警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿   作:駄文亭

6 / 6
第六話 保護者欄に職名は書けません

 午前八時十四分。

 

 警視庁広域情報統括室で、大安文徳は一枚の書類と向き合っていた。

 

 書類の表題は、簡潔である。

 

 特別観察生受入申請書。

 

 問題は、その下だった。

 

児童氏名:キュウ

生年月日:一昨日

出生地:警視庁広域情報統括室

国籍:該当なし

種別:高次元知的生命体

好物:電子機器、情報物質、疲労と諦念を含む飲料

 

 最後の一行を、大安は二重線で消した。

 

「何で消すん?」

 

 机の上に座っていたキュウが、赤い眼を細めた。

 

「学校へ提出する書類だからです」

 

「好き嫌いは大事やろ」

 

「コーヒーを飲料ではなく、人間の疲労ごと摂取していると知られたら、受入れを拒否されます」

 

「嘘書くん?」

 

「社会生活に必要な省略です」

 

「隠蔽工作やな」

 

「言葉が悪い」

 

 大安は、その隣に置かれた二枚目の申請書へ目を移した。

 

児童氏名:ツー

生年月日:昨日

出生地:都立星見総合学園屋上付近の空間断裂

国籍:該当なし

種別:高次元知的生命体

好物:電子機器、緊張感、三嶋あかねの携行食

 

「私の携行食を勝手に好物へ入れるな」

 

 三嶋あかねが、大安の机へ手をついた。

 

 その肩には、半透明の翼を持つ黒い球体が乗っている。

 

 ツーである。

 

「おかーちゃんの、うまい」

 

「二回しか食わせてないだろ」

 

「二回とも、うまい」

 

「それは非常用の高カロリー食だ。宇宙生物のおやつじゃない」

 

「三嶋さん」

 

 大安が申請書を指した。

 

「保護者欄を埋めてください」

 

「そこはお前が書けばいいだろ」

 

「キュウは俺。ツーは三嶋さんが保護責任者です」

 

「副保護責任者にされたのは、お前の方でもある」

 

「それとこれとは別です」

 

「別じゃない」

 

 大安は申請書の下部を見た。

 

保護者氏名

児童との続柄

 

「続柄は何と書きます?」

 

「保護責任者」

 

「学校側から、一般的な続柄を記入するよう差し戻されています」

 

「じゃあ、その他」

 

「その他の場合、具体的に書けと」

 

「名付け親」

 

「私が付けたのは識別番号だ」

 

「因果接続は完了しています」

 

 遠藤真実が、自席から口を挟んだ。

 

「公的記録上、三嶋一等陸尉はツーの名付け親であり、保護責任者です」

 

「その公的記録を作ったのは、お前だろ」

 

「発生した事実を記録しただけです」

 

「消せ」

 

「公文書の改竄になります」

 

「まだ正式文書じゃない!」

 

「すでに警察庁、防衛省、内閣官房へ共有済みです」

 

 三嶋の眉が動いた。

 

「何でそんなに仕事が早いんだ」

 

「私は情報官ですので」

 

「こういう時だけ得意そうな顔するな」

 

 遠藤は実際、少し得意そうだった。

 

 大安は二人の言い争いを聞きながら、申請書の保護者欄へ自分の名前を書いた。

 

保護者氏名:大安文徳

続柄:保護責任者

 

 入力端末が警告音を鳴らした。

 

続柄を選択してください。

父/母/祖父/祖母/兄/姉/その他

 

「その他にしたら差し戻されたんですよね」

 

 大安は小さく呟いた。

 

「父でええやん」

 

 キュウが言った。

 

「よくありません」

 

「とーちゃんやろ」

 

「宇宙的な意味では、名付け親です」

 

「地球的には?」

 

「公務員です」

 

「公務員は続柄やないで」

 

 正論だった。

 

 三嶋が大安の申請書を覗き込む。

 

「父で出せ」

 

