Q. 一之瀬にゴミを見る目で見られてたらしいけどそれに関してはどう思ってたんですかね?
A. 「なぜ急にご褒美を?」って思ったし言葉にも出してるので余計に一之瀬の空崎に対する遠慮の無さが深まった。
Q. 茶柱先生、いつの間にか空崎のゲームを観戦するのが最近の楽しみになってない?
A. Aクラス卒業が無理ゲーになった挙句に目の前で最強ゲーマーのプレイ映像を実況・解説付きで魅せられたら流石にそうなってもおかしくないかなって……。
Q. 坂柳が空崎の部屋に立ち寄るのって、空崎と居る時間を増やしたいからか? 一之瀬と居合わせたら、修羅場になって面白そう
A. 完全に気を許してる相手が空崎だけってのが1番の理由。神室に変に関わって疑いを持たせてしまうのも悪いと思ってるから日常生活で頼れる相手が限定されてるので。あと普通に胃袋を掴まれた。
一之瀬相手にも気を許し始めてるので修羅場にはならない。というか一之瀬の生徒会活動が遅くなった時とかに何回か同伴してる。恋愛感情とは別種の信頼。
Q. 純粋なきよぽんにフロムゲー縛りプレイを勧めるとか犬のデーモン!パルテウス!頭ブルートゥ!
A. 頭ブルートゥは流石にライン超えなので頭苗床にしときましょう、ご友人。
体育祭当日。
2学期初日に伝えられ、約1ヶ月という準備期間が与えられた運動能力の競い合いという種目。
通常、身体の劇的な変化は1ヶ月という期間で訪れる様なものではない。あるとすればそれは成長期によるものであり、またそうなると成長痛が伴いまともな運動は制限されるだろう。
だが───記録上の話であれば別である。
運動部所属の生徒は別として、普段あまり身体を動かさない人間というのは自身の骨格や筋肉に合わない動き方をしている可能性が高い。
これは学校の体育で学ぶ普及的なやり方が悪い訳ではなく、個人に焦点を合わせた時にもっと良い方法があるというだけの話だ。
名監督が名選手であると限らない様に、空崎自身は運動が不得手でもやり方については熟知していた。
直近1ヶ月の体育時、AクラスとDクラスが行うトレーニングは、身体能力を伸ばすよりも動かし方についてを学ぶ時間の方が多かったと言える。
身体能力が急激に伸びることはないが、記録上で劇的な変化を見せること自体は有り得る。
そして、一之瀬 帆波はその筆頭と言えるだろう。
「お、おおっ! 凄いぞ一之瀬、1位だ!」
一之瀬の体力測定結果は低くないが、同時に高くもない。同組に運動能力の優れた相手が居なかったというのもあるが、そんな一之瀬が1位を取っていた。
空崎の隣で応援していた柴田は結果を見て喜ぶ声を上げる。
「なんか一之瀬、練習の時より速くなってないか?」
「……かもな」
同時に出される疑問。本人が運動能力に優れているからか中々に鋭い感性だ。大正解である。答えを知っている空崎は曖昧な笑みを溢す。
柴田の疑問の眼差しが空崎へと向くが、それに答える事はない。
より正確には、男子の柴田相手には答えられないと言うべきだろう。
一之瀬の脚が速くなったと
そう───あの
柴田は気付いている様子がないが、目敏い男子は何となく察しているだろう。一之瀬の胸がいつもより小さく、揺れが練習時よりも抑えられている事に。
常日頃からそれとなく認識していた事だが、一之瀬は自身の身体に些か無頓着だ。他人からの視線という意味でも、自身の動作でも。
こと運動という面に於いて、一之瀬は自身が大きい胸を持っているという意識が無いまま様々な動作を起こしていた様に見えていた。
その理由は、中学3年時の大半で引き篭もっていた影響だろう。そのタイミングで急に成長を遂げたとなれば、自身の身体との向き合い方が上手くいってないのも頷ける。
空崎はノンデリ発言になると確信していたので指摘する事はなかったが。しかし『体育祭』というクラスポイントが関わってくる競い合いが出てくるとなれば話は別だ。
