学校に初めて通ってから一ヶ月ほど過ぎた。
テニス部に誘われたり、料理研究会に誘われたりしたけど...
特に決まることはなかった。
「おはようございます、乾さん。」
「氷川さん、おはよう。」
朝の登校後、教室に入ると氷川さんが待ち受けていた。
...最初は警戒して呼び捨てだったはずなのに、今では自然と「氷川さん」と呼んでいる。
「そういえば、修学旅行の班はどうする予定なんですか?」
「修学旅行?」
確か...学校行事の一つ。
班はおそらく旅先で自由行動の際の集まりのことだろう。
「俺は氷川君と真魚ちゃんで組む予定なんだけど乾君もどうかな?」
「ホントは女の子を誘ってほしいところだけど...涼君が言うなら仕方ないわね。」
「沢木さんに小沢さん。」
氷川さんの後ろから二人がやってくる。
どうやら僕は班に誘われているらしい。
「というわけです、乾さん。私達の班に参加しませんか?」
「...うん!」
断るという選択肢が出てこない。
僕はそれだけ彼らに気を許しているということなのか?
修学旅行当日、到着した新幹線が止まるプラットフォームに僕らは並んでいた。
「いやぁ~、いざ修学旅行が始まるとこれまたワクワクするなぁ。」
「フワァ...でも、集合時間が八時っていくらなんでも早くない?」
ニコニコと笑みを浮かべる沢木さんに対し、小沢さんは眠そうに愚痴る。
東京から京都へは新幹線で2時間。
宿泊予定のホテルへの移動を考えても3時間、昼前に到着してしまう。
確かに彼女の言う通りわざわざ早い集合時間にする疑問も浮かぶだろう。
「小沢、これより遅い時間だと素行が悪い高校と進学校の椚ヶ丘とバッティングするんだ...無用なトラブルは避けたいからな。」
「ん~...そうだけど...」
担任の美杉先生が小沢さんを宥める。
確かに不良と呼ばれる素行の悪い生徒の多い学校と一緒の新幹線は何かトラブルが起こる可能性があるだろう。
「でも、椚ヶ丘の方は問題ないんじゃないですか?」
「...沢木、お前はああいう競争の激しい学校の空気は苦手だろ?」
「む、無理です...」
椚ヶ丘...どうやら相当有名な進学校のようだ。
「...そろそろ新幹線に乗り込むぞ。」
腕時計の針を読む先生はそう言った後、生徒を引率して新幹線の中に入る。
「涼君に乾君、ここに座ろう!」
「うん。」
座席は同じ向きを向いているようで、氷川さんを含めて四人で話すのは難しいのではない
のだろうか...
「じゃあ、ここの席を回転させますか。」
!?...動かせるんだ...
氷川さんは座席を回転させ、向かい合わせとなる。
「はぁ~、やっと座れるよ。」
沢木さんが力を抜くようにドサッと座るのに対して僕を含めた三人は静かに席につく。
「沢木さん、もう少し丁寧に座らないと壊れますよ。」
「そんな柔なつくりじゃないって。」
「そういう問題じゃありません。」
またコントが始まってしまった...
「はい、ストップ!」
「真魚ちゃん?」
「ほら、乾君が困ってるじゃない...喧嘩するよりほら!」
小沢さんは懐からトランプを取り出す。
「おぉ!やっぱり定番のトランプ!」
トランプか...ナイトレイドの皆でポーカーとババ抜きをやったぐらいかな。
「皆はなにがしたいの?」
「僕はそうですね...大富豪がいいです。」
「大富豪?」
トランプを使った別のゲームだろうか?
「いやぁ、俺はババ抜きがいいな。」
「ババ抜き...」
「あれ?氷川君浮かない顔してるけど大丈夫?」
氷川さんは...ババ抜きが得意ではないのだろうか?
「真魚ちゃん、氷川君は隠すのが不器用だからババ抜きが苦手なんだよ。」
「ちょっと沢木さん、私は別にババ抜きが苦手とは言ってませんよ!」
「なら、ババ抜きに決定で!」
「あ」
顔面蒼白な顔を見せる氷川さん。
その後、彼が一度も勝つことなく京都駅に着いた。
「...」
「いやぁ、氷川君も京都に行って凶となったんじゃないですか?」
「凶?」
彼のダジャレだと思うけどどういうことだろう?
「ほら、『京都』と『凶と』ってね」
ため息をつき何も言わない氷川さんを見て沢木さんは地雷を踏んだような表情を浮かべ
る。
「...もしかして怒ってる?」
「当然じゃない!涼君、ただでさえ煽るのにダジャレなんて氷川君が怒るよ!」
しばらく氷川さん、悪い空気を出し続けるだろうなぁ...
彼のフォローをしないと。
「...ひ、氷川さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です...」
...これは相当堪えてる
「乾さん。」
「はい?」
「私は本当に顔に出やすいのでしょうか。」
...これまた答えにくい質問を。
多分、否定したら...