「それを出したら、俺が法的な父親だと認めたことになります」

 

「今さらだろ」

 

「今さらではありません。法的には大きな一歩です」

 

「宇宙的生命体との親子関係を規定する法律なんかないんだろ」

 

「だからこそ最初の一歩が大事なんです。俺の書類が前例になったら、今後すべての宇宙的親子関係へ影響します」

 

 三嶋は少し考えた。

 

「母で出すよりはマシだろ」

 

「比較対象がおかしい」

 

 大安が申請書と格闘していると、統括室の扉が開いた。

 

 長い外套をまとった成井舜佐が入ってくる。

 

 外套の裾には、黒い液体が付着していた。

 

「おはようございます」

 

「成井さん。吉良は?」

 

「逃げました」

 

「今度はどうやって?」

 

「自らを二十四件の民事上の紛争へ分割し、司法手続きの中へ潜伏しました」

 

 大安は数秒、成井を見た。

 

「一般人にも分かるように」

 

「訴訟を起こして逃げました」

 

「最初からそう言ってください」

 

 成井は机上の申請書を見た。

 

「就学手続きですか」

 

「正式な就学ではありません。文部科学省と東京都教育委員会の共同事業として、星見総合学園へ特別観察生として通わせます」

 

「学校で宇宙的生命体を観察するのですか?」

 

「正確には、宇宙的生命体に学校生活を経験させます。統括室で留守番させると、機密書類と電子機器を食べるので」

 

「合理的ですね」

 

「合理的なんでしょうか」

 

「学校には、彼らが摂取可能な感情が豊富に存在します」

 

 大安は顔を上げた。

 

「感情は食べさせませんよ」

 

「少量なら成長に必要です」

 

「昨日、それで校舎が宇宙になりました」

 

「過剰摂取です。食事にも適量があります」

 

 三嶋がツーを肩から下ろした。

 

「成井。学校で問題を起こさない方法は?」

 

「親子関係を安定させることです」

 

「またそれか」

 

「この二体は、大安さんと三嶋さんを基準に自己認識を構築しています。保護者が関係性を否定し続けると、自らの存在も否定されたと受け取る可能性があります」

 

 大安と三嶋が黙った。

 

 遠藤は端末へ入力を始めた。

 

「何を記録してるんです?」

 

 三嶋が睨む。

 

「重要な所見です」

 

「消せ」

 

「できません」

 

「せめて嬉しそうな顔をやめろ」

 

「嬉しくありません」

 

「口元が笑ってるぞ」

 

「気のせいです」

 

 キュウが大安の申請書へ触手を伸ばした。

 

「ほな、父で」

 

 選択欄へ触れる。

 

 端末が受付音を鳴らした。

 

続柄:父

 

「勝手に押すな!」

 

 ツーも触手を伸ばし、三嶋の書類へ触れた。

 

続柄:母

 

「お前も押すな!」

 

 二件の申請書が、電子承認システムへ送信された。

 

 数秒後。

 

受理しました。

 

 大安と三嶋は、並んで画面を見た。

 

「取り消せます?」

 

「一度受理された申請は、学校側での手続きが必要です」

 

 遠藤が答える。

 

「すぐ電話してください」

 

「これから保護者面談です。直接訂正した方が早いでしょう」

 

「保護者面談?」

 

「十時からです」

 

「聞いてません」

 

「予定表に入れました」

 

「いつ?」

 

「午前二時三十八分です」

 

「寝てましたよ!」

 

     ◇

 

 午前十時。

 

 都立星見総合学園の応接室に、大安文徳と三嶋あかねが並んで座っていた。

 

 二人の間には、キュウとツー。

 

 向かい側には校長、教頭、学年主任、養護教諭が座っている。

 

 さらに遠藤真実が、内閣情報調査室出向者として同席していた。

 

 成井舜佐は、窓際に立っている。

 

 何の立場で来たのかは、誰も尋ねなかった。

 

