『てーとく、おきた!』
『よかった!』
『てーとくー!』
『しんぱいしたぞこのやろー』
白い天井を見上げていれば、視界の上から賑やかな声が聞こえてくる。そちらへ目を動かせば、そこには目を開けた俺のことを覗き込む何人もの妖精さん達がいた。
「妖精さん、か。ちょっと待ってくれ。今起き上が——くっ……」
俺は妖精さんと話をするべく、起き上がろうとするが、どうにも左半身に上手く力が入らない。手も足も感覚があるのに、動かしづらい気がする。
『むりはだめ』
『いまのてーとく、ぼろぼろ』
『びょーにんはねてるべき』
「いや、そうもいかんだろ。っと」
俺を寝かしつけようとしてくる妖精さんを無視して、何とかしてベッドの上に座り込む。点滴と俺の腕を繋ぐチューブに気を付けながら後ろを向いて妖精さんと目を合わせる。
「俺が寝てからどれくらい経ったか分かるか?」
『えーと、だいたいいっかげつくらい?』
「なん、だと……?」
一ヶ月もの時間俺は寝たきりだったのか?通りで身体が重たい訳だ。納得が言った。しかし、あの状況から考えるに意外と短い眠りだったようにも思えるな。
『てーとくはふつうじゃないの』
『てーとくのかいふくそくどがいじょーなだけ』
『てーとくはがんじょーだから』
『てーとく、ばけもの』
「なんだとこのナマモノどもが」
ケタケタと笑いながらそんなことを言ってくる生意気なナマモノども。特に最後のヤツ、許さんぞ。
俺がこの野郎と、右手で掴みかかると、奴らは小さな身体でひょいと躱して、そのままテテテと俺の腕を伝って登ってくる。
「ちょ、何をする気だ!離れろ!」
『てーとく!』
『いきててよかったよー!』
『おきないかとおもったー!!』
『ぐすっ……ひぐっ……』
俺の腕を登りきった妖精さん達が俺の顔目掛けて飛びかかってくる。そのまま、抱き付いて頬擦りをしてきた。どいつもこいつも目には涙を浮かべて俺の生還を喜んでくれている。中にはボロボロと涙を溢れさせてただ抱き付いてくる子もいる。
「……心配、掛けたな」
あの、能天気でいつも笑っている妖精さんがここまで泣くのだ。大層迷惑と心配を掛けてしまったらしい。
俺は妖精さん達に謝りながら俺の肩で一番号泣している妖精さんの頭を撫でる。右手には怪我がなかったのか、あの戦いの前と変わらない程度には容易に肩まで手を回せた。撫でられた妖精さんは頭を指に擦り付け、離すまいと指に両手でしがみついてくる。本当にかわいいなコイツら。
『えへへ、なつかしい』
『ずるいー!』
『わたしもなでてー!』
「分かった分かった、順番な」
『……ぁ』
俺の指に群がる妖精さん達を撫でていく。撫で終えた妖精さんから指を離すと、とても寂しそうな顔をするもんだから、少しばかり心が痛む。
そうして、俺が妖精さんと戯れること数十分。コンコンと部屋の扉がノックされた音が耳に届いた。この時、俺の頭からナースコールと言う言葉が消し飛んでいたことに気付いた。
「あ、やべ……」
「今日も漣ちゃんが来ましたよー、ご主人さ、ま……」
さぁどうしようと慌てて周りを確認するも既に時は遅く、ガラガラと音を立てて病室のドアが開く。そして病室に入ってきたのは漣だった。
ベッドの上で胡座をかいて妖精さんと戯れていた俺と漣の目と目がバッチリ合ってしまう。ドサッと音を立てて漣が持っていたピンクの手提げ袋が床に落ちた。
「ご、ご主人さま?」
「あー、おはようと言うべきか?」
漣がほっぺたに手を持っていき、指でつねっている。痛かったのか、一瞬だけ顔を顰めると顔を伏せてしまう。そして、わなわなと震え出す。
「起きたら、まずはナースコールくらいしてくださいよ!このバカご主人さま!!」
「す、すまん」
いやでも、妖精さんの相手をしていたせいで……あのナマモノども、いつの間にかいなくなっているんだが?
