在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第二十二話 届く荷はどこから

 目を覚ますと、見慣れない天井があった。

 梁には乾燥薬草が吊られ、開け放たれた小窓から入る風に、細い葉先がかすかに揺れている。物置を急いで片づけた部屋らしく、壁際には木箱が二つ残っていたが、寝台には清潔な毛布が敷かれ、昨日は久しぶりに体を伸ばして眠ることができた。

 

 そうか。ここは赤尾根商店の一室だった。

 寝ぼけ眼を擦りながら身を起こすと、枕元に浮かんでいたルーメの輪郭が、窓から差し込む朝の光を受けて淡くきらめいた。

 

「おはようー!」

 

 朝から少しも衰えない元気な声に、こちらもつられて笑みを返す。

 寝台脇の物入れから結晶を取り出し、砕いた。もう何度も繰り返した手順だけに、今ではすっかり慣れたものだ。

 

 割れた結晶から溢れた光はルーメの身体へ吸い込まれていく。白金色の髪から細かな粒子が零れ、その輪郭は先ほどまでよりも鮮明に、ひときわ強く輝いた。

 こうして結晶を割り始めてから、すでに幾日か経っている。

 

 そのせいだろうか。ルーメは少しずつ、以前よりも存在感を増しているように思えた。うまく言葉にはできないが、そこにいるという感覚そのものが、日ごとに確かなものへ変わっている気がする。

 

 もっとも、本人に尋ねても、「そうかなー?」と、首を傾げるばかりだったが。

 

 

 身支度を整えて階下へ降りると、赤尾根商会は既に動き始めていた。

 店先では乾燥肉や薬草が棚へ並べられ、奥では昨日運び込んだ荷を解く音と声が。通りへ面した戸は大きく開かれ、朝の空気と一緒に、近所の店が焼く薄パンの匂いが入り込んでいた。

 

「おはよう。よく寝れたかい? 婆さまが待ってる。そこにある飯を食べたら、行くよ」

 

 店へ顔を出すと、帳場で在庫帳をめくっていたナジャが、こちらを見るなり顎をしゃくった。

 示された卓の端には、俺の分らしい薄焼きのパンと豆の煮込みが用意されている。礼を告げて手早く腹へ収めると、ナジャは帳面を閉じて立ち上がり、俺たちを店のさらに奥へと案内した。

 

 倉庫の裏には、外から見えない位置に小さな中庭があった。

 石壁に囲まれた地面へ白い砂が敷かれ、中央には灰を残した浅い炉がある。軒下には赤い紐、獣骨、乾燥させた木の実が吊られ、壁際には古びた地図や獣皮の巻物が積まれていた。

 

 炉の向こうに、白髪の老女が座っている。

 薄茶色の耳は片方が欠け、深い皺の刻まれた顔には、長い年月を過ぎた凄みのようなモノが感じられた。

 

「婆さま。連れてきたよ」

 

「見れば分かるさ。朝から声が大きい」

 

 ナジャは肩をすくめ、俺を促して老女の前へと座る。俺もそれに従い、彼女の隣へ腰を下ろした。

 老女の視線がまず俺へ向き、それから肩口に浮かぶルーメへ移る。

 

「無理を言って来てもらったようで、すまなかったね」

 

 老女はそう言って、こちらへ軽く頭を下げた。

 

「ああ、いえ。こちらにも都合のよい話でしたから、どうかお気になさらず」

 

「そう言ってもらえると、助かるよ」

 

 ゆっくりと顔を上げた老女は、改めて俺の姿を見定めるように目を細める。

 

「さて――二つの灯を連れた男、か」

 

 確かめるように呟きながら、その鋭い視線をまっすぐこちらへ向けてきた。

 その隣で、ナジャが頷く。

 

「ああ。婆さまの占いどおりだったよ。それで? どうして王都まで連れてくる必要があったんだい?」

 

「それを知るために、ここへ呼んだのさ」

 

 老女は静かに答えると、炉へ香木を一本くべた。赤く熱せられた炭に触れた途端、細い煙が立ち上り、乾いた甘い香りが部屋へ広がっていく。

 

