『もうそろそろで退院できるころ...』
『この時期で施設に預けた方が本人的に楽ですよね。』
クローステールの索敵範囲を広げ、糸電話のように会話を盗み聞きする。
どうやら退院後は警察と児童相談所と呼ばれる組織の二重の監視が入るそうだ。
「動けるな...」
体中の筋肉を伸ばして、調子を確かめる。
『身元不明だからって、警察の監視があるのかわいそうじゃないですか?』
『仕方ないでしょ...それに得体のしれない子を請け負うのも碌なものじゃないわ。』
...もう、これ以上ここにいるべきじゃない。
恐らく僕はこの後、保護されるのだろう...居場所のないものにはどこの世界も厳しいものだ。
クローステールの能力を解除し、インクルシオの鍵を手元から出現させる。
「脱出はできるが...問題はどう時間を稼ぐかだな。」
窓に薄く映る僕の姿はタツミのような茶髪が入り混じっていた。
このような姿でも僕ではないと思わせられるだろうが、クローステールの情報ではドアの前の人通りはかなりある。
人通りの少ない深夜に出るべきだろうか。
「インクルシオ...」
真夜中の病院、僕は病室で静かにつぶやく。
危険種の装甲が僕を包み込み、力があふれ出る。
「奥の手だな...」
インクルシオの奥の手は一定時間透明化が可能なこと。
気配は消せない。
だが、タツミと違って───僕は『気配を消すこと』には長けている。
「...誰もいないな。」
扉を少し開けて、廊下の気配を確認してから扉をゆっくりと開く。
薄暗い廊下はどこか不気味で見られているような視線を感じる。
...原因、これか...
(『最近、監視カメラつけたおかげで巡回する必要なくなったの!』)
天井にレンズのついた機械がそれというわけか...この辺も帝都以上の技術だな。
レンズをつけているということは光から記録を取っているかもしれない...
インクルシオの透明化を維持したまま、僕は静かに病院内を進む。
「!?」
突如、どこからかサイレンが鳴り響くのが聞こえる。
「時間がないわよ!」
階段から駆けあがってきた看護師達がこちらに向かって走ってくる。
「葉山さん!」
看護師たちは僕の傍にある病室へと駆け込む。
どうやらこのサイレンは患者の危険を伝えるもののようだ。
自分の脱出が悟られているわけではない...急ごう。
「...先生はいらっしゃいますか!」
「駄目だ!携帯に繋がらない!」
慌ただしい職員達を横目に階段を降り、一階のフロアで入り口を探す。
ガラス張りではあるが、扉のようなものが見当たらない。
かと言って破壊して出てしまうと事を荒立ててしまう。
「はぁ、はぁ...」
ガラス越しで女を抱えた男が走ってくる。
「妻が!妻が!」
目の前に男が立った瞬間、ガラスが反応したのか横にスライドして開く。
今がチャンスかもしれない...
僕は男によって開かれた空間をくぐる。
「...産婦人科の先生を!」
僕はお世話になった病院を後にしてしまった。
本...帝都ではラバックの経営する書店などはあったが、この日本という国の公立図書館は僕に衝撃を与えた。
「次は...歴史...かな?」
この文字を読めているということは僕の過去がここにあったのかもしれない。
歴史と書かれた書物に手を付けて読み始める。
この日本と言う国...というより地名に近いかな?
国単位で考えると邪馬台国や大和王権など政治のトップがころころと変わっている。
だが、民族単位で考えると渡来人などによる変化はあるものの、なんだかんだ言ってこの日本というものは続いていた。
こう見ると千年続いた変わらずの帝都とはまた変わった歴史をもつものだ。
次々と日本史を読み進めて次は世界史というものを読んでみようと思う。
「あれ?もしかして渚君?」
静かな空間に突如誰かを探す声が聞こえる。
ここは静かにするところではないのか?
「ねぇ、身長結構伸びてるじゃん!」
ナギサという人はなぜ答えてやらないのか?
「!?」
「勉強熱心だね、渚く」
気配が近づいていると思えば、渚君と言うのは僕らしい。
肩に手を置こうとする赤髪の青年から思わず距離を取ってしまった。
「...えっと、ナギサ君って僕のことですか?」
「...」
どうやら動きが一般人から乖離しすぎているようだ。
唖然としている彼をなんとかしないと...
「僕はナギ...ナギサって言ってたけど僕は違うよ。」
「...あ、ごめん。俺の友達に結構似てたからさ。」
赤髪の青年は少し緊張感を発していたもののすぐに平静に戻る。
「君は友達を探しているのかい?」
「ん?違うよ...俺は停学をくらってるからこうして暇つぶしにここに来ててね。」
テイガク...とはなんだろうか?