 尋ねると説明が長くなるからである。

 

「本日は、キュウさんとツーさんの受入れに関する面談となります」

 

 校長が言った。

 

 五十代半ばの温厚そうな男性である。

 

 この学校の校長を三年も続けている時点で、精神力は相当に高い。

 

「まず、ご家庭でのご様子を伺いたいのですが」

 

「家庭ではありません」

 

 大安が即座に訂正した。

 

「大安さんの自宅で生活していますよね?」

 

 遠藤が確認する。

 

「キュウだけです。ツーは現在、自衛隊の宿舎で三嶋さんと」

 

「昨夜だけだ」

 

 三嶋が言った。

 

「今朝、洗面台を食われた。今夜からお前の家に置け」

 

「保護責任者は三嶋さんでしょう」

 

「共同責任だろ」

 

「そういう言い方をすると、学校側が誤解します」

 

 校長以下四人は、すでに誤解しているような顔だった。

 

 学年主任が申請書へ目を落とす。

 

「続柄は、父と母になっていますが」

 

「操作ミスです」

 

 大安と三嶋の声が重なった。

 

 キュウが触手を上げる。

 

「ワイが押した」

 

 ツーも翼を広げた。

 

「ワイも」

 

「自分で申請を?」

 

 校長が驚く。

 

「知能の発達が早い個体です」

 

 遠藤が説明した。

 

「ただし、自身に都合のよい電子手続きを勝手に行う傾向があります」

 

「親の同意を得ずに?」

 

「名付けによる因果接続上、本人たちは同意済みと認識しています」

 

「一般人にも分かるようにお願いします」

 

 教頭が言った。

 

 この学校では、すでに成井以外にも必要な言葉になりつつあった。

 

「親だと思っているので、勝手に書きました」

 

 大安が答える。

 

「なるほど」

 

 校長は納得した。

 

「納得しないでください」

 

 三嶋が止めた。

 

 養護教諭が質問票を開く。

 

「食物アレルギーはありますか?」

 

「通常の食物は摂取しません」

 

 成井が答える。

 

「主食は高次元情報物質、金属、電子機器、特定の感情です」

 

「給食は?」

 

「器を食べる可能性があります」

 

「食器を?」

 

「配膳用端末も危険です」

 

 大安が付け加える。

 

「では、給食時間は別室で?」

 

「本人たちが疎外されたと感じると、空間の境界が曖昧になる可能性があります」

 

「一緒に食べさせても、食器が危ないんですよね」

 

「はい」

 

 校長が腕を組んだ。

 

「紙皿なら?」

 

「個人情報が書かれていなければ、食べても健康上の問題はありません」

 

「食べる前提なんですね」

 

 養護教諭が呟いた。

 

「緊急連絡先は、大安さんと三嶋さんでよろしいですか?」

 

「勤務中は統括室へ」

 

「私が現場にいる場合は大安へ」

 

「俺へ集中させないでください」

 

「じゃあ遠藤」

 

「私は保護責任者ではありません」

 

「叔母やろ」

 

 キュウが言った。

 

 遠藤の動きが止まった。

 

「誰が叔母ですか」

 

「とーちゃんとおかーちゃんの同僚やから」

 

「その理屈なら、三嶋さんも叔母に該当します」

 

「おかーちゃんやで」

 

「認識に一貫性がありません」

 

「遠藤さん」

 

 大安が小声で止めた。

 

「宇宙生物と続柄を争わないでください」

 

「事実関係の訂正です」

 

「叔母が嫌なんですか?」

 

「年齢上、適切ではありません」

 

「二十五歳でも叔母にはなれますよ」

 

「そういう問題ではありません」

 

 キュウが成井を見る。

 

「こっちは、変なおじさん」

 

「適切ですね」

 

 成井は平然と頷いた。

 

「そこは認めるんですか」

 

 校長が咳払いした。

 

