在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第十一話 黒釘たちが採掘していた物は

 

「ルーメ。あと、どれくらい保ちます?」

 

 そういえば、と思い、先を行くルーメに声をかけると、羽を煌めかせながらこちらを振り向く。

 

「んー? えーっと、さっきので少し減ったかも」

 

 そう言ってルーメは目を閉じ、自分の胸元へ手を当てる。

 飛びながらではあるが、その軌跡は安定している。

 ……何か視覚以外の感覚でもあるんだろうか。

 

 何はともあれ、また何か不測の事態があるかもしれない。惜しむものでもないからな、今のうちに使っておこう。

 

 結晶を取り出し、左手に持ったまま短剣の柄で砕く。

 白金色の光が弾け、ルーメの小さな身体へ吸い込まれていく。

 

「おおお……」

 

 ルーメが両腕を広げた。

 背中の光輪が一度だけ強く輝き、輪郭の発光が気持ち強くなる。

 

「どうです?」

 

「元気いっぱいになったよ!」

 

「それは良かった」

 

 そう言うと、ルーメはくすくすと笑い通路の奥へ向き直った。

 背後の扉から離れるにつれ、岩喰い百足の気配は完全に感じられなくなった。しかし、あの巨体がどこかで岩を削り、別の通路を探している可能性は残っている。

 あまり時間をかけるのもよろしくはないが、慎重に行かなければ。

 

「この先には何が?」

 

 俺が聞くと、ルーメが壁に刻まれた旧王国文字へ近づき、指先で文字を追った。

 

「ええっと……境界安定観測室、って書いてあるね」

 

「境界、ですか」

 

「知ってるの?」

 

「ああ、いえ。少し気になっただけです」

 

 黒釘が違法に採掘していた《境界晶》。

 採掘される場所の規則性もなく、狙って掘ることが出来ないゆえの希少性。もしかしたらなにか関係がある、か?

 時間はあまり無いが、軽く調べておくのも良いかもしれない。

 

「見ていきましょうか」

 

「りょーかい!」

 

 明るく答えるルーメに眉じりを下げつつ、まだ少し痛む足を動かす。

 ルーメの放つ光が、閉ざされていた管理通路を照らしていく。

 この辺りは、俺が知っている煤鐘坑道とはまるで違っていた。

 

 床には四角く切り揃えられた石材が隙間なく敷かれ、中央には細い運搬軌道が走っている。壁面には太さの異なる金属管が幾重にも張り巡らされ、その一部には灰青色の結晶を収めた透明な筒が組み込まれていた。

 大半は光を失っていたが、ルーメが近づくと、眠りから覚めるように淡い青色を灯すものもある。

 

「ルーメに反応しているんですかね」

 

「たぶんね。ボク、救命権限っていうのを持ってるから」

 

「救命権限?」

 

「ケガした人を外まで連れていくためのものだよ」

 

 ふむ。そもそも、ルーメという個体は何なんだろう。旧王国時代の遺物の一種、と言うので考えるのを少しばかり放棄していたが、救護用の消耗品と言うことは複数存在しているのだろうし。

 個体差、みたいなものもあるのだろうか。

 仮に別の結晶を手に入れたら使ってみて確認するのも良いかもしれない。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、通路の脇に壊れた運搬車が一台残されているのが見えた。

 車輪は錆びつき、荷台には灰色の石片が積もっている。その下から、弱い青色の光が漏れていた。

 

 俺は足を止め、《四式》の先で石片を退ける。

 現れたのは、境界晶だった。

 

 ただし、黒釘たちが掘り出していた結晶とは様子が異なる。

 細い金属棒へ巻きつくように成長し、根に似た灰青色の筋が何本も周囲へ伸びている。金属部分には複雑な刻印が施され、境界晶と一体になって一つの道具を形作っていた。

 

「これは……」

 

 俺がしゃがみ込んで眺めていると、先に進んでいたルーメが戻ってきた。

 ルーメの光が結晶に反射して、艶めかしく青と黄が混ざる。

 

「交換用の境界安定杭。古くなった杭と入れ替えるためのものだって」

 

 そのまま運搬車の側面へ顔を寄せ、残された文字をルーメが読み上げた。

 

 ううむ、良く分からないが、旧王国では境界晶を加工して設備の一部として使っていた、ということなのだろう。

 それが何を意味するのか考えながら、俺たちは通路の奥へ進んだ。

 

 

 しばらく歩いた先にあった境界安定観測室は、半円形の広い空間だった。

 壁一面に金属製の操作盤が並び、部屋の中央には大きな円卓を思わせる装置が設置されている。表面は埃に覆われていたが、ルーメが近づいた途端、装置の内部から低い駆動音が響いた。

 

「動くみたい!」

 

 ルーメが目を輝かせた。

 

 そのうち円卓の上へ青白い光が集まり、宙に立体的な地図を描き出す。

 最初に浮かび上がったのは、どこか見たことのある地形。これは……煤鐘丘陵か?

