「...はぁ。」
高層ビルにあるスーツ姿の男が外の景色を眺めていた。
『SNSを通じて60代の男性に...』
『嘘の投資話で大金をだまし取られた...』
部屋に移されたニュースを垂れ流しながら男は軽蔑する目で液晶に向ける。
「騙される方も少しは自覚が足りてないよねぇ...」
ニュースを閉じた男はパソコンを立ち上げ、自身の管理する暗号資産の整理を始める。
「...これだけ取れたらそろそろ飛ぶべきだな。」
新たにタブを開き、航空機の予約サイトを立ち上げる。
「3日後の...午前の便」
突如、窓から入ってきた強烈な光が男を襲う。
「お客様!お客様!」
光による騒ぎで駆けつけた従業員が扉を叩く。
「入ります!」
「これは!?」
マスターキーで開けた彼らの目には焼け焦げた床に転げる焼死体だけしか映らなかった。
浪漫砲台、パンプキン。
精神エネルギーを弾丸として打ち出すライフルのような帝具。
「...なんとかうまく狙えた。」
(『私ならそれぐらいできて当然よ!』)
あっはは...マインさんならそうかもね。
標的からの距離は4キロメートルほどで屋上から狙撃した。
暗殺は成功したけど...
「ん~...彼女の帝具は派手すぎかな。」
ビルの屋上から真下を見ると光線騒ぎで携帯やカメラを構えたり、上を見上げる人が大勢見られる。
エネルギー弾を放つ関係上、普通のスナイパーライフルよりも目立つのかもしれない。
「今すぐ撤退かな。」
僕は帝具をインクルシオに切り替えて、狙撃地点として構えていたビルから脱出する。
「おい、さっきの光線見たか?」
「あのビルから伸びていたような気が...」
人々が困惑する中、僕は透明化でビルから離れる。
『すいませぇん!道を開けてください!』
僕とサイレンを鳴らす車がすれ違う。
そのサイレンは徐々に低音となっていき、僕が街の隅へと入るころには聞こえなくなった。
「...どうやら本当に依頼を達成してくれたようだな。」
「はい。」
ファミレスのテーブルで依頼人であるおじいさんと会話する。
「おまたせしました!ハンバーグセットです!」
ウェイターがテーブルに食事を並べ終わるのを見届け、話を続ける。
「報酬はここでの食事と少々のお金だが、本当にそれだけでいいのかな?」
「いえ...僕は最低限生活できる分だけいただければ...それに闇を斬る仕事なので立場の弱い人からそう多くは受け取れませんよ。」
ナイフでハンバーグの肉を裂き、フォークで口に放り込む。
ん...おいしい。
帝都のころとは違ってこの国の食のレベルが高い。
「...君は人を殺める稼業に就くには場所が悪く、君自身の私利私欲が少なすぎる...」
耳を傾けながらも手は止めない。
「それに...君の年齢ならばまだ義務教育が必要なのではないかね?」
義務教育...たしかこの国では小学校から中学校まで子供に通わせる義務があるといった感じだったかな。
「ん...たしかに僕はそれぐらいの年齢だと思います...でも、僕には居場所もなければ戸籍もありません。」
皿の上の料理がなくなり、手をとめて依頼人のほうへ向く。
「加えて人殺しをしている僕に教育を受けるなどできないと思います。」
「...私の世代の罪だな、これは...」
そう呟きながら冷水を一口つけるおじいさん。
どういうことだろうか?
「後の世代に負の遺産を繰り越し、今を支える君たちの親の世代の足を引っ張った...その結果、新しく誕生した世代は君のような子や不安を抱える子、非行に走ってしまった子が増えてしまったのかもしれんな。」
...僕は一応、ここの人間ではないんだけど...。
「...君に業を背負わせてしまった私は君に提案したい...私の知り合いに住民票を管理する職をもつ友人がいてな。」
どんどん勝手に話が進み、困惑する。
「...偽造の戸籍を作り、学校に通ってみないか?」
「学校...?」
「続けてほしくはないが、今の稼業を止める必要はない...ただ、君には日常を知り、学び、楽しむ必要があると思ってな。」
日常を知り、学び、楽しむ...僕はどうしてもそこにひっかかる。
(「ここにいる全員、いつ報いを受けてもおかしくないんだぜ。」)
ふとブラートさんの言葉を思い出す。
人を殺してきた僕に日常を楽しむ権利などあるだろうか?
