在庫無限の遅咲き冒険者   作:鳥獣跋扈

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第六話 見てはいけないもの

 かぁん。

 間を置いて、また、かぁん。

 

 坑道の奥から硬い音が響いてくる。

 鉄牙鼠の爪ではない。

 つるはしが岩を叩く音に近い。

 

「採掘……?」

 

 この区画は二十年前の迷宮化以降、採掘が禁じられていたはず。

 今も稼働している鉱区はもっと東側だ。

 

 音が聞こえてくる方向は、手持ちの地図では崩落した行き止まりになっている。

 地図が更新されたような話も聞いたことは無い。妙だな。

 

 松明を掲げ、通路の奥に向かい目を凝らすと、以前は崩れた岩で塞がれていた壁に、人が一人通れるほどの隙間が開いている。

 

 足元には新しい靴跡がいくつか。

 重い何かを引きずった跡に、荷車を通した轍のようなモノも薄っすらとある。

 

「……誰かが未踏破部分を見つけた?」

 

 ない話ではない。地震や何かで地盤が崩れ、別の道に繋がるようなこともある。

 大概はそのまま報告が上がるが、稀に発見者がそのまま己だけの特権として報告を怠る場合も、まあよくある話だ。

 

 戻って監視役へ報告しましょうかね。

 そう思った時だ。奥からかすかに人の声が聞こえた。

 

「少し……休ませて……」

 

「箱一つ分にもなってねえ。手を動かせ」

 

「もう、腕が……」

 

「ならテメェのガキを代わりに連れてくるか?」

 

 これは……

 とても鉱夫と監督者の会話、という雰囲気ではなさそうだ。

 

 松明の灯りを手で覆いながら小さくし、そろりと横穴へ入った。

 入口へ石を三つ積み、壁へ炭で印をつける。中が入り組んでいる可能性もある。無いよりはマシくらいのものだが、目印だ。

 

 狭い通路の奥には、青灰色の光が滲んでいた。

 岩壁の裂け目へ身を寄せ、そっと先を覗く。

 

 広い空洞だった。

 壁や天井から、灰青色の結晶が無数に突き出している。

 

 境界晶。

 

 迷宮の空間を安定させていると言われている、希少鉱石。

 刻印術や転移魔法の素材として高値で取引される一方、抜けば周囲の迷宮構造が崩れる危険があるため、一般の採掘は禁じられている。

 

 その結晶を、冒険者らしい恰好をした者や、日雇いらしい男たちが削っていた。

 皆、顔色が悪い。

 

 背後には武装した四人組が立っている。

 黒い鉄釘を組み合わせた紋章が、遠目にだが何とか確認できた。

 

 鉄級パーティー《黒釘》。

 

 この地域では少し名が売れ始めた連中だ。

 荒っぽいが腕は立ち、危険な依頼を多く達成し、リーダーは銀級への昇格審査を控えているはず。

 

 そんな連中が、なぜこんなことを。

 

 何か他に無いかと視線を巡らせると、隅の方に若い男が倒れていた。

 

 胸元には青銅級の札。

 頭の下に黒い血が広がり、目は開いたまま虚空を睨んでいる。

 

 死んでいる……!?

 

 息を呑み、ごくりと喉が鳴る。

 

 ギルドへ報告しなければ……

 一人で対処できる相手じゃない。

 

 静かに後ろへ下がろうとしたとき、からん、と靴の下で小石が鳴った。

 

 採掘音に紛れる程度の小さな音。

 それでも、空洞の入口近くにいた女がこちらを向いた。

 

 短い黒髪に細身の身体。

 弓を持った斥候らしき女。

 

 目が合った。

 

「誰だ!」

 

 短い声が飛ぶ。

 

「まずい……!」

 

 踵を返し、通ってきた横穴に飛び込む。

 背後で誰かの怒鳴り声が上がる。

 

「逃がすな!」

 

 通路を走りながら、松明を後ろへ投げた。

 灯りが無くなるのは痛いが、道は一本、的になるよりはマシだ。

 

 そう考えた直後、背後から風を切る音がした。

 

「痛っ!」

 

 矢が左肩を掠め、岩へ突き刺さる。

 

 危な!?

 

 中腰になりながら、走る脚は止めず、粉末石灰の袋を開くと振り返りざまに投げつけた。

 袋が裂け、白い粉が通路へ舞った。

 

「なにこれ!?」

 

 ちょうど追いつきかけていたのであろう誰かの声と、咳き込む音が聞こえた。

 これで距離が取れる、と前を向いた時、前方に突然大柄な男が現れ、どっしりと大盾を構えて通路を防ぐように待ち構えている。

 

 別の横道から回り込まれた!?

 

「ちょ!?」

 

 大盾が突き出された。

 避けられない……!