 

 続いて、地下へ伸びる坑道に、先ほどまで俺や黒釘が居た浅層。

 鉱夫たちが利用していた旧採掘区画。

 さらにその下へ、薄い板を重ねたような空洞が幾層にも表示されていく。

 

 俺が知っている煤鐘坑道の地図とは、正確さも規模も段違いだ。

 浅層の下には、第二層や深層という一続きの空間があるとされているが、目の前の立体図では、互いに接触していない複数の地下空間が同じ場所へ折り重なるように存在していた。

 

 それぞれの層を縫うように、青灰色の線が伸びている。

 

「この線は何です?」

 

 ルーメが円卓の文字列を追う。

 

「第六境界固定群。空間の接触を防いで、深層からの侵食を抑える……だって」

 

「空間の接触を防ぐ?」

 

「違うところ同士が、くっつかないようにしてるみたい」

 

 立体図の一部が、赤く点滅している。

 場所は、黒釘が違法採掘を行っていた区画と重なっていた。

 青い線が途中で途切れ、その周囲では、本来離れているはずの二つの空間が歪みながら近づいている。

 

「ルーメ。この赤いところは?」

 

「安定する力が足りないってことかな? ここにあった杭が、いっぱいなくなってるみたい」

 

 なるほど。つまり黒釘は、境界晶の鉱脈を掘り当てたのではない。

 旧王国が空間を固定するためとやらに設置した《境界安定杭》を、希少鉱石として引き抜いていた、と言うわけか。

 

 だから、存在しなかったはずの横穴が現れ、採掘区画で崩落が起きた。

 別の空間同士を隔てていたものが失われ、煤鐘坑道の浅層へ、本来つながるはずのない場所が接触し始めている。

 

「それで、あの百足が……」

 

 岩喰い百足は、本来この辺りに棲む魔物ではない。

 別の地域に繋がった影響で、現れたのかもしれないな。

 

「でも、旧王国は何のためにこんな大掛かりなことをしていたんでしょうねぇ」

 

「うーん?」

 

 俺の疑問に、空中で胡坐をかきながらルーメも頭を捻っている。

 

 立体図の最深部へ目を向けると、そこだけ黒い染みで塗り潰されたように何も表示されていない。

 だが、その黒い部分の周囲には、他の場所とは比べものにならない数の青灰色の線が集中していた。

 

 まるで、何かを囲っているようにも見える。

 

「この下は、何があるんです?」

 

「分かんない」

 

 ルーメが黒い領域へ近づく。

 

「地図には何も出てない。でも、ここの文字……」

 

 小さな指が、円卓の端に浮かぶ警告文を追う。

 

「最深封鎖域。接続禁止。境界固定を最優先……だって。下から、何かが来ないようにしてるのかな?」

 

「何か、ですか」

 

 煤鐘坑道が迷宮化したのは、およそ二十年前とされている。

 地下の魔力脈が噴き出し、それまで存在しなかった通路や空洞が現れた。

 しかし、旧王国はそれより遥か昔から、この地下に複数の空間が存在することを知っていた。境界晶を使って、互いが触れ合わないよう固定していた。

 

 だとすれば、二十年前の迷宮化も突然起きたものではないのかもしれない。

 古い設備が壊れ始め、封じられていた空間同士が接触した結果ではないか。

 

 考えるほど、黒釘が行っていることの危険性が大きくなっていく。

 境界晶を盗んだだけではない。

 彼らは、何が封じられているのかも知らず、その蓋を少しずつ開けているのかもしれない。

 

「ダリオ」

 

 ルーメの声が、思考を遮った。

 

「何か、こっちに来てるよ」

 

 立体図の端で、細い赤い線が動いている。

 

 最初は一本。

 次第に二本、三本と増え、観測室の周囲へ近づいていた。

 