漣は床に落ちた手提げ袋を取ってから、ツカツカと此方へ歩いてきて、そのままベッド脇にぶら下がっているナースコールを押した。静かな病室にナースコールの通知音が響く。
漣は未だに顔を伏せたままで表情が全く読めない。……正直に言おう、超気まずい。何か話題を作らねば、気まずさで俺が爆発してしまいそうだ。
「……あー、その、なんだ。あの後、どうなったか聞いてもいいか?」
どうせなら、俺が倒れた後の話を聞こうと思った。さて、話を聞こうと右手を重心にして、漣の方へ向き直って胡座をかく。
「……その前に」
「ん?」
漣はガバッと顔を上げて俺に向かって指を差してきた。提督さんは、人を指差すのはよくないと思いますよ漣さんや。
「何で堂々と座ってるんですか!?怪我人は寝ててくださいよ!!」
「……ごもっとも」
俺は漣に指摘され、渋々と戻ろうとする。あ、足元に対して右向いてるから、右手だけじゃ器用に戻れねぇべや。
左足も足組んでたからか痺れて動かせねぇ。右足はそんなことないんだが、やっぱり悪くなってるだけはあるってか。
「漣ー、俺ってば左手動かしづらくて、うまく身体回せないから、ちょっとだけ手伝ってくれる?」
ピクッと漣の肩が揺れた気がした。俺の身体の状態に動揺させてしまったのだろうか。まぁ、余りにも小さい動作すぎて、気のせいな気もするが、多分あってる。
「分かりました、漣の手で良ければ。肩触りますよー」
「おう、頼む」
なんて思ってみたが、漣はいつも通りの顔と声ですんなり手伝ってくれた。どうやら、俺自身この状況に少し混乱しているようだ。漣のことならある程度分かる自信があったのだが……。
なんて少し落ち込んでいるうちに漣の手で俺は再度ベッドへ横になっていた。そして、寝かされた直後に看護師が病室に入ってきて、目覚めている俺を見る。
「ドクター!ドクター!横須賀の提督さんが起きましたー!!」
パチクリと瞬き一つをしてから、大慌てで病室を出ていった。看護師が病院で大声を出すんじゃないよ。と、内心で呆れていると漣もジト目で病室の外を眺めていた。さっきまで病室を満たしていた気まずさも幾分かマシになっている気がしたので、その点は騒がしい看護師に感謝しておくことにした。
「このままだと、ご主人さまはこれから検査っぽいですね」
「だな」
「でしたら、漣は検査が終わるまで一度出ています。終わりましたら、いっぱいお話しましょう」
そう言って漣は手提げ袋を持ち直した。
「分かった、すまんな。来てもらったのに、すぐに追い出して」
「いえいえ、ご主人さまが起きてくれて、それだけで漣は嬉しいですから」
漣は踵を返して病室を出ようとする。
「あ、漣!」
それを俺は引き留めた。
「ん?何ですか、ご主人さま」
漣が再び俺の方を向く。俺は漣に向けて右手で握り拳を作って突き出した。
「まだ、やってないだろ?いつもの。まぁ、今回は逆になるが」
俺の動きを見て漣は目を丸くする。
「いや~、仕方ないですねぇ~、ご主人さま」
そして、やれやれと言わんばかりに肩を竦めると、漣は俺の右手に合わせるように握った右手をコツンとぶつける。
「ただいま、漣」
「お帰りなさい、ご主人さま。全くもう、漣ちゃんったら凄く心配したんですからね!?」
「まぁ、約束したからな」
「一ヶ月待たせられましたがね!」
「すまんて」
俺は漣とぶつけ合った右手を戻しながら漣に問い掛ける。
「これからも俺と来てくれるか?漣」
「勿論ですぞ!ご主人さま!……では、漣はここで一度失礼しますね!また後で!!」
「おう、待ってるぞ」
漣はほんの少しだけ嬉しそうな笑顔を浮かべて、一度だけ俺に頭を下げると足早に出ていった。閉まる扉と共に、俺はその背中を見送った。
「……随分と苦労を掛けさせてしまったようだ。全くもって情けない……」
俺はすぐ目の前で見た漣の顔を思い出す。この一ヶ月の間、何もできなかった自分が途轍もなく憎くなった。
