無職転生~異聞 月下の剣士   作:彼岸花さつき

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第二十月 失敗と混乱と決意

 失敗と混乱と決意 

 

 リカリスの町へ戻ってきた。

 

 空はもう夕暮れに染まり始めている。

 

 長かった。

 

 とにかく長い一日だった。

 

 ガブリンが死んだ。

 

 スーパーブレイズも全滅した。

 

 Aランクの赤喰大蛇(レッドフードコブラ)と戦った。

 

 その全部を一日のうちに経験したせいか、体より頭の方が疲れている。

 

 依頼そのものは成功だ。

 

 赤蛇も倒したし、素材も持ち帰った。追加報酬も出るだろう。

 

 だから後は、ジャリルたちといつものように依頼を交換して、ギルドへ報告する。

 

 それで終わり。

 

 今日は早く宿へ戻って寝よう。

 

 そう思っていた。

 

「よう」

 

 聞き覚えのある声に、足が止まった。

 

 馬面。

 

 ノコパラだ。

 

「……どうも」

 

 今日は絡まれたくない。

 

 空気読めよ、本当に。

 

「随分お疲れみてえだな」

 

「ええ。ちょっと大変な仕事だったもので」

 

 いつもの営業スマイルを崩さずそう言う。

 

「そうかい」

 

 ノコパラが笑った。

 

 いつもの、人を小馬鹿にするような笑い。

 

 だが、なんとなく嫌な感じがした。

 

「Dランクが受けるには、随分大変な仕事だったみてえだな?」

 

 心臓が一度、大きく鳴った。

 

「……なんのことです?」

 

「とぼけんなよ」

 

 ノコパラの笑みが深くなる。

 

「お前ら、ピーハンターと依頼を交換してるだろ?」

 

 やっぱりか。

 

 バレた。

 

「証拠でもあるんですか?」

 

 できるだけ平静を装う。

 

 まだだ。

 

 証拠がなければ、ただの言い掛かりだ。

 

「ああ、あるぜ」

 

 ノコパラが顎をしゃくった。

 

 視線の先、通りから一本入った裏路地に、ジャリルとヴェスケルがいた。

 

 二人とも壁際に座り込んでいる。

 

 俺と目が合ったジャリルが、気まずそうに顔を逸らした。

 

「……あ」

 

「そこのトカゲ野郎が全部吐いた」

 

「す、すまねえ……」

 

 ジャリルが掠れた声で言った。

 

「こいつがヴェスケルを──」

 

「黙ってろ」

 

 ノコパラが遮る。

 

「考えたじゃねえか。依頼の交換とはな」

 

 なるほど。

 

 そういうことか。

 

 ジャリルたちを先に捕まえて聞き出した。

 

 だったら、もう誤魔化しようがない。

 

「それで?」

 

「話が早くて助かるぜ」

 

 ノコパラは俺の肩へ腕を回してきた。

 

「依頼の交換はギルドじゃ御法度だ。バレりゃ、お前らもそいつらも冒険者資格を失う」

 

 知っている。

 

 いや、正確には、そこまで重いとは思っていなかった。

 

 禁止されているのは分かっていた。でも、依頼は達成しているし、依頼主に損もさせていない。

 

 だから、見つかっても注意される程度だと思っていた。

 

 だが、甘かった。

 

「でもよ、俺は別に正義の味方ってわけじゃねえ」

 

 ノコパラが歯を見せる。

 

「毎月、鉄銭二枚」

 

「……は?」

 

「それで黙っててやる」

 

 鉄銭二枚。

 

 毎月。

 

 つまり、強請り(ゆすり)だ。

 

「断ったら?」

 

「ギルドへ行くだけだ」

 

 ノコパラが笑う。

 

「簡単な話だろ?」

 

 簡単。

 

 確かに簡単な話だ。

 

 払うか、全部失うか。

 

 さて。

 

 どうする。

 

 ◇

 

 さあ、頭を回せ。

 

 選択肢、一つ。

 

 ノコパラを殺す。

 

 こいつにも仲間がいるというなら、決していい方向には進まないだろう。

 

 案外、何事もなく済むかもしれない。

 

 だが、それは運に頼りすぎだ。

 

 やめよう。

 

 邪魔だから殺す。都合が悪いから殺す。

 

 そんなことを始めたら、どこまで行くか分からない。

 

 血塗られた道を歩くような覚悟は、俺にはない。

 

