在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第十七話 赤尾根商隊

 湿地特有の柔らかな地面を踏みしめながら、俺はナジャの背中を追い、交易路へと向かった。

 その傍らでは、ルーメが上機嫌に宙を舞いながら、先を行くナジャへ無邪気な問いを投げかけている。

 

「向こうにいる人たちって、みんなナジャの家族なの?」

 

「そうだよ。血のつながった親戚ばかりさ。それに、同じ火を囲んで育った仲間なら、もう家族も同然だからね」

 

 ナジャはこちらを見ることなく、だが少しばかり誇らしげに答えた。

 

「ルーメ」

 

 名を呼ぶと、小さな身体がくるりと振り返り、そのまま俺のもとへ飛んでくる。

 

「どうしたの?」

 

 俺はわずかに歩幅を緩め、先を行くナジャとの距離を意識して広げた。

 獣人は耳が良いと聞く。これだけ離れれば大丈夫だとは思うが、念のため声を落とす。

 

「……ルーメのことは、あまり人に話さないようにしましょう。何かあってからでは遅いですからねぇ」

 

 できるだけ小さな声で伝えると、ルーメは驚いたように目を見開いた。次いで両手で口を覆い、きょろきょろと辺りを見回し始める。

 別に誰かがこちらを窺っているわけでもないのだが、その慌てぶりが妙におかしく、思わず頬が緩みそうになった。

 

 そのとき、先を歩くナジャの耳が、ぴくりと動いた。

 ……聞こえている、か?

 

「それに、ルーメは可愛いですからねぇ。悪い人に攫われでもしたら大変だ」

 

 少しだけ声を張ってそう続けると、ルーメは照れたように身体を明滅させながら、俺の周りをふわふわと舞った。

 

「えー? そうかなぁ」

 

 口元を緩ませ、嬉しそうに光を振りまく姿は、なるほど確かに目立つ。

 まあ、こちらも多少は警戒しているのだと、それとなく伝えておくくらいでちょうどいいだろう。

 

 交易路へ着くと、二台の幌馬車と、その周囲で待っていた獣人たちの姿が見えた。

 ナジャと同じ薄茶色や赤褐色の耳を持っているが、こちらへ向ける表情は一様ではない。

 弓を背負った年長の男は値踏みするように目を細めている。荷車の脇に立つ恰幅のよい女は、俺ではなくナジャに苦笑の類の顔を向け、御者台の少年は好奇心を隠さず、視線がルーメと光り玉を往復している。

 残りの若い二人も、一人は会釈したが、もう一人は疑いの目を隠そうともしていなかった。他にも数人がいるが、持ち場があるらしく、それぞれ仕事をしているようだった。

 

「さあ、連れてきたよ」

 

 ナジャが一行へ向けて声を張る。

 

「ダリオ・クライン。ラウゼンを拠点にしている青銅級の冒険者だ。王都まで同行してもらう」

 

 紹介が終わると同時に、いくつもの視線が一斉にこちらへ向けられた。

 共同で依頼を受けるときと同じだ。こういう時は、最初の印象が大事。

 

「ご紹介にあずかりました、ダリオです。縁あって、王都までご一緒させていただくことになりました」

 

 そう告げて、軽く頭を下げる。途端に、集まった視線が頭の上へ突き刺さるような感覚を覚えた。

 ルーメは俺の背後に隠れたまま、ひと言も発しない。先ほど注意したことを気にしているのか、いつもより光まで控えめになっているようだった。

 

 やがて、一行の中でも年嵩の男が、俺とナジャを順に見比べながら口を開く。

 

「長老が言っていた、二つの灯を連れた男か」

 

「うん。絵に描かれていた姿とも同じだね」

 

 ナジャの答えに得心したのか、それとも最初から疑うつもりなどなかったのか。少なくとも、俺の同行に異を唱える者はいなかった。

 彼らが信じているのは、見ず知らずの俺ではない。シャーマンである長老の言葉なのだろう。

 

「まあ、何にせよだ。歓迎するよ、若いの」

 

 恰幅のよい女が腰に手を当て、豪快に笑いかけてくる。

 

「ただし、荷には勝手に触らないこと。食事と夜番については、こっちの決まりに従ってもらう。それでいいね?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 この一行を取り仕切っているのは向こうだ。こちらから、わざわざ揉め事の種を作るつもりはない。

