ネコと和解せよ 作:ラキスト猫
『やり直したいと、思った事はありませんか?』
※※※
「……あれ」
ヤク子は目を覚ます、見覚えのある部屋と見覚えのない風景の中で。
「……なんで」
その問いに答えを返す者はいない、目覚ましは沈黙を保ち、蝉が息苦しそうに鳴いている。
「なんにゃ、やっと目が覚めたかヤク」
緑髪の獣人、ヤニねこ先輩だ。でも違う、自分が知ってるヤニねこ先輩は眼帯を付けてなかった。
「眼、どうしたんですか……?」
「これにゃ?まぁ、戒めみたいなものニャ、ほんとは無くても変わらにゃいんだけど」
そう言って眼帯をずらすと右の瞼は閉じていて、その奥を確かめることは出来なかった。
「生まれつき見えないにゃ、だけど最初からこうだから不便ではなかったにゃ」
嘘だ、ヤクねこは知らないだろうがヤニねこは前世の感覚に引きずられて少なからず手こずっていた。
「そう、っすか……」
「そうにゃ、というか早く起きてくれにゃ。ご飯作ってにゃ、にゃーは腹が減ったにゃあ」
「え?あ、はい」
布団から出て起きると、その部屋は慣れ親しんだ安アパートの一室だと分かる。
だけどヤニの匂いを感じない。家具もある、ごみはちゃんと分けてある。
「……何がいいっすかね」
「何でもいいにゃ~ヤクの飯に外れは無いにゃ~」
大雑把な注文に難儀を示しつつも悪い気持ちはしなかった、夢とはいえ足の早い材料を使い切ってしまおうとレシピを組み立てる。
「オハヨー!ヤニ先輩!ヤクちゃん!」
「ハメ!?……急にどうした?」
「いやいや、今日来るって言ってたでしょ?どうせならご飯も一緒に食べようかなって?」
「先輩…いいっすか?」
「飯代貰ってるし構わないにゃー」
許可をもらって台所と冷蔵庫を漁る。焼きそばでいいか、目玉焼きも乗せよう。
「やっぱりヤクちゃんは手際いいねえ」
「焼きそばなんて炒めるだけでしょ、料理しないの?」
「しないわけじゃないけど、めんどくさい」
「……そっか」
焼きそばのソースの匂いが部屋の中に広がる。それだけだ、ヤニの匂いは何処にもない。
「ヤニねこ先輩って、タバコ吸わないんでしたっけ」
「吸わないにゃー、タバコなんて百害あって一利なしにゃ」
「……そう、なんですね」
やっぱり夢だ、タバコを吸わない先輩の夢をみるなんて自分もどうかしている。
「なんにゃヤク、お前元気にゃいのか」
「そんな事、ないですよ」
昼ごはんも上の空、いつもはむしろ自分から甘えにくるヤクねこが居心地悪そうにしているのを見て二匹は少し心配に―――そうでもなかった。
片やおっぱいを吸われ、片や薄い腹にめり込むのではないかと思う程頭を押し付けられるのだ。
正直おっぱい吸われるのはにゃあ、ヤニねこがそう思っていると。
「……おかしいよ」
「え?」
「ヤクちゃんは私の子供なのに、私に隠し事をするなんて変だよ?」
「は?」
ヤニねこ(ヤクねこの母になった?)(母ではない)
↑
ヤクねこ(ヤニねこの娘になった)(ハメねこの娘?)(娘ではない)
↑
ハメねこ(ヤクねこの母になった)(母ではない)
「なんだこれ」
「ヤクちゃ~ん、おいで~、還っておいで~」
「なんd―――もう服めくってる!?」
ダブルジッパーを下から上げる事で腹部を曝け出す、腹はくびれていて肋よりも引っ込んでいる。
「還って来いって言われても……」
「いいから?ほら!」
目が覚める、帰って来た。いやそれはどうだろう、一体自分はいま何処にいるのだろうか。
ヤニ子先輩が意識を失い入院してからもう何日も目を覚ましていない。
誰かに構って貰って気を紛らわし、そこから離れて気を飛ばす。
久しぶりの薬だった、精神が魂ごとぶっ飛んだんだろう。
あれは夢だったのだろうか、バッドな夢だったのだろうか。
「……本物ってなんだろ」
いっぱい構ってくれる、いっぱい包んでくれる。
それだけで、良かったんだ。それだけで良かったのに。
「……益子、いる?」
ドアには鍵なんてかかってない、隠す物以外に物はない。
ハメ子がしずしずと入ってくる、人見知りの癖にお調子者なコイツが態々断りを入れるなんて珍しい。
「あ、もう薬抜けた?」
「……多分」
「多分ってなによ、もしかしてバッド入ってる?」
「……タバコ吸ってない、ヤニ子先輩の夢見てた」
一瞬の空白、笑われるかと思っていたがハメ子はフリーズしていた。
ヤニを吸わないヤニ子は存在しない、思考のバグを突かれて思考を停止してしまったのだ。
「……ちょっと勿体無かったかな」
「―――え?あ、ごめん。何が?」
「ハメちゃん、ちょっとこっち来て」
よそよそしく近づくハメねこにヤクねこは腹部目掛けて飛びついた、やっぱり獣人の割には細くて弱い。
「ちょっと!?いきなり何!!?」
「静かにして」
拍動の音が聞こえないから。腹大動脈の音か脈の振動か、聴覚か触覚かも分からないくらいに溶けていく。
「……わたし、ヤニ子先輩じゃないよ」
「知ってる」
「便利に使ってる?いつも私に興味なんて無いくせに」
「そうかも」
「ぶっ殺すぞ」
「殺してよ」
ハメねこの指が微かに動き、そのままギュッと握られた。
「ハメちゃん
「人に頼み事するなら、もう少し気の利いた事は言えないの?」
「ハメちゃんのお腹だけ頂戴、あの世に持っていきたい」
「死ぬわ!」
「死んでよ」
「私の為に、死んでよ」
「…はぁ」
「本気で言ってるの?」
「ううん、やっぱりなしで」
「何?怖気ついたの?」
「死のうかなって思ったら、死ぬ前にやりたい事出来ちゃった」
「一応聞くけど、何?」
「分かんない」
「は?」
「わかんないけど、やってみたいの」
「……」
二人はそのまま、旅に出る。
着替えはそのまま、お金がないまま、資格も何もないまま、行ける場所なんて限られている旅へ。
気付いたらバーが赤いニャ、タバコみてぇにゃ