警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿 作:駄文亭
警視庁広域情報統括室には、朝から妙な静けさが漂っていた。
警報は鳴っていない。
地震計も正常。
人工衛星の軌道に異常はなく、日本列島の霊的位相も安定している。太平洋上に正体不明の円盤が三機ほど浮いているが、昨日から同じ場所にいるため、現在は経過観察扱いだった。
つまり、平常時である。
「おかしいなぁ」
大安文徳は、壁面モニターを眺めながら呟いた。
「異常がないことを異常扱いするのは、統括システムの設計思想として問題があると思います」
遠藤真実が指摘した。
「でも、こういう日は何か起きるんですよ」
「経験則ですか?」
「嫌な経験則です」
三嶋あかねは、自席で細長い紙袋を開いていた。中から取り出したのは、庁舎近くのベーカリーで買ったらしいカレーパンである。
遠藤が眉を寄せる。
「室内で匂いの強い食品を食べないでください」
「換気すればいいだろ」
「機密区画の空調設備を、カレーパンのために操作するつもりですか?」
「昨日、室長がカップ麺食べてたけど」
「緊急時だったので例外です」
大安は二人の会話を聞きながら、コーヒーを啜った。
若手のホープを希望した結果、内閣情報調査室の才媛と、特殊作戦群のレンジャー資格者が送られてきた。
どちらも優秀である。
優秀すぎるくらいだった。
ただし二人を同じ部屋へ置くと、空調、昼食、資料の並べ方、椅子の高さといった、世界の存亡とは無関係な問題で衝突する。
黙っていれば美人なのになぁ。
大安は一日に一度くらい、同じことを考えていた。
「カレーパンは休憩室で食べてください」
「ほら、室長もこう言っています」
「遠藤さんも昨日、この部屋でチョコ食べてたでしょ」
「チョコレートには匂いがありません」
「あるだろ」
「二人とも」
大安が声をかける。
「ここは女子校じゃないんだから、食べ物で揉めないでください」
二人は同時に大安を睨んだ。
「女子校に対する偏見です」
「今のは良くないな、室長」
「はい。すみません」
大安は素直に謝った。
管理職は、勝てない戦いを始めてはならない。
統括室の隅では、成井舜佐が資料を読んでいた。
私立探偵にして、東西を問わない魔術、超物理学、超心理学の専門家である。作中でも最強格の戦闘能力を有し、超常現象に対する知識は大安の統括システムでも代替できない。
ただし推理を始めると、誰にも理解できない。
「静かすぎますね」
成井が言った。
大安は嫌な予感を覚えた。
「成井さんまで言いますか」
「ええ。世界は静止していません。静止しているように見える時は、複数の運動が完全に打ち消し合っているだけです」
「それは物理の話ですか?」
「犯罪の話です」
成井は資料を閉じた。
「犯罪者が何もしない時、犯罪を企てていないとは限らない。すでに企て終え、結果を待っている可能性があります」
遠藤が端末へ向き直る。
「特定の犯罪者を念頭に置いた発言ですか?」
「吉良徴喜です」
室内の空気が少しだけ冷えた。
吉良徴喜。
かつて犯罪学の権威と呼ばれた男である。
犯罪者の心理、組織構造、群衆操作、捜査機関の行動予測。人間が悪事へ至る過程を研究し続けた末、いつしか悪そのものに魅了され、自ら犯罪へ手を染めた。
彼は金銭や権力を求めているわけではない。
人間が壊れる瞬間を見たいだけだ。
その思想に魅了された信者も多く、吉良本人が何もしなくても、世界のどこかで誰かが彼のために事件を起こす。
「今週はまだですね」
三嶋がカレーパンを袋へ戻した。
「先週は火曜。その前は金曜。その前は水曜でした」
