人混みを裂けて、騒ぎの中心へと駆けつける。
「咲!!」
悲鳴が聞こえた。
視線を向けると、転倒した少女と、その目前に迫る斧が見える。
転倒した少女に母親が庇おうとするが、確実に間に合わないのは目に見えている。
「インクルシオ...」
白い鎧を身に纏った僕は強化された脚力で少女の傍まで地を蹴る。
「ママァ!」
目を瞑って縮こまる少女の前に立ち、この帝具の副武装である槍、ノインテーターで飛んでくる斧を受け止める。
「くっ!」
僕のインクルシオはブラートさんやタツミの劣化...やっとの思いで弾き返すのが精一杯
だ。
「大丈夫か。」
「...だ、れ?」
目をゆっくり開き、こちらの方を見る。
...ヒーローなら答えるかもしれないけど
「早く逃げろ!」
「は、はい!」
殺し屋である僕にそんな資格などなく、逃げるように催促する。
我に返った母親は娘を連れて走っていった。
「暗殺者のわりには随分派手な登場なこった。」
二人が逃げたのを確認して振り向くと両手に二挺の片刃斧を持った男が歩いてくる。
「...お前も随分派手にやってくれたな。」
「そりゃ...お前とこうして対面したいからよぉ。」
数十人の警官に一般人が複数人...車や信号なども破壊されている。
...彼が歩いてきた背後の道が惨劇を嫌というほど訴える。
「...俺を呼びたいなら、こうも犠牲を出す必要はないだろ。」
「あぁ?力を持つお前なら振るう気持ちが分かると思ったんだけどなぁ!」
男は片方の斧をこちらに投げてくる。
「くっ!」
「避けずにまた弾き返すってことは...お前はこの斧を知っているのか?」
...二挺大斧、ベルヴァーク。
タツミとブラートさんが交戦していた三獣士が持っていた帝具...革命軍に渡ったはずなのにどうしてこの男に...
「...お前はそれをどこで手に入れた?」
「どこもなにも偶然拾ったのさ...この斧が俺を求めるかのようにな!」
遠距離で攻撃しても埒が明かないのを悟ったのか、斧を一つに合体させて近接戦をこちらに仕掛けてくる。
振り上げられる一撃を避ける。
叩きつけられた地面はアスファルトを断ち、衝撃でヒビが広がる。
地面に足がついた瞬間に男の懐に飛び込む。
「たあぁ!!」
刺さった斧を抜こうとする男の腹に蹴りの一撃を食らわせる。
体は吹っ飛んでいったものの、斧を引きはがすことには失敗した。
「ちっ...遠距離の方がましか!」
少し腹をさする様子を見せるも彼は再び斧を分離させて投げつける。
蹴りで距離を作ってしまったので飛び道具を裁いて近づくしかない。
「...近づいてしまえば。」
「もう一つプレゼントだ!」
一つの斧に対処し終わったところに間髪入れず、もう一つ飛んでくる。
...交互に投げて近づく隙を与えないためだろう。
「おい、なんか戦ってるぞ!?」
「なんなんだこれは!」
まずい...膠着状態が続いていくうちにどんどん移動してしまった。
男の背後に聴衆らしき群衆が見え、このままだと巻き込んでしまう。
「あの白い騎士は何?」
「特撮?」
...なぜ逃げないんだ。
これだけ激しい戦闘をしているのにも関わらず人々は端末のカメラをこちらに向けたり、傍観するなど危機感が伝わらない。
「おいおい...邪魔だなぁ!!」
まずい!?
一挺の斧で僕の接近を防ぐ中、男は後退の妨げになっている背後の群衆に向かってもう一
挺の斧を投げようとする。
「クッ!?」
咄嗟に僕は男の上へと飛び上がりながら、ノインテーターで彼の投げようとする肩に一撃を入れる。
「お、斧!?」
「ッ!?」
だが、男はさらなる痛み承知で斧を投げる。
回転する斧は群衆の方へ向かっていく。
「痛ッ!?」
男の肩に突き刺さったノインテーターをさらに押し込み、その反動で群衆の前へ飛ぶ。
インクルシオの装甲の上でも肉へと達し、激痛が走る。
「お、おい...これホントに撮影じゃないのかよ...」
「血が出てるじゃん...」
これでもなぜ逃げようとしないんだ...