 二つ。

 

 全部ジャリルたちのせいにする。

 

 俺たちは騙されていた。

 

 新人だから分からなかった。

 

 あいつらに利用された。

 

 そう言えば、もしかすると助かるかもしれない。

 

 でも、駄目だ。

 

 それではルイジェルドの信頼を失う。

 

 仲間を裏切ってはいけない。

 

 仲間を大切にする者が戦士だと、聞かされたばかりだ。

 

 俺自身が戦士かどうかなんて分からない。

 

 だが、少なくとも今ここで仲間を売るような真似はできない。

 

 三つ。

 

 今は金を払っておき、時期を見てなんとかする。

 

 鉄銭二枚。

 

 一度なら払える。

 

 だが、毎月だ。

 

 次は三枚になるかもしれない。

 

 こいつに金を渡すということは、不正を認めるということだ。

 

 一番やっちゃいけない。

 

 一度弱みを握られたら、際限なく強請られるだろう。

 

 そうなれば、結局はいずれノコパラを殺すハメになる。

 

 じゃあ、いっそ冒険者を諦めるか? 

 

 資格なんてなくても、生きてはいける。

 

 この大陸で金を稼ぐ方法も、なんとなく分かっている。

 

 だが、そうやって割り切ったとしても、ここから先、俺たちは魔大陸を横断しなければならない。

 

 金も食料も宿代もいる。

 

 冒険者という身分も便利だった。

 

 資格を失えば生きてはいけるだろうが、旅は一気に難しくなる。

 

 何か他に策はないか。

 

 正直、もう頭が回らない。

 

「ルーデウス……?」

 

 あれこれ思案していると、エリスが心配そうに俺の名を呼んだ。

 

 話の内容は分からなくても、俺の顔を見れば何かあったことぐらいは分かるらしい。

 

「大丈夫ですよ。僕に任せてください」

 

 エリスを心配させないよう、俺はいつもの笑顔を崩さずそう言った。

 

 そうだ。

 

 俺はエリスを帰さなければならない。

 

 何よりも、それが最優先だ。

 

 考えろ。

 

 全部守れないなら、何を捨てる。

 

 優先順位を決めろ。

 

 エリス。

 

 それだけは絶対に捨てられない。

 

 なら。

 

 答えは一つ。

 

 ルイジェルドもジャリルたちも、裏切ることになっても構わない。

 

 この町を水没させる。

 

 リカリスは巨大なクレーターの底にある。

 

 大量の雨を降らせれば、町は混乱する。

 

 その混乱に乗じて、エリスを連れて逃げる。

 

 冒険者資格は捨てる。

 

 スペルド族の名誉回復も、ここでは諦める。

 

 どんな悪事に手を染めてでも、目的を達成する。

 

 その結果、エリスやコジローに軽蔑されたとしてもいい。

 

 パウロやロキシーに顔向けできなくなったとしてもいいし、ルイジェルドに愛想を尽かされても仕方ない。

 

 ジャリルたちもノコパラも、知ったことか。

 

 エリスだけは連れていく。

 

 それが、俺が今一番守らなければならないものだ。

 

 杖を握った。

 

「ルイジェルドさん」

 

「なんだ」

 

「合図したら、エリスを連れて町の外へ出てください」

 

 ルイジェルドの眉が僅かに動いた。

 

「何をする?」

 

「ちょっと、大掛かりな目眩ましを」

 

 コジローがこちらを見る。

 

 何も言わない。ただ、俺の杖を見た後、ゆっくりと空を見上げた。

 

 詠唱はいらない。

 

 意識を空へ伸ばして魔力を集め、空気中の水分に干渉する。

 

 晴れていたはずの空が少しずつ暗くなり、風が湿り気を帯びていく。

 

 灰色の雲が生まれ、重なりながらリカリスの上へ集まってくる。

 

 無詠唱。

 

 水聖級魔術。

 

【キュムロ・ニンバス】

 

 これを、本気で町全体へ──。

 

「ルーデウス」

 

 ルイジェルドの声だった。

 

 俺は振り返った。

 

 ルイジェルドは俺ではなく空を見ていた。それから、ゆっくり水袋を手に取った。

 

「……ルイジェルドさん?」

 

 水を頭から被った。

 

 青く濁った雫が、頬を伝う。

 

 何をしているんだ。

 

 そう思った次の瞬間、青色が流れ落ちていく。

 

