教室の入り口前。
「今日から三年生が始まって皆飽き飽きしていると思うけど、ここで転校生だ。」
担任である美杉先生に連れられ、扉の前で待機していた。
入学式以降で別の学校に映ることを転校と呼ぶらしい。
(「...偽造の戸籍を作り、学校に通ってみないか?」)
どうやら僕の戸籍情報としては別の中学で過ごしていた転校生という設定のようだ。
「転校生!?」
「かわいい子が来てるといいなぁ...」
「ちょっと、涼君!」
この時期でこう騒げるのは平和である故なのか?
「静かに!...さぁ、入って!」
先生に呼ばれ、扉を開けたその奥には多くの学生が不思議そうに見ていた。
「男の子?」
うん...中性的に見えてしまうのは認めるよ。
「なんか目覚めてしまいそう...」
ちょっと!?ブラートさんみたいにならないでよ!?
表情を出さないまでも反応せざるを得ない。
「じゃあ、名前を書いて自己紹介をしてくれるかい?」
「はい。」
担任から受け取った白い棒を手に取る。
...恐らく、この黒いボードに書けと言うことだろう。
僕は字を書いていく。
「[[rb:乾 凪 > いぬい なぎ]]です...よろしくお願いします。」
「というわけだ。仲良くしてやってくれ。」
見た感じ...敵対する視線はないけど、ちょっと場違いすぎたかな。
「え~っと...沢木君の隣に行ってくれるかい?」
「分かりました。」
茶髪の学生の隣が空いていることからあそこのことを言っているのだろう。
座席に向かう途中、強い視線を感じる。
おそらく...最後尾にいる黒髪の学生のものだろう。
「乾君、よろしくね!」
話しかけてきたのは隣の沢木さん。
「うん、こちらこそよろしく。」
「って、そういえば名前言ってないね。俺は沢木涼、でその隣が幼馴染の小沢真魚。」
「涼君!勝手に私を紹介するのやめてくれる?」
「いいじゃない!どうせ1年間は一緒なんだからさ。」
僕の目の前で漫才が展開される。
(『あんた、私への態度ちょっとひどくない!?』)
(『はぁ?マインの俺に対する扱いが全てお前に返ってきてんだよ!』)
...タツミとマインは生きていたらこんな感じの漫才がもう一度見れたのだろうか?
「おい、そろそろ授業だ。」
「「す、すいません...」」
始業のベルとともに授業が始まり、二人の漫才はお預けとなった。
学校の授業とホームルームが終えて、僕は帰る用意をする。
別に退屈では無かったが、初めて習うはずの内容にどこかデジャヴと解き方がスラスラと浮かんでくる。
ナイトレイドの活動でそのような学習は受けてないんだけどなぁ〜。
「乾君、もう3年だけど部活とかはどうするんだい?」
「部活?」
沢木さんの部活という言葉に引っ掛かる。
「運動部か文化系のどちらかな?」
あぁ...確か学校について調べたら課外活動を行う団体があるって言ってたけどそのことかな?
「ん~...特に決めてないかな?」
「え?君なら薙刀部に行くと思ってたんだけどなぁ〜。」
「薙刀部?」
そんな部活動はこの学校に存在しなかった気がする...僕の見落としかな?
「もう涼君!またダジャレ言っちゃって...」
そこへ小沢さんが横から入ってくる。
「ダジャレ...?」
「乾君の[[rb:凪 > ナギ]]と薙刀の[[rb:薙 > ナギ]]をかけているの。」
...そういうこと!?
「涼君、ほんと面白くないギャグで場を凍らせてオヤジ臭いよ!」
「えぇ!?...今回のは面白いと思ったんだけどなぁ。」
同感である。
だけど、この空気感は暖かく感じて仕方がない。
「あれ?やっぱり笑ってるじゃん!」
「絶対違うよ!」
二人が言い合いを続けているのを見てもいいがキリがない...
「じゃあさ...二人が来ている部活を見せてもらえないかな?」
「フォーティーラブ!」
芝生のコートで飛び交うボールの軌道を目で追う。
「きゃー!氷川先輩!!」
「かっこいい!」
現在、優勢を取っているのはホームルームで僕を睨んでいた氷川。
「テニス部は私の所属する女子と男子で別々だけどどう?」
小沢さんに感想を問われる。
どうと言われても...初めて部活動を見るので何とも言えない。
「...なんか楽しそうですね。」
「ゲームセット!氷川透!!」
彼のサーブで決着がついたようだ。
「楽しそうとは...あなたはそう見えるんですか?」
「え?」
ゲームを終わらせた氷川がこちらにやってくる。
「...三年生にとっては今年が最後の大会に出られるチャンス。皆必死なんですよ。」
「す、すいません...」
彼の地雷を踏んでしまったらしい。
「そうキツイこと言わないでくださいよ、氷川君!」
「...そういう君は料理研究会をほっぽり出してこちらに来たんですか?沢木さん。」
「いやぁ...今日は別に用事はないから真魚ちゃんや乾君についていったんだよ。」
僕の隣には沢木君が隣でニコニコしながら...ってなんでフライパン?