遠藤が過去の記録を表示する。
「曜日に規則性はありません。ただし、七日間以上の間隔を空けたことはない」
「几帳面な犯罪者だなぁ」
大安は時計を見た。
金曜日、午前九時四十分。
今週は今日が最後だった。
「だから静かなんでしょうか」
大安が呟いた直後、統括システムの画面が切り替わった。
緊急警報ではない。
ただ、複数の監視項目がほぼ同時に、わずかな異常を示した。
都立星見総合学園周辺における通信量の急増。
学校関係者の検索履歴に、特定の単語が頻出。
告白。
二股。
四股。
修羅場。
屋上。
遺書。
「最後の単語だけ重くないですか?」
三嶋が言った。
「検索したのは演劇部員です。来月の公演に関する資料収集でしょう」
遠藤が調べて答える。
「他は?」
「生徒間で、羽柴信彦に関する噂が急速に拡散しています」
大安の表情が止まった。
「内容は?」
「本日の放課後、羽柴信彦が女子生徒へ告白するそうです」
「それのどこが広域案件なんです?」
三嶋が首を傾げる。
遠藤は画面を操作した。
「問題は、告白される予定の女子生徒が四名いることです」
四人の写真が並んだ。
猪俣睦。
天野ひすい。
宇佐美美琴。
胡蝶わかば。
三嶋は、食べかけのカレーパンを紙袋へ戻した。
「非常時だな」
「非常時ですね」
大安はタンブラーの蓋を閉じた。
◇
噂は、午前七時十二分に発生していた。
最初は匿名の校内掲示板に投稿された、短い書き込みだった。
羽柴信彦が放課後、校舎の屋上で猪俣睦に告白する。
投稿は三分後に削除されたが、その画像はすでに複数の生徒によって保存されていた。
午前七時十九分。
宇佐美美琴へ告白するという別の書き込みが現れた。
午前七時二十八分。
胡蝶わかば。
午前七時四十分。
天野ひすい。
四つの書き込みは、それぞれ異なる文体、異なる端末、異なる通信経路から投稿されていた。単純な悪戯ならば、ずいぶんと手が込んでいる。
「羽柴本人は?」
大安は車の後部座席で尋ねた。
運転席には三嶋あかね。助手席で遠藤真実が端末を操作している。
「先ほど電話をかけましたが、繋がりません」
「宇佐美さんの影響ですか?」
「違います。羽柴信彦本人が電源を切っています」
「どうして?」
「授業中だからでしょう」
「真面目だなぁ」
高校生としては正しい。
世界の命運を背負わされる者としては、少し困る。
「噂の発生源は追えますか?」
三嶋が前を見ながら尋ねる。
「投稿に使用された端末はいずれも実在しますが、所有者に接点はありません。高校生、会社員、主婦、無職の男性。居住地域も異なります」
「乗っ取られた?」
「痕跡はありません。本人たちは投稿した記憶がないと証言しています」
「遠隔催眠か、記憶操作か」
「どちらも証拠がありません」
三嶋はハンドルを切った。
「でも吉良だろ」
「結論を先に決めるのは危険です」
「じゃあ違うと思う?」
「吉良でしょうね」
「同じじゃないか」
「私は分析結果を述べています。あなたは勘です」
「当たれば同じだろ」
「過程が違います」
大安は後部座席で目を閉じた。
「喧嘩は着いてからにしてください」
「喧嘩ではありません」
「見解の相違だ」
二人が同時に答える。
大安は目を開けた。
「息ぴったりだなぁ」
◇
昼休み。
羽柴信彦は、校舎裏の自動販売機前で途方に暮れていた。
午前中だけで、二十七人から声をかけられた。
今日、誰かに告白するらしいね。
四股は良くないと思う。
命は大切にしろ。
骨は拾ってやる。
誰が流したのか知らないが、彼が放課後に四人の少女を屋上へ呼び出し、何らかの重大発表をするという話になっている。
「なんでこうなるんだ……」
「羽柴君」