 その下から現れたのは、鮮やかな緑色の髪だった。

 

「な……」

 

 ノコパラの顔から血の気が引いた。

 

 ルイジェルドは額の布も外す。

 

 赤い宝石に、緑の髪、三叉の槍。

 

 見間違えようがない。

 

「俺はルイジェルド・スペルディア」

 

 静かな声だった。

 

「『デッドエンド』だ」

 

 ノコパラの口が震える。

 

「デ……」

 

 一歩下がる。

 

「デ、デ、デ、デッドエンドォォォォォッ!?」

 

 絶叫が通り中に響いた。

 

 人々が振り返り、ルイジェルドを見る。

 

 誰かが説明したわけじゃない。ノコパラが叫んだ。

 

 ただ、それだけなのに。

 

「ひっ……!」

 

 一人が後ずさる。

 

「スペルド族だ!」

 

「逃げろ!」

 

「デッドエンドだ!」

 

 悲鳴が上がり、通りが一瞬で崩れた。

 

 店を放り出して逃げる者。

 

 荷物を置いて走り出す者。

 

 子供を抱き上げる者。

 

 転んで、それでも這って逃げる者。

 

 まるで、恐ろしい魔物が町へ入り込んだかのように。

 

「…………」

 

 俺は何も言えなかった。

 

 スペルド族が恐れられていることは知っていた。

 

 ロキシーからも、ミグルド族の村でも聞いていた。

 

 だけど、分かっていなかった。

 

 これは悪評なんてものじゃない。

 

 噂でもない。

 

 恐怖そのものだ。

 

 緑色の髪を見ただけで、それまでどんな人間だと思っていようと、命を助けてもらった相手だろうと、全部吹き飛んでしまうほどの。

 

 コジローは動かなかった。

 

 周囲の人間が逃げ惑う中、いつもと変わらぬ顔でルイジェルドを見ている。

 

 その目には恐怖も嫌悪もない。

 

 最初に出会った夜と、何も変わらない。

 

 そして、ルイジェルドが歩き出した。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 ノコパラが尻もちをつく。

 

 逃げようとするが、腰が抜けて動けない。

 

 ルイジェルドはその前へ立つと、首根っこを掴んだ。

 

「ひっ……!」

 

 そのまま持ち上げる。

 

 ノコパラの足が地面から離れた。

 

「す、すまん! まさか本物だとは思ってなかったんだ! 許してくれ! 頼む!」

 

「聞け」

 

「は、はいぃ!」

 

「俺たちは、この町を出る」

 

 ルイジェルドの声は低い。

 

「だが、次の町で俺たちの冒険者資格が失われていたら」

 

 槍の穂先が動いた。

 

 ノコパラの頬に、すっと一筋の傷が走る。

 

「戻ってくる」

 

「……っ!」

 

「俺から逃げ切れるとは思うな」

 

 ノコパラが何度も首を縦に振った。

 

 ルイジェルドは手を離し、ノコパラが地面へ落ちた。

 

 その時。

 

「いたぞ!」

 

「スペルド族だ!」

 

 槍や剣で武装した衛兵たちが、十人以上走ってきた。

 

 だが、誰一人としてルイジェルドへ近づこうとはしない。

 

 武器を向けながらも、明らかに怯えている。

 

 ルイジェルドが俺たちを振り返った。

 

「こいつらは関係ない」

 

「ルイジェルドさん?」

 

「俺が利用していただけだ」

 

 何を。

 

「待ってください!」

 

 ルイジェルドは答えず、こちらへ背を向ける。

 

「ルイジェルドさん!」

 

 一度だけ彼が振り返った。

 

 それから走った。

 

 衛兵の間を抜け、屋根へ飛び乗り、そのまま町の向こうへ消えていく。

 

 誰も追えなかった。

 

 いや、追おうとしなかった。

 

「……馬鹿」

 

 声が漏れた。

 

 何やってるんだ。

 

 俺が失敗したのに。

 

 俺がやったことなのに。

 

 全部、自分一人のせいにして。

 

「ルーデウス」

 

 エリスの声に顔を上げる。

 

 そこで、通りの端にクルトたちを見つけた。

 

 二人とも地面に尻もちをつき、青い顔で震えながら、ルイジェルドが消えていった方向を見ている。

 

「…………」

 

 今日、助けてもらったはずなのに。

 

 ガブリンを失って、それでもあの人に救われたはずなのに。

 

