翌朝、俺はリュネと連れ立って、再び王都南東支部の冒険者ギルドを訪れていた。
本当なら昨日の帰りがけ、そのまま報告まで済ませるつもりだった。だが、ちょうど大口の依頼を終えた一団と鉢合わせてしまい、ギルド内は冒険者と職員でごった返していたのだ。
あの混雑の中で事情を説明する気にもなれなかったし、何より、何かの拍子にルーメの存在が露見するのは避けたかった。
結局、日を改めることにして、こうして朝から出直してきたというわけだ。
昨日より幾分落ち着いた館内へ入り、先日依頼を受けたときと同じ受付へ向かう。
「共同住宅、地下室の調査ですね。完了印を確認します」
栗色の髪をまとめた受付嬢は、依頼書の下端に押された印影を確かめ、それから俺たちへ視線を上げた。
「何か、特記事項はありましたか?」
「……そのことで、少々こちらも確認が」
通常の依頼なら、ここで調査内容を簡単に報告し報酬を受け取って、という流れなのだろうが、今回は趣が異なる。
共同住宅の地下で見た通路や、白錫商会との接触の件だ。
最初は筆を動かしていた受付嬢も、途中から手を止めた。
「……少々お待ちください」
奥へ引っ込み、代わりに年嵩の職員を連れて戻ってくる。
もう一度、同じ内容を最初から説明することになった。
「それで、白錫商会側は、正式な調査許可を持っている、と言ったんですね?」
「ええ。王都の土地管理印と、遺構調査の許可印らしいものは確認できました」
「少なくとも、傍から見ればそれらしきモノではあったわね」
リュネが横から付け加える。
年嵩の職員は奥の棚から分厚い台帳を持ってきて、何頁かめくった。
「白錫商会は、《王室特許商会》の一つです。旧王国遺物の発掘や買い取り、研究について、王国からかなり広い権限を認められています」
「王室特許……?」
「ええ。端的に言えば、王国のお墨付きということですね。南東区の該当区域についても、王国遺構管理院から正式に地下調査の許可が下りています」
そう言って、年嵩の職員が一枚の書類をこちらへ向けた。
おそらく許可証の写しなのだろう。署名欄には確かに白錫商会の名が記されている。
隣で、リュネの眉間に深い皺が寄った。
「ふうん? それで、結局あの共同住宅はどうするの? 地盤が沈んでるのは間違いないんだし」
「ええ。もちろん、放置するわけにはいきません。ただ、こちらの判断だけで白錫商会の管理区域へ踏み込むこともできないのです」
「……面倒ねぇ」
リュネは露骨にため息を吐き、腕を組んだ。
どうやら白錫商会というのは、思っていた以上に厄介な立場にいるらしい。
「さて、今回の依頼についてですが」
少し重くなった空気を切り替えるように、職員が話を戻した。
「完了印そのものは、現状のまま受理します。ただし、白錫商会の件がありますので、通常どおりに処理を行うのは難しい状況です」
「というと?」
「ギルド側でも、改めて現地を確認します。白錫商会の管理区域と接触している以上、可能であれば遺構管理院からの回答も待ちたいところです。その上で職員が立ち会い、依頼人にも改めて状況を確認します」
「今日ですか?」
「いえ。人員の手配と先方への照会がありますので、後日になります」
なるほど。
そこまで話が大きくなってしまえば、確かにその場で片づけるわけにもいかないのだろう。
「報酬についても申し訳ありませんが、それまで一度こちらでお預かりします。現地確認を終え、正式に依頼完了となった時点でお支払いします」
……それは少々、面白くない。
依頼そのものはきちんとこなしたつもりなのだから、報酬くらいはすぐ受け取りたいところだ。
とはいえ、事情を聞いてしまえば強く文句を言うのも難しい。隣のリュネも眉間に皺こそ寄せているものの、やがて小さく頷いた。
「分かりました」
「まあ、しょうがないわね」
こちらが了承すると、職員はさらに続けた。
「それと、申し訳ありませんが、依頼人には改めて、地下室への進入禁止と、後日ギルドから調査員が向かうことを通告いただけますか」
「俺たちが、ですか?」
それくらいならギルド側で直接伝えてくれてもいいんじゃないですかねぇ。
そんな考えが顔に出ていたのか、職員は苦笑めいた表情を浮かべ、ひとつ頷いた。
「こちらも少々、人手が不足しておりまして……。金銭での補填は難しいのですが、今回の対応については、内々で昇級査定へ加点とさせていただきます」