直接言葉にはせず、セクハラに該当しない範囲で姿勢の矯正には成功した。しかしアレほどまでの大きさとなると、運動時にはどうしても邪魔になる。流石に本人も自覚はあっただろう。
だが本人は自身の悩みをあまり周囲に打ち明けようとはしない。頼りにしている空崎も、今回ばかりは女性特有の悩みというのもあって迂闊には言い出せなかった────という思考まで理解した空崎が、先日の件で櫛田にお願いしたのだ。「帆波にハイサポートのスポーツブラとバストサポートバンドを購入できる場所に案内してやってくんない?」……と。
櫛田からは冷たい視線を頂戴したが、その甲斐あって一之瀬は普段よりも身軽に駆け抜け1位を獲得する事に成功した。
にぱっとした笑顔でVサインを走り終わって待機してるAクラス男子組に向ける。空崎はグッドサインを、各々それぞれの反応を返していた。
「それにしても夜白、お前って結構運が良いのか? 1位の目処を立てて組み合わせた奴は軒並み1位取ってるし、一之瀬だって堀北とか小野寺みたいに運動能力高い女子と当たってたら厳しかったもんな……」
「運じゃねぇよ」
「え?」
「そもそもこの世に運なんて存在しない。思考プロセス、能力、前提条件、身体状態───数値化の難しい無数の変数によって起きる予測できない必然をそう呼んでるだけだ。例えば、颯。ダイスを振って6が出る確率は?」
「ダイス……サイコロだよな? そりゃ6分の1じゃないのか?」
「
「あ───いやちょっと待て、そんなもん後付けで幾らでも変えられただろ!」
「質問すりゃ良かった。それは何面ダイスなのか、そもそも振っているのは一つだけなのか、面は1~6で構成されているのか。お前はサイコロが1~6であるという固定観念に縛られて、前提条件を見落とした訳だ」
形容しがたい表情で視線を向ける柴田に、空崎は淡々と告げていく。
「自分の情報が不足しているからって、相手も同じ情報量とは限らない。知っているか否か。運という言葉に逃げて考えるべき点を怠っていないか。その差は結果で明確に表れる」
「……つまり、組み合わせは意図的に組んだと?」
「ああ。それぞれの生徒の身体能力をリサーチして、C・Bクラス首脳陣の思考をトレースし、どんな順番にしてくるかを予測してな」
───無論、『能力順』なんて決まりはないからどれだけ考えたとしても情報不足による変数を計算しきることは実質的に不可能であり、予測だけで100%の精度にする事は出来ない。
だが一種目を終えようとしている現時点で、Cクラスは8割、Bクラスに関しては10割が事前予測の順番に合致している。
Bクラスに関しては参加表の一部を知っている状態*1なのでフェアとは言えないが……知ってしまったものに関しては仕方がないと割り切った。
組み合わせの結果はただの運ではない。可能な限りの予測の末の必然だ。
「でも夜白、お前さ」
「やめろ言うな」
「……高円寺の事は「完全に予想外です」って面じゃなかったか」
「……、…………」
柴田の指摘の空崎は言葉を詰まらせる。
そう。この男、偉そうに語ったが自分の100メートル走の出番では1位を取っていない。
いや、それ自体は別に良い。空崎が1位を取る組み合わせにしようとすると他の結果が悪くなり総合得点が落ちてしまうので、自分の予想順位は4位に据えており、1位に関してはDクラスに与える手筈だったから。
問題はその内容。自身の組には高円寺が居た。今までの傾向からてっきり本気は出すまいと予測していたのだが───
「ははは、マイフレンドが同組か! ふむ、友人との競い合いというのも悪くない。是非とも私の後ろ姿を堪能してくれたまえ、空白ボーイ!」
……と。何やらやる気に溢れており、問答無用で1位を掻っ攫って行った。1位を取らせるつもりで組んでいた石崎には申し訳ない事をしたと思う。
高円寺とは友人ではあるが、特別関わる機会が多いという訳ではない。だから彼の生態や行動原理はハッキリとしておらず、希望的観測が入ってしまったと言っていい。
