(『選挙...頑張ってくださいね、坂上さん。』)
いったい彼女たちは何をしてくるのか。
私は昨日の不安を抱えたまま、校門をくぐる。
「そういえば、再来週に生徒会の選挙あったけ?」
「まぁ...俺らからしたら誰に投票しても特に変わらんけどな。」
変わらないって...学校の方針に関わるんだぞ!?
などと同じく登校している他の生徒たちの会話にツッコミをいれる。
自分の靴箱の前に着いた私はいつも通りロッカーを...
空いてる?
帰る前にいつも鍵を掛けて出たはずだけど...
ふと、昨日の彼女たちの笑顔が浮かぶ。
あの笑顔が、なぜか頭から離れなかった。
ただの考えすぎかもしれない。
でも……そうかもしれない。
頭がこんがらがり、恐る恐るロッカーの扉を開く。
そこにはいつも通りの上履きと一部の教材。
上履きの中も確認したが特に何もなかった。
「はぁ...鍵を掛け忘れただけか...」
緊張が少し解けてため息をつきながらも、教室へと向かう。
「おはよう、坂上さん。」
「おはよう!」
「おはよう。」
さっきまでの不安を隠しながらも、クラスメイトが話しかける。
「なんか...顔悪いけど何かあったの?」
「え?そんなにか?」
...顔に少し出てしまっただろうか?
「うん、ちょっと硬い...感じ?」
「なんかあったの?」
「緊張しているのかな?...選挙で上手くいくか心配しているかもしれない。」
なぜか口にできなかった。
...でも、きっと気のせいなのかもしれない。
「坂上さん、いい人だから大丈夫だって!」
「私、坂上さんに一票投じるよ!」
握っていた拳が思わず、緩まり脱力する。
「...ありがとう。」
頭の中にくすぶっていた不安はこのとき端に消えていった。
その後、特に何か起きたわけでもなく、いつの間にか昼休みを迎えていた。
「ねぇ、坂上さん。」
「今日はお昼いけるの?」
早速、クラスメイトからお誘いを受ける。
「すまない、今日は応募用紙を提出しなきゃならないんだ。」
「そうなんだ。」
「じゃあ、先食べとく。」
...ここ最近、あまりご飯に付き合えてない。
「頑張ってね~。」
そんな私に対して声を掛けて応援してくれる彼女たちに感謝しながら手を振って教室を後
にする。
「やべぇ...こんだけ並んでちゃ、宿題出せなぇよ。」
「英語準備室は?」
「いや、前来たときは職員室にいたんだけど...」
すでに数人の生徒が職員室の扉の前に並んでいた。
...この調子だと昼休みが終わっちゃうな。
空腹を抑えながらも次々と職員室に入っては出ていく様子を目にする。
「はいはい。で、要件は?」
「すいません...ちょっと課題が遅れてしまって。」
「お前なぁ...三年にもなってそれはないぞ、沢木。」
ある男子生徒は教諭とともに出てきて、廊下で話し始める。
...相変わらず提出物さえ出せないような先輩は反面教師だな。
「もうお昼食べる時間なくなっちゃうよ。」
「ん~...次の休み時間か放課後でいいよね。」
私の後ろにいる最後尾は諦めたのか帰っていく。
時間は...あと6分。
ご飯はお預けかな。
「失礼しやした!」
私の前にいた生徒が扉から出てくる。
これで...
「ごめん!」
!?
私の前に飛び込んでくる女子生徒。
「私はさっきまで」
「失礼しまーす!」
引き留めようとするも割り込んできた女子生徒はノックもせずに職員室の扉を開く。
「おい!ノックぐらいしないか!」
「ごめんなさぁい。」
「はぁ...で、要件は?」
始まった彼女と教師のやりとりに入って異議を申し立てることもできず、結局彼女が終わるまで待つ羽目になった。
「失礼しました!」
やっと出てきた...これはちゃんと言わないと!
「あなた、列の割り込みちょっと待て!」
注意する隙すら与える暇もなく、彼女は全速力で走っていった。
...もう過ぎたことだ。仕方がない。
そう思い、ノックしようと扉に近づく。
「次は!?」
!?
