Q. 言葉での思考誘導とかできるだろうし、やろうと思えば催眠音声も普通にやれる?
A. 出来るけど効力を高めるために性質を限定するので合う合わないの落差が激しくなる
Q. 寧ろ櫛田がバレてると思い至った上で退学云々だけど他人にちゃんと相談しに来たあたり信用なのか信頼なのか、それともあいつの能力なら打開策があるんじゃないかって期待なのか
A. 信用。空崎って他人に物凄くフラットというか、誰相手でも基本的には一定以上の関心を持たないって櫛田からは思われてる。事実そうだし、本性明かしての言動に全く動じてなかったから信じることにした。
後は綾小路への脅しが想像以上に効いてる(と思い込んでる)ので成功体験から「最悪の場合はレイプされたって脅せばいいか」の精神。
Q. ASMRより最強ゲーマーに褒めてもらった方が飛ぶと思う
A. そうなんだろうけど、その過程に最強ゲーマーである事を明かして証明する必要があるし、櫛田視点で一之瀬と坂柳以上の信頼が得れてると確信出来ないと『空崎の1番』から逸れるのでいずれストレスに変わってくタイプの人間だと思われる。
Q. やる側になって配信とかしたら視聴者いっぱいで承認欲求満たせそうだから、卒業後はその道が良くね?
A. 夏油くん。それは“アリ”だ。
───空崎は1学期、プロゲーマーライセンスを取得する為に実績を積み上げる事に専念していた。
そして夏休み。高育の特別試験による二週間の豪華客船旅行を除けば、殆どの時間はプロゲーマーとしての活動に充てていた。
学校側とのやり取りの末にプロフィール未記載でプロチームに在籍する事を許可されたが、高育に在籍している生徒であるという事はチームを経営している人達に知らされている。
そこで気を遣われたのか、8月の終わり際からは公式大会や重要な試合でもない限りはそれほど誘いを受けなくなった。
11月に1週間以上公欠で赴く事が既に決まっているが、それまでは空崎の自由の範疇。
その為、2学期に入ってから空崎は放課後をクラスメイトと共に過ごす時間が増えていた。体育祭関係もそうだが、普通に遊んだりもする。
しかし空崎はオフライン専門のプレイヤーではない。オンラインの対人戦や協力戦も適度に楽しむゲーマーだ。高育内ではネットワーク関連に厳しい制限が掛けられている事もあり、オンライン対戦は基本的に高育内の監視下でしか行う事が許されていない。
そんな事情から、趣味の範疇で今までの様に放課後のゲーム活動を行う事もしばしば。前述の事情を聴いて空崎のプレイ画面を観る機会が激減すると思ったからか「……そうか」と少し寂しそうにしていた茶柱は、適度に活動することを把握した時に「そうか……!」と嬉しそうな表情へと変化した。
体育祭前でも趣味は趣味。本番4日前という日にも、空崎は放課後の校舎内でオンライン対戦に勤しむ。
帰ろうとしていた時には既に夕暮れも過ぎ去り辺りは真っ暗。街灯による明かりを頼りに学校から寮へと帰宅していると。
「───はっ……はっ……」
「ん……?」
息遣いと駆ける音。
どちらも1人分のみ。事件性はなく、気にする必要はないが───それが女子であること。またこの時間帯に1人である事実が気に掛かり、空崎は音の元へと向かう事にした。
歩いて数分───高育指定のジャージを着た女子がペットボトルに入った水で喉を潤し一息吐いているのを見て、空崎は声を掛ける。
「……佐倉?」
「ひゃいっ!!?」
「おっ……と、静かに静かに。まだ寝るには早いけど夜だから」
「そっ、そそそそ空崎くんっ?」
「はい、空崎くんです」
Cクラスの生徒。佐倉 愛里。
対面で話すのは初めてだが、空崎は今までの経緯からかなり目立ち、1年生の中では知らない生徒は居ない。また空崎からしても、佐倉に関してはある事情*1から知っていた。
だがやはり会話は初。佐倉は臆病な性格の様で、空崎の事を把握するとジリジリ後ずさっている。
