在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第二話 買い物

 

「ピナさん」

 

「ああ?」

 

 木箱を抱えたピナが振り返る。

 銅色の巻き毛を布で押さえた、丘小人族の女だ。確か、年のころは三十を少し過ぎたとどこかで聞いたが、小柄な体格のせいで、俺の目にはもっと若く見える。

 もっとも、値段交渉をする時の目つきだけは、三十どころか百年商売をしている古狸のようだった。

 

「まだ、買えますかね?」

 

「物によるね。毒薬と棺桶なら明日にしておくれ」

 

「どちらも買いませんよぅ」

 

「じゃあ入りな。閉めるところだったんだ」

 

 ピナが顎で店内を示す。

 俺は一度、腰の財布を押さえ、それから店へ入った。

 

 《ボルツ商店》の店内は、外観から想像するよりもずっと狭く感じる。

 壁際の棚には、松明、火口箱、油壺、包帯、保存食、針金、革袋、鉄釘、粉末石灰などが隙間なく並べられており、天井からは縄や水袋が吊るされ、奥の棚には簡単な罠や怪物避けの香が置かれていた。

 乾燥させた薬草と油、それに革の臭いが混ざっている。

 物がギチギチに積み上がっていて、まるで何処かの詰め込み過ぎた納屋みたいだった。

 

「何がいるんだい」

 

「ええと……」

 

 俺は棚を眺めた。

 どうせ試すなら、中途半端な金額では意味がない。

 明日の飯が無くなるかもしれないが、その時はその時だ。

 

「松明を六本。油壺を二つ。保存食を六食分ください」

 

 品物を取ろうとしたピナの手が止まる。

 

「珍しいね」

 

「そうですか?」

 

「あんた、いつもなら松明は三本。保存食は四食分だろ。油壺なんて、滅多なことじゃ買い足しゃしない」

 

「よく覚えてますねぇ」

 

「客が前に何を買ったか覚えてない商人は、早めに店を畳んだ方がいいさ」

 

 ピナは俺を睨んだまま、それでも品を台へと置いた。

 

「ほかは?」

 

「包帯を二巻と、縄を一抱え。火口箱。粉末石灰を一袋。それと鉄釘も一袋」

 

「遠出かい?」

 

 聞きながらも、その手は淀みなく商品を棚から取り出す。

 

「いえ、まあ……その予定はまだないですかね」

 

「ふうん?」

 

「いや、まぁ、そのぅ」

 

「ふん、客の詮索をするなんて耄碌したかね。詳しくは聞かないよ」

 

 ピナの視線が逸れたことで、少しばかりホッとする。

 そのまま視線をずらし、店の奥にある鍵付きの棚を見た。

 

 透明な液体の入った小瓶が数本並んでいる。

 

「あ、あと、安い回復薬を一本。それから、解毒薬も一本ください」

 

 ピナは先ほど言ったことを忘れ、完全に手を止めた。

 

「あんた、何をする気だい」

 

「何もする気はないですよ」

 

「お前さんが、そこまでつぎ込んで道具を買い込んだりするタマかい」

 

 うぐ、そう言われると、まあ確かに。

 回復薬が大銅貨四枚。解毒薬が大銅貨三枚。残りの品を合わせれば、ちょうど銀貨一枚、大銅貨六枚、銅貨八枚になる。

 

 俺の、全財産。

 

「どうせ死ぬなら豪勢に、という顔には見えないけどね」

 

「死ぬ気はありませんって」

 

 ピナが、ひどく長いため息をついた。

 

「念のため聞くよ。借金取りに追われてるんじゃないだろうね」

 

 借金取りに追われ、買えるだけの物を買って街を出る。良くある話ではある。

 

「借りられる信用がありませんよぅ」

 

「胸を張るところじゃないね」

 

「ごもっとも」

 

 ピナはしばらく俺の顔を観察していたが、やがて諦めたらしく、鍵を開けて薬瓶を二本取り出した。

 全商品が台の上へ並べられる。

 

 松明六本。

 油壺二つ。

 硬焼きパンと干し肉、乾燥豆をまとめた保存食六食分。

 包帯二巻。

 縄一本。

 火口箱。

 粉末石灰。

 鉄釘。

 回復薬。

 解毒薬。

 