 無論、明らかに不利益を押しつけられるようなら話は別だが、今のところは客人として迎え入れるつもりでいてくれるらしい。

 

 そんなやり取りをよそに、御者台に座っていた少年は、こちらの話などほとんど耳に入っていない様子だった。

 

「ねえ! それって妖精なの!?」

 

 身を乗り出し、目を輝かせながらルーメを見つめている。

 

「ええ。ルーメと言います」

 

 本人に代わって答えると、少年の顔はいっそう明るくなった。そのまま手を伸ばしかけたところで、隣にいた若い女が彼の後頭部を軽く叩き、御者台の奥へと引き戻す。

 

「すまないね」

 

 女が申し訳なさそうに頭を下げたので、こちらも軽く頷いて応じた。

 珍しいものを前に興味を抱くのは無理もない。とはいえ、ルーメのことについては、少しばかり用心しておいた方がよさそうだ。

 

「名前は、無理に一度で覚えなくていいよ」

 

 ナジャが肩を竦める。

 

「あたし以外は、必要になったときに聞けばいいさ」

 

「それは助かります」

 

 見渡せばかなりの人数がいる。これを一度に覚えろと言われても、さすがに骨が折れそうだった。

 

「さて、先に条件を確認しておこうか」

 

 ナジャはそう言うと一台目の馬車へ背を預け、腕を組んだ。

 

「王都までは、道中で問題が起きなければ七日ほどだ。食事と水、それから馬車の中で休める場所はこっちで用意する。関所では、うちの商隊に雇われた護衛として申請するつもりだよ」

 

「関所、ですか。ギルドへ照会されることはありますか?」

 

 思わず声を潜めて尋ねる。

 こちとら長年青銅級。関所を越えて遠方まで護衛するような依頼を受けた経験などない。

 関所からギルドへ問い合わせでもされれば、困ったことになる。

 

「指名手配でもされていない限り、まずないね」

 

 ナジャはさほど気にした様子もなく答え、そのまま話を続けた。

 

「王都へ着いた後も、長老との話が終わるまでは、本店の空き部屋を使ってくれて構わないよ。店と倉庫を兼ねた小さな建物だけど、そこらの安宿よりはよほど上等さ」

 

 なるほど、それならば問題はなさそうだ。

 少なくとも、黒釘の連中は俺を始末したつもりでいるはずだ。死んだと思っている人間を、わざわざ指名手配する理由もないだろう。

 

 ナジャも、こちらの事情を深く聞かないまま、ずいぶんと気を回してくれている。

 ありがたい話ではあるが、そこまで手を貸すほど、彼女たちは長老のお告げとやらを重く見ているらしい。こうなると、その内容がますます気になってくる。

 

「ああ、それともう一つ」

 

 ナジャは思い出したように人差し指を立てた。

 

「もし遺物を売る気になったときは、最初にうちへ声をかけてもらえると嬉しいね。値段については、精いっぱい勉強させてもらうよ」

 

 親指と人差し指で輪を作り、にやりと笑う。

 商人が金の話をするときに、たまに見せる仕草だ。だが、獣耳を揺らしながらナジャがやると、不思議と肩の力が抜けてしまう。

 

「ええ。そのときはよろしくお願いします。それと、こちらからも一つお願いがありまして」

 

「聞こうか」

 

「ラウゼンへ、二通ほど手紙を届けていただきたいんです。王都へ着いてからで構いません。できれば、内々に」

 

 俺の言葉を聞き、ナジャの表情が少しだけ険しくなる。

 

「宛先は?」

 

「一通は《青い燕亭》へ。もう一通は、ラウゼンの冒険者ギルドで受付をしている、エルナさんにお願いします」

 

「ギルドそのものじゃなく、受付の個人宛てかい?」

 

「ええ。ただ、エルナさんへの手紙は、難しそうであれば諦めます」

 

 ナジャは俺の顔をしばらく眺めた後、鼻を小さく鳴らした。

 

「ふむん。まあ、いいさ。その二通だね」

 

「ありがとうございます」

 

 エルナとは、俺が冒険者になった頃からの付き合いだ。個人としては信頼している。だが、彼女がギルドという組織の中で、どういう立ち位置は分からない。

 できれば、何の関わり合いもないと良いんですがねぇ。

 

