警視庁 広域(すぎる)情報(過多)統括(できない)室の(脅威)事件簿 作:駄文亭
午前九時二十分。
星見総合学園一年三組。
今日は授業参観だった。
廊下には保護者が並んでいる。
会社員。
主婦。
自営業。
祖父母。
ごく普通の日本の学校で、ごく普通の光景だった。
——一組だけを除けば。
「警視庁です」
受付に警察手帳を見せる大安文徳。
「陸上自衛隊です」
三嶋あかねも身分証を提示する。
「……授業参観ですよね?」
受付担当の教師が恐る恐る聞いた。
「はい」
「捜査ではなく?」
「授業参観です」
「演習でもなく?」
「授業参観です」
「……失礼しました」
教師は名簿を確認する。
「キュウさん、ツーさんの保護者様ですね」
大安は訂正しようとして口を開く。
しかし。
「はい」
三嶋が先に返事をした。
「何で認めるんですか」
「今さら説明しても長くなる」
「それはそうですが」
「今日は仕事じゃない」
「仕事ですよ」
「有給だ」
「何で俺だけ通常勤務扱いなんです?」
「知らん」
受付の教師は、保護者証を二人へ渡した。
保護者
大安 文徳様
三嶋 あかね様
大安は天井を見上げた。
「これ、証拠になりますね」
「何の?」
「俺が父親扱いされた証拠です」
「誰もそこまで思ってない」
その瞬間。
「おとーさーん!」
廊下の向こうからキュウが飛んできた。
「おかーさーん!」
ツーも飛ぶ。
周囲の保護者が、一斉に振り返った。
静まり返る廊下。
大安は目を閉じた。
「思ってますね」
「思われたな」
三嶋も諦めたように頷いた。
◇
「授業を始めます」
今日の一時間目は数学だった。
教師が黒板へ二次方程式を書く。
羽柴信彦は普通にノートを開く。
猪俣睦は真面目に解き始める。
胡蝶わかばは開始三分で飽きた。
宇佐美美琴は教師より速く解いている。
天野ひすいは静かに板書を書き写していた。
「では、この問題を」
教師が生徒を指名しようとした瞬間。
キュウが触手を上げた。
「はい」
「……キュウさん?」
「宇宙では二次元は三次元の影やで」
教室が静まる。
「え?」
「四次元から見たら、二次方程式は投影された結果でしかない」
教師が止まった。
大安が止まった。
遠藤が止まった。
成井だけ頷いている。
「概ね正しいですね」
「成井さん!」
大安が小声で止める。
「授業を壊さないでください!」
「数学的には興味深いですよ」
「学校です!」
教師は咳払いした。
「……高校一年生では、そこまでは扱いません」
「何で?」
「教科書にないからです」
「宇宙では常識やで」
「ここは東京都です」
「狭いなぁ」
羽柴が手を挙げた。
「先生」
「はい」
「僕たちは普通の解き方でいいですよね?」
「ぜひお願いします」
教師の目に少し涙が浮かんでいた。
◇
二時間目。
国語。
テーマは俳句だった。
「五・七・五で、季節を表現しましょう」
教師が説明する。
キュウがまた触手を挙げる。
「はい」
「宇宙に季節ない」
「……そうですね」
「どうするん?」
「地球の季節を書いてください」
「ほな」
数分後。
教師が作品を回収する。
羽柴。
夏の日や
今日も誰かに
巻き込まれ
「実感がありますね」
猪俣。
春風に
剣を振るえば
花が舞う
「綺麗ですね」
胡蝶。
夏休み
喧嘩売るなら
今のうち
「売らないでください」
宇佐美。
秋の空
Wi-Fi飛べば
今日も良し
「飛ばしてください」
天野。
冬の日に
誰か笑えば
あたたかい
教師は微笑んだ。
「素敵ですね」
そして。
キュウ。
人類は
百億年で
秋になる
教師が止まる。
「季語は秋ですね」
成井が感心した。
「そこじゃありません!」
大安が頭を抱えた。
「百億年後まであるんですか!」
「あるで」
「保証しないでください!」
ツーはもっと短かった。
家族やで
「五・七・五ですらない!」
「気持ちや」
「自由律ですか」
教師は俳句集を閉じた。
「今日は……自由な発想ということで」
完全に折れていた。
◇
昼休み。
校庭。
キュウとツーは普通に遊んでいた。
普通とは言っても。
鬼ごっこである。
「捕まえた!」
羽柴がキュウへ触れた。
「鬼や」