背後から名前を呼ばれ、信彦は肩を跳ねさせた。
天野ひすいが立っていた。
長い黒髪に、学校指定の制服。両手で紙パックのジュースを持ち、不安そうに信彦を見ている。
「ひすいちゃん」
「今日の放課後、屋上に来てほしいって……」
「言ってない!」
信彦の声が裏返った。
「そうなんですか?」
「誰にも言ってない。そもそも屋上は立入禁止だよ」
「そうですよね」
ひすいは安心したように笑った。
その瞬間、校舎がわずかに沈んだ。
沈下量、三ミリメートル。
一般人には気づけない程度だったが、日本全国の精密地殻観測網が異常値を記録した。
「でも」
ひすいが続ける。
「少しだけ、残念です」
校舎がさらに一ミリ沈んだ。
信彦は何と答えるべきか分からなかった。
女の子の扱いくらい学んでおかないと駄目だよ。
以前、大安に言われた言葉を思い出す。
大安のようになりたくはなかった。
「放課後じゃなくても、話くらいならいつでも聞くよ」
「本当ですか?」
「うん」
地殻変動が止まった。
信彦は知らなかったが、たった今、日本列島が救われた。
「何、二人で話してるの?」
宇佐美美琴が現れた。
赤みがかった髪を揺らし、片手にスマートフォンを持っている。
端末の画面には、匿名掲示板の書き込みが表示されていた。
「羽柴。今日、私を屋上に呼んだ?」
「呼んでない!」
「じゃあ、ひすいは?」
「呼んでない!」
「ふうん」
周囲の携帯電話が一斉に圏外になった。
「信じてないよね?」
「別に。確認しただけ」
校内放送が突然、途切れた。
「美琴ちゃん、落ち着いて」
「落ち着いてる」
自動販売機の価格表示が、すべて九百九十九万円になった。
「絶対に落ち着いてないよ!」
その時、自動販売機の陰から胡蝶わかばが現れた。
「どういうことや、羽柴」
「なんで隠れてたの?」
「隠れとらん。たまたまここにおっただけや」
「壁に耳つけてたよね?」
「気のせいや!」
わかばは信彦の胸元を掴んだ。
「うちを屋上に呼び出す度胸は認めたる。せやけど、他の三人にも同じこと言うたんはどういう了見や!」
「だから言ってないって!」
「なら誰が言うたんや!」
「僕が聞きたいよ!」
校舎の角から、猪俣睦が歩いてきた。
手には、異世界から持ち帰った長剣の入った細長い袋。
「全員揃って何してるの?」
「お前も呼ばれたんやろ」
「何に?」
「羽柴の告白や」
「は?」
空間が鳴った。
猪俣睦の周囲だけ、地球とは異なる法則が展開され始める。空気中の光が屈折し、風もないのに彼女の髪が揺れた。
「羽柴」
「はい」
「私を屋上に呼んだ?」
「呼んでません」
「じゃあ、誰を呼んだの?」
「誰も呼んでません!」
「四人の中から選ぶとしたら?」
「どうしてそうなるの!?」
羽柴信彦は、ついに頭を抱えた。
◇
「始まりましたね」
遠藤が端末を見た。
学校から二百メートル離れた路上に、三人は車を停めていた。
校内通信網は沈黙。
周辺の地殻応力が上昇。
局地的な異世界法則の流入。
携帯電話基地局では、未知のプログラムが自己生成を始めている。
「あと何分くらいで日本が滅びます?」
大安が尋ねる。
「どの要因を基準にしますか?」
「一番早いもの」
「宇佐美美琴の感情状態から推測すると、世界規模の情報インフラ破壊まで約十七分。天野ひすいの情緒不安定による日本列島の沈降開始まで二十三分。猪俣睦の異世界法則が定着した場合、物理法則の再編まで三十一分」
「胡蝶わかばは?」
三嶋が尋ねる。
「予測不能です」
「一番危ないの、あいつだろ」
「私もそう思います」
大安が車を降りる。
「遠藤さん、通信系統を遮断。美琴さんの能力が外部へ漏れないようにしてください」