「あー……急に声掛けて悪かったな。流石にこの時間帯で女子が1人ってのは気になってさ。幾ら敷地内でも100%安全とは言い切れないから」
「…………えっ、と」
「ああ、俺は帰ってる最中。この時間まで学校に用事があって」
「……その、あの」
「いやいや、別に参加表について訊くつもりはない。俺ってそんな脅す様な性格に───……見えるか。うん、船上試験とか確かにほぼ脅迫だったもんな」
なんでここに。
脅されても私はクラスメイトの参加する順番には詳しくない。
淀みながらそう伝えようとする佐倉の言葉を察しながら会話のペースを潤滑して進める。
全く単語に触れてないのになぜ言いたい事が伝わるのか。そう驚愕して目を見開く彼女へ、空崎は苦笑しながら伝える。
「悪いな。言葉が出るまで待ってると沈黙の時間が長くなりそうで。何となく言いたい事は伝わるから応えてるけど、気持ち悪かったらすぐ止める」
「い、いえ! その、有難い……です」
「……ふむ」
察しが良すぎても嫌われる事は分かっている。少しでも気味悪がられたり恐怖心が強くなる様ならすぐに退散するつもりだったが、意外にも佐倉はその逆で徐々に恐怖心が和らいでいた。
内気な性格の人間は内面を悟られることを嫌う傾向にあると思っていたが、彼女は違ったらしい。
ならば会話を続けようかと、空崎は口を開いた。
「体育祭の為の運動か?」
「は、はい。えっと……私、こんな性格だから……その」
「ああ、強制参加でもないとみんなとの練習に積極的には行けないよな。でも迷惑は掛けたくないから1人の自主練はしておきたいと」
「そういうこと……です」
「でもぶっちゃけ自主練するぐらいのやる気をみんなに見せる方が後腐れないぞ?」
「あぅ……わ、分かってはいるんですけど……」
「運動神経が大して良くもない奴が張り切った姿を見せたところでどうにもならんだろと、白けた視線を向けられる可能性があるのが怖いか。でもその辺は割り切らないとだな」
「………」
───それが出来るなら内気な性格ではない。
佐倉が抱く思考を正しく読み取りつつも、空崎は訂正しない。気持ちは分かるがその為の行動が中途半端だ。陰で努力した所で結果に繋がらなければ自分を慰める過程でしかなくなる。
自己完結できるタイプならそれでも良いだろう。しかし周囲の評価を気にするタイプならば、積極的に周囲へと自分を見せていくべきだ。
少なくとも運動能力という面で言えば、どのクラスにも不得手な生徒が数人いる。1人が成績を振るわなかったところで槍玉に上げて責め立てる真似はしないだろう。
佐倉は『割り切る』という判断能力が乏しい。少ないやり取りでも空崎はそれを理解する。下手な肯定は彼女の成長を妨げる要因にしかならない。
まともに会話をして少しだけの相手に何を───なんて考えが過ぎる。
だが関わった以上は今更か、と。
「…………空崎くんは、その。なんでそこまで、周囲の目を気にせずに喋れるんですか?」
「え、ディスられた?」
「ち、違います! そういう意味じゃなくて、あのっ」
「ごめんちょっと冗談控えるわ、そこまで焦られると申し訳なくなる。言いたいことは分かってるよ。対人恐怖症や群衆恐怖症の類の話だな。つっても生来の気質や後天的な失敗経験が影響するものだし参考になるかは分からんが……」
軽い冗談のつもりで返した言葉に途轍もない“焦燥”が視えたため慌てて訂正し、佐倉の伝えたいことを正確に言葉にする。
コクコクと頷く彼女に向けて、空崎は言葉を紡いだ。
「まず大前提。人は愚かな生き物であると認識すること」
「……え?」
「“理性”と“知性”、それと一握りの偉大な天才たちが積み上げた文明によって人は食物連鎖の頂点に位置しているが、本来のヒエラルキーは動物の中でも中間に位置する存在だ。大抵の人間は近しい人物の失敗を嗤う傾向にある。これは動物が本能的に有する競争意欲や優劣への証明から発生するもの。知的生命体であろうと、
