警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿 作:駄文亭
五月某日。
午前九時五十分。
星見総合学園。
今日は授業参観だった。
大安文徳は職員玄関で受付票を書いている。
「保護者氏名」
さらさらと記入する。
大安文徳
続いて同行者欄。
三嶋あかね
受付担当の教師が微笑む。
「本日はよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
三嶋は名札を首に掛けながら小さくため息をついた。
「面談の次は参観か。」
「学校行事です。」
「仕事より来てる気がする。」
「支援計画です。」
「便利な言葉だな。」
キュウとツーは廊下を走ろうとして、
「廊下は走りません。」
大安に同時に止められた。
「はーい。」
「はーい。」
「返事だけは良いですね。」
「えらい?」
「今は。」
◇
二年B組。
今日の授業は理科だった。
教壇には理科教師。
黒板には大きく書かれている。
太陽系
「今日は惑星について勉強します。」
教師が地球儀を取り出した。
「地球は太陽の周りを回っています。」
キュウが手を挙げる。
「先生。」
「はい。」
「どの太陽?」
教師が止まる。
「……どの?」
「宇宙にはいっぱいあるで。」
「この太陽です。」
「銀河番号は?」
「ありません。」
「識別できへん。」
「地球では一個で十分なんです。」
「なるほど。」
教師は汗を拭いた。
◇
「では。」
教師は模型を回す。
「地球は一年で一周します。」
ツーが首を傾げる。
「先生。」
「はい。」
「時間って誰が決めたの?」
教師が止まる。
「……。」
「一日って。」
「一年って。」
「宇宙全部で同じ?」
教師は黒板を見る。
黒板は何も答えない。
「良い質問ですね。」
「ありがとうございます。」
「先生にも分かりません。」
「えらい。」
「え?」
「知らん言える先生。」
教室が少し静かになった。
大安が小さく頷く。
「良い返答です。」
三嶋も腕を組む。
「知らないことを知らないと言えるのは強い。」
◇
その時だった。
黒板が震えた。
ぎぃ……
教室中が静まり返る。
黒板がゆっくりと開いた。
扉のように。
「……またですか。」
大安が呟く。
黒板の向こうは星空だった。
宇宙ではない。
教室だった。
ただし。
左右も上下も反転している。
そこから教師が一人歩いてきた。
見た目は今授業している教師そのもの。
「こんにちは。」
「私は。」
「黒板側の先生です。」
「何ですって。」
三嶋が頭を抱える。
「また増えた。」
◇
黒板教師は名刺を差し出した。
異次元教育委員会
黒板世界担当教員
「本日は。」
「授業参観に来ました。」
理科教師が聞く。
「誰が?」
「あなたです。」
「私?」
「先生として適切か。」
「査察です。」
教師は椅子へ座り込んだ。
「PTAの次は教育委員会……。」
大安が訂正する。
「宇宙教育委員会です。」
「もっと悪い!」
◇
黒板教師は授業を見始めた。
「質問です。」
理科教師へ。
「児童に答えられない質問をされた時。」
「どうしますか。」
「調べます。」
「良い。」
「答えを知らない時。」
「知らないと言います。」
「良い。」
「児童より知識が少ない場合。」
教師はキュウを見る。
「……あります。」
「良い。」
三嶋が首を傾げる。
「全部合格なのか?」
「教育とは。」
黒板教師が言う。
「知らないことを隠す仕事ではない。」
「一緒に学ぶ仕事。」
理科教師は少しだけ目を潤ませた。
◇
今度は大安へ向く。
「保護者。」
「はい。」
「質問。」
「どうぞ。」
「子どもに答えられない質問をされた時。」
「調べます。」
「知らない時。」
「知らないと言います。」
「宇宙案件の時。」
「報告書を書きます。」
「最後だけ違います。」
三嶋が吹き出した。
◇
キュウが手を挙げた。
「先生。」
「はい。」
「黒板って。」
「何で黒いん?」
黒板教師は笑った。
「子どもの知らないことは。」
「最初は真っ暗だから。」
「だから黒板。」
ツーも聞く。
「何で白い字?」
「分かることが。」
「少しずつ増えるから。」
教室が静かになる。
羽柴が小さく呟いた。
「何か格好いい。」
胡蝶も頷く。
「ええ先生や。」
◇
査察終了。
黒板教師は判定書を取り出した。
⸻
査察結果
理科教師
合格
⸻
理科教師がほっと息を吐く。
「次。」
判定。
⸻
保護者
大安文徳
合格
⸻
「理由。」
「知らないと言える。」
「子どもの質問から逃げない。」
次。
⸻
三嶋あかね
合格
⸻
「理由。」
「危険から守る。」
「あと。」
「給食当番をちゃんと手伝った。」
三嶋が目を丸くした。
「見てたのか。」
「全部。」
◇
黒板教師は黒板へ戻る。
その直前。
振り返った。
「最後に。」
「先生。」
「保護者。」
「はい。」
「子どもが百の質問をしたら。」
「百答えなくていい。」
「一緒に一つ探せ。」
そう言い残し。
黒板は静かに閉じた。
◇
授業参観終了後。
廊下。
理科教師が頭を下げる。
「今日はありがとうございました。」
「いえ。」
「少し自信がつきました。」
「良かったですね。」
三嶋が笑う。
「知らないって言っていいんだな。」
「はい。」
「俺も。」
「親として。」
「まだ知らないことだらけです。」
キュウが大安の袖を引く。
「とーちゃん。」
「何です?」
「ブラックホールって何で黒いん?」
大安は少し考えた。
「詳しく説明すると長くなります。」
「帰ったら一緒に調べましょう。」
「うん!」
ツーも頷く。
「ぼくも。」
その様子を見ていた理科教師は、小さく笑った。
「……あの人。」
「本当に保護者になったんだな。」
その日の学校日誌には、新たな記録が追加された。
授業参観中、黒板が異次元教育委員会と接続。査察の結果、理科教師・保護者ともに合格。なお、黒板は元の状態へ復旧し、授業に支障なし。
校長はその報告書を読み、静かに判子を押した。
「……もう、この学校では『授業に支障なし』の基準が分からん。」