————————————
「——あれ、いつの間に漣ってば外に……」
ご主人さまの病室を出た漣は待合室でご主人さまの検査が終わるのを待とうと思っていたのですが、どうやら漣は気付いたらいつの間にか外に出ていたみたいです。このまますぐ戻るのは、どうにも息が詰まりそうですし、どうせなら脳内を整理するためにも、もう少しだけ歩いてみましょうか。
「今日から鎮守府は、また賑やかになりそうですねー」
一ヶ月、あの戦いからもうそれだけの時間が経っています。あの戦いは横須賀第一鎮守府——金田湾と東京湾の玄関口で勃発した大規模な防衛戦として、未だにテレビやネットニュースで話題になっています。確か、世間ではあの戦いに『本土防衛横須賀決戦』なる大層な名前が付けられているんだとか。
あの戦いが残した影響はとても大きいです。横須賀第一鎮守府は完全に倒壊し、ご主人さま——雨宮 海斗提督も意識不明の重体。街は海岸部なんて以前までの街の姿が見る影もないほどの瓦礫の山となっています。犠牲者だって、鎮守府とそこにいるご主人さまが深海棲艦の第一目標だったからか、死者は一人もいませんでしたが、重軽傷者はともに多数。
しかし、戦いが与えた傷痕よりも、日本は沢山のものを得ました。倒壊した横須賀第一鎮守府も横須賀の街も大本営や国の補助のお陰で、既に復興と更なる発展の兆しを見せています。市場には海のお魚が出回るようにもなりましたし、全国の海岸にはちらほらとですが、人の姿が見え始めました。
他の鎮守府も深海棲艦の影響が弱まった海域の制海権を確保すべく意欲的に活動をしています。そのお陰でどんどんと日本はかつての膨大な経済水域を取り戻していっています。今の日本は深海棲艦の出現以降、もっとも活気づいている時期と言っても過言ではないでしょう。
「漣は……笑えていましたかね……?」
漣たち、横須賀第一鎮守府の艦娘以外は。
漣は自分のほっぺに手を当ててみます。どうにも、前よりも口角が硬くなってしまった気がします。前なら、ご主人さまやぼのたん、時雨ちゃんたちと下らないことを言い合いながら自然と笑えていたのに、今では意識して笑っても何処かぎこちない笑顔になってしまいました。
「ご主人さまの前で、漣は
誰にでもなく問い掛けても、当然ながら答えは返ってこない。
今日、ご主人さまが一ヶ月の眠りから目覚めました。とても嬉しいことです。それは間違いない。
みんな、ご主人さまはもう目覚めないのではないかと、ずっと不安を抱えて過ごしていたのですが、それも終わりました。きっと、みんなは元気になってくれるでしょう。
「漣は、どうすればいいの……?」
分からない。今、漣は自分が何をしたいのか、何をすればいいのか、頭がまるで動かない。自分でも原因は分かっている。
「ご主人さまの左手が……」
それは、さっきの病室でのこと。ご主人さまが思うように身体を動かせず漣に手を貸すように頼む光景が脳裏を過る。病室を出てから何度も流れる光景に頭が持っていかれる。ご主人さまはあの時、左手だけ動かないと言っていた。
「違う、左手だけじゃなくて、ご主人さまは左半身が前よりも動かせなくなっている。多分、目だって——」
漣が介抱してご主人さまを寝かせたあの時、右足には漣が楽になるように足を曲げてくれた。でも、左足は力を入れようとして上手く力を入れられない変な力みが目立った。目だって、右目はしっかりと漣の目線とあっていたのに、左目は漣と周りのどこに焦点が合っているのか分からない不自然な動きをしていた。
きっと、ご主人さまは漣に気を使って平気なフリをしている。でも、でも、ご主人さまに傷を付けたのは、誰?深海棲艦?確かに、あの白い深海棲艦がご主人さまを撃った。じゃあ、ご主人さまがあの時深海棲艦に狙われたのは何で?それは、ご主人さまが戦場全体を照らす光源と共に姿を見せたから。じゃあ、何でご主人さまはそんなことをしたの?