「学校生活では、羽柴信彦君たちの学級に加わってもらいます。ただし授業への参加は、状況を見ながら段階的に進めます」

 

「体育は避けてください」

 

 大安が言った。

 

「なぜです?」

 

「競争心や興奮を摂取すると、巨大化する可能性があります」

 

「音楽は?」

 

「合唱で感情が揃うと、共鳴します」

 

「理科は?」

 

「電気製品を食べる恐れがあります」

 

「社会科は?」

 

「国家、法、家族制度に興味を持ち始めています。質問へ正確に回答しないと、独自の制度を宇宙的に構築する可能性があります」

 

「国語なら」

 

「言葉を覚える速度が速すぎます。特に皮肉と責任逃れを好んで学習します」

 

 校長はしばらく黙った。

 

「何の授業なら安全ですか?」

 

 大安も考えた。

 

「……昼寝でしょうか」

 

「学校は保育園ではありません」

 

「保育園から受入れを断られました」

 

「もう問い合わせたんですか?」

 

「厚生労働省が」

 

 校長は遠い目をした。

 

「分かりました。まずは道徳の授業から参加してもらいましょう」

 

 成井が顔を上げた。

 

「道徳は危険です」

 

「なぜです?」

 

「高次元生命体に、人間社会の善悪を教えることになります」

 

「必要では?」

 

「誰が教えるかによって、宇宙の倫理が変わる可能性があります」

 

 応接室が静まり返った。

 

「成井さん」

 

 大安が言った。

 

「今の話、本当ですか?」

 

「可能性はあります」

 

「何パーセント?」

 

「分かりません」

 

「じゃあ脅かさないでください」

 

     ◇

 

 四時間目。

 

 一年三組の教室には、いつもより多くの大人がいた。

 

 教室後方に、大安、三嶋、遠藤、成井。

 

 廊下には制服警察官が二名。

 

 校庭には機動隊の車両が待機し、上空では警察航空隊のヘリコプターが旋回している。

 

 道徳の授業としては、かなり警戒が厳重だった。

 

 キュウとツーは、羽柴信彦の左右に置かれた特製の椅子へ座っている。

 

 椅子は金属部品を使用せず、木材と樹脂だけで組み立てられていた。

 

 もっとも、二体とも椅子の上に浮いているため、必要性は低かった。

 

「どうして僕の両隣なんですか?」

 

 羽柴が尋ねる。

 

「懐かれてるからじゃない?」

 

 宇佐美美琴が答えた。

 

「僕、何もしてないよ」

 

「いつもそう言ってる」

 

「本当に何もしてないんだって」

 

 前の席では、猪俣睦と胡蝶わかばが机を離されている。

 

 昨日の決闘未遂を考慮した措置だった。

 

 天野ひすいは、キュウたちが不安定になった場合に備え、すぐ近くへ座っている。

 

 担当教師が黒板へ大きな字を書いた。

 

 家族とは何か。

 

 大安は後方で固まった。

 

「よりによって今日、その題材ですか」

 

「年間指導計画に沿ったものです」

 

 遠藤が小声で答える。

 

「変更させてください」

 

「介入する合理的根拠がありません」

 

「宇宙の倫理が変わるかもしれません」

 

「成井さんの推測です」

 

「たまに当たるんですよ」

 

「推理の過程はともかく、結果だけは」

 

 三嶋が同意した。

 

 教師は生徒たちを見渡した。

 

「今日は、家族について考えます。家族とは、血の繋がりだけで決まるものでしょうか。それとも、一緒に暮らし、互いに支え合う人たちでしょうか」

 

 キュウの赤い眼が、大安へ向いた。

 

 ツーも三嶋を見る。

 

「やめた方がいいな」

 

 三嶋が言った。

 

「まだ何も起きていません」

 

 遠藤は端末へ記録を続ける。

 

 教師がプリントを配った。

 

「自分が家族だと思う人を書いてみましょう。人でなくても構いません。ペットや、大切にしている存在でもいいですよ」

 

