在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

13 / 32
第十三話 進む

 旧排水路へ足を踏み入れると、水路を流れる水音と足音が通路の中で低く反響した。

 排水門が開いたことで水位は下がっているものの、管理用の足場は濡れており、気を付けなければ滑ってしまいそうだった。

 

 足場は長い年月を経ているせいか、石材は角が丸く削れ、表面には泥と苔が薄くこびりついていた。水路側に残る手すりも根元まで赤く錆びついており、体重を掛けたら折れてしまいそう。

 

 俺は慎重に足元を確かめながら一歩ずつ進む。

 まだ体の調子は万全とはいえないが、それでも最初の頃よりは大分マシになってきた。

 ルーメ曰く、継続して霊素を注いでいるうちに、光の膜が少しずつ傷ついた組織をつなぎ治しているらしい。

 

 回復薬も、高級な物なら四肢の切断も治せる、と聞いたことがあるが、治療の際には想像を絶する痛みを伴うんだとか。

 それに比べれば、多少時間はかかるかもしれないが、ルーメの治療は有難い。

 

「だいぶ良くなってきたねぇ」

 

 前方を照らしていたルーメが、俺の顔の横まで戻ってきて言った。

 嬉しそうに笑っている様子に、こちらもつい笑みがこぼれてしまう。

 

「おかげさまで」

 

「多分、明日にはもうほとんど治ってると思うよ。無茶しなければね」

 

 忠告も忘れない。だが、無理をしなければいけない場面があれば、それは仕方ない。

 約束も出来ないことを口にするのもどうかと思ったので、軽く苦笑いで返しておいた。

 その様子をみて、ルーメはやれやれと困ったような顔をしてまた前へと飛んでいく。

 

 水路は、緩やかな傾斜を描きながら続いていた。

 壁面には幾本もの配管が走り、その継ぎ目から透き通った水が垂れて来ていた。遠くでは、排水設備なのか、歯車がきしむ音が聞こえてくる。

 

 水門を開いた直後の激しい流れは落ち着きつつある。

 それでも水路の中央を流れる濁流は速く、木片や砕けた鉱石を呑み込みながら、暗闇の奥へ運んでいた。

 気温は安定しており、空気も淀んではいない。歩きにくいことを除けば、比較的進みやすいのは良かった。

 

 しばらく進むと、濁った水の中を小さな影が幾つか横切っているのが見えた。

 魔物だろうか。四式の柄に手を置きながら、立ち止まり水の流れから少し距離を取る。

 

「何かいましたね」

 

「ちっちゃいよ」

 

「小さくても、毒を持っているかもしれませんし」

 

 少しの間、周囲を含めて気配を探っていたが、結局何事もなく水中の何かは通り過ぎて行った。

 こちらに気がつかなかったのか、それとも敵意が無かったのか。どちらにせよ、水中への警戒は続けながら進んだ方がよさそうだ。

 排水路では、何が現在の生息域に入り込んでいるか分からない。旧王国の設備が健在だった頃ならともかく、境界固定が損なわれた今では、浅層、深層、湿原の魔物が混じっていても不思議ではなかった。

 

 また少し進むと、今度は右手の壁面に不自然な窪みが見えた。

 近づいてみれば、縦長の金属扉が壁へ埋め込まれている。扉のほとんどが変色し、表面には水位の跡が何重にも残っていた。

 

 排水設備が止まっていた間、長く水へ浸かっていたのだろう。

 

「部屋みたいですねぇ」

 

「入るの?」

 

「ええ。休めるような場所なら、ありがたいんですが」

 

 扉の上には文字らしき刻みがあったが、表面が水と泥に削られ、ルーメが近づいて読み解こうとしても判別は出来なさそうだった。

 取っ手へ手を掛け少し引いてみたが、扉はびくともしなかった。

 よく見ると、錆びついているというより、枠そのものが歪み、扉がひしゃげている。水に運ばれた泥も隙間へ詰まり固めていた。

 

 俺は《四式》を抜いて、扉と枠の間へ刃先を入れようとしたが隙間はほとんどない。仕方ないか。

 腰帯から《振動板》を一枚取り出し、柄頭へと差し込む。

 

