警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿   作:駄文亭

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第十三話 授業参観と黒板の向こう側

 五月某日。

 

 午前九時五十分。

 

 星見総合学園。

 

 今日は授業参観だった。

 

 大安文徳は職員玄関で受付票を書いている。

 

「保護者氏名」

 

 さらさらと記入する。

 

大安文徳

 

 続いて同行者欄。

 

三嶋あかね

 

 受付担当の教師が微笑む。

 

「本日はよろしくお願いします。」

 

「よろしくお願いします。」

 

 三嶋は名札を首に掛けながら小さくため息をついた。

 

「面談の次は参観か。」

 

「学校行事です。」

 

「仕事より来てる気がする。」

 

「支援計画です。」

 

「便利な言葉だな。」

 

 キュウとツーは廊下を走ろうとして、

 

「廊下は走りません。」

 

 大安に同時に止められた。

 

「はーい。」

 

「はーい。」

 

「返事だけは良いですね。」

 

「えらい?」

 

「今は。」

 

     ◇

 

 二年B組。

 

 今日の授業は理科だった。

 

 教壇には理科教師。

 

 黒板には大きく書かれている。

 

太陽系

 

「今日は惑星について勉強します。」

 

 教師が地球儀を取り出した。

 

「地球は太陽の周りを回っています。」

 

 キュウが手を挙げる。

 

「先生。」

 

「はい。」

 

「どの太陽?」

 

 教師が止まる。

 

「……どの?」

 

「宇宙にはいっぱいあるで。」

 

「この太陽です。」

 

「銀河番号は?」

 

「ありません。」

 

「識別できへん。」

 

「地球では一個で十分なんです。」

 

「なるほど。」

 

 教師は汗を拭いた。

 

     ◇

 

「では。」

 

 教師は模型を回す。

 

「地球は一年で一周します。」

 

 ツーが首を傾げる。

 

「先生。」

 

「はい。」

 

「時間って誰が決めたの?」

 

 教師が止まる。

 

「……。」

 

「一日って。」

 

「一年って。」

 

「宇宙全部で同じ?」

 

 教師は黒板を見る。

 

 黒板は何も答えない。

 

「良い質問ですね。」

 

「ありがとうございます。」

 

「先生にも分かりません。」

 

「えらい。」

 

「え?」

 

「知らん言える先生。」

 

 教室が少し静かになった。

 

 大安が小さく頷く。

 

「良い返答です。」

 

 三嶋も腕を組む。

 

「知らないことを知らないと言えるのは強い。」

 

     ◇

 

 その時だった。

 

 黒板が震えた。

 

 ぎぃ……

 

 教室中が静まり返る。

 

 黒板がゆっくりと開いた。

 

 扉のように。

 

「……またですか。」

 

 大安が呟く。

 

 黒板の向こうは星空だった。

 

 宇宙ではない。

 

 教室だった。

 

 ただし。

 

 左右も上下も反転している。

 

 そこから教師が一人歩いてきた。

 

 見た目は今授業している教師そのもの。

 

「こんにちは。」

 

「私は。」

 

「黒板側の先生です。」

 

「何ですって。」

 

 三嶋が頭を抱える。

 

「また増えた。」

 

     ◇

 

 黒板教師は名刺を差し出した。

 

異次元教育委員会

 

黒板世界担当教員

 

「本日は。」

 

「授業参観に来ました。」

 

 理科教師が聞く。

 

「誰が?」

 

「あなたです。」

 

「私?」

 

「先生として適切か。」

 

「査察です。」

 

 教師は椅子へ座り込んだ。

 

「PTAの次は教育委員会……。」

 

 大安が訂正する。

 

「宇宙教育委員会です。」

 

「もっと悪い!」

 

     ◇

 

 黒板教師は授業を見始めた。

 

「質問です。」

 

 理科教師へ。

 

「児童に答えられない質問をされた時。」

 

「どうしますか。」

 

「調べます。」

 

「良い。」

 

「答えを知らない時。」

 

「知らないと言います。」

 

「良い。」

 

「児童より知識が少ない場合。」

 

 教師はキュウを見る。

 

「……あります。」

 

「良い。」

 

 三嶋が首を傾げる。

 

「全部合格なのか?」

 

「教育とは。」

 

 黒板教師が言う。

 

「知らないことを隠す仕事ではない。」

 

「一緒に学ぶ仕事。」

 

 理科教師は少しだけ目を潤ませた。

 

     ◇

 

 今度は大安へ向く。

 

「保護者。」

 

「はい。」

 

「質問。」

 

「どうぞ。」

 

「子どもに答えられない質問をされた時。」

 

「調べます。」

 

「知らない時。」

 

「知らないと言います。」

 

「宇宙案件の時。」

 

「報告書を書きます。」

 

「最後だけ違います。」

 

 三嶋が吹き出した。

 

     ◇

 

 キュウが手を挙げた。

 

「先生。」

 

「はい。」

 

「黒板って。」

 

「何で黒いん?」

 

 黒板教師は笑った。

 

「子どもの知らないことは。」

 

「最初は真っ暗だから。」

 

「だから黒板。」

 

 ツーも聞く。

 

「何で白い字?」

 

「分かることが。」

 

「少しずつ増えるから。」

 

 教室が静かになる。

 

 羽柴が小さく呟いた。

 

「何か格好いい。」

 

 胡蝶も頷く。

 

「ええ先生や。」

 

     ◇

 

 査察終了。

 

 黒板教師は判定書を取り出した。

 

 

査察結果

 

理科教師

 

合格

 

 

 理科教師がほっと息を吐く。

 

「次。」

 

 判定。

 

 

保護者

 

大安文徳

 

合格

 

 

「理由。」

 

「知らないと言える。」

 

「子どもの質問から逃げない。」

 

 次。

 

 

三嶋あかね

 

合格

 

 

「理由。」

 

「危険から守る。」

 

「あと。」

 

「給食当番をちゃんと手伝った。」

 

 三嶋が目を丸くした。

 

「見てたのか。」

 

「全部。」

 

     ◇

 

 黒板教師は黒板へ戻る。

 

 その直前。

 

 振り返った。

 

「最後に。」

 

「先生。」

 

「保護者。」

 

「はい。」

 

「子どもが百の質問をしたら。」

 

「百答えなくていい。」

 

「一緒に一つ探せ。」

 

 そう言い残し。

 

 黒板は静かに閉じた。

 

     ◇

 

 授業参観終了後。

 

 廊下。

 

 理科教師が頭を下げる。

 

「今日はありがとうございました。」

 

「いえ。」

 

「少し自信がつきました。」

 

「良かったですね。」

 

 三嶋が笑う。

 

「知らないって言っていいんだな。」

 

「はい。」

 

「俺も。」

 

「親として。」

 

「まだ知らないことだらけです。」

 

 キュウが大安の袖を引く。

 

「とーちゃん。」

 

「何です?」

 

「ブラックホールって何で黒いん?」

 

 大安は少し考えた。

 

「詳しく説明すると長くなります。」

 

「帰ったら一緒に調べましょう。」

 

「うん!」

 

 ツーも頷く。

 

「ぼくも。」

 

 その様子を見ていた理科教師は、小さく笑った。

 

「……あの人。」

 

「本当に保護者になったんだな。」

 

 その日の学校日誌には、新たな記録が追加された。

 

授業参観中、黒板が異次元教育委員会と接続。査察の結果、理科教師・保護者ともに合格。なお、黒板は元の状態へ復旧し、授業に支障なし。

 

 校長はその報告書を読み、静かに判子を押した。

 

「……もう、この学校では『授業に支障なし』の基準が分からん。」

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