在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第三十話 暴走する回廊

 

 俺とリュネは、警笛と悲鳴が入り混じる王都の通りを駆けていた。

 

 道すがら、倒壊しかけた建物に取り残された住人がいれば瓦礫を退け、徘徊する魔獣を見つければその場で仕留める。こちらの手に余りそうな相手なら無理に挑まず、引きつけながら近くのギルド職員を捕まえて、上位階級の冒険者へ引き継ぐ。

 

 そんなことを繰り返しているうちに、気づけば中央区の広場近くまで来ていた。

 その正面に建つのは、南東支部とは比べものにならないほど大きな建物だ。

 そして今、その壁面から放たれる青白い光が、薄暗くなり始めた空を不気味に照らしていた。

 

「……なんです、あれ」

 

 思わず足が止まる。

 

 扉――そう呼んでいいのかすら迷うほど、巨大だった。

 建物の壁を端から端まで覆い尽くすように、四角い光の輪郭が浮かび上がっている。普通の家なら、そのまますっぽり収まってしまいそうな大きさだ。

 あまりの異様さに、周囲を取り囲む冒険者や衛兵たちも迂闊に近づけず、固唾を呑んで見守っていた。

 

「下がれ! 何か来るぞ!」

 

 衛兵の怒声が飛ぶ。

 

 直後。

 巨大な扉の向こうから、いくつもの木箱が勢いよく吐き出された。

 石畳へ叩きつけられ、派手な音を立てて砕け散る。

 続いて、大量の水。

 さらに古びた棚や椅子までが、まるで中身をひっくり返すように次々と転がり出てきた。

 

 そして――。

 

「魔獣だ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 倒れた棚の陰から、複数の影が這い出してきた。

 

 《洞窟狼》。

 地上の狼よりも目は小さいが、その代わり鼻と耳が異様に発達した、地下棲みの魔獣だ。

 しかも、それだけではない。

 後ろからは硬い殻を背負った《甲殻鼠》まで、ごろりと転がり出してくる。

 

「右! 狼二匹そっちへ行ったぞ!」

 

「っ、了解!」

 

 冒険者か衛兵かも分からない誰かの声に返しつつ、こちらへ向かってきた二頭へ意識を切り替える。

 周囲でも、それぞれが押し寄せる魔獣へ対応し始めていた。

 

 リュネの弓弦が鋭く鳴る。

 一射目が先頭の洞窟狼の肩へ突き立ち、踏み込みが僅かに鈍った。

 

 そこへ正面から斬りこむ。

 噛みついてきた牙に合わせ、その勢いを殺さないまま刃を開いた口へ叩き込む。

 

 血が散る。

 

 一頭目が崩れるより早く、二頭目が横へ回り込んだ。

 

「ミリィ!」

 

 リュネの声に応じ、小さな妖精がふわりと手を振る。

 次の瞬間、横殴りの強風が巻き起こった。

 洞窟狼はまともに風を受けて足を取られ、身体を大きく流す。

 

 その一瞬を、リュネは逃さなかった。

 二射目の矢が空気を裂き、無防備になった喉へ深々と突き刺さった。

 

 俺は甲殻鼠へ向き直る。

 背中の殻は固い。正面から斬る必要はない。

 《四式》の切っ先を地面すれすれに滑らせ、前脚の付け根を裂く。倒れたところで腹側へ刃を入れた。

 

「そっちに追加!」

 

「!」

 

 残った一頭へ踏み込もうとした、その瞬間だった。

 

「ダリオ! 下が――!?」

 

 ルーメの叫び声が耳を打つ。

 

「なに――」

 

 最後まで言い切る暇はなかった。

 足元の石畳へ、青白い線が走る。

 

 四角い輪郭。

 

 ――門!?

 

 そう理解したときには、もう遅かった。

 足場が消える。

 

「うわっ!」

 

「ちょ――!」

 

 すぐ隣にいたリュネまで巻き込まれ、そのまま下へ落ちた。

 だが、自由落下ではなかった。

 一瞬だけ内臓が持ち上がるような浮遊感があり、次の瞬間には身体が真横へ放り出される。

 

 壁から落ちた――?