手を伸ばした瞬間、扉から出てきた教師が飛び出して危うくぶつかりそうになる。
「大丈夫か?」
「いえ...それより」
言いだそうとしたその瞬間、まるで私の言葉を遮るようにチャイムが鳴り響く。
「もう授業の時間だ...早く戻りなさい。」
「はい...」
結局、お昼を取れないどころか無駄足となってしまった。
「はぁー...やっと終わった。」
「早く部活行こうぜ!」
ホームルームが終わり、放課後となった。
「坂上さん、また明日。」
「あぁ、また明日。」
多くが教室から去っていく中、掃除当番である私は掃除場所へ行かなければならない。
「あ、待って坂上さん!」
「?」
教室を出ていこうとしたとき、声を掛けられる。
「ごめん!」
「どうしたんだ?」
呼び止めた一人は私と同じ掃除場所の当番。
急に謝ってどうしたんだろうか?
「ちょっと外せない用事があって私と藤さん、来られなくて...」
来られない...私も本来なら先に用事を済ませてから当番にかかりたいが...
「用事って何かあったのか?」
「え?私は、病院の予約で...藤さんは聞いてないの。」
...用事を聞いて何か不都合なのだろうか?
彼女の申し訳なさそうな顔とばつの悪そうな空気に違和感を覚える。
「...今度からは藤さんの用事も聞いてくれるとありがたいな。」
「ご、ごめんね。」
これ以上、責めても仕方がない。
相手が用事と言っているのだから、ごねるよりはやく掃除を終わらせよう。
掃除場所である同じフロアの女子トイレに着く。
「...はぁ。」
いつ見ても汚れているここが今日は尚更汚く見えて仕方がない。
「...早く終わらせないとな。」
掃除自体は別にいつも自主的にやっているためそんなに苦痛ではない。
だけど、本来数人で行う掃除を一人でやることにここまでモヤっと感じたのは初めてかも
しれない。
...結局、掃除が終わって教室の時計を見た頃にはもう五時前となっていた。
店内放送といつもの呼び込み君の音楽で満たされるスーパー。
「ありがとうございました!」
買い物袋に今日の晩御飯を詰めた私はスーパーから出る。
速く帰らないと...弟や父はお腹を空かせているだろうな。
「...ママ。」
速足で家に向かう中、すすり泣く女の子の微かな声が耳に入ってくる。
どこにいるのか目で探っていくと真横の公園の公衆電話の傍に座り込む少女がいる。
...これは助けざるを得ないな。
「君は、迷子か?」
少女の下へ公園に入って近づき、できるだけ膝をついて彼女と同じ目線となるように意識
する。
突然来た私に彼女は目を丸くして体育すわりで前屈していた背中をピンと張る。
「私は坂上澄子。君の名前を教えてくれると嬉しいな。」
こんな時、どう呼びかければいいんだろう。
君では少し馴れ馴れしい気もする。
「...無理に言う必要はないんだ。」
しゃがんでいるのもつらくなってきたため、彼女の傍に同じように座り込む。
「...」
「...」
...ここは何か言ってあげるべきなのだろうが、どう答えると良いのだろう。
「...智代。」
「ん?」
「私、智代。」
やっと答えてくれた...
「智代ちゃんはどうしてここにいるんだ?」
「...」
ちょっと高圧的だったか…
何も答えてくれない彼女に困って進めなくなる。
「ママの言うこと聞けなくて...勝手に飛び出しちゃったの...」
「...そうか。」
...私もこんな時があったな。
中学に入ってばかりに、母を亡くした私は父や弟に内緒でよく家出をしていた。
遊びたかったからなのか?
母のいない家に耐えられなかったのか?
