王都へ続く街道は、城壁へ近づくほどその幅を増していった。
左右から別の道が合流するたび、荷馬車や旅人の列が膨らみ、やがて埋まっていく。畑の先には倉庫や厩舎が建ち並び、街道脇では荷運び人や案内人が声を張り上げていた。
正面にそびえる王都の城壁はさらに巨大に見える。
白灰色の石を隙間なく積み上げた壁は、ラウゼンの外壁より遥かに高い。等間隔に並ぶ塔の上では、王国旗が風を受けて翻り、その向こうには煙突から出る煙が覗いている。
「ほえぇ。おっきいねぇ……」
ルーメが外套の襟元から、ほんの少しだけ顔を出した。
「頭を引っ込めていてくださいよ?」
王都へ近づく前に、光り球は物入れへしまってある。ルーメも外套の内側へ隠れてもらったが、完全に光を消せるわけではないため、布越しに淡い明かりが滲んでいた。
幸い、昼間なら目立たない。
問題は、門番に外套の中まで調べられた場合だった。
「心配しすぎだよ」
速度を落として馬車と並んでいたナジャが、馬上から振り返る。
「南東門は商人と職人の出入りが多い。正規の許可証がある隊商を、そこまで調べやしないさ。ま、荷の方はしっかり見られるがね」
ナジャは軽く笑って言うが、心配は心配。何しろこんな大行列に並ぶのすら初めてだ。
田舎者よろしく、キョロキョロと首を回さないように精一杯視線だけを巡らせている。
門前の列は、人間の旅人、商人、農民、亜人や獣人で、いくつかに分けられている。表向きは荷の種類や通行目的に応じたものらしいが、並んでいる顔ぶれを見れば、実際の分け方は分かりやすかった。
人間だけの商隊は中央の列。
獣人や亜人を多く含む一団は、端の列。
中央は順調に進んでいる一方、端の方は確認が長い。前に並んでいた蜥蜴人の荷車は、荷台へ積んだ藁束まで崩され、積み直す頃には中央の列が幾分か進んでいた。
「毎回、こんな感じなんですか」
「王都はまだマシなほうさ」
ナジャは馬上で伸びをしながら答える。
「地方の関所だと、役人の気分次第で金が取られるからね。その点王都なら、荷札と許可証が揃っていれば時間がかかるだけで済む」
なるほど。王のお膝元では表立って賄賂なんかは無いかもしれないが、地方はそういう面倒もある、か。
やがて赤尾根商隊の番が回ってくる。
門の前には、槍を持った兵士と、帳面を抱えた役人が待っていた。役人は許可証へ目を通すと、最初にナジャの耳を見て、それから二台の幌馬車へ視線を移した。
「赤尾根商隊。王都本店への帰還、と」
「そうだよ。薬草、染料、加工前の魔物素材。申告書どおりさ」
「全荷を確認する。幌を開けろ」
ナジャが指先を上げると、隊商の面々が慣れた動きで幌を開いた。
薬草の束がほどかれ、壺の蓋が外される。布で包んでいた鎧角猪の甲皮も広げられ、役人はそれらを目を皿のようにして検めていた。
「お前は?」
役人が俺を訝し気な目で見ながら聞いてきた。
「王都まで同行する護衛ですよ」
ナジャが横から答える。
役人は表情を変えず、俺へ階級札を出すよう促した。
胸元から青銅の階級札を取り出して見せると、刻まれた所属と番号を指でなぞり、何度か俺と札を見比べる。
「ラウゼン所属の青銅級が、なぜ王都へ?」
「さっきもお伝えした通り、商隊護衛ですよぅ」
「契約書は」
「口頭契約ですね」
役人の眉が僅かに動く。
「無理に同行させられているわけではないな?」
「それはもう、もちろん」
俺の返答を聞きながら、役人は獣人たちを一瞥した。
人間が獣人だけの商隊へ加わっていることを不自然だと考えているのだろう。
「そちらの外套も開けろ」
ルーメが、布の内側で小さく身を固くした。
断れば余計に怪しまれる。
俺は胸元へ手を入れ、ルーメを掌の陰へ隠すように押さえてから、外套の前を開いた。
中には腰帯、それから物入れがあるだけだ。ルーメは背後へ身を寄せ、光もできる限り弱めている。
役人は一度こちらを眺めたものの、さらに詳しい検査まではしなかった。
「……通っていいぞ。王都内で揉め事を起こすなよ」
「分かってるよ」
ナジャは笑顔のまま許可証を受け取った。
荷を積み直す間にも、後から来た人間だけの商隊が中央の列を抜け、先に門の中へ入っていく。
誰も文句は言わず、荷を包み直す。その動きは手慣れており、彼らの表情からもいつもの事だというのが分かった。
「悪かったね」
門を抜けてから、ナジャが言った。
「何がです?」
「あんたまで調べられた」
「まあ、俺でも怪しいと思いますから、仕方ないですよ」