 キュウが触手で鉛筆を持った。

 

 ツーも真似をする。

 

 数分後。

 

 教師が教室を回り、児童たちのプリントを確認していく。

 

 キュウの紙には、黒い円が五つ描かれていた。

 

 中央にキュウ。

 

 右に大安。

 

 左に三嶋。

 

 上にツー。

 

 少し離れた位置に、遠藤と成井。

 

 それぞれの横に文字がある。

 

とーちゃん

おかーちゃん

おとうと

おばちゃん

へんなおじさん

 

「おばちゃんではありません」

 

 遠藤が教室後方から訂正した。

 

「授業へ口を挟まないでください」

 

 大安が止める。

 

「誤った認識を放置できません」

 

「道徳の時間ですよ」

 

「年齢認識の問題です」

 

 ツーの紙には、さらに多くの円があった。

 

 大安。

 

 三嶋。

 

 キュウ。

 

 遠藤。

 

 成井。

 

 羽柴。

 

 猪俣。

 

 天野。

 

 宇佐美。

 

 胡蝶。

 

 教師。

 

 クラス全員。

 

 校舎。

 

 日本列島。

 

 地球。

 

 最後には、巨大な円がすべてを囲んでいる。

 

 その横に、たった一言。

 

かぞく

 

「範囲が広すぎますね」

 

 遠藤が呟いた。

 

「広域情報統括室向きだな」

 

 三嶋は感心している。

 

 大安は嫌な予感を覚えた。

 

 ツーの赤い眼が光る。

 

「みんな、家族」

 

「比喩ですよね?」

 

 大安が尋ねる。

 

「家族」

 

 キュウも触手を広げた。

 

「ワイら、家族や」

 

 教室の壁が、わずかに脈打った。

 

 窓の外の景色が消える。

 

 代わりに、畳敷きの巨大な居間が広がった。

 

 校舎全体が、ひとつの家へ変わり始める。

 

「始まった!」

 

 三嶋が叫ぶ。

 

 机がちゃぶ台へ変わる。

 

 黒板が襖になり、教壇には仏壇が現れた。

 

 生徒たちの制服も変化していく。

 

 羽柴信彦はエプロン姿になった。

 

「何で僕が家事担当なの!?」

 

 猪俣睦はジャージ姿になる。

 

「私は?」

 

「運動部の姉」

 

 キュウが答える。

 

 胡蝶わかばには、派手な柄のスウェット。

 

「何でうちが、反抗期の姉やねん!」

 

「一番うるさいから」

 

「誰がうるさい!」

 

 宇佐美美琴は、携帯電話を持ったままソファへ座らされる。

 

「部屋から出てこない姉」

 

「最悪」

 

 天野ひすいは割烹着姿になった。

 

「お姉さん、でしょうか」

 

「ひすいちゃんだけ扱いが良くない?」

 

 羽柴が抗議する。

 

 遠藤真実の服装も変わった。

 

 落ち着いた色合いのカーディガンに、買い物袋。

 

「独身の叔母」

 

 キュウが言った。

 

 遠藤のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「誰が独身の叔母ですか」

 

「事実関係としては、独身です」

 

 大安が不用意に補足した。

 

 遠藤が振り返る。

 

「室長」

 

「すみません」

 

 成井舜佐は、なぜか縁側でお茶を飲んでいた。

 

「近所の変なおじさん」

 

「実態に近いですね」

 

「受け入れないでください」

 

 大安は自分の服装を確認した。

 

 白いワイシャツ。

 

 緩んだネクタイ。

 

 手には新聞。

 

 典型的な、疲れた父親だった。

 

 三嶋は隣で、買い物袋とフライパンを持っている。

 

「何で私が母親なんだ!」

 

「おかーちゃんやから」

 

 ツーが答える。

 

「私は自衛官だ!」

 

「兼業主婦」

 

「妙に現代的な設定を足すな!」

 