「……」
「次に自分の能力を正しく認識し、それへの客観的評価はどうであるか。そこまで考えられるようになれば、自分が行動したときの成功や失敗も素直に受け止めることが出来る」
「え、と……?」
「まあ小難しいことを言ったが、要するに「人は基本的に他人を見下してるからそれを前提に生きようぜ」ってことだな」
「えぇ……?」
どれだけ何かしらの面で秀でた能力を有していたところで、欠点と呼べるものがあれば人はそこを自分とで比べる。
優劣への意識はあって当然。ならばそれを前提に生きた方が割り切れるだろう───と。空崎が告げれば、佐倉は納得がいかないように首を傾げる。
だがもちろん、それで言葉を終わらせるつもりはない。
「同時に、人は賢い生き物であると認識するんだ」
───厳密には、愚か故に
「進歩した文明。規定された法律。刷り込まれた常識。言語化された感性。学習と経験の歴史は、人々に『体面』を与えた。『
「……それって、内心だと馬鹿にされてるってことじゃ」
「
「あぅ……」
「だが大抵の人物はそうである。そう考えると、他人をフラットに見れるとは思わないか?」
「……よく、分かりません」
「ははっ、まあ言葉一つで割り切れるなら対人恐怖症なんて飾りだわな。この辺りは成功体験と失敗体験を重ねるしかない」
「失敗体験も、ですか?」
出来るなら成功体験だけで良いのでは。
そう疑問を浮かべる佐倉に頷きながら言葉を返す。
「そりゃ成功だけで人生が進むならそれに越したことはない。でも現実問題、求められる能力が細分化された現代社会で失敗しないなんてことは極めて少数の人間にしか無理だろ。だがその分、ある程度の失敗は許されるようになった。高育も───今回の体育祭だってそう。最下位連発したところで精々テストの点数と総合得点が少し減るだけ」
「そ、その総合得点が大事なのでは……!?」
「死ぬわけじゃないし別に」
「えぇ……っ?」
「ま、だからって最初から諦めろって話じゃない。重要なのは「今回の結果はそうだった。じゃあ次はどうするか」だ」
人が知的生命体としてこの世界で生きていられるのは、『学習』と『経験』による成長と次世代への『伝達』を繰り返してきたから。
現代の子供は、教育機関で失敗という経験を繰り返せる環境にいる。平和的世の中故にそこへ“甘え”を覚える人間もいるが、ここで『学習』出来る人間は成長の機会を得れる。
この高育も例外じゃない。
一般的な学校と比べれば特殊な環境ではあるが、致命的な失敗さえ犯さなければ何度でも学習の機会がある。どこにでもある基準というのが高育は少し高く、普通ならば学べない事を学べるというだけ。
「次はここを間違えない。次はこの点数を取る。最終的にはここに至りたい。そういった目標を段階的に見据え、成功体験を重ねるんだ」
───だから、こう問い掛ける。
「佐倉はそもそも、何を目的としてこの高育に入学したんだ?」
「それは……」
「ああ、別に御高尚な理由を聞きたいわけじゃない。ぼんやりとしたモノでも良いんだ。中学生の進路希望なんて大体そんなもんだし。良い大学に通いたいとか、政府公認の学校卒業という肩書きそのものが欲しかったとか。ただ率直な疑問なんだが……」
後頭部を掻きつつ、心底疑問に思っていた事を口に出した。
「外部への情報発信が規制されてるこの学校に通うよりも、普通の学校に通って現役JKグラドルの実績を得た方が良かったと思うんだよな」
「───……え?」
「少年誌のグラビアに載るくらいだからグラドルとしての人気もあった筈だろ? だから───」
「なっ、なな、なんッ! わ……ぐ、グラドルって、なんのはなし……?」
「え、佐倉って雫だろ?」
「───……、……っ」
絶句し、顔色が悪くなっていく佐倉。