空崎が思わず「お前退学が掛かってる訳でもない学校行事でやる気出すのかよ……こんなの俺のデータにないぞッ」と呟いた事実を柴田は確認している。
その指摘に、安易な言葉は返せなかった。
「……まあ、アレだ。六助に関しては情報不足であり俺の考えが不足していた。以上。反省してます」
「いや、反省まで求めてはないけど……実際夜白が組んでくれたお陰で同学年だと1位の成績だし」
「今のところはな。ただ六助がどこまでやる気なのかイマイチ読み切れないのが……俺の予測だとアイツは推薦競技には選ばれてない筈だけど、代わって全部に出られると学年順位もちょっと怪しい。個人戦ならアイツ1人で取れる得点には限度があるけど、団体戦は一気に持ってかれる」
「高円寺ってそんなにヤバいのか? 確かに足は速かったし、筋肉も凄いが」
「Jリーグに全盛期ロナウドが来たらどうなるかって言われたら分かるか?」
「……クリスティアーノ? フェノーメノ?」
「クリスティアーノ想定だがぶっちゃけどっちでも試合は壊れるだろ」
「それはそう。うーん、マジか……」
個人戦に関しては高円寺が出るだろう順番はAクラスの中でそこまで運動能力が秀でていない生徒ばかりなので大幅に予測とズレる訳ではない。
しかし団体戦をひっくり返されるとなると、Aクラスは兎も角としてDクラスが2位を取れるかは怪しくなる。
「ま、JリーグにはJリーグのやり方がある。対銀河系軍団に対抗する為の戦術も───あ、すまん。話の途中で悪いが集中させてくれ」
「え? あ、ああ。……おっ、南雲先輩だ」
1年生の100メートル走が全て終了し、続いて2年生の順番へと移行。自信満々且つ何処かウキウキした様子の現生徒会副会長、南雲 雅の出番。
それを確認すると、空崎は口を閉じて彼の姿に集中する。
目的は分からないが、集中を削ぐ訳にもいかないので柴田は声を掛けず南雲の走りに同じく注目する事にした。
独走状態で1位を獲り、2年Aクラスを中心に盛り上がりを見せる。
「───……よし」
南雲の視線が空崎へと向く。
それを受けると、空崎は親指と人差し指で丸を描き“OK”のサインを送った。しっかり確認した南雲は満足そうに頷く。
「……何か頼まれてたのか?」
「ん、ああ。ちょっとした審判だ。周りに迷惑が掛かるような事じゃないから気にしなくて良いぞ。で、話の続きだが」
「ああ、うん」
「六助がやる気ならやる気で、相応のやり方があるって事だ。勝率は……まあ五分五分だろうけど」
「今から動き方を変えるのか? 浸透させるには直前過ぎると思うけど」
「ああ、問題ない。動き自体はシンプル───」
競技順からして最初に来る団体戦は棒倒しだ。棒を倒すというシンプルな目的ながら、オフェンスとディフェンスのバランスを整えなければあっさり終わってしまっても不思議ではない。
だが。
「捨て身の速攻で先手を取る。もし六助が『勝ち』に拘ってるなら愚策だが、どのみちジリ貧になるだけだ。リスクは承知でいこう」
♢
次の競技であるハードル走も、概ね予想通りに終えた。
現時点では赤組優勢。同学年で絞って見ても、狙い通りAとDが1位2位を独占している状態。
だがDクラスとCクラスは事前予想よりも僅差だ。空崎と同組ではなかった影響なのか全力とは思えない走りだったものの、高円寺は軽々と1位を獲っている。
続く棒倒し───
「……ったく、直前に作戦変更は勘弁しろよ」
「悪い。ただ言った通り、やる事自体はシンプルだ。どさくさに紛れて暴力行為なんて真似はやめろよ?」
「わーってる」
始まる前の、龍園との会話。
作戦はハードル走が始まった段階で伝えており、やることは既に全員に伝わっている。龍園のはただの愚痴だ。
やがて、棒倒しスタートの合図。
と、ほぼ同時に赤組のほぼ全員が白組の棒に向かって走っていく。空崎を含む棒を支える数人を除く全員だ。これには白組の生徒も面を食らう。
「……ッ、怯むなよ! 守備人数が不利でもあっちは手薄だ! こっちも速攻を仕掛けろ!」
