「何でしょう?」
「ギルドで見た印と、ここへ戻ってくるまでに見た扉の位置を教えておくれ。コッチでも情報を纏めたい」
なるほど。
俺とリュネは卓へ寄った。肩のミリィも地図を覗き込み、外套から顔を出したルーメがその隣へ浮かぶ。
一瞬、リュネへと視線がよるが、今は緊急事態だ。
誰も何も言わない。恐らく、協力している冒険者、位には思っているのだろうが。
「まず、ギルドで確認したのはこの辺りです」
俺は南東門近くを指す。
「兵站倉庫、騎士団詰所の裏、城壁沿い。それから古い井戸の近くにも二つ。ここへ戻る途中では、この路地と一本南側の通りで実際に見ました」
「私はここ。あと、ミリィが風の乱れを感じたのがこの辺り」
リュネも指先を動かす。
長老は一つずつ印を増やしながら、俺たちの話を聞いていた。
「ほかには?」
「ほか……」
そこで、ふと思い出す。
「そういえば、最初の異変の時に変な場所へ飛ばされまして」
長老の指が止まった。
「ふむ? どんな場所だい?」
「場所と言われても、王都のどこかは分からないんですが……地下です。たぶん、かなり深い」
昼間に見た光景を思い返す。
「かなり広いことは確かで、通路の幅は大通りほど。天井も高くて、下手したら王城もすっぽり入ってしまうくらいじゃないでしょうか」
「そんなに?」
ナジャが戻ってきたところで眉を上げる。
「ええ。しかも一層じゃないんです。上にも下にも同じような回廊が何段も続いていて、吹き抜けの周りを橋が渡っていました。下は底が見えないくらい深かったですね」
言葉にすると、改めて異常な規模だった。
地上の街をそのまま地下へ埋め込んだような場所。
「その先に、もっと大きな広間がありました。中央に塔みたいな石柱が立っていて、その周りを何重もの通路が囲んでいます。壁には扉の枠みたいなものが……数えられないくらい」
与太話のようなモノではあるが、こんな時に冗談が出てくるとも思っていないのだろう。皆、黙って真剣に耳を傾けていた。
「それで、そこで扉が勝手に開き始めたんです」
「扉が? いったいどこへ?」
「ばらばらでした」
最初は、穀物袋や木箱が天井近くまで積まれた倉庫。
次は、鎧姿の人たちが何人もいた石造りの部屋だった。
「それから、矢束や槍の並ぶ武器庫みたいな場所。城壁の内側らしい通路にも繋がりましたね。見覚えのある鎧の衛兵が走っていたので、たぶん王都です」
「城壁の内側……」
長老が低く繰り返す。
「ほかは?」
「白い石柱が並んだ広間です。床に大きな紋章があって、赤い絨毯みたいなものも見えました。ただ、場所までは」
「紋章……まさか、王宮?」
ナジャが言う。
「分かりませんよぅ。どこぞのお貴族様の邸宅かもしれません。似たような場所はほかにもあるでしょうし」
「……まあ、確かに」
そう言いながらも、ナジャは別の紙へその特徴を書き留めた。
長老はしばらく王都図を見つめ、それから顎をしゃくる。
「古い方を出しておくれ」
「あいよ」
短く答え、ナジャが奥の棚から細長い木箱を持ってくる。
中から出てきたのは、色褪せた大判の羊皮紙だった。
広げれば、王都と似ているが、よく見ると城壁の大体の位置こそ同じだが、通りも区画もかなり違う。
「旧王国末期の王都図じゃ。写しだがな」
「こんなのまで持ってるんですか」
「遺物を探す商人が古地図を集めんでどうする」
長老は現在の王都図と古地図を並べた。
「今の印を、こちらへ移してみよう」
南東門と城壁の角を基準に、確認された扉の位置を一つずつ写していく。
最初は、ただ散らばっているようにしか見えなかったが、印が増えるにつれて偏りが浮かび上がる。
「……この施設、印が多いわね」
リュネが指差した古地図では《第三備蓄所》となっている。
ほかにも、《東南兵站集積所》や《第二避難区》。
《旧治療院》や大規模な管理施設の周辺へ、扉の報告が集中していた。
逆に、旧王国時代にも住宅だった区画には印がほとんどない。
「旧王国時代の主要施設があった場所に扉が集中している?」
俺は二枚の地図を見比べる。
「そう見えるね」
ナジャが腕を組む。
「旧王都時代と、地下の位置が変わらないとすると……」
地図を睨んでいたルーメが、ぽつりと呟く。
「……もしかして、《千門回廊》?」
「……《千門回廊》?」
聞いたことのない名前だった。
ナジャやリュネは勿論の事、長も首を横に振る。
ルーメは続ける。
「地上の道が壊れてても、門から門へ行けるの」
「……なるほど。旧王国時代の、緊急輸送路みたいなものか」
ナジャが卓上の地図を見下ろしながら呟く。
その声音には感心よりも、むしろ警戒に近いものが滲んでいた。
「だが、ちょいと危なすぎるね」
「……ですねぇ」
怪我人を治療院へ送り届ける。
備蓄所の食料を、離れた避難区画へ運ぶ。
そう考えれば、確かに素晴らしい仕組みだ。
だが。
同じことができるのなら、武装した兵士だって送り込める。武器や兵糧を、城壁も門も無視して運ぶことだってできるだろう。
「白錫商会は、これを探していたんでしょうか」
「少なくとも、この地下に大規模な遺構が眠っておることくらいは知っていたじゃろうな」
長老の指先が、地図上の白錫商会周辺を軽く叩いた。
「王室特許商会とはいえ、白錫は少々地下を掘りすぎておる。さすがに上から目を付けられていても、おかしくはないはずじゃが……」
「誰かが後ろで手を回してるってこと?」
ナジャが眉を寄せる。
勘弁してほしい。
そういう陰謀めいた話は、できれば俺の知らないところで勝手にやっていてもらいたいものだ。
もっとも、今ここで推測を並べたところで、俺たちに確かめる術があるわけでもない。
「そう考えておいた方がよかろうな」
長老が静かに答える。
結局、今の段階ではそれ以上考えても仕方がない。
それより先に、目の前の騒ぎをどうにかする方が先だ。
外では、まだ警鐘も怒号も止んでいない。
――そのときだった。
店の外から、鋭い警笛が鳴り響く。
「北西! また扉が開いたぞ!」
ナジャが弾かれたように振り返った。
「見張り二人、様子を見てきな! 魔獣なら無理するんじゃないよ!」
「駄目だ! 数が多い!」
直後、外から悲鳴と怒号が重なった。
俺はリュネと顔を見合わせる。
「……行きますか」
「当然」
リュネは迷うことなく弓を手に取った。
やれやれ。
どうやら、まだゆっくり休ませてもらえる雰囲気ではなさそうだ。
まあ、無理をしない程度に――もうひと働きするとしましょうかねぇ。