「あのとき、ワシが見たのは、朝霧と、水に閉ざされた門。そして、二つの灯を従えた者じゃった。その者を王都へ導けば、失われた道が再び開く――占いが示したのは、それだけじゃ」

 

「失われた道、ですか」

 

「ワシにも、まだ分からん。見えたものを、見えたまま伝えただけじゃからな」

 

 老女はそう言いながら、懐から赤い木の実を三つ取り出し、炉を囲むように一つずつ並べていく。

 

「だが、これほど形のはっきりした占いは珍しい。おぬしが何者で、赤尾根とどうかかわるのか。まずは、それを確かめねばならん」

 

 香木から立つ煙を、老女が細い指で掬う。

 煙は風もないのに炉の上で渦を巻き、一本の筋となってルーメへ伸びた。触れる直前、白金色の光が弾け、煙が細かな輪へ分かれる。輪はルーメの身体を一度巡ると、今度は俺の手首へ絡みつこうとした。

 

 だが、触れた煙は二つへ割れた。

 

 一方は背後へ。

 もう一方は、まだ何もない俺の前方へ。

 

 老女はわずかに目を細め、その視線を俺の傍らに浮かぶルーメへ向けた。

 

「器のために生まれ、役目を終えれば消えるはずだった灯、か」

 

「どういう意味です?」

 

「名が、あれの内に根づき始めておる」

 

 老女は、ルーメを見つめたまま静かに続ける。

 

「誰かに名を呼ばれ、自らもそれを己の名として受け入れる。そうして存在を重ねていけば、器のためだけに生み出されたものも、いつかは与えられた役目を越える」

 

 ひどく回りくどい言い方だった。

 ただ、俺が何をすべきかだけは、何となく分かった気がする。

 これまでどおり結晶を与え、ルーメを顕現させ続ければいい。名を呼び、こうしてともに過ごしていけば、いつか彼女は、今とは違う何かになれるのかもしれない。

 

 当のルーメは話の意味が分からないらしく、不思議そうに首を傾げていた。

 安心させるように微笑みかけると、ルーメもすぐに顔をほころばせ、嬉しそうに笑い返してくれた。

 

 煙は再び俺の方へ集まり、揺れた。

 

「それにしても、お前さんの方は妙じゃな。ああ、実に奇妙だ」

 

「どういう意味です?」

 

「遠く幾重にも連なる明日から、今日のお前さんへ荷が送られておる」

 

 その言葉に、胸がどきりと跳ねた。

 

 荷が送られている。

 それはつまり、使ったはずの物が再び手元へ戻ってくる、あの現象を指しているのではないだろうか。

 だが、遠く幾重にも連なる明日とは、いったい何を意味しているのか。それに。

 

「誰が送っているんです?」

 

「さあな。そこまでは見えん。だが――」

 

 老女はそこで言葉を切ると、今度はナジャへ視線を移した。

 

「送られてくる荷のいくつかから、赤尾根の気配を感じる。その縁があったからこそ、占いはお前さんをこの男のもとへ向かわせたのかもしれんな」

 

 炉から立ち上る煙の一筋が、ナジャと俺の間を縫うように絡み合った。やがて細く長く伸びながら昇り、どこへ続いているのかも分からぬまま、空へ。

 

「つまり、この人がうちの大口客になるってことかい?」

 

 ナジャは軽口めかして笑ったが、その尾は隠しきれない興味を映すように、ゆっくりと左右へ揺れていた。

 

「それも分からん。だが、お前たちの縁は、そう簡単に切れるものではないじゃろうな」

 

 老女が言い終えると同時に、絡み合っていた煙が、ふっと掻き消えた。

 

「さて、これでしまいじゃ」

 

 そう告げると、老女はゆっくりと腰を上げた。こちらの反応を待つこともなく庭の奥へ姿を消し、あとには香木の甘い匂いだけが残される。

 取り残された俺とナジャは、しばらく無言のまま顔を見合わせた。

 