「遮断すれば、内部で増幅する可能性があります」
「三分だけ持たせて」
「五分は必要です」
「四分で」
「努力します」
「三嶋さんは?」
「もう行ってます」
三嶋はすでに校門を越えていた。
「現場の人は行動が早いなぁ」
大安も後を追った。
◇
校舎裏では、四人の少女が羽柴信彦を囲んでいた。
「結局、誰なんや」
「だから誰でもないよ!」
「誰でもないというのは、私たち全員に魅力がないという意味?」
美琴が冷たい目を向ける。
「どうして悪い方向に解釈するの?」
「羽柴さんが困っています」
ひすいが言った。
「ひすいは黙っとき。お前だけ良い子ぶるんは卑怯やぞ」
「そんなつもりは……」
地面が揺れた。
「胡蝶、ひすいを責めるのは違うでしょ」
睦が前へ出る。
「なんや。勇者様が守ってやるんか」
「その言い方が気に入らないのよ!」
「うちもお前が気に入らんわ!」
わかばが拳を構える。
睦が剣袋へ手を伸ばす。
美琴の髪が静電気で浮き上がる。
ひすいの足元から、目に見えない亀裂が日本列島全体へ走り始める。
羽柴信彦は空を見上げた。
「大安さん……」
「はいはい。呼びました?」
大安文徳が、校舎の陰から歩いてきた。
四人が一斉に振り返る。
「おっさん、なんでここにおんねん!」
「仕事だからです」
「警察が学校の恋愛に介入するんですか?」
美琴が睨む。
「恋愛なら介入しません。ただ、恋愛を原因に日本が沈み、世界中の電子機器が破壊され、物理法則が書き換わる場合は、所管になります」
「うちらは何もしてへん!」
「胡蝶さん、今から殴ろうとしてたよね」
「これは話し合いや!」
「拳を構える話し合いは、警察では暴行未遂と呼びます」
わかばが拳を下ろした。
「猪俣さんも剣から手を離して」
「抜いてないわよ」
「抜かなければ安全という武器じゃないでしょう」
睦も手を離す。
「宇佐美さん。周辺の通信を戻してください」
「私じゃない」
「自動販売機が九百九十九万円になってます」
「それは関係ない」
「関係ありますね」
「証拠は?」
「君の感情が安定するまで、携帯電話の補償申請を保留します」
美琴は数秒、大安を睨んだ。
やがて通信網が復旧した。
「公務員のくせに卑怯」
「公務員だから手続きを使うんですよ」
最後に、大安は天野ひすいを見る。
「天野さん。誰かに選ばれなかったとしても、日本列島まで落ち込む必要はありません」
「わたしは、そんなつもりでは……」
「分かってます。ただ、地面が沈んでるから」
ひすいは足元を見た。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいから、楽しいことを考えて」
「楽しいこと……」
ひすいは羽柴を見た。
地殻変動が止まった。
「それで止まるんだ」
羽柴が複雑な顔をした。
「羽柴君」
「はい」
「後で女の子の扱いについて話しましょう」
「僕、被害者ですよね?」
「結果として四人とも傷つけかけたから」
「何もしてないのに!?」
「何もしないのが悪い場合もあるんだよ」
「大安さんは、何かしてるんですか?」
大安は黙った。
三嶋が少し離れた場所で吹き出した。
「室長の負けだな」
「三嶋さん、外周警戒をお願いします」
「はいはい」
◇
「さて」
大安は四人を見渡した。
「そもそも、羽柴君が告白するという話は嘘です」
「誰が流したんや」
「それを調べるのが俺たちの仕事です」
大安の携帯電話が鳴った。
遠藤からだった。
『投稿経路を解析しました。発信者に共通点はありませんが、全員が過去一週間以内に同じ動画を視聴しています』
「内容は?」
『犯罪学の公開講座です。講師は偽名を使用していますが、音声照合では吉良徴喜と一致しました』