 俺は二人の前まで歩いた。

 

 クルトが俺を見る。

 

「ル、ルーデウス……」

 

 怒鳴る気にも、責める気にもならなかった。

 

 なんというか、ただ呆れていた。

 

 こんなものなのか、と。

 

「なんで……そんなに怖がってるんだよ……」

 

「……」

 

「命の恩人だろ……?」

 

 クルトの口が開く。

 

 何か言おうとして、閉じる。

 

「そ、それは……」

 

 視線が落ちた。

 

「……ごめん……」

 

 俺は何も言わなかった。

 

 言っても仕方がない気がした。

 

 そのまま背を向ける。

 

 エリスが俺の後へ続き、途中でクルトたちの前に一度だけ足を止めた。

 

 会話の中身は分かっていないはずだ。

 

 それでも、ルイジェルドが正体を晒し、町中の人間が逃げ、クルトたちは怯えて尻もちをついていた。

 

 そこへ俺が何かを言った。

 

 それだけ見ていれば、大体のことは察したのだろう。

 

 エリスはむっと眉間に皺を寄せ、クルトたちを一瞥する。

 

「フン」

 

 それだけ言って、俺の後を追ってきた。

 

 コジローも何も言わず続く。

 

 背後で鈍い音がした。

 

 拳で地面を叩いたような音。

 

 振り返らなかった。

 

 ◇

 

 その後、俺たちは衛兵から簡単に事情を聞かれた。

 

 どうやら、俺とエリスはスペルド族に利用されていた子供で、コジローはそんな俺たちについていた人族の戦士。

 

 そういうことになったらしい。

 

 訂正しても、誰もまともに聞いてくれなかった。

 

 宿へ戻って荷物をまとめ、旅に使う六本脚の大きなトカゲも買った。

 

 そして、その日のうちに町を出た。

 

 ルイジェルドと再会しなければならない。

 

 まだ近くにいるだろうか。

 

 いや。

 

 いるはずだ。

 

 あの人の言葉が嘘でないなら。

 

 子供を守るという信念が本物なら、少なくともエリスを黙って見捨てるような人ではない。

 

 ◇

 

 空には星があった。

 

 町の明かりが遠ざかれば遠ざかるほど、その数は増えていく。

 

 魔大陸の夜空には、満天の星が広がっていた。

 

「この辺でいいでしょう」

 

 振り返っても、もうリカリスの町は見えない。

 

 俺は空へ向かって魔術を放った。

 

 光が夜空を駆け上がり、直後、轟音とともに闇の中で大きく弾けた。

 

 即席の花火だ。

 

 これなら遠くからでも見える。

 

 しばらく待つが、ルイジェルドは現れない。

 

「エリスも呼んでください」

 

「分かったわ!」

 

 エリスは大きく息を吸い込んだ。

 

「ルイジェルドー!」

 

 すごい声量だ。

 

 荒野の向こうまで届きそうだ。

 

 待つ。

 

 やっぱり来ない。

 

「ルイジェルドー!」

 

 もう一度。

 

 返事はない。

 

 代わりに、岩場の向こうから低い唸り声が聞こえてきた。

 

 数匹のパクスコヨーテ。

 

 どうやら、さっきの音に釣られてきたらしい。

 

 ……今は虫の居所が悪い。

 

 岩砲弾(ストーンキャノン)

 

 一匹目が吹き飛ぶ。

 

 続けて二発、三発。

 

 避けようとした一匹を、背後の岩ごと粉々にした。

 

 残った一匹が逃げようと背を向ける。

 

 もう一発。

 

 爆音が響き、辺りが静かになった。

 

 気づけば、周囲の岩場まで随分と平らになっている。

 

「…………」

 

 ちょっとやりすぎた。

 

「……随分と荒れておるな、小僧」

 

 コジローが砕けた岩へ目を向けながら言った。

 

「……自覚はあります」

 

「そうか」

 

 それ以上は何も言わない。

 

 ありがたい。

 

 今は説教されたら、たぶん余計にへこむ。

 

 バラバラになったパクスコヨーテを見る。

 

 こいつらも放っておけば、いずれゾンビになったりするのだろうか。

 

 ……知ったことか。

 

 今はそんなことまで考える気になれない。

 

「ルーデウス!」

 

 エリスの声。

 

「見て!」

 

 指差した先、岩場の向こうに一人の男が立っていた。

 