「これは?」

 

「振動を拾ってるみたい。岩の中を、何かが掘ってる」

 

 言葉が終わるより早く、壁の内側から音がした。

 

 がり。

 がりがり、と。

 硬い刃物を押し当て、石を削っているような音。

 

 俺は《四式》を抜き、壁へ身体を向けた。

 

「俺の後ろへ」

 

「うん」

 

 ルーメが肩越しに下がる。

 

 岩壁に細い亀裂が走り、拳ほどの石片が床へ落ちた。

 開いた穴から、平たく尖った頭部が突き出す。

 

 灰色の甲殻。

 鑿のように左右へ開く顎。

 

 六本の脚を持つ胴体が、岩を押し広げながら観測室へ這い出してきた。

 

 体長は大型犬ほど。

 

 《穿岩蟲》。

 

 岩盤に穴を掘り、鉱石や魔物の死骸を食べる、小害級から下位級の魔物だ。

 額と顎は硬いが、胴体の甲殻はそれほど厚くない。正面から噛みつかれさえしなければ、青銅級でも対処できる。

 

 もっとも、一体だけなら、という条件はつくが。

 

 一体目が床へ落ちた直後、壁穴から二体目の顎が覗いた。

 

「ルーメ。何体います?」

 

「たぶん、三体」

 

「長居はできませんね」

 

 穿岩蟲が床を蹴った。

 

 俺は踏み込まず、《四式》を斜めに構える。

 一体目が尖った頭部を突き出し、俺の腹へ飛び込んでくる。

 

 刃の腹を額へ添え、身体の正面から僅かに逸らす。

 重い衝撃が腕へ伝わったものの、《四式》は軋みもしなかった。

 

 穿岩蟲の身体が横へ弾かれ、石床を滑る。

 

 俺は刃を返し、前脚と中脚の間にある甲殻の継ぎ目へ突き込んだ。

 暗銀色の刃が柔らかな肉へ入り、黒い体液が床を濡らす。

 

 一体目の脚が一瞬激しく動いたが、次第にソレが弱くなっていく。まずは一体。

 《四式》を引き抜くより先に、二体目が穴から飛び出す。

 

「右から!」

 

 ルーメの声に従って剣を抜き、横へ払う。

 刃が穿岩蟲の顎へ当たった。

 

 硬い金属音。

 

 以前の剣なら、こちらの刃が欠けていただろう。

 《四式》は一方の顎を半ばから断ち切り、その勢いのまま頭部へ浅い傷を刻んだ。

 

 それでも穿岩蟲は止まらない。

 残った顎を開き、俺の右脚へ食いつこうと迫る。

 

 半歩下がろうとした瞬間、傷めた脚に痛みが走った。

 

「っ……!」

 

 身体が傾く。

 ルーメの光が視界の端で強く瞬いた。

 

「ダリオ!」

 

 穿岩蟲の顎が脛を掠める。

 救難外套の裾がかするが、なんともない。想像以上に強度は高いらしい。

 

 俺は《四式》の柄頭で魔物の頭を殴り、無理やり距離を作った。

 

 三体目が壁穴から姿を現している。

 その後ろでも、複数の脚が岩を引っ掻く音が続いていた。

 一体ずつ倒すことはできるが、数が増えれば身体が保たない。

 

 出し惜しみはしても意味が無いですからね。

 

 腰帯から薄い六角形の《振動板》を抜き、《四式》の柄頭へ差し込む。

 橙色の線が、刃の峰へ静かに灯った。

 

 二体目が再び頭を下げる。

 俺は剣を振り回さず、その尖った額へ刃を押し当てた。

 

「これなら、どうです」

 

 振動板が砕けると同時、低い唸りが《四式》から穿岩蟲の頭部へ伝わり、硬い甲殻を容易く寸断する。

 さらに、腰帯に戻ってきていた《振動板》を抜いて同じように起動させる。

 

 三体目が飛び込んでくる動作に合わせるように、縦に振り下ろす。抵抗もなく、勢いそのままに両断された体を放り、悲鳴を上げることなく床へと体液をまき散らしながら落ちた。

 

「やるぅ!」

 

 ルーメが嬉しそうに周囲を飛び回るのを見ながら、荒くなりかけた呼吸を整える。

 まだ胸の傷も痛むが、これくらいの戦闘ならば問題なさそうだ。

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