「早く逃げろ!死にたいのか!!」
「え...」
群衆はやっと自覚したのか逃げ出す。
「よそ見してる暇はないなぁ!」
「ッ!!」
群衆から視線を戻した瞬間、男がもう一挺の斧を構えて目前まで迫っていた。
体を反らして致命傷を避けるも刃が装甲を裂いて引っ掛かり、体を持ち上げられる。
「うっ!」
空中に打ち上げられた僕は腕に刺さった斧が離れるも、自由落下により地面に叩きつけら
れる。
「はぁ、はぁ...結構楽しませてもらったが...」
地に伏したまま男の接近を待つも、彼はもう一本の斧を拾う。
「ここまでの接戦になるとおもしろくない。」
二挺の斧を合体させた男は僕の方へ近づく。
「俺は勝つ戦いが好きなわけだ。」
素通り...どういうことだ?
ゆっくりと歩む男の先には河川の傍にある公園。
「お前は強い...だが、ある意味では弱いのだ。」
「...うぅ。」
子供!?
立ち上がると男の目の前にある遊具の裏に人影が見える。
「あ...あ...」
その人影に笑みを浮かべる男。
こどもは逃げようとするも、足がすくんで上手く逃げることができない。
そんな彼に男は持ち上げていた斧を横に構える。
「おいそこのガキ...お前は守ってもらえるようだな!!」
「やめろぉ!!」
「うっ!?」
子供の下に瞬時に駆けつけ、突き飛ばす。
「ガハァ!?」
代わりに僕はまともに男の斧の一撃を食らい、ボールのように打ち上げられる。
体を守る装甲は砕かれ、川の中腹まで飛んでいく。
2回目の自由落下は僕を水面に叩きつけ、意識を奪っていった。
『本日午後五時ごろ、東京都内で斧を持った男による無差別殺傷事件が発生しました――』
(「渚、母さん今日帰ってくるの朝になったから。」)
母さんは大量殺人事件の影響で会社に泊まることになり、家には僕一人だけになった。
久しぶりに一人で夕食を食べながら、テレビをぼんやり眺める。
『現場では、白い甲冑を身に着けた人物が犯人と交戦している様子が確認されています。こちらは現場に居合わせた方が撮影した映像です。』
画面は大きく揺れ、画質も粗い。
スマートフォンで慌てて撮影したのだろう。
二挺の斧を振るう犯人。
それを槍で受け止め、弾き返す白い甲冑の人物。
まるで特撮ヒーローの戦闘シーンを見ているようで、とても現実の出来事とは思えなかった。
『目撃者によりますと、この人物は子どもをかばった直後に川へ転落したということで
す。なお、犯人はその後現場から逃走しており、現在も行方は分かっていません。』
大変な出来事ではあるが、僕は他人事としか思えなかった。
「ソニックニンジャもいいですが、この人の甲冑もなかなかかっこいいですね。」
「うん、僕も小さいころだったら僕もああいうヒーローものに...って」
一人しかいないはずのこの家でなぜか僕は会話をしている。
まさか不法侵入してまで...
「ニュヤ?」
「殺せんせー!?」
振り向くといないはずのうちの担任がいた。
「どうしてここにいるんだよ、先生。」
「イタリアでティラミスを買って帰ってきたら事件が起きてるときいて心配で見回りをし
ているんです。」
見回り...殺せんせーってやっぱり生徒のことを結構心配しているんだ。
「渚君、私はなぜここに入ってこれたか分かりますか?」
「え?」
確かに...いくらマッハ20とはいえドアや窓を破壊せずに入るのは無理だ。
「うーん...液状化して隙間や配管から侵入したとかですか?」
「先生ならその方法でも可能ですが、今回私は一般人と同様の手口で君の家に侵入しました。」
先生じゃなくても侵入できる...ん~思いつかないかな。
「どうやら心当たりがないようですね...」
殺せんせーは触手を玄関の方へ伸ばす。
「殺せんせー、玄関の扉を開けてどうしたの?」
「渚君...英作文の際、先生によく指摘されていることを覚えていますか?」
何か繋がりがあるのだろうか。英作文...