 

 そう思った直後、肩から硬い石床へ叩きつけられた。

 

「ぐっ……!」

 

 勢いのまま転がり、どうにか止まる。

 顔を上げた瞬間、頭の中がぐらりと揺れた。

 

 上下の感覚がおかしい。

 つい今まで足元だったはずの石畳が、今では横の壁になっている。その壁に開いていた青白い門が、何事もなかったように閉じていくところだった。

 

「……平衡感覚がおかしくなりそうですねぇ」

 

「同感……」

 

 少し離れたところで、リュネが呻きながら身体を起こす。

 ミリィは無事らしく、その肩元を飛び回っている。ルーメも外套の隙間から這い出し、こちらの様子を確かめるように顔を覗かせた。

 そして、改めて周囲を見回す。

 

 見覚えがある。

 

 大通りほどの幅を持つ、灰色の石造りの通路。

 壁面を走る青白い光。

 上にも下にも幾層もの回廊が重なり、吹き抜けの向こうでは細長い橋が空中を横切っている。

 

「……また、ここですか」

 

「ここが、あなたが前に落ちたっていう《千門回廊》……なの?」

 

「ええ、たぶん。造りが似てますから、最初に来た場所と同じ区画かどうかまでは分かりませんねぇ」

 

 前回は、ただ脱出することだけで精一杯だった。

 だが今回は、リュネもいる。それに、長老から聞いた話を考えれば、この場所そのものが一連の異変に深く関わっている可能性は高い。

 少しくらいは周囲を調べておいた方がよさそうだ。

 

 壁際へ近づこうとしたところで、先にルーメが何かへ気づいた。

 

「……薄くなってるけど、よく見ると文字があるよ」

 

 壁面へ顔を近づけ、ふわふわと滑るように飛んでいく。

 

「えっと……《第三……備蓄区》」

 

 そのまま壁沿いを進み、他にも刻まれた文字がないか探していく。

 

「こっちは《第二救難路》……それで、あっちが……」

 

 ルーメが目を細めた。

 

「《集積庫》」

 

「集積庫?」

 

「うん。物資とかをまとめて置いておく、大きな倉庫みたいな場所」

 

「なるほど……」

 

 その時だった。通路の奥から、複数の足音が響いてくる。

 一人や二人ではない。

 

 俺はすぐにリュネへ視線を送り、そのまま近くの太い石柱の陰へ身を寄せた。

 リュネも何も言わずに続く。

 

 やがて姿を現したのは、八人ほどの集団だった。

 胸元には、昨日見た白錫商会の者たちと同じ商印。

 

 白錫の人間か。

 ……やっぱり、こいつらが裏で何かやっていたってことですかねぇ。

 

 隣で息を殺していたリュネも、こちらを見て小さく頷いた。

 

 全員が同じ形の革鎧を身につけ、短槍か片刃の剣を携えている。

 腰には札入れ。

 胸元には、小型の魔法具らしきもの。

 さらに二人は、昨日の警備ゴーレムを操作していた際に見たものとよく似た金属板まで持っていた。

 

 そして、その先頭。

 灰色の長衣をまとった魔術師が、一人。

 どう見ても、ただの調査隊ではなさそうだった。

 

「なんで起動してる!」

 

 こちらの予想を裏切るように、先頭を歩いていた魔術師が怒鳴った。

 

「予定じゃ、まだ三日あるぞ!」

 

 ……三日?

 思わず、リュネと顔を見合わせる。

 

 どうやら白錫商会にとっても、今の状況は想定外らしい。

 とはいえ、その言い方からすると、何も知らなかったわけではない。

 

 俺たちは柱の陰に身を潜めたまま、さらに耳を澄ませる。

 

「中枢はまだ閉じていたはずです!」

 

「なら、誰が門式を入れた! 自然起動するような段階じゃないはずだ!」

 

「知るか! 接続班を戻せ! どちらにせよ、もう開いたものは仕方がない!」

 

 ふうむ。

 話を聞く限り、白錫商会はこの施設を三日後には起動できるところまで調べ、手を入れていたらしい。

 ところが、何らかの理由でそれが勝手に早まった。

 王都中に門が現れたのも、そのせいということか。

 

「行くぞ! 王宮まで巻き込まれたら――」

 

 そこで、魔術師の声が唐突に途切れた。

 何かに気づいたように顔を上げ、その視線がまっすぐこちらへ向く。

 

 まずい。

 気づかれた!?