 教室だった居間の中央に、巨大な家族写真が現れた。

 

 大安と三嶋が中央。

 

 周囲をキュウ、ツー、羽柴、少女四人、遠藤、成井、クラスの生徒たちが囲んでいる。

 

 さらに背景には、校長、警察官、自衛官、官僚、日本国民らしき無数の影。

 

「規模が大きくなっています」

 

 遠藤が端末を確認する。

 

「星見総合学園を中心に、半径二キロの人間関係が家族役割へ再編されています」

 

「外では?」

 

「通行人同士が兄弟喧嘩を始めました。交番の警察官が、近隣住民を子ども扱いしています」

 

「範囲は拡大しています?」

 

「毎分五百メートル」

 

「一時間で東京全域だな」

 

 三嶋がフライパンを捨てた。

 

「どう止める?」

 

 成井が縁側から立ち上がる。

 

「家族という概念を切断します」

 

「日本社会が終わるのでやめてください」

 

 大安が即座に止めた。

 

「では、偽りの家族関係だけを切断します」

 

「本物と偽物の区別は?」

 

「私の推理によれば――」

 

「聞いてる時間がありません」

 

 大安はキュウとツーの前へ歩いた。

 

「二人とも、元へ戻してください」

 

「嫌や」

 

 キュウが言った。

 

「何で?」

 

「とーちゃんもおかーちゃんも、家族やないって言うから」

 

 ツーが三嶋の袖へ触手を巻く。

 

「おかーちゃん、ツーいらない?」

 

 三嶋が言葉に詰まった。

 

「いらないとは言ってない」

 

「家族?」

 

「それは――」

 

 校舎がさらに大きく揺れた。

 

 家族という概念が、曖昧な回答へ反応している。

 

 大安は息を吐いた。

 

 公務員としては、定義が必要だった。

 

 父親でも、夫でもない。

 

 三嶋も母親ではない。

 

 血の繋がりもなければ、法的な親子関係も成立していない。

 

 だが名前を付けた。

 

 連れ帰った。

 

 食事を用意し、寝る場所を確保し、学校へ通わせるために各省庁と協議した。

 

 それを何と呼ぶかは、法律の方がまだ決めていない。

 

「家族かどうかは、今は分かりません」

 

 大安は言った。

 

 キュウの赤い眼が曇る。

 

「ですが、見捨てるつもりはありません」

 

「ほんまに?」

 

「はい。俺が名前を付けました。だから責任は取ります。困ったら助けるし、悪いことをしたら叱ります。家に帰れないなら、帰る場所も用意します」

 

 キュウの触手が、少し持ち上がる。

 

 大安はツーを見る。

 

「ツーも同じです。三嶋さんだけへ押しつけるつもりはありません」

 

「最初は押しつけようとしただろ」

 

 三嶋が言った。

 

「今は真面目な話をしているので、黙っていてください」

 

「何だと」

 

「三嶋さんは、どうなんです?」

 

 突然振られ、三嶋はツーを見た。

 

 ツーの赤い眼が、じっと彼女を見上げている。

 

「……私は」

 

 三嶋は頭を掻いた。

 

「お前が何なのか、まだよく分からない。母親になる気もない」

 

 ツーの翼が萎れる。

 

「でも、私が名前を付けた。食事もやった。危ない目に遭ったら助ける。お前が誰かを傷つけたら、ぶん殴ってでも止める」

 

「おかーちゃん」

 

「それはやめろ」

 

「家族?」

 

 三嶋は大安を一度見た。

 

 大安も困った顔をしている。

 

「仮採用だ」

 

「家族を雇用契約にしないでください」

 

「公務員よりは待遇よくしてやる」

 

「比較対象が悪い」

 

 ツーが嬉しそうに翼を広げた。

 

 キュウも触手を振る。

 

「ほな、仮家族やな」

 

「仮でいいんですか?」

 

 大安が尋ねる。

 

