警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿 作:駄文亭
月曜日、午前七時五十八分。
警視庁広域情報統括室。
大安文徳は、自席で白い封筒を見つめていた。
封筒には可愛らしいイラスト。
差出人。
東京都児童相談センター
「また来たで」
キュウが机の上へ飛び乗る。
「開けて」
「嫌な予感しかしません」
ゆっくり封を切る。
中には一枚の通知。
⸻
家庭訪問(第二回)のお知らせ
先日の養育支援計画に基づき、
家庭環境改善状況を確認します。
本日18時訪問予定。
⸻
「今日?」
三嶋が覗き込む。
「今日だ」
「部屋、片付いてません」
「私の宿舎もだ」
「二人とも?」
「昨日は水族館だったろ」
「そうでした」
遠藤が予定表を開く。
「本日は十八時までに帰宅してください」
「十六時から北海道警との会議です」
「延期済みです」
「十五時の内閣官房」
「延期」
「十四時の防衛省」
「延期」
「全部?」
「家庭訪問を優先しました」
「遠藤さん」
「はい」
「最近、仕事の優先順位がおかしくありません?」
「養育支援は重要です」
三嶋が笑う。
「完全に親扱いだな」
「保護責任者です」
「もう誰も信じてないぞ」
◇
午前八時十一分。
統括室に警報が鳴り響く。
全員が反射的にモニターを見る。
緊急警報
東京都全域
空間歪曲現象発生
「ほら来た」
三嶋が立ち上がる。
「月曜だな」
大安が端末を開く。
「場所は?」
遠藤が即座に答える。
「江東区。
ショッピングモールです。」
「被害は?」
「現在確認中。」
成井が静かに言う。
「買い物袋です。」
全員が止まる。
「一般人にも分かるように」
羽柴が言った。
今日は学校前に統括室へ来ていた。
「巨大な買い物袋です」
「そのままですね」
モニターへ映像が映る。
巨大な紙袋。
高さ約五十メートル。
ショッピングモール中央に立っている。
周囲では警察が避難誘導中。
「……袋ですね」
大安が確認した。
「袋です」
遠藤も確認する。
「中身は?」
「分かりません」
成井が目を閉じた。
「入ると出られません」
「どうして分かるんです?」
「出てきた人がいないので」
「まだ誰も入ってませんよ!」
「未来予測です」
「急に便利ですね!」
◇
三十分後。
現場。
巨大な紙袋は風もないのに揺れていた。
買い物客は半径五百メートルまで避難済み。
「近づきます」
大安が言う。
「私が先行」
三嶋が前へ出る。
「待ってください」
成井が止めた。
「中を見るだけで吸い込まれます」
「じゃあどうする」
「見なければいい」
「見なきゃ調査できません」
その時。
キュウが紙袋を見る。
「知っとる」
「え?」
「宇宙の迷子袋や」
「何です、それ」
「なくした物が全部入っとる」
「全部?」
「全部」
三嶋が聞き返す。
「財布も?」
「入っとる」
「鍵も?」
「入っとる」
「靴下片方も?」
「もちろん」
羽柴が目を輝かせた。
「ゲームのセーブデータも!?」
「それは知らん」
「そこ大事!」
遠藤が端末を見る。
「内部空間は通常宇宙ではありません」
「つまり?」
「本当に『失くしたもの』を収集する概念です」
「だから巨大なのか」
◇
突然。
紙袋の中から声がした。
「助けてくれぇ!」
「人?」
「誰か入ってる!」
袋が揺れる。
中からスーツ姿の男が顔を出した。
「出られない!」
「どうやって入った!」
「財布落としたと思って!」
「覗いたら!」
「吸い込まれた!」
「成井さん」
大安が振り返る。
「未来予測当たりましたね」
「はい」
「嬉しそうですね」
「少し」
「そこ喜ぶ所じゃありません」
◇
「救出する」
三嶋が言う。
「ロープ」
「無意味です」
成井が答える。
「中は距離の概念がありません」
「じゃあ」
「家族です」
「何?」
「家族で迎えに行けば帰れます」
「一般人にも」
「袋は『失った物』しか集めません」
「はい」
「家族は失くした物ではありません」
「…………」
大安は考えた。
「つまり」
「迎えに来た人を家族だと認識すれば」
「出口になる」
「その通りです」
キュウが笑う。
「簡単や」
「簡単じゃありません」
◇
大安が袋の前へ立つ。
「聞こえますか!」
『はい!』
「家族はいますか!」
『妻が!』
「奥さんを呼びます!」
「早く!」
十分後。
奥さん到着。
「あなた!」
『美香!』
「迎えに来たわ!」
紙袋が光る。
男が転がり出てきた。
「出られた!」
「お父さん!」
子どもも飛びつく。
袋が少し縮んだ。
「なるほど」
遠藤が記録する。
「家族を取り戻すたび縮小しています」
「つまり」
「中には全国の失くし物があります」
「全部返すの?」
「全部です」
大安は空を見上げた。
「終わるの何年後ですか」
「百七十三年」
成井が答えた。
「長い!」
◇
その時。
袋の奥から笑い声。
「素晴らしい」
吉良徴喜だった。
「またお前か」
三嶋が拳を鳴らす。
「今回は何だ」
「人は物を失う」
吉良が笑う。
「財布」
「鍵」
「恋」
「夢」
「家族」
「失ったものを集める袋など」
「人類最大の犯罪装置だ」
袋がさらに巨大化する。
中から。
大量の財布。
傘。
靴。
携帯電話。
卒業アルバム。
指輪。
ランドセル。
ありとあらゆる「失くした物」が溢れ出す。
羽柴が叫ぶ。
「僕のDS!」
「返せ!」
胡蝶も。
「小学校の卒アル!」
宇佐美。
「イヤホン!」
猪俣。
「異世界で失くした剣!」
天野。
「……思い出」
「ひすいちゃん!?」
◇
キュウが袋を見る。
「とーちゃん」
「何です?」
「これ、食べたらあかん」
「珍しいですね」
「悲しい味する」
袋全体が黒く染まる。
中には。
失われた思い出。
諦めた夢。
届かなかった手紙。
言えなかった「ごめん」。
伝えられなかった「ありがとう」。
人類が失ったものが、すべて詰まっていた。
大安は静かに息を吐く。
「吉良」
「何だ」
「今回は」
警察手帳を掲げる。
「逮捕だけでは済みません」
「ほう?」
「人の大事なものを、勝手に犯罪へ使いましたね」
吉良は初めて少しだけ笑みを消した。
「……怒っているのか」
「当然です」
「珍しい」
「仕事ですから」
「違うな」
吉良は見抜いた。
「今回は」
「父親だから怒っている」
その一言で。
三嶋も。
遠藤も。
羽柴たちも。
誰も否定しなかった。
大安だけが深くため息をつく。
「……後で訂正します」
キュウが肩へ乗る。
「無理やと思うで」
その瞬間。
巨大な紙袋がゆっくりと口を開いた。
中には――
地球ではない夜空が広がっていた。
吉良は笑う。
「さあ」
「失ったものを取り戻す旅を始めよう」
紙袋は、大安たちを飲み込むように大きく開いた。
次回――宇宙最大の遺失物保管庫。