 

「そこにいるのは誰だ!」

 

 こうなれば、隠れ続けても意味はない。

 俺はリュネと目配せし、諦めて柱の陰から姿を現した。

 

「……冒険者?」

 

「っ!? 南東区画の地下にいた冒険者が、なぜこんなところに!」

 

 どうやら、こちらの顔を知っている者がいたらしい。

 その一言を聞いた途端、灰衣の魔術師の表情が険しくなる。

 白錫の男たちも、じり、と間合いを広げながらそれぞれ武器へ手を掛けた。

 

 ……まあ、そうなりますよねぇ。

 

「話し合いで穏便に、とはいかなそうですねぇ」

 

「ま、そうなるでしょうね」

 

 リュネが弓を手に取り、迷いなく矢をつがえる。

 灰衣の魔術師が短く命じた。

 

「拘束しろ」

 

 次の瞬間。

 白錫の男たちが、一斉に動いた。

 

 ――速い!

 

「気をつけて! 普通の護衛じゃないわよ!」

 

 リュネの警告へ返事をする余裕もなく、《四式》を引き抜いて正面へ構える。

 

 三人が一直線にこちらへ迫り、二人が左右へ散って逃げ道を塞ぐ。

 残った者たちは前へ出ず、灰衣の魔術師を囲むように位置を取った。

 

 動きに迷いがない。

 先頭で突き込んできた短槍を《四式》で受ける。

 

 重い。

 

 一対一ならまだどうにかなるかもしれないが、互いを補う動きが厄介だった。

 

 右から二人目。

 俺がそちらを向けば、正面が踏み込む。

 

「ダリオ!」

 

 リュネの声と同時に、矢が飛んだ。

 正面から迫っていた男は咄嗟に腕を上げ、籠手で矢を弾く。

 

 だが、その直後。

 ミリィが巻き起こした風が横合いから叩きつけられ、男の体勢が大きく崩れた。

 

「ありがとうございます!」

 

 その隙へ踏み込み、《四式》の柄頭を顎へ叩き込む。

 男が仰け反るのを横目に、そのまま脇を抜けた。

 

 直後、背後で紙を引き裂くような音がする。

 振り返るより先に、空中へ青白い魔術式が広がった。

 

「ダリオ! 魔法札!」

 

 ルーメの声に反応し、ほとんど反射で身を沈める。

 頭上を、青く輝く何かが唸りを上げて通り過ぎた。

 

「うわっ……!」

 

 光の縄だ。

 俺を外したそれは背後の石柱へ絡みつき、ぎりぎりと締め上げるように青い光を強めていく。

 

 捕縛用の魔法札か!

 

 そう思ったのも束の間、新たな札を切った。

 展開された魔術式は、赤。

 

 ……炎系統ですね、あれは!

 

「それは嫌ですねぇ!」

 

 慌てて腰袋へ手を突っ込み、《障壁球》を掴んで足元へ叩きつけた。

 球が砕けた瞬間、薄く透き通った壁が目の前へ立ち上がる。

 

 ほとんど同時に炎が押し寄せた。

 人一人くらいなら丸ごと呑み込みそうな火炎が障壁へ激突し、視界が赤一色に染まる。

 だが、熱も炎もこちらまでは届かない。

 

 ……捕らえるんじゃなかったんですかね!?

 

「なっ――」

 

 迂回しようとしていた二人が、思わず足を止めた。

 その一瞬を、リュネが逃さない。

 

 放たれた矢が一人の太腿へ深く突き刺さり、もう一人には俺が間合いを詰める。

 振り下ろされた《四式》の腹が手首を打ち据え、男の握っていた短槍が石床へ転がった。

 

 よし。

 

 このまま奥まで――!

