「確か電話ではここを狙えって言ってたんだよな。」
「あぁ。」
真夜中の時間帯、大きな一軒家の前で二人の黒ずくめの男が携帯片手にコソコソと話す。
「...これが終わったらちゃんと個人情報返してくれるのかなぁ。」
「お前分かってねぇな...俺たちは捕まるまでこき使われんだよ。」
「そ、そんな...」
携帯をしまい、バールを取り出す男。
「早く終わらせてここから離れるぞ。」
「...はい。」
観念した様子でもう一人もバールを片手に一軒家の周囲を回る。
そこら中にある扉や窓を確認し、破壊できて通れそうな窓に目をつける。
「いくぞ!」
窓をバールで叩きつけるがなかなか侵入できるほどにはならない。
「チッ!なんで割れねーんだ!」
「あ、入れそうです!」
二人はガラスが散乱した部屋に足をつける。
「俺は一階を見る...お前は2階を見てこい!」
嫌そうな目を一瞬向けるもう一人の男は肩を落として階段を上がっていく。
「はぁ...」
溜息をつきながらも目ぼしいものを探す。
「...なんで俺が...」
一階で物色する男は高そうなものを手当たり次第詰めていく。
「キャァー!!」
「!?」
2階から響く老婆の叫びに慌てて立ち上がる。
「もう知らねぇ!」
手元にある盗品を抱え、今すぐどこかの窓のロックを外す男。
駆け下りる音に手汗まみれになりながら窓に手をつける。
「ッ!?」
「...」
2階に上がっていたバイト仲間だった。
「...おい!家主はどうしたんだ!」
一瞬、時が止まったような空気に包まれたが、悲鳴を思い出した男は必死に問い詰める。
「...こ、こんなはずじゃ」
顔面蒼白な様子に異常を感じた男はすぐに2階へと駆け上がる。
そこには頭部から流れた血で染める老婆の姿があった。
「俺は殺す気なんて...」
「...お前が手を出したからな。」
後から昇ってきた男に手元を見る。
持っていたバールには血がべっとりとついている。
「君も同罪じゃないか?」
「!?」
突如、二人の背後に白い甲冑を纏った男が現れる。
「い、いつの間に!?」
「寝てもらおうか!」
殺したことのショックで動けない相方の代わりに甲冑の男にバールを一振りかます。
「そんな勢いでやれば死ぬのが分かんねぇのか?」
「な、何!?」
倒れるどころかバールが変形するのを見て目を大きく開く二人。
「...ひぃ!!」
「殺した本人が逃げられるわけないだろ?」
逃げ出そうとする男は階段の方へ向かうも先回りされて既に塞がれる。
「己の業は必ず報いを受ける...」
「ま、待ってくれ!俺たちは好きでこんなことをやっているんじゃない!」
首へと伸びてくる手に震えながら殺した男は叫ぶ。
「...どういうことだ?」
「俺たちはただ使われていただけだ!」
男は経緯を語りだす。
就職難で苦しんだり、能力不足でパートやアルバイトでしか働くことができない彼らは高額な報酬に飛びついた求
人がまさに闇バイトであった。辞めようとしても渡した個人情報を人質として引くに引けず、首謀者に言われるがまま強盗に手を出し老婆を殺害してしまった今に至る。
「というわけだ!」
思っていたよりも素直に聞く白い甲冑の男に二人は異質さを感じて不安になる。
「...君たちも被害者と言うわけか。」
「そ、そうだ!」
掴もうとしていた手は下ろされ、少し安堵する二人。
「...どこも変わらないのか。」
独り言を吐き捨てた彼は再び続ける。
「ここから逃げず法の裁きを受けるのなら命は取らない...分かるね?」
二人の男はそのつもりなどなかった。
だが、甲冑の男の威圧はそれを許すはずもなく観念してお縄につくのだった。
(「ま、待ってくれ!俺たちは好きでこんなことをやっているんじゃない!」)
...社会構造で生み出された悪、か。
「旦那さんを失った後に殺されるなんて...不幸ね。」
「どうやらまた闇バイトみたい。」
「中はどうなっているんだろう?」
強盗殺人の起きた家の前には黄色のテープで人混みの侵入を禁じていた。
「入らないで!」
警官が野次馬に注意する。
どうやらあの二人は素直に捕まってくれたようだ。
「あれ?乾君じゃないか?」
男の声?