 緑色の髪に、三叉の槍。

 

 そして、ばつの悪そうな顔。

 

「……ルイジェルドさん」

 

 いた。

 

 ほっとした。

 

 なのに。

 

「なんですぐ来てくれなかったんですか?」

 

 口から出たのは、そんな言葉だった。

 

「黙っていなくなるつもりだったんですか?」

 

 責めたいわけじゃない。

 

 本当は、見つかってよかったと言いたかった。

 

 なのに。

 

「すまん」

 

 先に謝られた。

 

 居心地が悪くなる。

 

「……なんで謝るんですか」

 

 悪いのは、どう考えても俺だ。

 

「謝るのは僕の方です」

 

 調子に乗って、簡単に金とランクを手に入れようとし、ジャリルたちを引き込んだ。

 

 悪事が露見しても、それでも何とかなると思っていた。

 

 結局は八方塞がりになり、最後にはルイジェルドに泥を被ってもらった。

 

 あの人が正体を晒さなければ、俺は本当に町を沈めていたかもしれない。

 

「今日のことは、全部僕の失敗です」

 

 依頼交換を考えたのも、それを続けたのも、ノコパラに弱みを握られたのも、全部俺だ。

 

「しかも僕は……」

 

 一度、言葉が止まった。

 

 だが、隠すのは違う。

 

「町を沈めようとしてました」

 

 エリスが目を丸くした。

 

 ルイジェルドは黙って俺を見る。

 

「冒険者資格も。ルイジェルドさんの名誉回復も。ジャリルさんたちも。全部諦めて」

 

 喉が乾く。

 

「エリスだけ連れて逃げようとしてました」

 

「ルーデウス……」

 

 エリスがこちらを見る。

 

 それでも続ける。

 

「僕の目的は、エリスを家に帰すことです。だから、そのためなら……ほかを全部捨ててもいいって」

 

 最低だ。

 

 今日、仲間を大切にする者が戦士だと聞いたばかりなのに、最後にはその仲間まで切り捨てようとした。

 

「ルーデウス」

 

 ルイジェルドが静かに俺の名を呼んだ。

 

「お前は、やれるだけのことをやっていた」

 

「でも──」

 

「失敗はする」

 

 短い言葉だった。

 

「お前が毎日、あれこれ考えていたことは知っている」

 

「…………」

 

「何を考えているのかは分からなかった」

 

 ルイジェルドの口元が、ごく僅かに緩む。

 

「良からぬことを企んでいると思ったこともある」

 

 否定できない。

 

 実際、結構いろいろ企んでいた。

 

 ルイジェルドはエリスへ目を向け、それから再び俺を見る。

 

「だが、お前は守ろうとしていたのだな」

 

「……」

 

「ずっと」

 

 大きな手が俺の頭へ置かれた。

 

「先ほどもそうだ」

 

「え?」

 

「何をするつもりだったのかまでは分からん」

 

 ルイジェルドの目が真っすぐ俺を見る。

 

「だが、何かを捨ててでも守る覚悟をしたことは分かった」

 

 胸が詰まった。

 

「ルーデウス」

 

「はい」

 

「守るべきものがあるお前は、戦士だ」

 

 息が止まった。

 

 森で、聞くのが怖くて聞けなかった答えだ。

 

 俺が、戦士? 

 

 こんなに浅ましく金のことを考え、損得を計算して、最後には頼れる仲間まで切り捨てようとした俺が。

 

「……僕が?」

 

「ああ」

 

 即答だった。

 

 目の奥が熱くなる。

 

「ルイジェルドさん、僕は……」

 

「言うな」

 

 遮られた。

 

「これからは、俺のことは後回しにしろ」

 

「え?」

 

「スペルド族の評判など気にするな」

 

「でも──」

 

「それをせずとも、俺はお前たちを守る」

 

 ルイジェルドの手が、俺の頭から離れた。

 

「お前はエリスを家に帰すことだけを考えろ」

 

「俺を信用しろ」

 

 一度、言葉を切る。

 

「……いや」

 

 ほんの少しだけ、言い直すように。

 

「信用してくれ」

 

 胸の奥が痛んだ。

 

 信用している。

 

 少なくとも、そのつもりだった。

 

 ルイジェルドは強い。

 

 俺やエリスを守ってくれる。

 

 そのことは疑っていない。

 

 なら、スペルド族の悪評回復なんてやめてしまえばいい。

 