 ……わざわざ取り出したり差し込んだり、この辺りがもう少し楽になればいいんですけどねぇ。

 

 そんなことを考えながら、幾分慣れた手つきで起動させる。

 刃の峰に刻まれた線が橙色に灯り、手のひらへ低い振動が伝わった。

 

 狙うのは、上側の蝶番と、歪んだ枠へ噛み込んでいる箇所だけ。

 

 構え、振る。

 

 錆びた蝶番が断ち切られ、内部で固まっていた泥が崩れ落ちた。振り切ったところから切り返し、今度は扉と枠の接合部を同じように切る。

 振動板の光が消えると同時に、扉がこちらへ僅かに傾いた。

 

 こちらに倒れてくる気配を感じ、一歩横へとずれると、ズズン、と扉は泥の塊を押し退けながら倒れ込んできた。

 

「中、濡れてるみたい」

 

 ルーメが警戒しながら覗き込むと、光が室内を照らす。

 

 四角い小部屋だった。

 壁際には石造りの腰掛けがあり、反対側には金属製の棚が設置されている。床には泥が厚く積もり、壁の半ばまで水に浸かった跡が残っていた。

 天井から水が漏れている様子はないが、扉が歪んでいたせいか、水が入り込んでしまっていたのだろう。

 

「ううむ、使えるものがあるかどうか……」

 

 鞘先で床を突き、沈み込まないことを確認してから中へ入った。

 棚は腐食し、触れる前から崩れそうだ。中には薄い板状の包みや、円筒形の容器が並んでいる。

 

 旧王国時代の物だろうか。

 包みは水を吸って形を失い、表面を押しただけで茶色い粉が崩れてきた。容器も継ぎ目から錆が広がり、内部の液体は黒く濁っている。

 

「食べ物なのかなぁ?」

 

 覗き込んできたルーメが、俺の肩に乗りながら聞いてくる。耳元なので少しくすぐったい。

 

「どうでしょうねぇ。どちらにせよ、使い物にはならなさそうだ」

 

 こればかりは仕方がない。

 食料は諦め、部屋の隅へ目を向ける。

 

 床の泥は厚いものの、入口から離れた石造りの腰掛け周辺は比較的綺麗だった。

 軽く水を掃えば、横になれそうだ。

 

 歩き始めてから、それなりに時間が経っている。

 脚は動かしやすくなっているが、それでもこの辺りで少し休んでも良いだろう。

 

「少し横になりますねぇ」

 

「うん。わかった!」

 

 ルーメに告げると、何やら気合を入れて拳を握っていた。

 顕現できる時間はまだ余裕があるらしいが、何かあったらコトなので、横になる前に再度結晶を砕いておく。

 

 外套を脱いで二つ折りにして腰掛けの上へと敷き、そこへ身体を横たえた。

 石床へ直接寝るよりは遥かにましだったが、それでも背中へ硬さが伝わってくる。

 

 残った外套の裾を腹と胸へ掛け、冷えないよう身体へ巻きつけた。

 

 ルーメが胸元へ降り、両手をかざす。

 

「ボクが起こすから、ダリオは気にせず休んでね」

 

 そう言ったルーメの両手から、光の糸が伸びて体に触れる。

 柔らかな熱が、裂けた部分の縁から内側へ染み込みこんでいくような感覚。温かい。

 

 水路を流れる音が、開いた扉越しに響いている。

 近くを通る水の音は大きいが、一定の調子で続くため、聞いているうちに意識が遠のいていった。

 

 眠ったのは長くなかったと思う。

 目を覚ました時、ルーメは胸の上へ腰掛けるように浮かび、光の糸を傷口へ伸ばしたまま、じっとこちらを見ていた。

 

「あ、起きた?」

 

「ええ、お陰様でよく寝れました」

 

 体を起こすと、ルーメが離れながら光の糸も一緒に戻っていく。

 治療が効いたのか、寝たお陰か。恐らく両方だろうが、大分体の調子が良くなったのを感じる。

 

「うんうん、結構治ってきたね!」

 

 そう言って自分のことのように喜ぶルーメに笑みを返しながら、外套の泥を払い、再び肩へ掛ける。

 装備に問題ないことを確認し、俺たちは再び排水路へと戻った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。