地味な装いをしている点を考えれば、バレたくない事なのは分かる。「少し踏み込み過ぎたか?」と考えを過らせるが、ここから先の会話は踏み込まなきゃ進まない。
一先ず落ち着かせるか、と。
「あー……俺って人より目が良くてさ。少しくらいの変装なら見破れちゃうんだよ。普通ならよっぽど観察されない限り分からないから、他の奴らにはバレてないと思う。俺も佐倉が雫であるなんて話は誰にもしてないからな」
「…………本当、ですか?」
「本当に。……あ、でもアレは───……佐倉。これは関連するから一応話すけど、恩に着せようって訳じゃないのを理解した上で聴いてくれるか?」
「え……は、はい」
「7月辺り……家電店に雫の熱烈なファンが居たろ? 偶々それを見かけたんだが、様子がストーカー染みてて危うかったから匿名でソイツのコメントを学校掲示板にアップしたんだよ。家電店の店員である事を明かした上で」
───まあネットなんて一見ヤバい奴なんてのは往々にしている。
危ういと感じたのは空崎から視た話。現実で問題を起こさない限りは注意が精々だろうと思い、所在を明らかにする事で牽制するというのが当時の目的だったのだが……即行で外部に引き取られた辺り、危険性を証明する何かでも見つかったのだろう。
敷地外に行った後の話は不明だが、実害を防いだ後の事は気にする必要もあるまい。
「……じゃあ、あの人が居なくなって、学校から賠償金を貰ったのって」
「俺が報告したからだな。安心しろ、これに関しては『敷地内にヤバい奴が居た』ってだけで、雫の方はそこまで目立ってない筈だから。高育内に雫が居るって勘付いた奴はいるかもだけど……ぶっちゃけその辺はブログに上げてる時点で今更だと思うし」
「あの───」
「要らないからな? 一応は関連してるから話しただけで、さっきも言った様に恩に着せようってつもりはない。賠償金は自分の為に……ってか手付かずだったのか」
「あ、はい……ちょっと使うのが怖くて」
───そういや賠償金を受け取ったのが7月なら、まだ87クラスポイントしか無かったな、と。
賠償金そのものへの怖さが大きいのだろうが、当時は大金を使えばあらぬ疑いを掛けられる環境だ。使わなかったのは正しい判断と言える。
「幾ら貰ったかは分からんが、今なら船上試験の影響で多少の散財は目の敵にされる事はない筈だ。あまり高い買い物なら俺が代行しても良い。それは自分の為に使え」
「……ありがとうございます。でも、あの」
「使い道が特にないか?」
「はい……」
「んー……写真のデータ保存用のPCとか、もう少し良いカメラを買うとか───いや俺が言ったら自分の用途じゃなくなるか。ま、見つからないなら見つからないで持っとくといい。卒業後に換金できるみたいだし。レートは下がるけど」
「……えっ? そうなんですか?」
「ああ。入学式の日にウチの担任が意味深に言ってたから、生徒会長に訊いてみたら答えてくれた」
───まあ、高育の内部に関連するデータが保存されてる様な類の物は持ち出せないが、ここで購入した物は基本的に自分のものだ。一人暮らしの頭金で確保するならば兎も角、物品に関しては今の内に買っておいた方が得だと思うが。
「……と、話が逸れたな。改めて訊くぞ、佐倉。お前はなんで高育に入学したんだ?」
「え、と……有名な所に受かった、から。どうせならと思って……。ご、ごめんなさい。こんな理由で」
「謝る必要はない。最初に言ったように、御高尚な理由なんて聴くつもりはなかったからな。……じゃあ次───いや、
彼女の性格を考えれば、グラドルなんて自らやるようなものではないだろう。
スカウトに流されたか、親が関係する仕事をしていてそれに乗せられたか。
どちらにせよ、写真に写る彼女の表情は自然だ。グラドル自体を前向きに捉えているのは間違いない。
なら次はグラドルを続ける明確な理由を───
「その……内気な性格を変えたくて」
───……、……?