「...人を殺してきた僕に、日常を過ごす権利なんてあるんでしょうか?」
思わずこぼれた言葉におじいさんは目をつぶりながら答える。
「...ないかもしれんな。君が奪った命は戻らんし、遺族にとっては悪人だろう...」
やっぱりそうだ。
「だからといって自分のために生きてはいけないことはないんじゃないかね。」
「自分のため...」
そういえば僕は基本、あまり自分のことを考えて生きていなかったような気がする...
「...それでも、僕は他者を不幸にした自分が幸せになるなんて許せません。」
うん...ただでさえ僕の過去は失われているんだ...過去のある人達より幸せに生きていいわけがない。
「ん~...困ったものだ。」
...おじいさんをいじめているようでちょっと申し訳ない気がする。
「自分に厳しいやつとはこれまた...これならどうだろう?普通を知ることで一般人を知る。」
「普通を知る...」
「今の君では確かに暗殺する技量はあるかもしれんが、普通を知らずにボロが出たりするんじゃないかな?」
なるほど...確かに僕はこの国の常識を知らない。
そうなると誰かに成りすましや情報を集めるための聞き込みで支障が出る。
「そのための第一歩として学校に行く...どうかね?」
このおじいさんの提案に僕はどこか納得がいくような気がした。
東京のある中学、気だるげに三年生を迎えていた学生は朝一番のホームルームが始まるまでガヤガヤと騒いでいた。
「昨日、月が破壊されたって聞いてたけどこんな授業している暇あるのか?」
「それに最近物騒だよな...光線で人が焼け死んだりとか、人間が短時間で真っ二つになったりとか。」
だいたいアニメやゲーム、もしくは他愛もない話ばかりをするものだが、今日は依然として最近のニュースで持ちきりだった。
「なんだか最近物騒なことばっかだなぁ...」
「仕方ないでしょ、男の子ってオカルト好きなんだから。」
「そういうものかな...真魚ちゃん。」
それに対して話題にあまり乗っかろうとしない二人は話し合う。
「それは僕も同意しますね。」
「あ、氷川君!」
その二人の間に真面目そうな男の子が割り込む。
「不可能犯罪って言ってますけど、人が死んでいる事件でこうも盛り上がるなんてできません...そうですよね、沢木君。」
「まぁ、そこまで真面目に考えてはないけどね。」
「はいはいっ!もうホームルームの時間だよ!」
教室に入ってきた担任を目にし、生徒たちは自分の席に着く。
「今日から三年生が始まって皆飽き飽きしていると思うけど、ここで転校生だ。」
「転校生!?」
「かわいい子が来てるといいなぁ...」
「ちょっと、涼君!」
皆、新しく来る同級生に興味津々な様子を見せる。
「静かに!...さぁ、入って!」
ガラリと開けて入ってきたのは白髪に少し大人しくて中性的な青年。
「男の子?」
「なんか目覚めてしまいそう...」
ゆっくりと教卓にいる担任の傍まで歩き、正面を向く青年。
「じゃあ、名前を書いて自己紹介をしてくれるかい?」
「はい。」
チョークを受け取った青年は黒板に文字を刻む。
「[[rb:乾 凪 > いぬい なぎ]]です...よろしくお願いします。」
「というわけだ。仲良くしてやってくれ。」
担任はクラス中を見回す。
「え~っと...沢木君の隣に行ってくれるかい?」
「分かりました。」
独特な雰囲気を纏う彼にクラスの皆はなぜか静かになる。
「乾君、よろしくね!」
「うん、こちらこそよろしく。」
席に着いて涼の挨拶に応える凪をどこか不審そうに氷川は見ていた。