そう。今指示を出した須藤の言う通り、幾ら攻撃に人数を掛けても目標は棒を倒すこと。近づけさせないようにするだけの守備人数を揃えている側と手薄な方とでは、後者が間違いなく不利。
戦術としては悪手とも呼べる───が、それは承知の上。
運動が不得手な生徒も多いこの学校。当然『棒倒し』に傾倒している者はいない。それはスタート時の構えから理解できる。
長物は、先っぽに重りが乗っかると重量以上の重みを感じることになる。至極当然の事ではあるが、それを対策しているか否か。
高円寺とDクラスの山田アルベルトが対峙しているのを視界に入れつつ、赤組の棒に向かってくる須藤と前に空崎は立ち塞がる。
「おいおい、お前じゃ俺は止められないぞ夜白!」
「当たり前だ、俺の貧弱ボディ舐めんなよ! 真っ向からぶつかったら骨折れるわ!」
「はっ、ならどいた方が良いぜ!」
「俺1人でお前を抑えられるわけねぇよな?」
わざとらしく、須藤の背後に視線を送る。
攻撃にいったと見せかけ戻ってきた奴がいる───という
そこに誰もいないことを確認し、須藤は顰めた顔で正面に向き直った。
「てめっ、誰もいね───」
そんな須藤の眼前。
当たらないギリギリの位置で、空崎は両手を叩く。
「─────………ッ」
パァンッ───と、鋭い拍手音。
眼前の出来事と大きい音に、須藤は怯み仰け反る。尻餅は着かない。数秒息を詰まらせ、身体に支障がない事を正しく認識し、前傾姿勢になる。
「ッ、この程度の足止めなんざ───」
「いいや、この程度の足止めで充分だ」
空崎は向かい合っての構えを解き、白組の棒がある方へと視線を向ける。
またブラフかと考え須藤は動き出そうとするが───周囲の盛り上がる様子が耳に届き、足を止めて背後を振り返った。
その視線の先では、白組の棒が倒れ地に伏している。
「マジか……何したんだ? あんだけ固めてたらそう簡単には倒せねぇだろ」
「速攻で動いてる奴を隠れ蓑にして、隆二を踏み台に翔が跳躍し、上から倒してもらった。3〜4人くらいで上のバランスも取ってないとそれで簡単に倒れる。懸念点の六助はアル*2との力比べを楽しんでくれたし、後はお前を数秒足止めするだけだった」
防衛大基準で考えれば防げるが、運動が不得手な生徒も多いこの学校でそこまで徹底した構え方は出来ていなかった。
当然怪我のリスクもある。だから身軽で運動神経の良い柴田が最適な選択だったものの、それを考慮して龍園にやってもらった。
「おい龍園、強く踏みすぎだ! こんな蹴るような跳躍の仕方でなくとも十分に飛べただろう!」
「ああ? クク、空崎からの指示は勢いよく体重を乗せる事だ。万全を期す為なら仕方ねぇだろ。下手やれば俺が怪我するしな。嫌ならテメェが立候補すりゃ良かった」
「踏み台になるのを嫌がったのはお前だろうッ。まさかワザと───」
「……揉めてね?」
「だな。ちょっと仲裁してくる」
「次、同じ手は喰らわねぇからな」
「同じ手は使わないから安心しろ。人間の跳躍力だと距離取られされれば上からは無理だし」
須藤と高円寺という、恐らく1年生の中でずば抜けて身体能力の高い二人を相手に真っ向勝負で有利な立ち回りは難しい。だからこそのリスク覚悟での速攻。もし同じ手を使ったとしても今度は須藤がディフェンスを全無視して突っ込めばB・Cクラスが勝つだろう。同じ手は使えない。
だが先ほどブラフを用いたからか須藤は警戒心を強めており、空崎の言葉を素直に受け止めるつもりはないようだ。有効的且つ交戦的ではあるが、感情的にはならずに正しく現状を受け止めて考えている。1学期の頃の彼とは大違いだ。大成する器だろう。
夢に真剣になれる奴は流石に違うな、と。須藤を評価しつつ、空崎は揉めている神崎と龍園の間に入り込んだ。
「隆二、今回は俺の指示不足だからあまり翔を責め過ぎるな。事前練習も足りてない状態のぶっつけ本番でリスクを負ってくれたのは事実だし、結果論ではあるが怪我なく棒を倒せた。それで納得してくれ」
「空崎……いや、だがな」