「あ、沢木さん。」
振り返ると同じクラスの沢木さんがいた。
「遠くから見ていたようだけど...乾君は事件を見に来たのかい?」
「いや、僕はちょうど通りすがった時に偶然ね。それより沢木君は...」
彼の手には大きな袋を抱えている。
中には野菜や肉類に...あれ?ワイヤーや土なんて買ってどうするんだろう?
「俺は買い物に行っていたんだ。最近物騒だよね。」
「沢木さんはワイヤーや土なんて買ってどうするんですか?」
「これ?俺は家で家庭菜園をやってるんだ。」
家庭菜園...家で野菜や果物を育てているということかな?
「あ、そうだ!乾君もぜひうちで食べていってよ!」
「え?」
思わず声が出てしまう。
まだ会って1か月も経ってないはずだけど...
「...僕が来て迷惑にならない?」
「そんなわけないよ!ほらほら、俺のお手製の野菜が待ってるんだから!」
結構強引に連れて行かれる。
(『帰ろうぜ、...君、帰りに飯食ってこうよ。』)
ん、この声は...知らないはずなのにどこか懐かしさを感じる。
「あれ...乾君大丈夫かい?」
「大丈夫...なんでもないよ!」
結局、沢木君の手料理により忘れてしまった。
4月中旬、始業式で一学期が幕を上げて桜が散る頃。
裏山の隔離校舎のE組である生徒は本校舎を通って奥の階段を登らなければならない。
「おはよう渚君。」
「おはよう、カルマ君。」
朝の登校、E組にカルマ君がやってきて殺せんせーとどうなるのかと思ったけど、先生の手入れによって僕と同じ時間帯に来るほどその刃は磨かれたようだ。
「最近のニュース、いろいろと物騒じゃない?」
「え?もしかして世間が言ってる不可能犯罪?」
旧校舎の中へと入り、教室へ向かう。
「そう。詐欺師が光線で殺されたりとか、誰もいないのに犯罪者が胴体を斬られたりとか。」
「なんか犯罪者が多いね...」
「あ、おはよう二人とも!」
楯突けの悪い扉を開くと、すでに何人かが教室にいてその中の茅野が僕に声をかける。
「おはよう茅野。」
「あれ?カルマ君今日は早いね?」
僕の隣にいる彼に反応する茅野。
「あんな面白い先生は他にいないよ...さぼる方がつまんなそうだからね。」
「あっはは...でも、今の業君は親しみやすくていいよ。」
昨日のカルマ君の手入れで皆心配していたが、彼の様子に安心しているようだ。
「そういえば茅野ちゃんはニュース見た?」
「ニュース?私、スイーツ特集しか見てないけど...昨日のプリン屋さんが頭から離れないんだ!」
「か、茅野...」
相変わらず茅野らしい。
「てのは冗談で、不可能犯罪のこと?」
「そう、被害者が犯罪者なことから随分と私刑を好むと思ってね。...」
「でも、現実的にあり得ない殺され方をされてるんじゃなかったけ?」
「...あぁ、でもうちに実行可能なやつがいるじゃん。」
首を傾げる茅野に横から前原君が口を挟む。
「え?うちのクラスに?」
E組のみんなは普通に中学生なんだけど...
「マッハ20の担任はうちのクラスしかいないでしょ?」
「中村さん?」
「あんなスピード出せるならかめはめ波が出せてもおかしくないわ...まるで月を破壊した亀仙人じゃない!」
「それ以上はストップ!不破さん!」
相変わらずの漫画ネタを披露する不破さん。
「ま、ともかく月を破壊した先生ぐらいしか思いつかないさ。」
「あ、杉野!」
皆、とても事件に興味があるようでどんどん話に入ってくる。
殺せんせーは確かにあの超人的な身体能力で犯罪を起こすのは可能だろう...だけど。
「...あくまで僕の意見だけど、能力的には可能だけど常に世界中から監視下に置かれている殺せんせーは意外と
アリバイがあるんじゃないかな。」
「そういえば、戦闘機に追われるほどだよなぁ...」
わざわざ僕らE組の担任をお願いするほどの先生だ。
こんなことをすればこの学校や政府を含め、先生の要望を拒否する可能性があるのを把握しているはず。
(「寺坂君たちは渚君を、渚君は自分を大切にしなかった...そんな生徒に暗殺する資格はありません。」)
(「君たちと真剣に向き合うことは地球の終わりより重要なのです。」)
まだ半月しかたってないけど、杉野や業君、それに僕を指導する先生を見てきた。
「...そんなことをするような先生に思えないよ。」
「おはようございます、皆さん!」
突如、チャイムが鳴り響くと同時に殺せんせーが入室する。
相も変わらず、うねらせている触手と席につく皆。
「え~、それではホームルームを始めます。日直の人が号令を...」
「では、出欠をとります...赤羽業君。」
「ほーい。」
「返事ははいですよ、カルマ君!」
号令の後、殺せんせーが出欠を取り始める。
以前はクラス全員が発砲で出迎えていたけど、後始末の面倒くささからしなくなった。
一人ずつ名前が呼ばれ、一人ずつ返事が返る。
当たり前の光景。
(「僕は名前を覚えてもらうほどいい人ではないよ。」)
不意に、あの日の言葉がよぎる。
私に見返りを求めることもなく、彼はどこかへ行ってしまった...