「漣だ、漣があんなことを言ったから……」
それは、戦場でのご主人さまと漣の間で行われた数度の言葉のやり取り。漣は、ご主人さまに戦況を報告する時に『暗くて敵を視認できない』と伝えた。
別にこの報告が嘘っぱちだった訳ではありませんが、『数が多くて分からないが問題ない』とか、もっと違う言い方をしていれば、現状は大きく変わってたかもしれません。いえ、漣のことを信頼してくれているご主人さまだからこそ、間違いなく現状は変わっていたと言えます。
「……うぷっ……」
吐き気がする。
漣のすることは、悲劇のヒロインぶった自分勝手な妄想に浸ることじゃない。ご主人さまがいつも通りの生活を遅れるようにすること。鎮守府のバリアフリーを整えるのもそうです。
それに、きっとご主人さまは漣たち艦娘に身体の不自由がバレるのは避けたい筈です。漣たちに心配と罪悪感を感じさせないようにと。漣は気付いてしまいましたが、他の艦娘にはバレないように手を回す必要もあります。
……まぁ、由良さんとか時雨ちゃんとか古参組は普通に気付きそうですが。漣が気付いたくらいですし。
「……やることはまとまりましたね」
ある程度とは言え思考を整理したからか、幾分かマシになった頭を上げる。狭くなっていた視野が少しだけ広くなった気がしました。
「……ほんと、ヒドイ顔」
ふと近くの家の窓に写る漣の顔を見る。さっきまでの精神状態からか、暗く淀んで死んだ目。化粧で誤魔化しただけで、食事も睡眠も満足に取れなかったせいで血色が悪くなった肌に目の下には隈。
このままでは、ご主人さまには到底会えませんね。すぐに漣の不調がバレてしまいます。
「…………」
口に手を当てて無理矢理笑顔を作る。手を離してそのまま表情筋を固定しようとするけど、表情筋はピクピクと拒否反応を示している。
「笑って、漣。ご主人さまに心配を掛けちゃダメ」
いつも通りに笑えと自分自身に強く念じて表情筋に力を込めても、やっぱり上手く笑えない。何度も何度も何度も、下手くそな笑顔を繰り返し作ってもうまく笑えない。そんな自分にだんだんと怒りが募ってくる。
「笑って……笑え、笑えよ!何で、何で……今までできなかったことができなくなってるの!?」
思わず、街中であるのにも関わらず大きな声が出てしまう。でも、そんなことも気にならないくらいには、頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなかった。
漣の本能と理性がこれ以上はダメだと警告をあげている。ご主人さまに助けてと言え、と。素直になって何もかもをご主人さまにぶちまけてしまえと。温かく熱を帯びている右手が強く主張してくる。
「漣にはそんなことできない。……資格がない」
でも、漣はそれを強迫観念じみたナニカで捩じ伏せた。無理に笑うなと言う防衛本能を殺した。右手の熱を捨てた。だって、これ以上ご主人さまに迷惑を掛けるなんてことできないから。
だから、
「……あは、漣はまた笑えましたよ、ご主人さま」
気が付けば、
「そろそろいい時間ですし、ご主人さまのところへ戻りましょうか!!」
漣は
曇らせではなく、闇堕ちでは?
次は前半漣(現状の説明回)、後半時雨かな。漣の雨はまだ止みません。