在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

13 / 13
第十三話 進む

 旧排水路へ足を踏み入れると、水路を流れる水音と足音が通路の中で低く反響した。

 排水門が開いたことで水位は下がっているものの、管理用の足場は濡れており、気を付けなければ滑ってしまいそうだった。

 

 足場は長い年月を経ているせいか、石材は角が丸く削れ、表面には泥と苔が薄くこびりついていた。水路側に残る手すりも根元まで赤く錆びついており、体重を掛けたら折れてしまいそう。

 

 俺は慎重に足元を確かめながら一歩ずつ進む。

 まだ体の調子は万全とはいえないが、それでも最初の頃よりは大分マシになってきた。

 ルーメ曰く、継続して霊素を注いでいるうちに、光の膜が少しずつ傷ついた組織をつなぎ治しているらしい。

 

 回復薬も、高級な物なら四肢の切断も治せる、と聞いたことがあるが、治療の際には想像を絶する痛みを伴うんだとか。

 それに比べれば、多少時間はかかるかもしれないが、ルーメの治療は有難い。

 

「だいぶ良くなってきたねぇ」

 

 前方を照らしていたルーメが、俺の顔の横まで戻ってきて言った。

 嬉しそうに笑っている様子に、こちらもつい笑みがこぼれてしまう。

 

「おかげさまで」

 

「多分、明日にはもうほとんど治ってると思うよ。無茶しなければね」

 

 忠告も忘れない。だが、無理をしなければいけない場面があれば、それは仕方ない。

 約束も出来ないことを口にするのもどうかと思ったので、軽く苦笑いで返しておいた。

 その様子をみて、ルーメはやれやれと困ったような顔をしてまた前へと飛んでいく。

 

 水路は、緩やかな傾斜を描きながら続いていた。

 壁面には幾本もの配管が走り、その継ぎ目から透き通った水が垂れて来ていた。遠くでは、排水設備なのか、歯車がきしむ音が聞こえてくる。

 

 水門を開いた直後の激しい流れは落ち着きつつある。

 それでも水路の中央を流れる濁流は速く、木片や砕けた鉱石を呑み込みながら、暗闇の奥へ運んでいた。

 気温は安定しており、空気も淀んではいない。歩きにくいことを除けば、比較的進みやすいのは良かった。

 

 しばらく進むと、濁った水の中を小さな影が幾つか横切っているのが見えた。

 魔物だろうか。四式の柄に手を置きながら、立ち止まり水の流れから少し距離を取る。

 

「何かいましたね」

 

「ちっちゃいよ」

 

「小さくても、毒を持っているかもしれませんし」

 

 少しの間、周囲を含めて気配を探っていたが、結局何事もなく水中の何かは通り過ぎて行った。

 こちらに気がつかなかったのか、それとも敵意が無かったのか。どちらにせよ、水中への警戒は続けながら進んだ方がよさそうだ。

 排水路では、何が現在の生息域に入り込んでいるか分からない。旧王国の設備が健在だった頃ならともかく、境界固定が損なわれた今では、浅層、深層、湿原の魔物が混じっていても不思議ではなかった。

 

 また少し進むと、今度は右手の壁面に不自然な窪みが見えた。

 近づいてみれば、縦長の金属扉が壁へ埋め込まれている。扉のほとんどが変色し、表面には水位の跡が何重にも残っていた。

 

 排水設備が止まっていた間、長く水へ浸かっていたのだろう。

 

「部屋みたいですねぇ」

 

「入るの?」

 

「ええ。休めるような場所なら、ありがたいんですが」

 

 扉の上には文字らしき刻みがあったが、表面が水と泥に削られ、ルーメが近づいて読み解こうとしても判別は出来なさそうだった。

 取っ手へ手を掛け少し引いてみたが、扉はびくともしなかった。

 よく見ると、錆びついているというより、枠そのものが歪み、扉がひしゃげている。水に運ばれた泥も隙間へ詰まり固めていた。

 

 俺は《四式》を抜いて、扉と枠の間へ刃先を入れようとしたが隙間はほとんどない。仕方ないか。

 腰帯から《振動板》を一枚取り出し、柄頭へと差し込む。

 

 ……わざわざ取り出したり差し込んだり、この辺りがもう少し楽になればいいんですけどねぇ。

 

 そんなことを考えながら、幾分慣れた手つきで起動させる。

 刃の峰に刻まれた線が橙色に灯り、手のひらへ低い振動が伝わった。

 

 狙うのは、上側の蝶番と、歪んだ枠へ噛み込んでいる箇所だけ。

 

 構え、振る。

 

 錆びた蝶番が断ち切られ、内部で固まっていた泥が崩れ落ちた。振り切ったところから切り返し、今度は扉と枠の接合部を同じように切る。

 振動板の光が消えると同時に、扉がこちらへ僅かに傾いた。

 

 こちらに倒れてくる気配を感じ、一歩横へとずれると、ズズン、と扉は泥の塊を押し退けながら倒れ込んできた。

 

「中、濡れてるみたい」

 

 ルーメが警戒しながら覗き込むと、光が室内を照らす。

 

 四角い小部屋だった。

 壁際には石造りの腰掛けがあり、反対側には金属製の棚が設置されている。床には泥が厚く積もり、壁の半ばまで水に浸かった跡が残っていた。

 天井から水が漏れている様子はないが、扉が歪んでいたせいか、水が入り込んでしまっていたのだろう。

 