(『乾さん、正直に言ってください!あなた...もしかして僕をバカにしてるんですか!』)
「うん。」
「即答ですか...」
顔が真っ赤から真っ青に変わる。
「乾さんまで...」
「ご、ごめん...氷川さん...」
「謝らないでください...」
彼のフォローはまだまだ僕には難しいようだ。
翌日...二日目から自由行動があり、生徒たちの表情が明るくなる。
昨日の移動での疲れは感じ取れない。
「はい、ではここからは自由行動なので節度を持って楽しむように...解散!」
「「「はーい!」」」
列に並んでいた生徒達がバラバラになり、グループで固まって散っていく。
「えーっと確かどこに行くんだっけ、氷川君。」
「僕の計画では...まずは清水寺に行きましょうか。」
清水寺...京都の観光では定番のようだ。
「で、その次は産寧坂や二寧坂を通り、八坂神社に参拝した後で祇園で昼食を取るのです
が...」
「...もしかして疑っているの!?」
「沢木さん、あなたはいい店を選ぶのは認めますが僕は信用できないんです。」
また、引きずってる...
「涼君の行きたい店を確認したけど問題なかったよ、氷川君。」
「はぁ...小沢さんが言うなら安心です.」
胸をなでおろす氷川さんに沢木さんは不服そうな表情を浮かべる。
「もう、信じてくださいよぉ~...ねぇ、乾君!」
「あはは...僕は信じてるけど、普段の行いだね。」
「乾君も酷いなぁ...」
とにかく清水寺に向かった。
「Oh,it`s yammy!」
「ねぇ、どこ回る?」
やはり京都の有名どころである清水寺やその周辺は国内外問わず多くの観光客で賑わって
いた。
「小沢さんは心配ないですが、沢木さんや乾さん...はぐれないでくださいね。」
「大丈夫、大丈夫!正直氷川君の方がはぐれちゃうんじゃない?」
「僕はそんなに方向音痴じゃありません。」
...今日で何回やってるんだろう。
「そういえば乾君って、旅行とか行くの?」
そんな中、小沢さんが二人を放置して僕に話しかける。
「旅行...ん~」
帝都にいた頃は旅という行為自体は珍しいことじゃないけど、ゆったりと楽しめる観光と
いう概念はなかった。
いろいろと任務で遠方に行くことはあったけど...観光とはまた違うかな?
「引っ越しで飛び回っていたけど旅行はしたことがないかな?」
「え?家族でどこか遊びに行ったりとか...」
家族...ナジェンダさんに拾われるまでの記憶がない僕にとってはナイトレイドが家族とも言えるけど...これまた難しい。
「うーん...うちは結構忙しいからね。あまり旅行とかする暇がないんだ。」
「そうなんだ。」
「だから、こうして京都を観光するのも新鮮かな。」
坂にそって並ぶ古めかしい店を眺めながら僕は答えた。
「なら、乾君にとってこの修学旅行をいいものにしないとね。」
「そうだね、涼君!」
...この二人はやっぱり温かい。
「へぇ~、あれが清水寺か。」
「結構高いね。」
「高さは十二メートルほど...四階建てくらいですね。」
木々に囲まれ、木材を組んだ柱の上に清水の舞台が載っている。
柱に近づいてみると釘らしきものが見当たらない。
木材だけで支えているように見える。
帝都にも巨大建築はあったが、こういう技術は知らなかった。
「では、僕たちも清水の舞台に上がりましょう。」
氷川が先導して清水寺へと登る。
「これが...」
決して派手ではないが、なんて言えばいいんだろう。
昔のこの国で表すなら風流がある...と言ったらいいのかな。
「京都タワーが見えますね。」
「うお...結構高いな。」
「うーん...時期的に考えて秋が良かったなぁ。」
沢木さんたちも各々口から感想が零れている。
「そういえば涼君、紅葉の景色が広がる清水の舞台で彼氏の頬にキスした人がいるんだって。」
「へぇ~。じゃあ、真魚ちゃんも俺にキスしてよ!」
「イ・ヤ♪」
二人のやり取りに思わず笑みがこぼれる。
色恋話に自然とある二人の顔が浮かんだ。
タツミとマインさんだ。
もし二人がここに来ていたら、どんな反応をしただろう。
「乾さん?」
「え?」
氷川さんに声をかけられ、ふと我に返る。
「...急に笑ったと思ったら、涙を流してますよ?」
「あ...」
顔に出ているなんて気づかなかった...僕も氷川さんのことは言えない。
「昔のことを思い出してしまって...」
「そうだったんですね。」
氷川さんは少し考え込む。
「正直に言うと、乾さんは何を考えているのか分からない人だと思っていました。」
あぁ...だから警戒していたのかな?