「……え? 自分で志願したってこと?」
「は、はい」
「親に言われたとか、スカウトに口八丁で乗せられたとかじゃなくて?」
「そう、ですけど……な、何か変でしたか?」
「変って言うか───えっ……何でその行動力があってそんな内気なの?」
───なるほど、と。
疑問を口に出しながらも空崎は内心で納得する。彼女は櫛田と同じだ。二面性がハッキリしているタイプである。
恐らく内気な方の性格では基本的に引っ込み思案。だが自分の中でやるべきと判断したら即行動に移せる、極端思考。
そして雫としての自然な振る舞いは、カメラの前だけで魅せる事の出来るポジティブな姿なのだろう。
どちらも『佐倉 愛里』であり、演じているわけではないから片方に染まる訳でもない。
「……佐倉は、アレだな。車に乗ったら性格が豹変するタイプだな」
「え、そうなんですか?」
「いや物の例え。なるほど、周りが佐倉と雫を結び付けない訳だ。「雫を隠したい」よりも「引っ込み思案が表に出てる」って方が強いのか」
そこはかとなく納得がいった表情で空崎は頷く。
「あの……?」
「ああ、すまん。俺が話を逸らしちゃったな。ええと……佐倉。これは別に責め立てる意図はないと理解した上で聴いてほしいんだが。グラドルとしてやりがいを感じてるなら、やっぱ高育に入ったのはあまり良い判断とは言えないな」
「あぅっ……」
厳しい物言いになるが、佐倉は今すぐにこの学校を辞めてグラビアアイドルとしての活動に精を出した方が幸せに生きられるだろう。
空崎の影響でクラス間の敵対心や競争心というのは薄くあるが、全くない訳ではない。学校側が推奨している意識である以上、そこから逃れるのは難しい。闘争心を鍛える事自体は空崎も肯定しているからだ。
「だが、ある意味ではチャンスでもある」
「……どういうこと、ですか?」
「お前はさっき、内気な性格を変えたくてグラドルに志願したって言ったな? 写真での立ち振る舞いを見る限り、佐倉はそれが出来る可能性ってのを充分に持っている」
極端な思考と行動力ではあるが、“ある”と“ない”とでは大きく話が変わる。課題にすべきは、その出力をどうコントロールするかだ。
「この敷地内で雫である事を周知させたくないなら、自ずと『引っ込み思案な佐倉』の時間が多くなるだろう。つまり、二面性を出さないまま解決させる機会も増えるって事だ」
───という訳で、手始めに。
「佐倉。内気な性格を変える為の第一歩として、どんな事をしたい? それを高育の生徒でいる理由の一つ目にしよう」
「……え、と」
既に、空崎は彼女の内面を見抜いている。
もちろん彼にも予想外というのは存在し、100%合っているとは言えないが。どのみち、内気な性格を変えたいのならこればっかりは佐倉自身の口から意思表明を見せなければならない。
言い淀む。
ただ待つ。
9月も既に終わりに近い。夜は涼しくなってきた。少しばかり冷たい風が肌を撫でる。
沈黙が続き、そんな時間が2分を経過。
「友達が、欲しい……です」
「じゃあ
「……え?」
「不服か?」
「い、いえそんな! あのでも、私なんかが良いのかなって……」
「打算だけが友達を作る理由じゃないだろ。それにこう考えてみてくれ。「俺だけがあの子の可愛い姿を知っている」っていうのは男のロマンだぞ?」
「かわっ!?」
「雫は可愛いだろ。や、愛里も雰囲気が邪魔してるだけでちゃんと焦点当てれば可愛いけど。……あれ、この言い方だと美人目当ての打算になるか?」
「あわわわわわ……っ」
───え、ひょっとして自分のプロポーションに自信がないまま、行動力だけでグラドルを選択したの? だとしたら凄いなコイツ。
少なくとも自分のルックスに自信があるからこその選択だと思っていたから「可愛い」という言葉にそこまで動揺するとは思わなかった……と。
カメラマンからは言われ慣れてると思ったが、二面性による性格の乖離から今の状態で言われるのは戸惑いが強いのだろう、とも理解を示す。
「よし、じゃあ二歩目。次は同性の友達だ。異性には出来ない相談とか話もあるだろうからな」
「……出来るでしょうか」
「さあ。無責任に出来るとは言えない。この辺りは愛里の積極性か、相手次第だ」
「で、ですよね」