そう言って、職員が申し訳なさそうに頭を下げる。
ギルドからの心証を良くしておくことが、昇級の際に有利に働くことくらいは俺も知っている。
リュネの方は、それなら悪くないと思ったらしい。二度三度と納得したように頷いていた。
俺としては、今のところ昇級査定より現金の方がありがたいところではある。
とはいえ、ここでごねたところで話が変わるとも思えない。
「分かりました。では、このまま依頼人のところへ寄って伝えてきます」
「助かります」
職員たちに見送られ、俺たちはそのままギルドを後にした。
向かう先は、昨日訪れた共同住宅だ。
王都の通りは昨日と変わらず活気に満ち、人々はそれぞれの仕事や用事に追われるように、忙しなく行き交っている。
その流れに混じってしばらく歩くと、やがて見覚えのある古びた共同住宅が見えてきた。
建物の前では、大家が割れた木箱に板を当てながら、何やら修理をしているところだった。
「おや。昨日の今日で、どうしたんだい?」
「それが、少し面倒なことになりましてねぇ」
俺はギルドで聞かされた内容を、そのまま大家へ伝えた。
後日、ギルド職員が立ち会ったうえで、改めて現地を確認すること。それまでは地下室、特に地下通路へ繋がっている箇所には近づかないでほしいということ。
「なるほどねぇ」
大家は頭を掻きながら聞いていたが、話が終わるとすぐに頷いた。
「まあ、分かったよ。地下は昨日から鍵を掛けたままだし、住人連中も好き好んで降りたりはしないだろうさ」
「ありがとうございます。ではそのままにしておいてください」
「あいよ」
ひとまず、頼まれたことはこれで済んだ。
では戻ろうかと踵を返しかけたところで、大家が思い出したように「ああ、そうだ」と声を上げた。
「昨日、あんたらが帰ったあとにな。地下を閉めるついでに少し整理してたら、古い箱が出てきたんだよ」
「古い箱、ですか?」
唐突な話に俺とリュネが顔を見合わせる。
大家は構わず、建物の入口脇に置かれていた小さな木箱を持ってきた。
「ここは昔、商人宿だったらしくてな。親父が買った頃にはもう共同住宅になってたんだが、古い道具がいくつか残ってたんだ」
錆びついた留め金を外し、蓋を持ち上げる。
中に入っていたのは、黄ばんで劣化した包帯や、固まりきった軟膏、古びた火起こし石といった、どう見ても使えそうにない品ばかりだった。
だが、その一番下に、革で包まれた一枚の札が収まっていた。
取り出して包みを開く。
黄ばんだ厚紙。縁を走る細い金色の線。そして中央には、ひび割れた赤い封蝋。
「……これは」
「知ってるの?」
リュネが横から覗き込む。
「ええ。《門開きの札》という魔道具です。……どうしてまた、こんなものが」
札の端には工房の刻印らしきものと、かすれた数字が残っていた。
リュネが目を細める。
「この暦……二十年以上前の物ね。封印もかなり弱ってる」
魔道具に関わるものだからだろうか。その声は真剣だった。
「使えそうです?」
「術式自体は残ってるみたいだけど……分からないわね。少なくとも、私は使おうとは思わない」
魔道具というものは、信頼できる工房や術者の品でなければ迂闊に使うべきではない。とはリュネの談だ。
大家はそんな俺たちのやり取りを眺めたあと、さほど惜しむ様子もなく札をこちらへ差し出した。
「ふうん。そんな大した代物だったのか。まあ、俺には使い道もないし、よかったら持っていってくれよ」
「……いいんですか?」
「ああ。世話にもなったしな。もっとも、俺からすりゃ半分はゴミ処理みたいなもんだ。気にしないでくれ」
そう言って、大家は気楽そうに肩を竦める。
念のためリュネを見ると、彼女もこちらへ視線を向けたまま、軽く頷いた。
やはり自分で使う気はないらしい。
「では……ありがたくいただきます」
俺は札を受け取った。
まさか、店先で眺めていた《門開きの札》が、古物とはいえこんな形で手元へ転がり込んでくるとは思わなかった。
大家へ改めて礼を言い、俺たちは共同住宅を後にした。
陽もすっかり高く昇っている。通りの露店からは焼いた肉や香辛料の匂いが漂い、腹を刺激するような香ばしい煙が風に混じっていた。
「何か食べてから戻る?」
「賛成です」
報酬の受け取りは先延ばしになったが、まだ手持ちに余裕はある。
さて、何を食べようか。
そんなことを考えた、そのときだった。
足元の石畳が――低く、震えた。