こうして無事に王都へ入れたんだ。問題ない。
南東門の内側は、想像した以上に騒がしかった。
幅広い大通りを、荷車、馬車、人の波が絶え間なく行き交っている。石造りの建物は三階、四階と積み重なり、上階から張り出した看板が空を狭くしていた。
幾つもの匂いと声が混じり合い、街の熱となって押し寄せてくる。
「すごい……」
門から十分に離れたところで、ルーメが外套の隙間から顔を出した。
「人がいっぱい!」
「まだ隠れていてくださいよぅ」
「まだ?」
「ええ、落ち着いたら、出てきてもらって構いませんので」
興奮したルーメをやんわりと外套の内へ押しとどめる。
王都では獣人も珍しくない。
実際、通りには猫のような耳を持つ女や、牛角の生えた大男、肌に鱗を持つ職人らしい者も歩いている。だが、小さな妖精を連れた者は、少なくとも見える範囲にはいなかった。
ナジャ達は、王都で妖精を連れた森人を見たことがある、と言っていたが、やはり相当に珍しいらしい。
赤尾根商隊は大通りを南東へ進み、やがて人通りの少ない脇道へ入った。
建物が少しばかりみすぼらしくなり、道端には木箱や樽が積まれている。通り沿いの店も、王都中心部へ品を卸す小さな工房や、地方の食材を扱う商店が多いらしい。
獣人の姿も増えた。
獣耳を忙しなく動かし、尾を自由に揺らして歩く者がいる。窓辺では鳥人の女が羽根を干し、道の端では小柄な鼠人が木箱へ印を押していた。
「ここが南東区の外れだよ」
ナジャが馬上から言う。
「中心街ほど華やかじゃないけど、地方者が商売するには悪くない。家賃も少しは安いしね」
彼女も、どこか張っていた気を緩めたようだ。門の所からあった険が取れている気がする。
通りに入ると、店先の獣人たちが次々にナジャへ手を上げた。帰りを待っていたらしく、何人かの子供が馬車の後ろを追いかけてくる。ナジャは馬上から名前を呼び返し、仕入れた品は明日並べるから今は待て、と笑っていた。
この一帯では、赤尾根商隊はそれなりに知名度があるらしい。門前で向けられていた視線とは違う、迎えいれる空気があった。
しばらく進むと、二台の馬車がギリギリ入れる程度の小さな中庭を持つ建物の前で、ナジャが手を上げた。
石造りの一階に、木造の二階を継ぎ足した細長い建物だ。正面には赤く塗られた尾根の印が掲げられ、その下に《赤尾根商会》と書かれた木札が下がっている。
店先へ並んでいるのは、乾燥肉の束、薬草を詰めた籠、色鮮やかな織物、角や骨を使った小物。店というより、地方の品を所狭しと詰め込んだ倉庫みたいだ。
「さ、店に着いたよ」
ナジャが馬から下りる。
「いやぁ、随分立派ですねぇ」
「そんなもんでもないさ。目抜き通りの大店を見てみな、ひっくり返るぜ」
そう言って謙遜するが、尻尾はユラユラと機嫌よさそうに揺れているのが見えた。
後ろで他の獣人が笑いを堪えている。
「さて、留守番は何をしてたんだい。やっとこさ帰ってきたってのに」
気恥ずかしさからか、少しばかり語気を強くしながら店の敷地にナジャが入っていく。
戸を開けると、乾燥薬草と香辛料の匂いが流れてきた。
店内には背の高い棚が並び、瓶や包み、木箱が隙間なく収められている。奥には帳場があり、そのさらに先は倉庫と居住区へ続いているらしい。
「帰ったよ!」
ナジャの声が建物の奥へ響いた。
すぐに床を踏む音が近づき、灰色の獣耳を持つ老女が姿を現す。
長老かと思ったが、ナジャは彼女を見るなり顔をしかめた。
「婆さまは?」
「おかえり。朝から出てるよ」
「どこへ?」
「呼ばれたんだとさ。白錫商会の倉庫で、なんや見つかったらしいわ」
白錫商会。
聞き覚えのない名だった。
「今日中には戻るのかい?」
「さあね。戻っても日が暮れてからだろうよ」
老女は俺を見たが、少し方眉を上げただけだ。
「その男が、お告げの?」
「ああ、たぶんね」
ナジャがこちらを振り返る。
「すまないね。ちょいと時間を貰うよ。今日は荷を下ろして、あんたの寝床を作る。金の話も、明日だ」
「まぁ、俺の方は急ぎませんよ」
七日間の旅を終えたばかりだ。
少しばかりのんびりしてもバチは当たるまい。
ただ少し、長老が呼ばれた先――白錫商会の名が、妙に気になった。
「ダリオ」
ルーメが外套から抜け出し、店の棚を見上げて目を輝かせている。
「いっぱいあるよ!」
「勝手に触れてはいけませんよ」
「わかってるよー」
ルーメが笑いながら宙を舞う。
俺は四式を抱え直し、赤尾根商会の中へ足を踏み入れた。