 目的を一つに絞ればいい。

 

 エリスを帰す。

 

 それだけ。

 

 確かにその方が簡単だ。

 

 最近の俺は、ずっと考えていた。

 

 どうやって金を稼ぎ、ランクを上げるか。

 

 どうやってルイジェルドの名を売り、その正体を隠すか。

 

 全部を一度にやろうとして、結局は何一つまともに見えていなかった。

 

 だから、やめてもいいはずなのに。

 

「……いえ」

 

 口から出た。

 

「ルイジェルドさんの悪評は、必ず消します」

 

 ルイジェルドの眉間に皺が寄る。

 

「ルーデウス」

 

「今日ので分かりました」

 

 俺は町の方向を見る。

 

 もう姿は見えないが、さっきの光景は目に焼き付いている。

 

 緑色の髪を見ただけで逃げた人々。

 

 命を助けられたクルトたちでさえ。

 

「僕が思っていたより、ずっと難しい」

 

 何十年、何百年と積み重なった恐怖だ。

 

 ちょっと良いことをしたぐらいで変わるものじゃない。

 

 俺にも、少しだけ覚えがある。

 

 一度貼られたレッテルは、簡単には剥がれない。

 

 俺はそれから逃げて、家の中へ閉じこもり、人に会わなくなった。

 

 結局、一人では外へ出られなかった。

 

 そんな俺を外へ連れ出してくれたのは、ロキシーだった。

 

 もちろん、俺とルイジェルドでは何もかも違う。

 

 規模も、積み重なった時間も、背負っているものも違う。

 

 俺なんかと同列にすること自体、失礼かもしれない。

 

 でも、だから放っておいていいとは思えなかった。

 

「今度は、無茶しません」

 

 ルイジェルドを見る。

 

「一人で全部決めません。何かあったら相談します」

 

 一息置く。

 

「自分にできる範囲でやります」

 

「……懲りない奴だな」

 

「すみません」

 

「そんなに俺が信用できないか?」

 

「逆ですよ」

 

「何?」

 

「信用してるから、報いたいんじゃないですか」

 

 ルイジェルドはしばらく、本当にしばらく黙っていた。

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「……頑固な奴だ」

 

「ルイジェルドさんほどじゃありません」

 

「そうか」

 

「そうです」

 

「フッ」

 

 ルイジェルドが笑った。

 

「なら、よろしく頼む」

 

「はい」

 

 差し出された手を握る。

 

 大きくて、硬い手だった。

 

 ルイジェルドも俺の手を握り返す。

 

 なぜだろう。その時、ようやくルイジェルドと本当の意味で仲間になれたような気がした。

 

「なによ?」

 

 横からエリスが顔を出した。

 

「私だけ仲間外れ?」

 

「いや、そんなつもりは──」

 

「じゃあ私も!」

 

 エリスはそう言うと、俺たちの握った手の上へ自分の手を重ねた。

 

 そこでエリスが、少し離れたところにいるコジローを見る。

 

「コジローも!」

 

 コジローが僅かに眉を上げた。

 

「私もか?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「なるほど」

 

 薄く笑って、コジローもこちらへ歩いてくる。

 

 そして、三人の手の上へ静かに手を重ねた。

 

「旅は道連れとも申す。まだ道半ばであろう?」

 

「……ああ」

 

「ならば共に行くとしよう、ルイジェルド殿」

 

「そうだな」

 

 ◇

 

 翌朝。

 

 目を覚ました俺は、しばらく状況を理解できなかった。

 

「…………」

 

 ルイジェルドがいる。

 

 それはいい。

 

 昨日ちゃんと合流した。

 

 問題は。

 

 髪がない。

 

「……ルイジェルドさん」

 

「なんだ」

 

「髪は?」

 

「剃った」

 

 見れば分かります。

 

「どうして?」

 

「昨日ので分かった」

 

 ルイジェルドは当然のことのように答える。

 

「人は俺の緑の髪を恐れる」

 

 なるほど。

 

「なら、なくせばいい」

 

 合理的。

 

 実に合理的。

 

 ただ、額の赤い宝石に顔の傷、三叉の槍。

 

 そしてスキンヘッド。

 

 ……前より怖くなってません? 

