最近不思議な夢を見る。誰かに、起きろと言われる夢。
最初は微かに聞こえた。夢の中なのに不思議と凄く眠くて、目を開けることなく、そのまま更に眠りにつく。
次の日も聞こえた。前の日よりも少しだけ大きめに聞こえる。その日もそのまま目は開けられない。
その次の日。また聞こえる。今度ははっきりと、近くで話しているような声で。
目を開けてみようと思ったがとても眠い。
開けられなくていいか、と思えば、今度は起きろねぼすけ、折角俺が起こしてやっているのに、無駄にする気か、と言われる。
誰なのか分からず目をなんとか開けてみる。
目を開けた瞬間、強い風が吹いて、青い羽が舞った。普通の鳥とは思えないほど、大きな羽。
声の持ち主らしき人は見えない。
自分の姿と、一瞬見えた羽以外は、あたり一面暗闇に包まれていた。
「誰?」
声をかけてみる。自分以外見えないこの場に、誰かいるのだろうか。
すると、声は上から聞こえてきた。
「やっと起きたな。たく、お前が寝てる間退屈だの何だの。まあ、起きたなら良いか。あいつもそろそろ来る頃だと思うしな、もしかしたら今日かもしれない!楽しみだ!」
どこからかそう言いながら、笑い声が響きわたって、静かになった。
目が覚めるとそこは自分の部屋で、誰も人はいない。
夢の中で聞こえるあの声にも記憶はない。
ただ、あの夢を見始めてから、一つ変わったことがある。
何故だか、とても頭が軽い感じがするのだ。
今までが寝不足だとでも言うのだろうか?睡眠時間は問題ない筈だが。
一度医師に相談してみた方が良いだろうか。
「陛下、どうなさいましたか?」
「いや、何でもない」
考え過ぎてしまったようだ。廊下で立ち尽くしてしまうとは、しっかりしなければ。
歩き出しながら、また考える。
今日もまた、夢を見るのだろうか。あの声の持ち主は、どんな姿なのだろう。
それに、あの羽も気になる。此処に鳥はいない。国では鳥の剥製を見るくらいだ。あの大きさは、もっと別の存在。
いや、この国では見ることはない。所詮はただの夢だ。
あの羽があれば、飛べるのだろうか。
なんて馬鹿馬鹿しい。
らしくもない事を考えてしまった。これでは民に示しがつかない。
ケイトレット・フォルムベルト。女王が支配するこの国の住人であり、正当な王位後継者。鮮やかな夕日の様な髪を靡かせ、湖の様な瞳が示す向かう先は彼の自室だ
女王が支配するものは、この国の全て、人も皆例外ではない。もちろん、この王子も。
自由を求めるのは最大の罪であり、女王に支配される事が最大の喜びであり名誉。
この国で自由であることが許されるのは、この国の統制者のみである。
自由なんてない、それは穢であり、国を乱す危険分子。
それは国には不要であり、もし、自由を求める者がいれば、速やかに対象を処分しなければならない。
逆らう事は、許されない。
城の一角にある、塔のように高く建てられた部屋。此処がケイトレットの部屋である。
部屋の中は広く、一人で過ごすには充分な大きさだ。この部屋にある物は机に椅子、そしてベッド、それから本日見ておく書類である。
今日の書類は⋯いつも通り、女王の雑務をこなすのみだな。この分なら今日中に終わるだろう。
パラパラと確認すると、一枚の内容が目に止まった。
「有翼族が侵入。見つけ次第、速やかに処分せよ⋯」
指令と共に渡された資料も記載されている。
絵だけでなら見た事がある。鳥という生き物。その生き物のように、翼が生えている。人の手や足が、鳥の一部のようだ。
「有翼族、話には聞いたことがあるけれど本当にいたのか⋯」
有翼族、女王である母が言うには、支配を好まぬ愚かな種族。
この国には鳥がいない。
鳥は自由の象徴。自由が罪であるこの国に鳥がいる事は許されない。
馬鹿だな。こんな所に近づくなんて、もし翼というものを持つものがこの国近辺で発見されたら真っ先に処分対象なのに。
翼があれば、此処を抜け出す事も出来るのだろうか。
無い。そんな事、ある筈が無い。この領地に踏み入って自由でいられる鳥はいない。
自由は罪。自由は悪。支配は秩序であり善である。
支配ほど、至上のものは無いのだから。
本当にそうなの?