「まあでも、自分が気付いてないだけで見てくれてる人は意外と居たりする。こういう目標なら焦る必要もないしな。じっくり探せばいい」
───正直、極端な行動力でやったグラドルという選択も偶々上手くいっただけで、下手したら悪い大人に騙されてた可能性があるし……と。言葉にすれば怖がらせるだけなので内心でそう思う。
「……ってやべ、もうこんな時間か。早く帰んないと有栖に怒られる。じゃあ愛里、また明日」
「───……は、はい! また明日っ」
♢
「愛里、ちょっと良いか?」
「は、はい!」
翌日、学校での昼休憩。
空崎はCクラスの教室へと訪れ、佐倉に声を掛ける。
空崎が他の教室に赴く事自体はそう珍しい話じゃない。とはいえ良くも悪くも目立つので、微かながらに注目を集める。声を掛ける相手が目立たないクラスメイトとなれば物珍しい視線だ。
背中に幾つかの視線を受けつつ、佐倉を連れていく。殆どは直ぐに興味を失って外したが、二人ほどじっくりと目を向けている。
一つは「自分も誘って欲しい」と思いながら「でも自分からは声を掛けられない」という面白男。
もう一つは、訝しげに視線を向ける女子。
それに気付きながらも、空崎は気にする素振りを見せないまま教室を出た。
周囲に人が居ない空き教室へと入る。
落ち着いた環境で、二人は会話を進めていた。
「───人前でも別に極度な緊張感を抱いてばかりじゃない。大丈夫になる瞬間があるなら、そのタイミングを明確に考えてみようか」
「え、と……カメラの前でなら大丈夫、です」
「それが愛里の意識が切り替わる瞬間って事だ。なら次に、そのパフォーマンスをいつでも発揮出来るようにする為にはどうするかだ」
「……カメラを常に構える、とか?」
「変人扱い待ったなしだぞ」
「はぅ……」
「安心しろ、これに関してはちゃんと教える。『ルーティン』って言葉は知ってるよな?」
「は、はい」
「よく言われるのは自分のリラックス出来る姿勢を見つけて心をリセットする事なんだが……これはそもそも、普段から落ち着いてる場合の話。愛里の場合は切り替えるイメージを強くする。例えば、そうだな。両手の人差し指と親指でフレームを作って、カメラポーズを取ってみてくれ」
「こ、こう……?」
「そう。で、その中心に自分の姿をイメージする」
「…………」
「おっ、緊張が和らいだな。……あ、また力入った」
「い、意識するとどうしても」
「切り替えには成功してる。カメラの前じゃなくても出来るって体験が重要だから、そう焦る必要はない。───……さて」
佐倉への言葉を言い終えると、空崎は少しだけ開いてる扉の方へと視線を向けた。
「入ってこなくて良いのか? 長谷部」
「げ、バレてた」
「げ、て。……あれ、清隆は?」
「きよた……ああ、綾小路くんか。そっちも分かってたの? ……綾小路くんなら、なんか堀北さんに頼まれて確認していたみたいだけど、ただの談話だったのを把握したら教室に戻ったよ。意外と喋るんだね、彼。仲良いの?」
「お試しでゲームをやらせてみたらメキメキと実力を伸ばしてたからゲーマーとして期待してる相手だ。今度時間あるときに全防具売却済み初期レベルのデータでミケ〇ダをやらせようと思ってる」
「あはは、何言ってるのか分かんないけどロクでもないことなのは伝わったよ」
空崎を相手にするよりは遥かに難易度が低いとは思うが。ロクでもない企みなのは事実なので、長谷部に合わせて笑う。
「長谷部は何の用で?」
「え、訊くの? どうせ分かってるでしょ」
「まあ大方、愛里が心配で来たんだろうけど」
「ほら分かってる」
「……え、心配?」
長谷部と話すのは初めてなのだが、洞察力には信頼を置いているらしい。ああいう立ち回りをしていれば当然とも言えるが。
首を傾げる佐倉に、長谷部は遠慮がちに笑って答えた。
「ほら、佐倉さんってあまり人と関わろうとしないでしょ? 私もそうだからさ、ちょっとした同族意識を勝手ながら抱いてるというか。空崎くんに騙されてないかなと」
「俺ってそんなに脅すようなタイプに見えるか?」
「や、他の男子たちと違って視線に嫌らしさがないのは分かるよ? そういう視線には敏感なつもりだし。けど、だからって絶対に安全とは言い切れないじゃん? ……まあ様子を見た感じは大丈夫そうだけど」