(「...助けるのが遅くてごめん。」)
加えて彼は助けた側にも関わらず、どこか暗い顔をしていた。
...今や会うことができない彼にそれを問うことはできない。
「か...!んざ...!神崎さん!」
「へ?」
前の座席にいた矢田さんに声をかけられる。
「大丈夫ですか?神崎さん?」
「だ、大丈夫です!」
殺せんせーの点呼に私は気づいてなかったようだ。
...ちょっと考えすぎちゃったかな。
「では、木村君。」
「はい!」
再び名前が次々と呼ばれていく。
いい人ではない...私に上着を貸して駅まで送ってくれる彼がそんなふうには見えない。
「潮田渚君。」
「はい!」
渚君を見ると、どうしても彼を重ねてしまう。
優しくてどこか自分を大切にしないところなんてまさにそう。
「ん?」
!?...思わず見ていた所を渚君に気付かれてしまった。
すぐに渚君から目を離して正面の黒板に向き直る。
渚君は渚君。
あの人とは全然違うはずなのに。
今日の私...どうしちゃったのかな?
点呼は次々と進み、全員の名前を呼び終える。
「うん、素晴らしい!今日も全員出席していますね。」
出席簿を閉じて顔に丸を描く殺せんせー。
「今日は先生から今騒がしている不可能犯罪についてお話したいと思います。」
「せんせー...」
「何を話すんだろう...」
クラスの皆はホームルームの前と同様にざわつき始める。
「暗殺を依頼された君たちにとって、不可能犯罪を起こす彼らを注目せざるを得ないでしょう...ですが、君たち
は彼らを反面教師として学ばなければいけない。」
「それって、不可能犯罪を起こす奴らは悪い手本ってこと?」
「えぇ。」
皆が予想外の否定に驚く中、赤羽君の要約を肯定する殺せんせー。
「でもよ、被害者は悪人って聞いてるけど?」
「それも被害者が泣き寝入りしてたみたいじゃん。」
「それダークヒーローだな。」
不可能犯罪を肯定するクラスメイト。
「だけど、ちょっと怖くない?」
「犯罪者にかわりなくない?」
「こんなポンポン殺してよく続けられるよな。」
または恐怖や疑念を抱くクラスメイト。
「賄賂疑惑と性加害疑惑のある投資家と息子が殺された事件があったな。」
...私を襲った人だ。
多分、あの人が助けに来なかったら私も...
「...君たちに一つ出来事の見方について教えましょう。」
殺せんせーの一言で静まる教室。
「君たちが今見ているのは表面である結果だけです。しかし重要なのは結果ではなく過程...不可能犯罪はどうし
ておこったのでしょうか。」
「そりゃ...その加害者が被害者を殺したいと思ったんじゃないか?」
「どうして殺したいと思ったのでしょうか?」
「...被害者に犯罪の疑惑が多かったから...法律で裁けない悪人を裁きたかったからじゃない?」
「殺された被害者は本当に悪人なのでしょうか?あくまで情報源はメディアやSNSなど当事者ではないものから来ている。皆さん自身が確認した事実ではないのです。」
静かに私たちに語る先生はどこか悲しそうに見える。
「仮に被害者が悪人であっても本当に殺すべきなのでしょうか。」
難しい問題...どう答えればいいのか私は分からない。
「...人を裁くにもそれなりの責任がいるのです。その悪人に更生の余地はなかったのか、命を奪って誰か悲しむ人はいないのか、」
考え込むクラスメイト達。
「それらに問題がなかったとしても命を奪った本人に必ず傷を残します。」
...私を助けた後の彼はいい人でないと言っていた。
襲った人は殺されていた...まさか...
もしそれが本当だったら...たぶん彼は結構苦しんでる...
だから、どうか私の考えすぎであってほしい...そんな願いだけが胸に残った。