「更新ある?」

 

「行動次第です」

 

「頑張るわ」

 

 空間が音を立てて縮み始めた。

 

 畳敷きの居間が消える。

 

 ちゃぶ台が机へ戻り、襖は黒板へ、仏壇は教壇へ変わった。

 

 生徒たちの服装も元の制服へ戻る。

 

 遠藤のカーディガンがスーツへ戻った。

 

「独身の叔母という認識は訂正されたのでしょうね」

 

「そこが一番大事ですか?」

 

 大安が尋ねる。

 

「情報の正確性は重要です」

 

 成井は縁側と共に消え、教室後方へ戻った。

 

 手には湯呑みだけが残っている。

 

「これは実体化したようですね」

 

「学校の備品ではありませんよね」

 

「持ち帰ります」

 

「拾得物として届けてください」

 

 教師は教壇の前で立ち尽くしていた。

 

「……授業を続けてもよろしいでしょうか」

 

 大安は時計を見た。

 

「残り七分ありますね」

 

「続けるんですか?」

 

 羽柴が驚く。

 

「年間指導計画がありますから」

 

 教師は黒板へ向き直った。

 

「では、今日のまとめです。家族の形は一つではなく――」

 

「先生」

 

 胡蝶わかばが手を上げた。

 

「おっさんと三嶋さんは、結局夫婦なん?」

 

「違います!」

 

 大安と三嶋が同時に叫んだ。

 

 教室に笑い声が広がった。

 

 キュウとツーも、何が面白いのか分からないまま笑っていた。

 

     ◇

 

 午後七時四十八分。

 

 広域情報統括室へ戻った大安は、報告書を作成していた。

 

事案名:高次元生命体による広域親族関係再編事案

被害:軽微

影響範囲:最大半径三・五キロメートル

原因:道徳教育及び保護者の説明不足

対応:対話による収束

 

「原因欄に、保護者の説明不足と書く必要がありますか?」

 

 大安が尋ねる。

 

「再発防止には必要です」

 

 遠藤が答える。

 

「保護者としての自覚が不足していたのは事実です」

 

「遠藤さん、楽しんでません?」

 

「公務です」

 

 三嶋は、机の上でツーへ携行食を与えていた。

 

「今日は半分だけだぞ」

 

「おかーちゃん、好き」

 

「だから、その呼び方はやめろ」

 

 言葉とは裏腹に、三嶋は触手を振り払わなかった。

 

 キュウは大安のタンブラーへ触手を伸ばす。

 

「一口」

 

「約束は一日一口でしたね」

 

 大安は蓋へ少量だけ注ぎ、キュウへ渡した。

 

 キュウが飲む。

 

「今日は、いつもより甘いな」

 

「砂糖は入れてませんよ」

 

「諦めが少ない」

 

「それは何よりです」

 

 統括システムが短い通知音を鳴らした。

 

 星見総合学園から、新しい書類が届いている。

 

 大安が開く。

 

来週の行事について

特別観察生保護者各位

授業参観及び保護者懇談会のお知らせ

 

 大安は無言で画面を閉じた。

 

「どうした?」

 

 三嶋が尋ねる。

 

「何でもありません」

 

「見せろ」

 

「業務上必要ありません」

 

 キュウが画面を再表示した。

 

「来週、授業参観やて」

 

 ツーが翼を振る。

 

「とーちゃんと、おかーちゃん、来る?」

 

 大安と三嶋は、同時に時計を見た。

 

 来週の予定表は、すでに人類滅亡案件で埋まっている。

 

「……調整します」

 

 大安が答えた。

 

「行く」

 

 三嶋は即答した。

 

「現場を知るのは大切だからな」

 

「学校行事を現場扱いしないでください」

 

「人類を滅ぼしかけた現場だろ」

 

 反論できなかった。

 

 その日も、日本は滅びなかった。

 

 ただし大安文徳の来週の休日は、正式に消滅した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。