 

 身体ごと弾かれ、背中から岩壁へ叩きつけられる。かひゅ、と息が漏れた。

 床へ膝をついたところで、首筋へ刃が当てられた。

 

「動くな」

 

「動けませんって……」

 

 首筋に当たる冷たい感触に冷や汗を流しながら、荒い呼吸の合間に答える。

 視線の先には、こちらを見下ろす連中。

 

 目元を赤くした女斥候。

 大盾を持った巨漢。

 ローブを着込んだ痩せた魔術師風の男。

 

 最後に、長身の男が彼らの背後から現れた。

 

 《黒釘》のリーダー、ヴァルド・ケイン。

 

 彼の名前だけは、俺でも知っている。

 酒場で若い冒険者から尊敬の目を向けられ、ギルドでは銀級候補と噂される男。

 

 ヴァルドは俺の顔を見ると、僅かに眉を寄せた。

 大盾の男と位置を変え、すらりと抜いた剣を代わりに喉元に付きつける。

 

「誰かと思えば、万年青銅級のおっさんか」

 

「いやはや、手厳しいですねぇ」

 

 声が震えたが、少しでも会話をして生を長引かせる。何か切り抜ける糸口は無いか。

 

「何を見た?」

 

「何も見てません」

 

「死体を見ただろう」

 

 うぐ、と答えに詰まる様子を見て、ヴァルドは静かに笑う。

 

「正直な男だ」

 

「そんなんだから損ばっかりしてましてねぇ」

 

「なら、今度は得をさせてやる」

 

 ヴァルドが腰袋から銀貨を五枚取り出した。

 キラリと鈍く光る銀。俺の宿代なら二か月以上にはなる大金だ。

 

「見たことを忘れろ。外へ出たら、崩落で道を間違えたと報告する。そうすれば、この金はお前のものだ」

 

「……ずいぶん、気前がいいですね」

 

「お前にとっても良い話だろう?」

 

 なるほど、分かった。

 金を受け取っても、俺を帰すつもりなんてないな。

 

 ちゃりちゃりと、手の中で銀貨を弄ぶその顔。

 人を見下し、蔑むその眼。

 背後の連中も、隠すつもりがあるのかないのかニヤニヤとした顔を覗かせている。

 

 ああ、そうですよねぇ。

 

「嫌ですねぇ。どうせ殺すくせに」

 

 ヴァルドの笑みが少し深くなった。

 

「なるほど。長いこと冒険者をしているだけはある」

 

「そこは、褒めてほしくなかったですねぇ」

 

「長く生きた。十分だろう」

 

 首筋の刃が強く押しつけられる。

 強がりを言うだけで、身体の震えを止められない。

 

 鉄級が四人。

 自分が何人居ても勝てない相手だ。

 

 ヴァルドの顔が近づく。

 

「青銅級が一人、浅層で魔物に襲われた。よくあることだ」

 

「行方不明者が出れば、ギルドが確認班を出しますよ」

 

「調べたところで、見つかるのは魔物に食われた死体だけだ」

 

 ヴァルドが顎を動かすと、目元の赤みがだいぶ引いてきた女斥候が、俺の背負い袋を強引に奪った。

 

 矢、薬、松明、依頼証明。

 使えるそうな物を手早く抜き取っていく。

 

「使えそうなもん以外はそのままにしとけ。穴へ捨てる」

 

 一瞬、連中の視線が背負い袋に集まる。

 喉に付きつけられた剣先が少しだけ下がる。

 

 今だ!

 俺は腰の油壺を掴み、床へ叩きつけた。

 

 ガシャン、と鈍い音と共に油が広がる。

 連中が視線を寄こす前に、火口箱から火種を落とすと、ぶわり、と炎が一気に上がった。

 

「火だ!」

 

 誰かが叫び、男たちが一瞬怯む。

 その隙に立ち上がり、女斥候へ体当たりすると、背負い袋が床へ落ちて中身が散らばる。

 俺はそのまま炎の横を抜けて走った。

 

 このまま逃げ切れれば……!

 

 背後から詠唱が聞こえてくる。まずい?!

 思った瞬間、衝撃が背中へぶつかった。

 

 身体が前へ吹き飛び、岩床を転がる。

 起き上がろうとするが、右脚に激痛が走った。

 

 立てない……!

 

「逃げ足だけは一人前だな」

 

 ヴァルドの声が近づいてくる。

 

 何かないか!?

