在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第十話 迫る巨大百足

 

「……逃げますよ!」

 

「うん!」

 

 俺は床へ転がっていた四式を拾い上げ、管理通路へ向かって走り出した。

 だが、一歩ごとに膝が軋み、胸の傷が開きそうになる。

 

「ダリオ、脚見せて!」

 

 並んで飛ぶルーメから、細い光の糸が伸びる。

 光は右脚へ巻きつき、熱を持った筋肉と関節を固定していった。

 

 治ったわけではないが、踏み出すたびに走っていた鋭い痛みが僅かに和らいでいく。

 

 時折壁へ片手をつき、身体を支えながら通路を進んだ。

 背後では、岩喰い百足が瓦礫を掻き分ける音が響いている。

 

 崩れる石に外殻が壁を擦る音。

 怒りに満ちた甲高い鳴き声が響く。

 

「開けるよ!」

 

 管理通路へ繋がる扉まで辿り着くと、ルーメが俺を追い越した。

 装備庫のものよりもさらに分厚い、黒い金属扉。

 その横にある制御盤へ、ルーメが両手を向ける。

 

 白金色の光が制御盤へ吸い込まれ、扉の表面へ刻まれた細い線が、下から上へ順番に点灯する。

 やがて、空気の抜けるような低い音とともに、分厚い金属板が左右へ開いた。

 

 その瞬間。

 背後で、轟音が鳴った。

 

 振り返ると、瓦礫を跳ね飛ばし、岩喰い百足が通路へ這い出していた。

 

 片方の顎は欠けている。

 頭部の外殻も大きく割れ、黒い体液に濡れていた。

 それでも、二つの赤い目は真っ直ぐにこちらへ向けられている。

 

 魔物と目が合う、という言い方が正しいのかは分からないが、明らかに怒りの意志が爛々と輝いていた。

 

「また来るよーー!?」

 

 ルーメが扉の向こうへ飛び込みながら叫ぶ。

 

 岩喰い百足が床を蹴ると無数の脚が一斉に石床を叩き、巨体が信じられない速度で加速する。

 

 速い!

 扉が閉まるのを待っていては間に合わない。

 

 俺は腰帯へ手を伸ばした。指先へ、硬く滑らかな球体が触れる。

 ソレを掴み取ると、勢いよく足元へ叩きつけた。

 

 ぱりん、と軽い音が鳴る。

 

 無数の六角形が瞬時に広がり、管理通路の入口を塞ぐように半透明の壁を作った。

 そこへ、岩喰い百足が激突する。

 

 光壁全体が大きく撓む。

 心許ないほど薄い壁が、通路を埋める大質量を真正面から受け止めている。

 外から見れば、さぞ異様な光景だろう。

 

 だが、今は眺めている暇などない。

 

「扉を閉めて!」

 

「りょーかい!」

 

 俺が管理通路の中へ転がり込むと、ルーメが反対側の制御盤へ飛びつき、両手から光を流し込んだ。

 だが、扉が閉まるまでの間が嫌と言うほど長く感じる。

 

 岩喰い百足が、瞬壁へ何度も頭部を叩きつける。

 

 一度。

 

 二度。

 

 光壁へ亀裂が広がる。

 

 三度目の衝突が来るより先に、瞬壁が音もなく消えた。

 役目を終えた光の六角形が、空気へ溶けるように失われる。

 

 遮るものがなくなった今、岩喰い百足が一度だけ身体を縮める。

 突進のための溜め。

 

 扉は、まだ閉まらない。

 

「ルーメ!」

 

「やってるよぅ!」

 

 百足が飛び出した。

 無数の脚が石床を削り、黒褐色の巨体が扉へ迫る。

 

 どちらが早い。

 百足か。

 扉か。

 

 開かれた巨大な顎が隙間へ差し込まれる。

 そう思った瞬間だった。

 

 分厚い金属板が、鈍い音を立てて完全に閉じた。

 

 直後。

 扉の向こうから、途方もない衝撃が叩きつけられた。

 

 どん、と床が跳ねる。

 

 俺はその場でよろめき、四式を杖代わりにしてどうにか身体を支えた。

 

 もう一度。

 どん。

 

 天井から細かな埃が落ちる。

 施設全体が震えているようだったが、金属扉は何とか耐えているようだった。

 

 扉の向こうで、岩喰い百足が何度も巨体を叩きつける。

 

 どん。

 どん。

 

 そのたびに床が揺れたが、衝撃は次第に弱くなっていった。

 俺は張り詰めていた息を吐く。

 

「……なんとか、なりましたねぇ」

 

 全身から力が抜け、壁へ背中を預けたまま、その場にずるずると座り込んだ。

 

「ダメかと思ったぁー……」

 

 制御盤へ齧りつくようにしていたルーメが、ふらふらとこちらへ飛んできた。

 最後には力尽きたように、俺の膝の上へ落ちる。

 

「もう、だめ。ボク、つかれたぁ」

 

 ぐったりと、四肢を投げているルーメに苦笑が漏れる。

 

「……ありがとうございます」

 

 小さく。だが、きちんと届くように。

 ルーメは一瞬だけ目を丸くし、それから照れたように笑う。

 

「へへへ。どーいたしまして」

 

 その笑顔につられ、俺の口元も緩んだ。

 

 膝の上のルーメから目を離し、手にした四式へ視線を落とす。

 暗銀色の刃は、岩喰い百足の外殻へ食い込み、壁へ叩きつけられたというのに、刃こぼれひとつなかった。

 黒い体液が付着しているだけで、刃そのものは鈍い光を失っていない。

 

 俺は、気がつけば震えていた手をもう片方の手で押さえ、柄を強く握り直した。

 今になって、恐怖が追いついてきたのだろうか。

 

 岩喰い百足。

 今までの俺なら、姿を見た瞬間死を覚悟するような相手。

 そんな魔物を相手にした。

 

 倒したわけではない。だが、十分に渡りあったと言えるだろう。

 

 十三年間。

 

 俺には足りない物ばかりだった。

 剣の才能がない。

 魔法の適性がない。

 頼れる仲間がいない。

 高価な装備を買う金もない。

 

 同じ時期に冒険者になった者たちが昇級していく中、俺だけが青銅級に留まり続けた。

 

 何をしても半端で。

 何を選んでも遅く。

 自分には、物語の主人公になるような何かはないのだと思っていた。

 

 だが。

 

 今の俺には、手にした新しい力がある。装備もある。

 そして、膝の上には。

 

「ルーメ」

 

「なーに?」

 

 仰向けに寝転がったまま、ルーメがこちらを見上げる。

 白金色の髪が膝の上へ広がり、細かな光の粒を零していた。

 

 俺は一度、言葉を探す。

 こんなことを口にするのは少しばかり照れ臭いが、それでも、伝えておきたかった。

 

「これからも、よろしくお願いしますね」

 

 ルーメが、きょとんとした。

 

 何を言われたのか分からないように、何度か瞬きをする。

 やがて意味を理解したのか、丸い目を細めた。

 

「うん!」

 

 小さな身体を起こし、満面の笑みを浮かべる。

 

「こちらこそ、よろしくね! ダリオ!」

 

 俺は四式を床へ突き、支えにしながらゆっくり立ち上がる。

 膝の上から飛び立ったルーメが、白金色の光で暗い通路の先を照らした。

 

「では、行きましょうか」

 

「うん!」

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