「でも今の表情を見て、少し安心したんです。」
「安心?」
「...はい。」
涙を拭いながらももじもじとする彼の話に耳を傾ける。
「乾さんにも、大切な人との思い出があって、ちゃんと悲しんだり懐かしんだりするんだ
なって...僕たちと同じなんですね。」
不器用で固いけど...やっぱり優しい人だ。
「ありがとう...氷川君。」
清水寺を堪能した僕たちは産寧坂と二寧坂を通り過ぎ、八坂神社の参拝を終わらせたところだった。
「結構時間かっかちゃったね。」
「もう俺ペコペコだよ!」
「1時...私のリサーチ不足で遅くなってしまいすいません...」
腕時計を一瞥して落ち込む氷川君。
「大丈夫だよ、氷川君。」
「ですが...」
フォローを入れてみたけど...真面目だなぁ、氷川さん。
「でも、1時ならお店も空いてて逆にいいじゃない!」
「そうそう!混んでない分、ゆっくり食べられますよ!」
「...それもそうですね。」
僕より付き合いの長い二人はやはり彼へのフォローが段違いだ。
...ご飯となると財布...
「どうしたんだい?乾君?」
「なにかあったの?」
まさか...
「ごめん!ちょっと神社で忘れ物したから先に行っててほしい!」
「い、乾さん!?」
八坂神社に向かう人混みの中へと僕は入って行く。
あぁ~...僕のうっかりよくあるんだよな
(『肝心なところでスペルミスを犯す癖が治ってませんね。』)
突如鮮明に声が響く。
誰、だろ...こんな記憶あったけ?
どこか懐かしさを覚える声だが、まったく聞き覚えがない。
あ!?...財布には学生書も入ってるんだった。
「はぁ...」
なんとか財布は見つかった。
どうやら誰かの親切で社務所に届いていたようだ。
「あ、これハンカチの落とし物...」
「社務所に持ってく?」
「しゃーなし届けていくか。」
近くで落とし物を拾う男女。
...帝都では落としたものは返ってこない。
それだけ心に余裕があるということなのだろうか...
「ねぇ、抹茶わらび餅食べようよ!」
「花見小路で舞妓さん探そうぜ!」
神社を出て四条通の歩道を歩く。
交通量が多いが、歩道も結構渋滞している。
確か...沢木さんが言ってた場所は...祇園新橋近く。
うーん...これだけ混んでいたら先に食べてもらった方が...
「...」
ふと僕がいる大通りとつながる通りが目に入る。
そこは意外と人通りが少ない。
僕は多くの人が通ろうとしない道に曲がっていった。
「乾君を置いていってしまいましたけど大丈夫でしょうか?」
「まぁ、最悪携帯があるじゃない。」
祇園新橋周辺で観光を楽しむ人々。
「皆さん、ここに入ります。」
僕たち四班は殺せんせーの暗殺スポットに向かうため、神崎さん主導で脇道を通ってい
た。
「へぇ~、祇園って奥に入るとこんなに人気がないんだ。」
「うん、一見さんはお断りの店ばかりだから目的もなくフラッとここに来る人はいない。
見通しが良い必要もない。だから私の希望コースにしてみたの。暗殺にピッタリじゃないかって。」
「さすが神崎さん!下調べ完璧!...じゃあ、ここで決行に決めようか!」
人ひとりいないこの場所はスナイパーにとってもやりやすく、殺せんせーものびのびできる。
さすが用意周到に日程表にまとめてきている神崎さんだ。
「まじ完璧。」
「「「「?」」」」
一番前を歩いていたカルマ君の前に三人の学生が現れる。
「なぁんでこんな拉致りやすい場所歩くかね?」
「「「!?」」」
「へっへ...」
僕たちが来た方向からも三人が来て囲まれる。
この六人は見たところあまり素行が良いように見えず、体格も僕たちより大きいことから不良高校生といったところ。
「なぁに?お兄さんら...観光が目的っぽくないんだけど?」
「男に要はねぇ。女を置いてお家に!?」
突如、カルマ君は目の前の不良の顔を掴み、地面に叩きつける。
「ゴホォ!?」
「ほらね渚君。目撃者がいないところなら喧嘩しても問題ないっしょ?」
「あ、あれ!」
もう一人の男がカッターを取り出すのを見て、僕は指をさす。
「てめぇ刺すぞ!!」
カッターを持つ手が彼に向かってくるが、放置自転車のカゴにある布を投げつけて視界を
奪う。
「おぁ!?」
その隙を狙って突き飛ばし、男は転がっていく。
「刺す?そのつもりもないのに?」
「ぃ、いやぁ!?」
「なに!?」
僕らの後ろにいた数人の高校生に神崎さんと茅野が掴まれる。
「くっ!」
「分かってんじゃんか!!」
「!?」
カルマ君は背後の男に蹴り飛ばされ、地面に伏す。
「うっ!」
「カルマ君!?」
数人に囲まれてボコボコにされる彼を僕はただどうすることもできない。
「おい!やめ」
!?
止めようとする杉野が飛ばされ、僕も巻き込まれて...
駄目だ...誰か助けを...
「おい、車を出せ!」
連れていかれる二人の悲鳴が離れていく。
「中坊が...舐めてんじゃねーぞ。」
突然目の前に現れたのは高校生。
僕らより一回り大きい体...未知の生物の衝撃...
彼らの拳で視界が揺れて目の前が霞む。
「...」
誰か見てる?
...早く、二人を...