だが、これ以上接触しても時間の無駄だろう。
「急な用事を思い出しちゃった...僕はここで。」
読んでいる途中だった本を閉じ、元の棚へ直そうとこの場を離れる。
「...」
背後に気配を感じてならない...恐らく例の赤髪の青年だろう。
尾行を撒くのなら...これかな。
僕は背後の彼に見えないように帝具を出現させる。
変幻自在、ガイアファンデーション。
使用者をあらゆる姿に変えることができる化粧箱。
僕は角を曲がった瞬間を狙った。
「つまらないなぁ〜...」
自室で昼間からそう呟く赤髪の青年。
赤羽業は椚ヶ丘中学の2年で暴力沙汰を起こし、停学を食らっている最中であった。
暇に耐えきれない彼は外出し、適当に街をほっつき歩く。
(ゲーセンは全部やったし...)
街の中にあるゲームセンター。
(ボウリングは昨日遊んだし...)
ボウリング場など通り過ぎていく業。
「ひぃ!?」
(...遊び相手もいなくなっちゃったんだよなぁ。)
路地裏でタバコを吸うヤンキーにも視線を合せる。
かつて彼にトラウマがあるのかヤンキーは添えていたタバコを落とす。
「安心してよ、あんたは面白くないからさ。」
震えるヤンキーに一言吐いた彼は再び退屈そうに歩み始める。
やがて歩いていくうちに大通りになる。
その景色の中で彼はある施設に目をつける。
(図書館か...小学生以来かな。)
中は彼の小さい頃とそう変わらず、明るい空間だった
(懐かしいなぁ...)
手に取ったのは1年前の映画雑誌。
(『見に行こうよ、潮田君!』)
(『ぁ...うん!!』)
カルマの脳裏には人畜無害だと思っていた一人の同学年がよぎる。
(渚君と仲良くなったのはこの本のソニックニンジャだったけ?)
雑誌をペラペラと捲りながらも彼は遠くの座席に座る白髪の青年に目がいく。
(背丈は俺と同じくらいで、髪型は短髪...だけど)
カルマの目にはあの小柄な長髪の渚に見えて他ならない。
「あれ?もしかして渚君?」
思わず呼びかけてみるものの、読書に集中しているのか反応がない。
(あれ?ちょっとここからじゃ遠いか。)
「ねぇ、身長結構伸びてるじゃん!」
渚と思われる人物へと近づくカルマ。
(凄い集中力...本から見るに世界史かな?)
目の前まで近づき、肩に手を置こうとするカルマ。
「勉強熱心だね、渚く」
だが、まるで触れられたくないかのようにカルマから距離を取る青年。
(!?...今の動き、明らかにケンカしたことがある...)
「...えっと、ナギサ君って僕のことですか?」
(確かに渚君はさっきのような動きはできないだろうね。)
カルマの瞳に映る彼の姿に渚の面影が消える。
(...じゃあこいつ、いったい何者って話よね。)
「僕はナギ...ナギサって言ってたけど僕は違うよ。」
「...あ、ごめん。俺の友達に結構似てたからさ。」
(でも人畜無害そうな雰囲気はそっくり...)
どこか慣れ親しんだ空気につい緊張を解くカルマ。
「君は友達を探しているのかい?」
「ん?違うよ...俺は停学をくらってるからこうして暇つぶしにここに来ててね。」
お互い軽い会話をしているはずだが、油断できないようである。
「急な用事を思い出しちゃった...僕はここで。」
ナギはまだページが残っているのにも関わらず、本を閉じて棚に戻す。
図書館から出ていくその背中をカルマは逃さない。
(俺を面倒くさがってるね...面白いのに逃がすわけないでしょ。)
笑みは浮かぶも声や気配には出さずに後を追う。
「?」
(あれ?あいつの髪、こんなにオレンジぽいっけ?)
光の加減なのかナギの白髪が少しオレンジ色が混ざる。
その後ろ姿が角を曲がったところで視界から外れたため、距離を詰めるカルマ。
「「!?」」
彼も角を曲がった瞬間、何かにぶつかるカルマ。
「痛った...前見てなくてすいません!」
「いいよ、俺も観てなかったし。」
倒れていた女子小学生が立ち上がり頭を下げていた。
(あれ?あいつがいない...)
小学生に気遣う言葉に対して、カルマの目線は奥にいるはずのナギ。
「そういえば、俺より前に歩いていた白髪のお兄さんいなかった?」
「白髪のお兄さん?角から来たのはお兄さんしかいなかったよ。」
「!?」
困惑するカルマ。
(おかしい...あれだけ白い髪は目立つはずだ。)
「お兄さん、行っていい?」
「...あ、ごめん。もう行っていいよ。」
カルマが首を傾げる中、背を向けた小学生は走り去った。