「スペルミス...」
「そう、君は肝心なところでスペルミスを犯す癖があった...今回、先生が渚君の家に入れたのは渚君の鍵の締め忘れ...うっかりミスです。」
先生は玄関の扉を閉め、鍵をかける。
「人生においてうっかりミスしてしまうのは仕方がありません...ですが、英語や数学、
この戸締りにおいてもミスをしてもリカバーする方法があります。渚君は何か分かります
か?」
「ミスのカバー...」
こういう時は英語のテストを思い浮かべる。
問題を読み、それを解く。
僕のスペルミスは解く際に生じるからその後にしかリカバーできないってことは...
「見直しですか?」
「正解です、渚君!」
先生は顔に丸を描く。
「書いた作文をもう一度読むことでスペルミスを発見する。こうすることで得点を落とすことを防げます。」
先生は礼を示すために英文を書き出した後、間違っている単語部分に線を引いていく。
「防犯もそうです。開いていた玄関に鍵を閉めることで住居に侵入してくる者の大半を諦めさせることができるのです。」
書いていた見直しの例を先生から受け取る。
「見直す意識をつけることでやがて君を救うことになる..人生において一度立ち止まって見直す癖、身に着けてくださいね。」
「...はい!」
殺せんせーはどんな時でも僕たちの教育を欠かさない...
そんな先生は今回の事件についてはどう思っているのだろうか。
「先生。」
「なんでしょう、渚君。」
「...先生は今日の事件についてどう思うの?」
家の窓を開けて飛び立とうとする殺せんせーの触手が止まる。
「そうですね...とりあえず皆さんが巻き込まれなくて安心した、と言ったところでしょ
うか。」
[[rb:標的 > ターゲット]]として生徒たちに狙われる殺せんせーが僕らを心配してい
る...
「今回の事件はあまりにも現実味を感じないと思いますが、君たちは巻き込まれてもおか
しくない...先生は君たちに二度と先生として立てなくなることが嫌なのです。」
(『君たちに真剣に向き合うことは地球の終わりより重要なのです...』)
いや...これは先生の本心なんだろう。
杉野のために野球の本場に行ったり、修学旅行のトラブルから助けてくれたり...
「どうしましたか?」
「...先生、また明日。」
「はい、明日もまた教室で会いましょう。」
その後、殺せんせーは他の生徒の安全確認のため、すぐさま飛んで去っていった。
マッハ20の余波により生まれた風になびかれながら、僕は夜空を眺める。
...相変わらず三日月のまま。
永遠と戻ることのないこの景色を見てふと思う。
(『...先生は君たちに二度と先生として立てなくなることが嫌なのです。』)
...殺せんせーはクラスの誰かが欠けてしまったらどうなってしまうんだろうか。
真っ暗な闇の中、突如ある光景が浮かび上がった。
『捕らえました!』
『ほう...これが奴の...というわけか。』
冷たい金属質の拘束具に白衣の男たち...ここはどこなんだ?
『初めまして......だ。』
血色の悪い肌に左目がレンズの機械の男。
視界がぼやけ、所々聞こえにくくなるため、誰だか分からない。
『...君...いや、モルモットと呼ぼう...死人に人権などないからな。』
モルモット...どういう意味だろう?
『せいぜいスペアでしかないが...奴にとってはこれほどの屈辱はないだろうな。』
うっ!?体が...
拘束具から電撃のようなものが流れ、鼓動がどんどんと早まる。
まるで無理やり心臓を速めているような気分だった。
『し、侵入者です!』
『な、何!?早く警備兵を呼べ!』
突如、研究室内が慌ただしい空気となる。
『き、効かない!?』
『グハァ!?』
遠くから警備兵らしきもの達の断末魔が響く。
『敵はあの教師か!?』
『違います!それが...』
責任者らしき男は警備兵の一人に事情を聴くも、困惑した表情を浮かべる。
『...葬る』
その一言だけで、研究室の空気が変わる。
聞いたことがある声...
まさか……アカメ……?