在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第二十七話 門開きの札

「……今のは」

 

 言い終えるより早く、少し先の通りから轟音が響いた。

 直後、悲鳴が上がる。

 三階建ての古い集合住宅。その一階の角が、地面へ呑み込まれるように大きく沈み込んだ。外壁に亀裂が走り、次の瞬間には白い土埃が噴き出す。建物全体が軋みながら傾き、通りにいた人々が一斉に逃げ惑った。

 

「行きますよ!」

 

「分かってる!」

 

 叫ぶのと同時に駆け出す。

 現場へ辿り着いた頃には、住人たちが次々と建物の外へ飛び出してきていた。崩れた壁の前では、何人もの大人が中へ向かって必死に誰かの名を呼んでいる。

 

「中に残っている人は!」

 

「子供が三人! 奥の部屋だ!」

 

 正面から内部を覗き込む。

 崩れた瓦礫の上には、二階部分を支えていたらしい太い梁が斜めに乗っていた。下手に動かせば均衡が崩れ、残っている部分まで一気に落ちかねない。

 

「ミリィ!」

 

 リュネの声に応じ、ミリィが瓦礫の隙間へ飛び込んでいく。

 ほどなく戻ってきた妖精から何かを聞き取ると、リュネが顔を上げた。

 

「三人ともいる! 生きてるわ!」

 

 その声に重なるように、俺の外套からルーメも飛び出した。

 

「ダリオ! 一人、ケガしてるみたい!」

 

「治療はできそうですか?」

 

 そう尋ねながら、ふと気づく。

 ルーメの治療を、俺以外の人間に試したことはまだない。

 そもそも、誰にでも同じように使えるのかすら分からない。

 

 だが――。

 

「うん! 大丈夫だよ!」

 

 ルーメは迷うことなく答え、そのまま瓦礫の隙間へ身体を滑り込ませた。

 白金色の光が奥へ消えた、その直後だった。

 足元が、再びぐらりと揺れる。

 

「危ない! 離れて!」

 

 リュネが叫ぶ。

 同時に、目の前の建物から石と木材が一気に崩れ落ちた。辛うじて残っていた隙間が瓦礫で塞がれ、周囲からまた悲鳴が上がる。

 

「ルーメ!」

 

「大丈夫!」

 

 崩れた箇所へ駆け寄ると、奥から小さいながらもしっかりと返事が返ってきた。

 胸を撫で下ろす間もなく、続く言葉に息を呑む。

 

「でも、次に揺れたら危ないかも……!」

 

 建物は今も不気味に軋んでいる。

 このままでは、残っている部分まで崩れ落ちるかもしれない。

 時間がない。

 

 何か――。

 

 そこで、先ほど大家から受け取ったばかりの品が脳裏をよぎった。

 

「……一か八か、ですねぇ」

 

 革袋へ手を突っ込み、《門開きの札》を取り出す。

 それを見たリュネが、ぎょっと目を見開いた。

 

「ちょっと、使うの!? 使える保証なんてないのよ!」

 

「ですが、ほかの手を探している時間もありません」

 

 言っている間にも、遠くで何かが崩れる音がした。

 どうやら異変は、この周囲だけでは済んでいないらしい。

 

「ルーメ! 子供たちはどの辺りですか!」

 

 崩れかけた建物へ向かって声を張り上げる。

 瓦礫の奥にいるルーメと、外に残ったミリィが互いに位置を確かめるように飛び回り、その情報をリュネへ伝えていく。

 

「ダリオ! そこ、その壁の向こうよ!」

 

 ミリィから場所を聞いたリュネが指さす。

 俺は示された先を確認すると、迷わずその壁際へ駆け寄った。

 手に持った《門開きの札》を押し当て、封蝋へ指を掛け、力を込める。

 

「……頼みますよ」

 

 封を切る。

 

 一拍。

 

 何も起きない。

 ダメか……!

 

 壁に当てた手を離そうとした、次の瞬間。札の縁を走っていた金色の線が壁へ移った。

 縦、横へと光が伸び、人一人が通れる長方形を描く。その内側が音もなく奥へ沈み、本物の扉のような空間が開いた。

 

「……開いた!」

 

「行きます!」

 

 リュネの弾んだ声を背に受けながら、俺は現れた扉の中へ飛び込んだ。

 閉じ込められていた子供は三人。

 二人は部屋の隅で身を寄せ合い、青ざめた顔で震えている。もう一人は倒れた棚に片脚を挟まれ、額から血を流していた。

 

「骨は折れてないよ! 血も止めてある!」

 

 傍に浮かんでいたルーメが、すぐに状態を知らせてくれる。

 

「助かります!」

 