 

 別方向に。

 

 エリスはルイジェルドの頭をまじまじと見た。

 

「変なの」

 

「そうか?」

 

「前の方がよかったわ」

 

 容赦がない。

 

 ルイジェルドが僅かに肩を落としたように見えた。

 

 コジローもルイジェルドの頭へ一度だけ目をやる。

 

「随分思い切ったものよな、ルイジェルド殿」

 

「必要なことだ」

 

「なるほど」

 

 それで納得するのか。

 

 いや、待てよ。

 

 今回の失敗の張本人は俺だ。

 

 ルイジェルドがここまで思い切ったことをしたのなら、俺も何か形で反省を示すべきではないだろうか。

 

 坊主。

 

 反省。

 

 前世の感覚では、割と分かりやすい。

 

「……エリス」

 

「何?」

 

「僕も剃った方がいいですかね?」

 

「駄目」

 

 即答だった。

 

「早いですね」

 

「駄目なものは駄目よ」

 

「理由を聞いても?」

 

「私、ルーデウスの髪、結構好きだもの」

 

「…………」

 

 そうか。

 

 なら仕方ない。

 

 エリスがそう言うのなら仕方ない。

 

 決して坊主にするのが嫌だったわけではない。

 

 反省から逃げたわけでもない。

 

 俺はただ、エリスの意見を尊重しただけだ。

 

 うん。

 

 そういうことにしておこう。

 

 俺は立ち上がる。

 

 遠くには、朝日に照らされた荒野が広がっていた。

 

 リカリスの町で、俺は失敗した。

 

 一人の命を救えなかった。調子に乗って不正を続け、最後には町まで沈めようとした。

 

 酷いものだ。

 

 でも、失敗したからといって、そこで終わりじゃない。

 

 次は、もう少し上手くやろう。

 

「行きましょうか」

 

「ああ」

 

「早く行くわよ!」

 

「心得た」

 

 四人で、また歩き出した。

 

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読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

玉葱騎士、六面世界に立つ(作者:プラザ合意)(原作:無職転生)

▼何もかも忘れ、志半ばで倒れた騎士。▼彼は何の因果か、異世界で再び剣を取る。▼たとえ記憶を失っても、たとえ壊れてしまっても。▼それでも彼は、誰かを守ろうとした。▼※ダークソウルと無職転生のクロスオーバーがないので自分で書きました。玉葱と言っているものの、主人公はジークマイヤーさんでもジークバルトさんでもジークリンデさんでもないです、すみません。


総合評価:3704/評価:8.81/連載:46話/更新日時:2026年09月11日(金) 20:01 小説情報

天剣へと至る愚者(作者:一般通過害悪)(原作:無職転生)

ルーデウス・グレイラットの双子の弟は転生者である。▼後世には『天剣』として伝えられることになる。▼これは、彼が生前に書いた日記を辿っていく物語。▼※アンチ・ヘイトとクロスオーバーは念の為。


総合評価:3462/評価:8.13/連載:10話/更新日時:2026年08月22日(土) 15:30 小説情報

剛腕転生~気合いと根性で殴り倒します~(作者:ラリゴラリゴラリゴ)(原作:無職転生)

自分の我を通した結果、壮絶な最期を迎えた少年は気付けば異世界の戦場に放り出された幼子となっていた。▼前世で磨かれた喧嘩殺法と、異世界に来たことで獲得したチート染みたスペックをもって彼は世界を生きていく


総合評価:1288/評価:8.75/連載:5話/更新日時:2026年09月13日(日) 19:00 小説情報

錬鉄と鍛造の贋作者(作者:英雄に憧れた一般魔導師)(原作:杖と剣のウィストリア)

あるはずの無い記憶、何処か遠い記憶。求めて失えど、それらだけは焼き付いて離れる事なんて無い、鮮烈に残る記憶。▼理想に裏切られた赤い外套纏いし錬鉄の英雄▼業を絶つ無念無想の刃を目指した鍛冶師▼そんな二人の力と技術を得て、ドワーフに鍛えられた鍛造技法を以て、彼は▼魔法の世界で剣を打つ。▼これは、杖と剣が交わる物語に贋作者が交差する。


総合評価:2664/評価:8.64/連載:22話/更新日時:2026年08月18日(火) 23:00 小説情報

仏の口にも刃(作者:こたつでみかんを食べる)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

 Fateのカルナさんみたいな子がいる、よう実が見たかった。▼ ...なかった。ので書いた


総合評価:2354/評価:8.1/連載:12話/更新日時:2026年08月27日(木) 18:00 小説情報


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