 《青い燕亭》には、俺が無事でいることと、屋根裏部屋や荷物をしばらくそのままにしてほしいことを伝える。今月の家賃は既に支払い済みだ。それほど難しくもないはず。

 エルナへの手紙には、鉄牙鼠の依頼を受けた青銅級冒険者を捜す必要はないこと。それから、入坑記録を内密に見直してほしいことだけを書くつもりだった。

 もちろん、俺の名前は出さない。個人を特定できるような情報も、できる限り避ける。

 それでも勘づかれる可能性はあるが、その時こちらは遠い王都の空の下。追手を差し向けるにしても時間がかかるし、距離を理由に手を引く可能性もある。

 

「ほかには何かあるかい?」

 

 ナジャは先ほどまでの話を紙へさらさらと書き留めながら、顔を上げずに尋ねてきた。

 ここまで頼んだのだ。物はついでという奴だろう。

 少々厚かましい気もするが、背に腹は代えられない。

 

「……実は、少しばかり入用でして。王都へ着いてからで構いませんので、いくらかご用立ていただけませんか?」

 

 坑道で襲われた際、長年使っていた財布も失ってしまった。

 残念ながらあの力は、自身が使った物にしか適応されないらしい。

 背嚢に入れていた物資の類も、戻っては来ていない。

 

 つまり今の俺は、正真正銘の無一文だ。

 わずかでも元手を借りられれば、冒険者として依頼を受けるなり、手持ちの品を利用するなりして、金を工面することはできるはずだった。

 

「うちは金貸しじゃないんだけどねぇ」

 

 ナジャは筆を止めると、指先で頭をこりこりと掻き、少しばかり渋い顔をした。

 

「……まあ、乗りかかった舟だ。額については、王都へ着いてから相談させておくれ」

 

「助かります」

 

 思わず、胸の内で安堵の息を吐く。

 

「さ、じゃあ話はまとまったね。日が高くなる前に湿原を抜けるよ」

 

 その声を合図に、隊商の面々が動き始めた。

 年長の男は俺を警戒しながら馬と荷を確かめ、少年は御者台へ戻る前にルーメへ手を振った。

 腕を組んでいた若い男は、俺の脇を通る際、低い声で告げる。

 

「長老の言葉だから乗せる。それだけは覚えておいてくれ」

 

「分かっています」

 

「妙な真似はするなよ」

 

「勿論ですよぅ」

 

 反対に、もう一人の若い女は乾かした果実を一つ差し出してきた。

 

「後で食べてください」

 

「ありがとうございます」

 

 この集団も、それぞれあるらしい。

 

「ダリオ、こっちだ」

 

 ナジャが後方の幌を指す。

 

「荷台の後ろを空けた。今日は夜番もしなくていいから、ゆっくりしてな」

 

「ありがとうございます」

 

 申し出は素直に受け取った。

 あらかた回復したとはいえ、まだ完全ではない。少しでも休めるときには休みたかった。

 

 俺は《四式》を抱えたまま荷台へ上がり、出口に近い場所へ腰を下ろした。

 ルーメが膝へ降り、光り玉は幌の天井近くへ浮かぶ。

 

 やがて荷紐の確認を終えた声が交わされ、馬の鈴が鳴った。

 

「出すよ!」

 

 掛け声とともに、二台の馬車がゆっくり動き始める。

 車輪が湿地板の継ぎ目を越えるたび、荷台が小さく揺れた。幌の隙間から、湿原と煤鐘丘陵が少しずつ遠ざかっていく。

 

「ダリオ」

 

 ルーメが膝の上から顔を見上げた。

 

「王都って、どんなところだろ?」

 

「人がたくさんいるところですよ」

 

「妖精は?」

 

「どうでしょうねぇ」

 

「ボクみたいなのもいるかな?」

 

 答えに迷い、小さく笑った。

 

「いるといいですねぇ」

 

「うん!」

 

 王都までは七日ほど。

 

 いつか行ければと憧れながらも、自分には縁のない場所だと思っていた。その王都へ、まさかこんな成り行きで向かうことになるとは。

 胸の内は、おおきな不安と、少しばかりの高揚。

 

 どうやら俺は、これから始まる初めての“冒険”を、思っていた以上に楽しみにしているらしかった。

 

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