 棚の下へ手を差し込み、力任せに持ち上げる。どうにか脚を抜く隙間を作ると、子供を引きずり出し、動ける二人から順に扉の外へ送り出した。

 最後の一人を、向こう側で待ち構えていたリュネへ引き渡した、その瞬間。

 建物全体が、ひと際大きな軋みを上げた。

 

「ダリオ! 早く出て!」

 

「今行きます!」

 

 扉へ駆ける。

 だが、ほんの一歩遅かった。

 横合いから落ちてきた太い梁が、轟音とともに俺と扉の間へ突き刺さる。

 

「っ!」

 

 床が大きく揺れ、天井から砂埃と小石がばらばらと降り注いだ。

 

「ダリオ!」

 

「大丈夫です!」

 

 声を張り返した直後。

 金色に縁取られていた扉が、光の粒となって消えていく。

 あとに残ったのは、何の変哲もない石壁だけだった。

 

「……さて」

 

 完全に取り残されたらしい。

 ルーメが俺の肩口へ戻ってくる。

 見回してみても、別の出口らしいものはない。

 

 だが、大丈夫だ。

 そう。もう少し待てば、恐らく――。

 

 不意に、掌へ乾いた紙の感触が生まれた。

 

「……来た」

 

 目を落とす。

 握られていたのは、《門開きの札》。

 ただし、先ほど使った古びた札ではない。

 道具屋の硝子箱越しに見たものと同じ、折れも染みもない新品だった。

 

「よし!」

 

「やったぁ!」

 

 ルーメが嬉しそうに声を上げる。

 俺はすぐさま近くの壁へ札を押し当て、封を切った。

 金色の線が壁面を走り、四角い輪郭を描く。

 やがて石壁の一部が淡く透け、再び扉の形を取った。

 

「これで――」

 

 開いた。

 だが。

 

「……え?」

 

 向こう側に、リュネの姿はなかった。

 瓦礫に埋もれた通りも、崩れかけた街並みもない。

 扉の先へ続いていたのは、青白い灯りが等間隔に並ぶ、見覚えのない石造りの通路だった。

 

「……これって」

 

 ルーメが小さく呟く。

 俺も一瞬、言葉に詰まった。

 だが、背後では今も建物が軋んでいる。

 

「……とりあえず、ここよりは安全でしょう。扉が消える前に行きますよ」

 

「う、うん」

 

 慎重に足を踏み出し、扉をくぐる。

 その先に広がっていた光景を見て、思わず足が止まった。

 

 通路。

 そう呼ぶには、あまりにも大きすぎる。

 

 灰色の石材で造られた床は、大通りほどの幅があり、その左右には人の背丈を軽く超える長方形の石枠が、果ての見えない先まで規則正しく並んでいる。

 壁面を走る青白い光の筋は、それら一つ一つを結ぶように縦横へ伸び、まるで巨大な蜘蛛の巣のようだった。

 

 見上げれば、天井は遥か高い。

 吹き抜けを囲むように何層もの回廊が巡り、その間を細長い橋が渡されている。さらに上にも同じ構造が幾重にも続き、どこまであるのか見当もつかない。

 逆に欄干の向こうへ目を落とせば、底の見えない暗がりの中に、青白い灯りが点々と浮かんでいた。

 

 まるで。

 巨大な塔を逆さに埋め込んだような――そんな異様な空間だった。

 

「……これは、また」

 

 そう呟いた瞬間、背後で扉が消えた。

 振り返っても、崩れかけた住宅へ戻る入口はない。

 

「ダリオ。ここ、すっごく広いよ」

 

 ルーメが宙へ舞い上がり、辺りを見回しながら言う。

 

「見れば分かりますよぅ」

 

「そうじゃなくて」

 

 ルーメはさらに高く浮かび、遠くを指さした。

 

「ずっと向こうまで、同じのが繋がってる」

 

 その先には、円形の巨大な広間が見えた。

 中央には太い石塔がそびえ、その周囲を何重もの通路が取り巻いている。

 そして壁という壁に、扉の輪郭が刻まれていた。

 

 百や二百どころではない。

 数える気すら失せるほどの数だ。

 

 それを見ているうちに、一つの考えが浮かぶ。

 ここは、何かを集めるための場所なのではないか。

 あるいは。

 あらゆる場所へ繋がるための――集積点。

 

 その瞬間。

 

 遠くの石枠に、一つ。また一つ。

 青白い光が灯り始めた。

 

「……嫌な感じがしますねぇ」

 

 足元を、低い振動が走る。

 次いで、右手の壁へ金色の線が浮かび上がった。

 

「え」

 

 見覚えのある四角い光が、石壁の上を走る。

 《門開きの札》と同じ形だ。

 そう思った次の瞬間、壁の一部が奥へ沈み込んだ。

 

 そして。

 何の前触れもなく、扉が開いた。

 

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