 踏み込もうとしたところで、後方にいた灰衣の魔術師が何かを叫んだ。

 手にした金属板が、強く光る。

 

「まずい――」

 

 次の瞬間、魔術師だけが踵を返した。

 

「逃げる気!?」

 

 リュネが即座に矢を放つ。

 

 だが、軌道上へ白錫の男が身体を滑り込ませた。

 矢が鎧へ突き立つ。

 

 防具のおかげで致命傷にはならなかったようだが、衝撃までは殺し切れなかったらしい。男の身体が大きくよろめいた。

 そこまでして、魔術師を逃がすつもりらしい。

 灰衣の姿は、そのまま通路の角へ消えていった。

 

「追います?」

 

「その前に、こっち!」

 

「……ですよねぇ!」

 

 もっともだった。

 まだ目の前には武器を持った連中が残っている。

 こいつらを放置して背中を見せるわけにはいかない。

 

 もっとも、灰衣の魔術師による後方からの援護がなくなったことで、戦い自体は随分と楽になった。

 その後もしばらく抵抗されたものの、なんとか全員を制圧する。

 

 こちらも無傷とはいかなかったが、白錫の男たちは五人が床へ倒れ、残った二人も武器を捨てて両手を上げた。

 

「……っ、はぁ……」

 

 リュネが息を整えながら、自前の回復薬を取り出して飲み干す。

 俺も外套の前を少しだけ閉じ、その内側にいるルーメへ目を向けた。

 

「お願いできます?」

 

「うん」

 

 小さな声とともに、外套の下から柔らかな光が身体へ染み込んでくる。

 傷口を撫でるような温かな感覚が走り、じわじわと痛みが引いていった。

 

 もちろん、白錫の連中からは見えないよう気をつけている。

 

「……しかし、商人ってこんなに強いもんなんです?」

 

「白錫だけでしょうよ」

 

 リュネは回復薬の空き瓶を腰袋へしまいながら、呆れたように返した。

 

 そのときだった。

 足元が、大きく揺れた。

 

「うわっ!?」

 

 石床の奥から突き上げられるような振動。

 遠くで、何か巨大なものが砕ける音が響く。

 

 壁の一部に亀裂が走り、天井からぱらぱらと砂埃が降ってきた。

 通路を照らしていた青白い光も、不規則に激しく明滅し始める。

 

「なんだ……?」

 

 俺たちが周囲を見回す中。

 捕らえた白錫の男の一人だけが、明らかに違う反応を見せた。

 見る見るうちに、その顔から血の気が引いていく。

 

「まずい……」

 

 捕らえた男が、掠れた声で呟いた。

 

「何がです?」

 

「離せ。ここの接続が崩れる!」

 

 先ほどまでの抵抗的な態度はどこへやら、男は切羽詰まった様子でこちらを見上げている。

 もう一人、意識のある白錫の男も同じだった。

 

 ……これは、冗談ではなさそうですねぇ。

 

「出口を知ってます?」

 

「……」

 

「知らないなら、このまま一緒に埋まりますよ」

 

 少し意地悪な言い方になったが、時間を掛けている余裕もない。

 男が口にしたのは、接続が崩れる、という言葉だ。

 この施設そのものが不安定になっているのなら、逃げ道も一緒に消える可能性がある。

 

 そう考えて聞いたのだが――どうやら、当たりらしい。

 当たってほしくはなかったんですけどねぇ。

 

 男は俺と天井を交互に見比べ、苛立たしげに舌打ちした。

 

「……集積庫まで行けば、地上へ抜ける門がある」

 

「集積庫……そこは何なんです?」

 

「……」

 

 今度は答えない。

 まだ隠しておきたいことがあるらしい。

 その間にも、壁の青白い光は不規則な明滅を繰り返し、遠くからは石が軋むような低い音が響いてくる。

 

 リュネは矢筒の残りを確かめると、諦めたように息を吐いた。

 

「どちらにせよ、ここで聞き出してる暇はないわ。行くわよ」

 

 直後、通路のさらに奥で、何か巨大なものがずれるような轟音が響いた。

 床が僅かに震える。

 

 ……まあ、そうですねぇ。

 

「急ぎましょう」

 

 それだけ告げると、俺たちは集積庫を目指して走り出した。

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