「……ううん。結局、よく分からないままですねぇ」

 

 俺の身に起きた異変が、何かしら関わっていることだけは間違いなさそうだ。

 だが、どこから来たのか、なぜそこに赤尾根商会の気配が混じっているのか、肝心なところは何一つ分からない。

 

「まあ、婆さまが言っていたとおり、何かしら縁があるんだろうさ」

 

 ナジャは深く考え込む様子もなく、膝へ手をついて立ち上がった。

 

「どちらにせよ、しばらくはうちにいればいい。あの部屋も使っていなかったんだ。飯と寝床くらいなら、どうにでも融通できるさ」

 

 そこで、悪戯っぽく口元を緩める。

 

「どうやらあんたは、うちの大口客になってくれるかもしれないらしいからね」

 

「それはまあ……善処しますよぅ」

 

 苦笑交じりに答えると、ナジャも楽しそうに喉を鳴らした。

 そうして俺たちは、どちらからともなく歩き出し、庭を後にして店へ戻った。

 

 

 面会を終えた後、約束していた通り、二通の手紙を書いた。

 一通は青い燕亭へ。

 もう一通は、ラウゼン冒険者ギルドのエルナへ。

 内容は事前に決めていたとおり、居場所を特定できる情報を避け、無事であることと、調べてほしいことだけを簡潔に記した。

 

 ナジャは封を確かめると、二通を別々の革袋へ入れた。

 

「青い燕亭の方は南回り。ギルド宛ては西の商会を経由させる。運ぶ隊商も別にするよ」

 

「お願いします」

 

「今夜の便へ乗せる。急げば、四日か五日で着くだろうね」

 

 これで、ラウゼンへ向けて今できることは済んだ。

 あとは王都で身を隠しながら、だが、さてどうしたものか。

 

 赤尾根商会の世話になり続けるだけではいられない。すぐ返せるとはいえ、借金もある。しばらく王都へ滞在するなら、冒険者として仕事を探す必要がある。

 

「王都でラウゼンの冒険者札を使った場合、向こうへ何か伝わったりするんでしょうか?」

 

 たかが青銅級一人の動向を、わざわざ知らせるようなことはしないはずだ。それでも、少しでも事情を知っていそうな相手には聞いておきたかった。

 

「うーん。あたしもギルドの仕組みに詳しいわけじゃないから、はっきりとは言えないけどねぇ」

 

 ナジャは腕を組み、少し考えてから続ける。

 

「たぶん、いちいち知らせたりはしないんじゃないかい? 王都だけでも、冒険者がどれだけいると思ってるんだ。札を使うたびに所属先へ照会をかけていたら、きりがないよ」

 

 ナジャも、俺と同じ見立てらしい。

 考え始めれば不安の種はいくらでも出てくるが、今のところ確かめる術もない。ひとまず問題はないものとして、動いてみるしかないだろう。

 

「ああ、そうだ。仕事を探すなら、中央じゃなく南東支部へ行くといい」

 

「南東支部、ですか?」

 

「中央は人が多いからね。余所から来た青銅級にまで回ってくる仕事なんて、そうそう残っちゃいないよ。その点、南東支部ならここからも近いし、まだ探しやすいはずさ」

 

 王都ほどの規模になると、一つの街の中に支部がいくつも置かれているらしい。

 中央にある本部も、機会があれば一度くらい見ておきたかった。とはいえ、今は観光より仕事が先だ。せっかく助言してもらったのだから、素直に近場へ向かうとしよう。

 

「ありがとうございます。まずは、何か仕事を探してみます」

 

「ああ。気をつけて行ってきな」

 

 ナジャに見送られ、店を後にする。

 

 腰に佩いた《四式》の位置を確かめてから、王都南東支部のある方角へ足を向けた。

 ルーメは外套の中で過ごすことにもすっかり慣れたらしく、襟元の奥へ居心地よさそうに収まっている。

 

 俺はその気配を感じながら、新しい仕事へ向かう緊張と、未知の依頼に対する期待とを胸に、王都の通りを歩き始めた。

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