馬鹿馬鹿しい。
くだらない事を考えている暇はない。早く今日の責務を終わしてしまおう。
明日は女王の謁見があるのだ。一切の不備は許されない。
早く寝て、愚かな考えなど忘れてしまえ。
やっと終わった。朝に始めたがすっかり夜になってしまった。書類だけではあるが、いかんせん読む量が多い。ほとんど椅子に座りっぱなしで身体がぎしぎしと痛む。
立ち上がって思い切り身体を伸ばす。
今日は星が綺麗に見える。
窓を開けると、硝子越しに見るより更に綺麗な星が広がっていた。肌に感じる風はほんの少し冷たい。
一人は好きだ。他人に対して取り繕う必要もない、唯一安らげる時間だ。
静かな夜は、昔話を思い出す。母から小さな頃から聞いた話だ。
ある日、この国に有翼族がやって来た。
自分達と違い、羽を持つ有翼族。最初こそ戸惑いがあったが、街の住民はすぐに仲良くなり、有翼族の男も、すぐに打ち解け共に暮らしていた。
だがそれは長く続かなかった。
有翼族は人を惑わす怪物だった。人を懐柔し人を喰らう怪物。そいつの爪は鋭く、脚の力も協力だった。
本性を表した有翼族は、人を襲いあたりを血で染め上げた。
絶体絶命の中、ある救世主が現れた。
救世主は、弓を引くと、光る矢が現れた。そして放つと、有翼族の心臓へ深く突き刺さった。
有翼族は討伐され、多くの犠牲を払いながらも国に平和が戻った。
そして後に救世主は国の姫君と結ばれ、国は幸せになりました。
この国の過去の歴史はこうだ。
そして、僕はその救世主の末裔、この国を守る義務がある。有翼族にこの国を脅かされるためにはいかない。
未だ見たことも無い憎き敵。憎しみを、忘れてはならない。
少し冷えてきたかもしれない。そろそろ寝よう。
「呆けた顔しちゃって、悪い鳥に捕まっても知らないよ〜」
「!?誰だ!」
外から声が聞こえるだがここは塔の最上階だ。声を張り上げない限り、ここまで聞こえる事は無いだろう。聞こえても、ここまではっきり聞こえる訳がないのだ。
声の主を探すため辺りを見渡すと、見上げた先に、いた。
いたのだ。羽を生やした人の様な存在が。
金の羽に顔あたりに黒い羽の様なものが見える。そして脚は人間の脚ではなく、鋭い爪を生やした、凶器のような脚だった。
「こんばんわ、良い夜だね」
金の羽の有翼族は、窓辺に近づくと中へ入り込んで来た。静かに音も無くだ。
あれだけ大きかった翼が、部屋に入ってくる時には人の腕の様な姿に変わっていた。違う所は、少し羽が生えていて、爪が足と同じく鋭いくらいだろう。
「有翼族…!殺す!」
まさか自室に入ってくるなんて考えてはいなかった。油断していた自分が憎らしい。
ベッドの側に置いている剣。鞘を抜き有翼族の首目掛けて刃を振るう。
筈だった。
止められたのだ。刀身を避け、握っている手ごと、掴まれた。
「取り敢えず話そうよ」
「貴様と話すことはな─」
「良いの?僕、いつでも君の首を狩れるけど?」
首にもう片方の腕を突き立てられる。鋭い爪、首を狩れると言う言葉に嘘は無いだろう。
「何が目的だ」
「だから、君と話。話し相手になってくれるなら何もしないって」
人を惑わす有翼族。そんな存在と会話などあまりにも危険だろう。だが、ここに護衛はいない。そして圧倒的な実力差。
今はここで死なない事が第一だ。
「分かった。話を聴こう」
「物分かりが良くて助かるよ」
そう言うと、剣を持つ腕を解放し、首を掻っ切らんとしていた爪もすぐに引いた。
「すぐに開放するなんて無防備だな」
「そりゃ、拘束しなくても君ぐらいならどうとでも出来るからね。君も無駄に血を流したくはないだろう?」
さっきの一瞬で止められた動きが、頭をよぎる。
「⋯⋯⋯それで、何を聞きたいんだ」
「そうだなあ、じゃあ、此処では僕達はどういう扱い?」
「有翼族は人を惑わす怪物。人と相容れる事はない」
誰かを呼ぶ事も出来ない今は、下手にこいつを刺激しない方が良いだろう。
今はまだ、こいつの質問の答えていたほうがいい。
「怪物、ねえ⋯。僕みたいに翼を持ってる奴が、国の人々を騙し、悪戯に殺戮したって事?」
「そうだ。だからこの国はお前達を許さない。この恨みは忘れない。」
「それで、そんな化物を殺した奴は英雄でめでたしめでたしって?ほんっとに幸せな頭してんな」
嘲るように、言い放った。
怒りに身を任せて切りかかるのを狙っているのだろうか。その手に乗る訳にはいかない。
「お前達には分からないだろう。人を理解できる訳がない」
「出来ないとも、此処の女王とかほざいてる奴の事は特にね」
「⋯⋯⋯」
「ありゃ?この挑発には乗らない?じゃあ別の話をしようか」
顔の距離をより詰められる。近くで見える大きく開いた瞳孔が、より威圧を与えてきた。
そしてニコニコと愛嬌のある様な表情を浮かべ始めた。何を考えているのかは分からない。
その表情を浮かべた次にはこう言った。
君はそれが本当の自分だと思っているのかい?