「動画に暗示が?」
『特定の画像と音声の組み合わせにより、視聴者へ条件付きの行動を刷り込んでいます。指定時刻になると、本人の意識を介さず投稿を実行する仕組みです』
「解除できますか?」
『宇佐美美琴の能力を借りれば、拡散前に全動画を無力化できます』
大安は美琴を見た。
「仕事をお願いできます?」
「どうして私が」
「君の携帯電話の修理と交換条件で」
「新品?」
「同等品」
「最新機種」
「予算が通れば」
「絶対に通らない言い方」
「俺の自腹なら中古になります」
美琴は大きくため息を吐いた。
「分かった。やればいいんでしょ」
彼女は目を閉じた。
デバイスには触れない。
ただ、世界中の通信網へ意識を伸ばした。
一秒。
二秒。
三秒。
吉良の動画に仕込まれた命令文が、ネットワーク上から消滅する。
美琴が目を開いた。
「終わった」
「ありがとうございます」
「最新機種」
「努力します」
◇
東京都内のホテル。
吉良徴喜は、窓際の椅子に腰を下ろし、タブレットの画面を眺めていた。
計画は失敗した。
投稿は予定通り実行された。
少女たちも集まった。
それぞれの感情は刺激され、国家存亡へ至る連鎖反応が始まった。
だが大安文徳は、開始から二十三分で連鎖を止めた。
「相変わらず、興醒めな男だ」
吉良は楽しそうに笑った。
「いいえ。あなたが期待しすぎているだけです」
背後から声がした。
吉良の笑みが止まる。
部屋の中央に、成井舜佐が立っていた。
長い外套。
腰には剣。
扉も窓も開いていない。
「どうやって入った?」
「あなたの部屋へ至る経路を推理しました」
「説明してもらえるかな」
「ホテルの地下には、江戸期に封じられた鬼門があります。あなたは無意識に陰の気を引き寄せ、部屋と鬼門を超心理学的に接続した。その経路を逆行しました」
吉良は数秒、黙った。
「何を言っているのか分からないな」
「一般人には、よく言われます」
成井が剣へ手をかける。
吉良は椅子から立ち上がった。
「君は探偵ではないな」
「私立探偵です」
「推理が成立していない」
「犯人へ辿り着ければ、問題ありません」
「それは捜査ではなく、怪異だよ」
「あなたに言われるとは思いませんでした」
吉良は笑った。
成井も、わずかに目を細めた。
ホテルの部屋が、現実から切り離された。
◇
広域情報統括室では、午後六時を知らせる音が鳴った。
遠藤が端末を見つめている。
「吉良徴喜の潜伏地点付近で、観測不能領域が発生しました」
三嶋は帰り支度の手を止めた。
「成井か?」
「可能性は九十八・七パーセントです」
「応援を出す?」
大安は画面を一度見た。
観測不能。
空間位相の断絶。
局地的な重力異常。
超心理波動の衝突。
一般の警察官を近づければ、命がいくつあっても足りない。
「放置で」
「いいんですか?」
「成井さんと吉良が死闘を演じてる間に、こっちは通常業務を終わらせましょう」
大安は報告書を開いた。
「事件名は?」
遠藤が尋ねる。
「虚偽恋愛情報を利用した広域複合災害誘発未遂事件」
「長いですね」
「じゃあ、校内風説流布事件で」
「規模を矮小化しすぎです」
「報告書を読む人が理解できる範囲にしてください」
三嶋が笑う。
「結局、吉良の事件は週一で来たな」
「来週は休んでくれるといいんですけど」
「犯罪者に週休二日を期待するんですか?」
「公務員にも週休二日は必要ですよ」
遠くで、世界の一部が裂けた。
統括室の照明が一度だけ明滅する。
誰も顔を上げなかった。
大安文徳は、書類へ判を押した。
その日も日本は滅びなかった。
羽柴信彦の放課後が平穏だったかどうかは、また別の問題である。