キュウが笑う。
その瞬間。
校庭全体が巨大な鬼ごっこ空間へ変わった。
空が格子状になる。
地面には巨大な「鬼」の文字。
「また始まった!」
三嶋が立ち上がる。
「今回は何です?」
大安が聞く。
遠藤が端末を見る。
「遊びのルールを宇宙法則へ変換しています」
「何でそんなことを」
「楽しいからや」
キュウが答えた。
「鬼は?」
ツーが空を指差す。
巨大な赤鬼が校庭へ降りてきた。
身長三十メートル。
金棒付き。
「本当に鬼が来た!」
羽柴が叫ぶ。
猪俣が剣を抜く。
「斬る!」
「待て!」
成井が前へ出た。
「これは概念生命体です」
「つまり?」
「鬼ごっこに参加したいだけです」
巨大な鬼が言った。
「鬼やりたくない」
泣いていた。
全員が止まる。
「え?」
「いつも鬼ばっかり」
鬼が泣く。
「たまには逃げたい」
羽柴が困った顔になる。
「交代すれば?」
「ええんか?」
鬼の目が輝く。
「もちろん」
羽柴が鬼の金棒へ触れる。
「はい、鬼交代」
巨大な鬼が一瞬で小さくなる。
「ありがとう」
礼儀正しく頭を下げた。
今度は羽柴の頭に角が生えた。
「え?」
「今日の鬼」
キュウが笑う。
「ちょっと待って!」
校庭中の生徒が羽柴から逃げ始めた。
「何で僕!?」
「鬼やから」
「そんなルール追加した!?」
「宇宙では普通」
「普通じゃない!」
大安は遠い目をした。
「羽柴君」
「助けて!」
「頑張ってください」
「見捨てた!」
「鬼ごっこなので」
十分後。
羽柴はクラス全員を捕まえた。
概念生命体の鬼は満足そうに空へ帰っていく。
「久しぶりに楽しかった」
「また来る?」
キュウが聞く。
「百年後くらいに」
「長いな」
「鬼にも仕事がある」
そう言い残し、消えた。
「鬼にも仕事あるんだ」
三嶋が呟く。
「中間管理職かもしれませんね」
大安が言う。
「……急に親近感湧いた」
◇
放課後。
授業参観も無事終わった。
無事ではないが、校舎は残っている。
それだけで成功だった。
校門前。
保護者たちが子どもと帰っていく。
キュウが大安の手を掴む。
ツーは三嶋の袖を引く。
「帰ろ」
「今日は警視庁です」
「うん」
「一緒」
三嶋が少し笑った。
「お前ら、学校どうだった?」
「楽しかった!」
二体が同時に答える。
「また来たい」
「今度は宇宙法則使わない?」
「使わへん」
「ほんと?」
「……たぶん」
大安は肩を落とした。
「その『たぶん』が怖いんですよ」
その時。
校門の向こうから、一人の男が歩いてきた。
白衣。
眼鏡。
いかにも研究者という風貌。
男はキュウとツーを見るなり、目を輝かせた。
「素晴らしい!」
両手を広げる。
「高次元知的生命体!
ぜひ我が研究所へ!」
キュウとツーは顔を見合わせた。
そして。
二体同時に大安の後ろへ隠れる。
「とーちゃん」
「おかーちゃん」
「知らん人や」
大安は男の前へ立った。
「どちら様です?」
「国立超常現象総合研究所!」
「正式名称ですか?」
「まだ予算申請中です!」
「無いじゃないですか」
「彼らを研究させてください!」
男が一歩踏み出す。
大安も一歩前へ出た。
「断ります」
「人類の未来ですよ!」
「この子たちの未来が先です」
男は驚いた。
「あなたは研究者では?」
「警察官です」
「なら理解できるでしょう!」
「理解しています」
大安は静かに言った。
「だからこそ預けません」
男は諦めきれない顔をしたが、成井がいつの間にか隣へ立っていた。
「帰った方が長生きできます」
「……そうします」
男は去っていった。
キュウが大安を見上げる。
「守ってくれた」
「保護責任者ですから」
「とーちゃん」
「何です?」
「ありがとう」
大安は少しだけ笑った。
「どういたしまして」
三嶋が小さく肘でつつく。
「父親らしかったぞ」
「やめてください」
「否定しなくなったな」
「……仕事です」
「そういうことにしておいてやる」
四人と二体は夕暮れの道を歩き始めた。
その様子を、少し離れた電柱の陰から見つめる影が一つ。
吉良徴喜だった。
「面白い」
口元を歪める。
「家族ごっこか」
その笑みの奥で、新たな事件が静かに動き始めていた。