「...涼君、フライパンをなんで持ってきているの?」
「いやぁ、試合を見てるとつい真似をしたくなっちゃうからさ。」
フライパンを振り回す彼に危なっかしさを感じる
「沢木さん...ちょっと僕を馬鹿にしてませんか?」
「そんなことないですよ!テニス経験のない俺に勝ち目なんて...あ、でも氷川君不器用なところあるから意外と勝てちゃったりして」
「あ」
突如、氷川の肩が震える様子に小沢さんは不味そうな顔を見せる。
「いいでしょう、沢木さん...それに乾さんも部活動体験としてダブルスで勝負しましょう。」
「え?」
「真魚さんは審判をやってください...私一人で二人を倒せますから。」
氷川と沢木さんのいざこざに巻き込まれてしまった。
それから僕と沢木さんはテニス部からラケットを預り、コートに立つ。
「ルールは先に4ポイントを取った方を勝ちにしましょう。」
「分かりました。」
小沢さんが審判の位置に就いたと同時にボールをコートに跳ねさせて硬さを確認する。
...たしかルールは2回バウンドさせずにある白線の枠内を狙って跳ね返す...感じかな?
「いきますよ。」
氷川の合図と共にラケットを構える。
彼はボールを上に優しく放り投げ、ラケットを勢いよく振りかざす。
ここは何もせずに見てみようか。
「フィフティーンラブ!」
球の速度はそこまでないが、ラケットに当てようとすると厳しそうな位置に飛んでくる。
「いやぁ...やっぱりプロは違うねぇ。」
軽口を叩く沢木さんに氷川はポケットに入れていたボールを取り出す。
「次、いきますよ!」
同様にしてサーブが放たれる。
「おぉ!?」
僕より前に立っていた沢木さんが球を返し損ねる。
...ここかな!
地面を跳ねた球をラケットに当てて返す。
「フィフティーンオール!」
「ぼ、僕が...」
横切った球の後に発せられる小沢さんのコールで我に返る氷川。
「あれぇ?取られちゃったじゃないですか!氷川君!」
「...沢木さん!それはあなたが取ったわけではない...それに先ほどまでの私は様子見ですよ!」
沢木さん...この人は無自覚で人をあおってしまう癖があるのかもしれない。
「...次は本気でいきますよ!」
「はい...」
...これ以上彼を怒らせるのも気の毒だ。
次の勝負以降は打ち返せる球の半分だけ返すことにした。
これの前の氷川の試合を見ればすぐに終わるはずなんだけど...
「フォーティーオール!」
「あれぇ...氷川君、負けそうじゃないですか!」
...駄目だ。多分、実力面で劣っている沢木さんの煽りで調子が狂ってる。
「あれ?氷川君ってあんな感じだっけ?」
「彼、煽られるとすごく不器用になっちゃうんだよなぁ。」
外野の声から察するに...真面目な分、精神的に不器用なのだろう。
「...次は沢木さんのサーブですよ。」
「あ、そうだった。」
氷川からボールを受け取った沢木さんはサーブの構えをとる。
「いきますよぉ...それ!」
打ち上げられた球がラケットにヒットする。
...打点が高い。
おそらく打ち返す必要がなく、ゲームは氷川の勝ちだろう。
「うっ!?」
「「「あ」」」
氷川の顔には赤い丸い痕を残しながら沢木さんを睨んでいた。
空が真っ赤に染まる時間帯である夕方。
あの試合の後、氷川と沢木さんに小沢さんを含めた4人で食べに行こうという話で店に入っていた。
帝都での生活になれた僕にとっては仕事の始まりに感じるが、この国の学生はまだまだ活動するらしい。
「はい、ラーメン大盛に冷やし中華大盛!」
「...いただきます。」
どう言えばいいのだろうか?
アカメほどの量ではないとは言え...中学生がこんなにやけ食いをするものだろうか。
僕だけでなく残りの二人も氷川の暴食に箸を止めていた。
「あ...」
彼の動きはまるで映像をそのまま早めたように器に載った麺が消えていく。
「ん...あぁ...」
冷水を空っぽにした彼は沢木さんの方へ顔を向ける。
「わざとですよね?君に実力がないからと言ってあんな球を僕にぶつけるなんて...」
「違うよ氷川君!」
...僕は関係なさそうだな。
「それに乾さん。」
「!?」
...標的は僕も含まれているようだ。
「僕のサーブが打ち返せる実力があるのに君はわざと打ち返す回数を減らしましたね?」
「た、たまたま打ち返せただけで...」
「いいや、僕は去年のインターハイで3位になったんです。逆に初心者がまぐれで試合の半分のサーブを返されるほうが不思議です。」
うーん、この人メンドクサイ...
「それにしても乾君、テニスの経験とかあったの?」
テニスとか以前の話だからなぁ〜。
(『ナギってよくメンバーを観察するよなぁ...』)
(『お前は観察しなさすぎだ、タツミ。』)
(『姉さんもそうだろ?』)
ふとタツミとレオーネとのやり取りが頭に浮かぶ。
「ん~...特に無いけど、観察力があるって言われてたから氷川君の打ってくるパターン
がなんとなく分かったんだと思う。」
「じゃあ、氷川君は単純で打ち返せたってこと!?」
「た、単純...」
あぁ...もうこの人はいくら煽れば気が済むんだ...
でも、こういうのが日常というものだろうか。
「じゃあ、また明日!」
「今度は俺の料理研究会においでよ!」
「うん。」
しばらく4人で話した後、解散した。
「...依頼を片付けないと。」
誰もいなくなった夜道で僕は標的の元へ走り去った。