 十三年間、何度も買ってきた品々だった。

 どれも、冒険者にとって珍しい物ではない。

 ただし、こんな量を一度に買ったのは初めてだ。どこかワクワクしている自分がいる。

 なんというか、コレが大人買い、と言う奴なのだろうか。

 

「銀貨一枚、大銅貨六枚、銅貨八枚」

 

「分かりました」

 

 俺は財布を開いた。

 中身をすべて、台の上へ出す。

 

 まず銀貨を一枚。

 次に大銅貨を六枚。

 最後に銅貨を八枚。

 

 ピナは俺が出した硬貨を一枚ずつ指で弾き、音と重さを確かめた。偽造貨幣でないことを確認すると、革袋へ入れる。

 

「確かに、ちょうどだよ」

 

「……ですよね」

 

「なんだい、その顔は」

 

「いえ」

 

 俺は空になった財布を手に取った。

 袋の口を下へ向け、二度振る。

 

 何も落ちない。

 

 内側へ指を入れても、当然ながら硬貨は残っていなかった。

 俺の全財産は、間違いなくピナの革袋の中へ移った。

 

「ピナさん」

 

「なんだい」

 

「今の金、受け取りましたよね?」

 

「いよいよ頭がおかしくなったのかい?」

 

「そうですよね。すみません」

 

 俺は買った品々を背負い袋へ詰めた。

 全財産を失った重みが、肩へずしりとのしかかる。

 

 これで、朝飯を買う金もない。

 宿代は今月分まで払っているが、次の依頼を早急に見つけなければ、その先はない。

 

 冷静に考えれば、ひどく馬鹿なことをした。酔いのせいか、いや、何かを変えたかったのか。

 説明のできない違和感を確かめるために、持っている金をすべて使ったのだ。

 

「やっぱり、一つくらい返品を――」

 

「駄目だよ」

 

「まだ言い終わってませんよぅ」

 

「薬を出した時点で返品はなしだ。食料も一度客の袋に入れた物は戻せない」

 

「そうですよねぇ」

 

「明日の朝になって後悔しても遅いからね」

 

「もう後悔してます」

 

「早いね」

 

 ピナに見送られ、店を出た。

 外の空気は先ほどよりも冷たくなっていた。懐の方はもっとだ。

 背負い袋の中で、油壺と薬瓶が触れ合い、小さく鳴る。

 

 俺は店から数歩離れ、自分の財布の中を覗き込んだ。

 

 空だ。

 さっき、確かに空であることを確認した。

 

「……まあ、そうですよね」

 

 馬鹿な期待をした自分が恥ずかしくなり、財布を腰へ戻そうとした。

 

 その瞬間だった。

 

 革袋の中で、何かが触れ合う音がした。

 しゃり、と。

 小さな、けれど聞き間違えようのない金属音。

 

 手が止まった。

 どきりどきりと、今まで感じたことのないくらい鼓動が速くなる。

 ごくり、と唾を飲み込み、ゆっくりと財布の口を開く。

 手が震えているのが分かる。

 

 財布の中に、何かが見えた。

 街灯の光を受け、中にある硬貨が鈍く輝いた。

 

「…………」

 

 銀貨が一枚。

 大銅貨が六枚。

 銅貨が八枚。

 

 俺は口を開いたまま、しばらく動けなかった。

 

 数える。

 

 もう一度数える。

 

 銀貨一枚、大銅貨六枚、銅貨八枚。

 

 一枚も欠けていない。

 

「いやいや……」

 

 店の扉を振り返った。

 窓越しに、ピナが先ほど受け取った硬貨を整理しているのが見える。銀貨を持ち上げ、ランプの光へ透かし、それから金庫へ入れた。

 

 俺が渡した金は、確かにあちらにある。

 だが、俺の財布の中にも、同じだけある。

 

「待ってくださいよ……」

 

 声が掠れた。

 

「なんですか、これ」

 

 誰も答えない。答えられない。

 ただ、一人の冒険者の呟きだけが風に乗って消えていった。

 

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