「ううむ、使えるものがあるかどうか……」

 

 鞘先で床を突き、沈み込まないことを確認してから中へ入った。

 棚は腐食し、触れる前から崩れそうだ。中には薄い板状の包みや、円筒形の容器が並んでいる。

 

 旧王国時代の物だろうか。

 包みは水を吸って形を失い、表面を押しただけで茶色い粉が崩れてきた。容器も継ぎ目から錆が広がり、内部の液体は黒く濁っている。

 

「食べ物なのかなぁ?」

 

 覗き込んできたルーメが、俺の肩に乗りながら聞いてくる。耳元なので少しくすぐったい。

 

「どうでしょうねぇ。どちらにせよ、使い物にはならなさそうだ」

 

 こればかりは仕方がない。

 食料は諦め、部屋の隅へ目を向ける。

 

 床の泥は厚いものの、入口から離れた石造りの腰掛け周辺は比較的綺麗だった。

 軽く水を掃えば、横になれそうだ。

 

 歩き始めてから、それなりに時間が経っている。

 脚は動かしやすくなっているが、それでもこの辺りで少し休んでも良いだろう。

 

「少し横になりますねぇ」

 

「うん。わかった!」

 

 ルーメに告げると、何やら気合を入れて拳を握っていた。

 顕現できる時間はまだ余裕があるらしいが、何かあったらコトなので、横になる前に再度結晶を砕いておく。

 

 外套を脱いで二つ折りにして腰掛けの上へと敷き、そこへ身体を横たえた。

 石床へ直接寝るよりは遥かにましだったが、それでも背中へ硬さが伝わってくる。

 

 残った外套の裾を腹と胸へ掛け、冷えないよう身体へ巻きつけた。

 

 ルーメが胸元へ降り、両手をかざす。

 

「ボクが起こすから、ダリオは気にせず休んでね」

 

 そう言ったルーメの両手から、光の糸が伸びて体に触れる。

 柔らかな熱が、裂けた部分の縁から内側へ染み込みこんでいくような感覚。暖かい。

 

 水路を流れる音が、開いた扉越しに響いている。

 近くを通る水の音は大きいが、一定の調子で続くため、聞いているうちに意識が遠のいていった。

 

 眠ったのは長くなかったと思う。

 目を覚ました時、ルーメは胸の上へ腰掛けるように浮かび、光の糸を傷口へ伸ばしたまま、じっとこちらを見ていた。

 

「あ、起きた?」

 

「ええ、お陰様でよく寝れました」

 

 体を起こすと、ルーメが離れながら光の糸も一緒に戻っていく。

 治療が効いたのか、寝たお陰か。恐らく両方だろうが、大分体の調子が良くなったのを感じる。

 

「うんうん、結構治ってきたね!」

 

 そう言って自分のことのように喜ぶルーメに笑みを返しながら、外套の泥を払い、再び肩へ掛ける。

 装備に問題ないことを確認し、俺たちは再び排水路へと戻った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~(作者:Schuld)(オリジナルSF/冒険・バトル)

 世界がネットで覆われ、メガコーポが全てを支配し、ナショナリズムという言葉が退化するほど未来……の更なる未来。▼ 高度に発達した人工知能や、それらによって管制されるロボット、無私の挺身を厭わぬ自動人形によって成り立っていた、高度な文明は崩壊した。今となっては、その理由は誰も知らない。▼ 新たな国体は成立したが、その支配は限定的で、発展は途絶えた。▼ 今となっ…


総合評価:7493/評価:9.05/連載:28話/更新日時:2026年07月31日(金) 18:00 小説情報

転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ(作者:水色の山葵)(オリジナル現代/冒険・バトル)

人より道のりは長いが、ダンジョン中毒の彼にはあまり関係がない。▼カクヨムにも投稿してます。▼https://kakuyomu.jp/works/2912051601499000526


総合評価:7720/評価:7.96/連載:35話/更新日時:2026年07月27日(月) 18:45 小説情報

フィンレーベン 千年図書館の魔法使い(作者:魔宮ことな)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

転生したらランクアップする度に寿命が延びる魔法使いの世界で、今日も図書館に引きこもってる話。


総合評価:4925/評価:8.85/連載:3話/更新日時:2026年07月25日(土) 23:50 小説情報

家出人、別名「歴史の観測者」(作者:未来で勘違い)(オリジナル歴史/冒険・バトル)

ただ自由を求めた旅人が無自覚に歴史の転換点を踏み抜き黒幕扱いされてしまう勘違いもの▼未来で評価考察され、過去と落差があるやつが好きです。


総合評価:8119/評価:8.77/完結:9話/更新日時:2026年06月21日(日) 09:02 小説情報

ホラー世界の狂言回しになったので、怪異どもをボコして回ることにした(作者:暁刀魚)(オリジナル現代/冒険・バトル)

物語の世界には、時折胡散臭い狂言回しが出てくることがあるだろう。▼なった、それに。▼気づいたらそんな狂言回しになっていた男は、狂言回しの役割を放棄して人々を害する怪異をボコボコにして回ることにした。▼いっそお前の方がやばい怪異だろという勢いで暴れ散らかす狂言回し、阿鼻叫喚の怪異と被害者。▼除霊師達からは怪異と同類扱いされる男の行先やいかに。▼「カクヨム」様に…


総合評価:15496/評価:8.91/連載:25話/更新日時:2026年07月13日(月) 07:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>