今考えるとどうしてそんなことをしていたのか分からない。
『...』
『ねぇ、君一人?』
コンビニで雑誌を立ち読みしていた時はよく声を掛けられた。
『ウッ!?』
『おい!待ちあがれ!』
絡まれたときは金的を狙って逃げた。
『走る衝動に任せて、広がる世界へ~♪』
カラオケで一人遊んだこともあった。
『すいません、18時までに退店をお願いします。』
...もちろん、ルールに則った時間を守っていたが、カラオケが終わった後も街をブラブラと歩いていた。
『お母さん、今日は楽しかったね。』
『そうね。案外、親子で遊ぶのも悪くないわ。』
他のカラオケ店から母親と娘らしき二人が出てくる。
『...』
『きゃ!?』
私は引き裂くようにその二人の間をぶつかりながら走り去った。
あの二人を見てどこか懐かしさと空虚さを感じていたのはよく覚えている
でも...あの時はなんでそんなことしたんだろう。
『はぁ、はぁ、はぁ...』
無我夢中で走り、気が付いたころには閉店した店の前に座り込んでいた。
背中を預けたシャッターがガシャンとなるも、夜の街の賑やかさにかき消される。
『何をやってるんだ...私。』
通り過ぎる人々をボケっと眺めながらも徒に時間だけが過ぎていく。
明るいようで暗い都会の街中は私にとって肌寒く、寂しかった。
『お母さん...こんな非行少女で...』
腕の中に顔を埋め、亡くなった母を呟く。
『そこの君。』
じんわりと目元が熱くなった直後、誰かの声が聞こえた。
『ちょっと質問するけど...いいかな?』
『あ...』
顔を上げると二人の警官がこちらを見下ろしていた。
やばい...このままじゃばれてしまう。
バカな私の誤りで家族に迷惑をかけ、失望されるのではないか。
『おっと、その様子じゃ君。年齢的にアウトと自覚してるね。』
腕を引かれ、この場から離れられない。
逃げ出そうとする私はすでに鳥かごの中だったのだ。
『親御さんに連絡して迎えに行ってもらってるから。』
『...』
頭の中が冷たくなっていく。
父に何を言われるのだろう。
母を亡くしたばかりなのに、こんなことをする娘を、父はどう思うのだろう。
考えれば考えるほど、帰るのが怖くなった。
『あの...うちの娘を迎えに来た坂上です。』
交番の扉から冷たい空気とともにへりくだった父がやってきた。
『...お父さん。』
私に向けられたその顔は怒りでも不快感でもない。
『連絡...ありがとうございます。』
『いえいえ...これも仕事ですから。』
どちらかと言うと何か苦しい様子に見えた。
その後、父に連れられて家へと続く帰路。
『はぁ...』
ため息をつく父。
ただでさえ仕事で忙しいのに私の厄介ごとまで抱えているんだ。
...失望されて当たり前。
『...お父さん?』
振り返らずに立ち止まった父。
『澄子...ごめんな。』
『...え?』
急な謝罪の言葉に思わず、戸惑う。
『どうして...』
『...お前が家を出たのは、母さんのいない家に耐えられなかったんじゃないか?』
お母さん...でも、それはただの言い訳でしかない。
『そんなの...理由にならない。』
振り返った父に私は反論する。
...どうしてそんな優しい目で見るんだ。
ここは るべきだろ!
『母が死んだにもかかわらず、私は非行に走ったんだ...遅くまで働いて私や太一を一人
で育てているあんたを裏切ったんだぞ!!』
『落ち着け、澄子。』
ふと肩に手を置かれ、我に返る。
私の声が貼りすぎたのか、両脇の住宅の窓に光が灯る。
『...』
『とりあえず、歩こうか。』
『...あぁ。』
再び私と父は家へと足を進める。
『...お父さんな、帰りが遅いのは家にできるだけ居たくなかったんだ。』
...居たくない?
『たった数年お前よりもずっと母さんと接していた俺はずっと当たり前に一緒だと思ってたんだ。』
その瞳はどこか遠くを見るようにぼんやりとしている。
『で、家に帰るといつも思うんだよ...あの人はもういないんだなって。』
『...』
『でも、俺は澄子や太一のために早く帰ってあげるべきだったんだ...寂しいのはお前た
ちもそうだってな。』
父が私と同じように家から離れたがっているのは理解したが...なんて返せばいいんだろうか...