「分かってる。翔、お前は人を足蹴にするのに慣れすぎだ。もうちょい器用にやれ。あと言葉も態度も挑発的過ぎる。少なくとも味方にまでそのスタンスでいる必要はないだろ」
「チッ……今更性格を改めろってか?」
「そこまで言うつもりはない。線引きをしろって話だ。万全と過剰は別問題。お前なら分かるよな?」
「……クク、相変わらず言い回しが上手い野郎だ。わーったよ、過剰にならない様に注意する。それで良いだろ」
「ああ。隆二も、試みを持った行動の結果で過剰になってしまった場合は寛容に対応してやってくれ。人によっては意図しないことで追求されてメンタルコントロールがブレちまうからさ」
「……ああ。少し先入観が強かったかもしれない。俺も反省しよう」
「よし、じゃあ次の作戦だが───」
謝罪こそ無かったが剣呑な空気感が霧散したのを把握し、空崎は頷く。
棒倒しは二度行う手筈になっている。次のスタートを告げる笛が鳴るまでは作戦の話し合い。
と言ってもやることは奇襲だった先ほどとは違い事前に打ち合わせていたこと。そこにプラスの要素が加えられるだけだ。
が、その『プラス』について話された龍園は怪訝そうな顔を空崎に向けていた。
「……出来んのか、そんなこと」
「技術的には余裕。でも通じない奴には通じないし、あまり充てにされすぎても困る」
「はっ、元々体育祭でのテメェの期待値はそこまで高くねぇよ。成功すりゃラッキーくらいに考えておく」
「こりゃ手厳しい。ならラッキーを引き当てられるよう頑張ってくるわ」
準備が整い、二度目の棒倒しが始まった。
「健には兎に角囲いを作れ! 正面からは掴まず背中で塞ぎ寄りかかるイメージだ! 押し戻されるようならタイミング見て一度下がって他を妨害! だが絶対に無理はするなよ!」
一度目とは打って変わり、攻撃人数は最小限。その分須藤の妨害に人数を増やし、怪我をしない・させない範疇で徹底的に足止めさせる。
「アル、悪いが再度頼む! 周囲はアシスト! タイミング見て加勢と離脱を繰り返せ!」
高円寺の対処は一度目の焼き直し。違う点は何人かの生徒をフォローに置いていること。
一斉に掛からせないのは、高円寺と須藤に意識を割きすぎれば他生徒に攻め込まれてしまうから。また高円寺の能力を考えれば、アルベルトと他生徒との連携の穴を突いてくる可能性があるため。
「───今! オーケー大地、一時離脱!」
アルベルトは強面でフィジカルも優れているが、暴力的ではなく優しい心の持ち主だ。下手な加勢は気を遣わせるだけ。故にアルベルトが押されると判断したときのみ高円寺の意識を逸らすためにフォローへと入らせる。
「オラ近藤! 高円寺ばかりに集中してんじゃねぇ! 他の奴が迫ってんぞ!」
空崎が発していた指示は、徐々に龍園の
この声は空崎の『変声』による発言。合間で空崎自身の声による指示を挟んでいるが、殆どは龍園の声音。その中に、龍園自身が発する指示も混ざっていく。
狙いは、龍園に意識を逸らすこと。指示を出している彼の声を強く認識させることで、空崎の存在を薄れさせる目的だ。
良くも悪くも目立つ空崎が警戒されずに済むのか───だが事実、B・Cクラスの空崎への注意は殆どない。これは指揮する立場として一度認識させることで「そこにいる」と意識させた影響である。
存在を薄れさせた空崎は『視線誘導』を巧みに使いつつ敵陣地へと侵入していく。
これで棒を倒すことが出来れば手っ取り早いが、生憎と一気にそこまでやれるほどの卓越した身体能力は空崎にない。だから目的は別。
敵陣地の背後で────……
「……ッ」
ガシッ、と。手首を捕まれる。
暴力に該当しない妨害の範疇。空崎は鋭く息を溢して手首を掴んできた相手に視線を向けた。
「……意識誘導、視線誘導、ナンバによる無音の侵入。龍園を再現した『変声』を考えれば、狙いはこちらの指揮の混乱か? 軍の隠密部隊でもやれそうだな、お前は」
「清隆……!」
掴んできたのは綾小路。
意識誘導が通じない相手として認識はしていた。しかし───
「おいおい、事なかれ主義はどこにいった?」