 視線を巡らせると、ちょうど床に転がった回復薬が視界の端に映る。這うようにして転がりながらなんとか掴みとり、栓を歯で抜く。

 

 飲み込むと、苦味と熱が口内と体に巡る。

 脚の痛みが急速に引いていった。

 

 よし! これで何とか……

 

 だが、脚が使えるようになったとしても、状況はそれほど変わらない。

 慌てて逃げ込んだせいで、正確な場所が分からない。逃げるにも、どちらに行けばいいのか……

 

 片刃剣を抜いて迎え撃つ構えを取るが、刃先が震えている。

 

「やるつもりか?」

 

「できれば、帰してほしいんですけどね」

 

 ヴァルドがニヤリと笑いながら、下げていた剣を構えなおす。

 

 俺の安物とは違う。

 厚い刃に魔力が流れ、青白い光を帯びた剣が、地面で燃える炎の照り返しと魔力光でぼんやりと光る。

 

 鉄級上位。

 まともに打ち合えば、一合も保たない。

 

「ほうら、来ないならこっちから行くぞ」

 

 言いながらヴァルドが炎を踏み越えた。

 着込んでいる外套が火を弾く。そっちも魔力通しですか!?

 

 速い!

 

 剣が横から来た。

 盾で受けるが革が裂け、左腕が外へ弾かれた。

 

「うっ……!」

 

 続く蹴りが腹へ入る。

 胃の中身がせり上がり、膝をついた。

 

「げほっ!」

 

 息をするだけで痛い。肺が苦しい。

 酸っぱいモノが喉をせり上がりそうになるのを何とか飲み下した。

 

「迷宮じゃあ、弱いヤツから死ぬ」

 

 頭上から声が落ちてくるが、反応する事すら億劫だ。

 視界が涙で歪むのを自覚しながら、何とか顔を上げる。

 

 ヴァルドが剣を構えていた。

 背中が岩壁へ当たる。逃げ道はない。

 

 腕が震え、歯も鳴っている。

 

 怖い。

 死にたくない。

 

 冒険者になって十三年。

 鉄級にもなれず、狭い屋根裏で暮らし、回復薬一本を惜しみながら生きてきた。

 ようやく、ようやく何かが変わるかもしれないと思った。

 

 それなのに。

 

「待ってください」

 

 掠れた声が出た。

 

「……待ってくださいよ」

 

 剣が来る。

 裂けた盾を上げる、否、上げようとしたが間に合わなかった。

 

 魔力を帯びた刃が、胸当てへ滑り込んだ。

 冷たいものが、肉を貫く。

 

「あ……」

 

 胸の内側から、焼けた鉄を押し込まれたような痛みが走る。

 口から血が溢れた。

 

 剣が抜かれる、いやな感触。

 傷口からも熱が流れ出す。

 

 膝が崩れ、床へ倒れた。暖かい液体に沈む。

 

 音が遠い。

 

 呼吸をしようとしても、空気の代わりに血が喉へ上がってくる。ごぼりごぼり。

 頭に直接響くような嫌な音。

 

「……まだ生きてるぞ」

 

 誰かが言った。

 

「放っておけば死ぬ」

 

 ヴァルドの声。

 

「地鳴りが大きくなっている。またどこかが崩れるぞ」

 

 岩壁の向こうから、低い唸りが響いた。

 ごごご、と坑道全体が震える。

 境界晶を掘っていた空洞から、何かが砕ける音が続いた。

 

「捨てろ」

 

 誰かに腕を掴まれた。

 引きずられる。

 

 止めようとしても、身体は動かなかった。

 視界の端に、俺の背負い袋が見えた。

 

 女斥候が、中身を抜き取った後、裂けた袋だけを投げ捨てている。

 近くには、討伐証明の門歯が散らばっていた。

 

 依頼を終わらせた。

 生きて帰れると思った。

 

 そのはずだった。

 

「浅層で青銅級が一人死んだ」

 

 ヴァルドの声が遠くから聞こえる。

 

「それだけの話だ」

 

 身体が持ち上げられた。

 冷たい風が頬へ当たる。

 

 廃棄用の縦穴。

 

 採掘の際に出た瓦礫や、処理できない魔物の死骸を落としていた古い穴だ。

 

 底は見えない。

 

「待って……」

 

 声にならない音が口から漏れる。

 

「運がなかったな」

 

 手が離れ、身体が落ちた。

 暗闇の中で、何度も岩へぶつかる。

 

 肩。

 背中。

 脚。

 

 ごぅん。

 どこかで煤鐘が鳴った。

 

 最後に見えたのは、遥か上で小さくなっていく、青白い境界晶の光だった。

 

 数瞬の間。地面へ叩きつけられ、全身へ凄まじい衝撃が走る。

 舞った埃と石片が降り注ぐ。

 

 

 目を開けても、何も見えない。そもそも、目が開いているのかすら分からない。

 呼吸をするたび、胸の奥で血が泡立つ。

 指先も、脚も、ほとんど動かなかった。

 

 ただ、すぐ近くの暗闇に、何かがある。

 

 弱々しい。

 今にも消えそうな小さな、白い光。

 

 思わず手を伸ばそうとしたが、そこで俺の意識は途絶えた。

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