寧ろ長谷部の視線から隠れるように空崎の後ろに移動している佐倉を見て苦笑を浮かべる。
余計な心配でしたと手を合わせて謝る彼女に、空崎は不敵な笑みで告げた。
「うむ、まあ女子が持つべき危機意識ではあるな。俺としては狙い通りだ」
「……うん?」
「なっ、愛里。気付いてなかっただけで、気に掛けてくれてる人は意外と居たりするだろ?」
長谷部の訝し気な視線には答えず、背後に顔を向け空崎は言葉を紡いだ。
緊張した面持ちで佐倉は頷き、教えてもらったばかりのルーティンを行った。
「───あ、あの! 長谷部さん!」
「おっと、はい」
「私と、その、友達になってくれませんか!?」
勢いよく空崎の背後から出て、声量のバランスを間違えながらも佐倉はそう告げる。
ポカン、と。長谷部は口を開いていたが、ふと笑みを溢して答える。
「いいよ、なろっか」
「───……!」
パァっ、と顔を明るくして振り返る佐倉に笑みを返しつつ、
「ついでに俺もいい?」
「えー」
「え"っ?」
「冗談冗談。うーん、それじゃあ佐倉さんは愛里って呼ぶとして。空崎くんは……やしろん?」
「
「おお、ノータイムで名前呼び。流石女慣れしてそうなランキング4位」
「おい待てなんだその物申したいランキングは」
「愛里も気をつけなよ? いつ狼が表に出るか分からないからさ」
「あ……た、確かに。私も昨日初めて会って、結構すぐに名前呼び……それに、急に……か、可愛いとか」
「やしろんのむっつりスケベ!」
「待て波瑠加、それには異議を申し立てる。俺は船上試験の時に性癖を公開したオープンスケベだぞッ」
長谷部が友人付き合いの多い生徒だと聞いた覚えはない。顔が広ければ空崎は把握しているからだ。
だがいわゆるコミュ障であるかと言われれば、この短いやり取りでそうでないことは理解した。視線に敏感という言葉から、自身の体つきへの視線が苦手であり、関りを避けていたのだろうということも。
冗談めかした言い方に乗れる性格。それを見抜いた空崎が友人同士のやり取りのお手本を見せるように会話を誘導。
長谷部のそのテンションに引っ張られてか、佐倉は先日の会話を口にした。
微かながら確かな佐倉の進歩に内心で笑みを浮かべつつ、長谷部とのやり取りに集中する。
躊躇いなく自らを『スケベ』と称した空崎に、長谷部は戦慄の表情を浮かべていた。
「……! まさか、あの太ももフェチという噂は本当だったの!?」
「ああ」
「むっちりタイプという細かい指定も!」
「ああ!」
「一之瀬さんが性癖の煮凝りみたいな存在だって言ったのも!」
「ああ! ……いやちょっと待て、確かに言ったけど詳しすぎないか?」
「キョーちゃんが言ってたよ?」
「───桔梗か! あいつひょっとして俺への遠慮が皆無になってない!?」
───あの場所で言うくらいだから周知の事実だと思ってたよ。てへっ☆
そんな風に頭にコツンと拳を当てる櫛田の存在を幻視する。
いやまあ実際問題、あの場所で発言したのだから噂が出回るのは当然と言えば当然なのだが。
夏休みや二学期の始業式直後にそれを空崎が把握していなかった辺りを考えると、間違いなく『先日の件』以降に流された噂だろう。
道理で最近は一之瀬から時折ゴミを見る目が向けられる瞬間があった訳だと、今更ながらに理解した。
これに関しては本当に予想外の出来事である。
「あっはは、やしろん良い反応してくれる~。これは女慣れランキング4位も納得だね」
「甚だ遺憾だが? 俺を雅パイセンや六助みたいに見られても困る」
「いやランキングの内容知ってるじゃん。よーし愛里、狼さんに食べられないように退散しよっか。そろそろ昼休憩も終わるしっ」
「あ、うん!」
「待って少しは訂正させてくれ。俺は別にそんな経験豊富って訳じゃ───」
ばいばーい、と。良い笑顔で手を振る長谷部と、控えめに手を振る佐倉。
弁明は届かなかったが。悪感情を抱かれた様子はないし一先ずは良いかと、空崎は一人の空間で乾いた笑みを溢した。
♕ Tips. ✍︎
19話での約束以降、坂柳は空崎の部屋の合鍵を貰っているので先に部屋で待っている事が多い。鍵に関しては返すつもりがなく、1ヶ月の約束が過ぎても夕飯時は入り浸る気満々。
空崎は空崎で「別に手間はそんな増えないし食費を払ってくれるならまあ」で受け入れるつもり。