彼の主義からして妨害はしてこないと踏んでいたのだが。今日は悉く予想が外れる日だと吐露すれば、綾小路は答える。
「最低限の協力はすると約束しているからな。お前の卓越した技量は、見た目では判断がつかない。純粋な身体能力の押し合いならお前は平凡以下。平凡なオレが発見したお前を抑えるのは、寧ろ事なかれ主義らしい動きだと思うが」
「うーん、ご尤も」
みんなが見逃していた相手を
見せ筋でもいいから鍛えるべきだったなと刹那的な後悔をしていると、綾小路は変わらぬ表情のまま言葉を紡ぐ。
「それに、この喧騒に紛れて訊きたいこともあったからな」
「……ふむ。まあ聞くだけ聞くが」
「裏切ったのは櫛田か?」
「ん……?」
周囲からの視線はない。
会話は喧騒に紛れ漏れない。
そんな中での問いかけに、空崎は一瞬困惑する。
が、意味を理解して納得の表情を見せた。
「ああ、なるほど。桔梗の言ってた本性バレの相手って清隆か」
「……」
「安心しろ。桔梗は裏切りを働いた訳じゃない。堀北を退学させる対価として挙げられたのは確かだが、俺は堀北を退学させるつもりもないし参加表は見ていない」
「他の奴か?」
「そもそも裏切りを働いた奴がいな───ああいや居るけど、そいつはBクラスの奴だし全部じゃない。殆ど俺の予測だ。実際ハードル走では100メートル走よりも1位・2位を取れてたろ?」
「……だとしたらお前のは予測の領域じゃない。『未来視』だ」
「お褒めに預かり恐悦至極だが……現実は虚しいことにお前に抑えられてるんだよなぁ」
『未来視』ならこんな事態にはならないだろ、と。そう苦笑しつつ、綾小路へ問いかける。
「正直に答えたし放してくんない?」
「そんな約束をした覚えはないな。それに今ここでお前を放せば後で堀北にしばかれる」
「なら───その汚らわしい手を離しなさい綾小路君。セクハラで訴えるわよ」
「…………」
「うん、ダメか」
「声質は完璧でもお前から発声していると認識していれば心構えは容易だ。例えコンパスを用意されてもオレの心は動じない」
「いやしねぇよ怖いな。普通に凶器だろコンパスは。何を想定してんだお前」
「……」
「え、堀北? お前堀北がそれ構える想定なの? というか実体験済みですって面だろそれ。アイツとんでもねぇ危険人物じゃねぇか」
───ひょっとして桔梗のお願いを受けるべきだったか。
綾小路の沈黙を見てそんな考えを過らせたが、頭を振って思考を整える。
まずは目の前の棒倒しに集中せねば、と。
掴まれている状況で出来る選択肢は少ない。
ならば次は。
「い、痛いです綾小路く───あちょ待ってマジで締め付けるのはやめいたたたたッ」
最近よく関わっているらしい椎名の声。
少しでも動揺を誘えれば抜け出せると確信しての選択は、しかし悪手だったらしい。掴まれた手に宿る力は余計に強められ、より抜け出せない状態に陥った。
「何故か腹が立つからやめろ」
「ウッス、スイヤセン」
そうこうしている内に、Bクラスの鬼頭が赤組の棒を倒し二試合目が終了。
棒倒しの結果はお互いに1勝を獲得する形となった。
♕ Tips. ✍︎
空崎が間を取り持つ形で、今回の体育祭では堀北(兄)と南雲が勝負を行っている。無理をすると怪我のリスクが高く且つ差を明確にしづらい団体戦は最後のリレー以外を除外し、各個人戦のタイムを競い、リレーは1番手で競う事を打ち合わせている。といった勝負内容。
話を聞いた当初、堀北(兄)は難儀な顔を見せていたが「一度リーダーとしての責務を度外視して考えてくれ」という空崎の言葉に従い「個人での勝負なら受けたい」と答えた。
その録音を橘に提供し根回しした結果、3年Aクラス全員から「体育祭くらい後輩の気持ちに応えてやれ」と後押しされたので清々しい気持ちで体育祭に臨んでる。これがキッカケで南雲ともちゃんと話し合おうと決意したし、体育祭後は堀北(妹)とも会話する。
南雲はめっちゃニコニコしてるし上機嫌。混合合宿の橘退学フラグが折れた。