『家にやっと着いたな。』
父の話を聞いているうちに家がもう目の前にあった。
『...こんな私に家に帰る資格などあるだろうか。』
『何を言ってるんだ?資格があるとかないとか関わらず、ここはお前の家だ。』
扉の前にたった私は取っ手に触れる。
父は特に何も言うことなくただ顔を向けた私に頷くだけだった。
『...』
『あ、姉ちゃん!』
扉を開くと音に気付いた太一が駆け寄ってくる。
『俺、ずっと一人で寂しかったんだぜ』
『...すまないな、太一。』
変わらずに明るく答えてくれる弟に思わず目がじんわりとしてきた。
『泣くなよ姉ちゃん...それより、お帰り。』
『...ただいま。』
「...?...さん?」
体を大きく揺らされ、誰かに呼びかけられている。
「お姉さん?」
そうだった...私は今家出した智代ちゃんと一緒にいたんだな。
「すまない...ちょっと昔のことを思い出してしまってな。」
「...」
私が気が付いたことで彼女は再び座り込んだ。
「なんで怒られたのか教えてくれないか?」
「...うん」
話を聞いたところ、彼女は母親に留守を頼まれたが友達と外で遊んでしまい、帰ってきた
ときに親にバレてしまったらしい。
「それで...お母さんが怖くてここに逃げた感じかな?」
彼女は頷きで返した。
そうなると...多分、今頃家族とその友達が総出で探しているな。
「...私も家を出たことがあるなぁ。」
「お姉さんも?」
「あぁ、多分智代ちゃんよりよっぽど悪いこと。」
似たような境遇という部分に惹かれたんだろうか?
彼女は顔をこちらに向けるようになる。
「ママに怒られたの?」
「...いや。」
不思議そうに首を傾げる。
「怒ってくれるお母さんが...私にはいなかったんだ。」
「...いないの?」
...学校に通うかどうかギリギリの彼女に死を言っていいものだろうか?
答えを待ち望んでいる以上、早く答えてあげないと...
だが、なんと口に出していいかも分からなかった。
「...黙ってどこかへ行ったの?」
「そうだな...告げることができずに行ってしまった...感じかな?」
「...そうなんだ。」
私の母に関してはこれ以上、彼女は突っ込まなかった。
...意外とそういうのは分かっていたのかもしれない。
「私は思うんだ...こうやってお母さんが怒ってくれるのは心配してくれてるからっ
て。」
「心配?ママは悪いことした私が嫌いになったんじゃないの?」
嫌いか...なにか身近なもので説明してやるべきかな。
「...今度は好きな食べ物とかあるか?」
...食べ物に例えるのはまずかったか。
「するめ!」
「するめかぁ...するめ?」
これ以上考えるだけ無駄か。
「...なら、大好きなするめが無くなったらどう思う?」
「嫌だと思う...ママは私がいなくなったら嫌なの?」
彼女を一瞥し、話を続ける。
「あぁ...きっと心配している。智代ちゃんに怒ったのもそういうことだ。」
「...」
立ち上がるも俯き、強張る様子。
「...怖いなら私も途中までついていこう。」
「お姉ちゃん...家は怖い。」
それはそうだ...分かっていても、親に怒られるのはどれほど怖いか重々分かる。
「そうだな...いきなり家に行ってもつらいものはつらい。なら、交番でお巡りさんにもついていってもらおう。」
「...ありがとう。」
これなら行けそうかな。
「じゃあ、行こうか。」
「ただいま。」
「おかえり、澄子。」
家に帰るとすでに父が帰宅していた。
「姉ちゃん...今日帰り遅かったけど?」
私が帰ってきたこと察して、テレビを見ていた弟が私の方へやってくる。
その顔はどこか不満そうな様子...そうか、晩御飯!?
「ごめん、太一にお父さん!?今から簡単だけど作るから!」
「もう...こっちはペコペコだよ。」
買ってきた食材を次々と冷蔵庫へと積み込んでいく。
「今日は遅かったけど、何かあったのか?」
「ん?...あぁ、買い物の帰り、家出していた小さい女の子を見つけて一緒についていっ
てあげたんだ。」
「そうか...おい太一。」
釘付けになっていたテレビの電源を切る父。
「ちょっと!?今、いいところなのに!!」
「お姉ちゃんが困ってるんだ...料理の手伝いをしなさい。」
「...はーい。」
立ち上がった弟は私のいるキッチンにまでやってくる。
「なんかやることある?」
「そうだな...これらの野菜を切ってくれないか?」
「野菜ね...了解!」
包丁とまな板を取り出した弟は作業に取り掛かる。
「手伝ってくれてありがとう、太一。」
「いやいや、姉ちゃん...これは貸しだよ。」
「...相変わらずだな。」
現金な態度に腹は立つものの、思わず笑みをこぼした。