身軽に行動できるよう、出来るだけ軽装にする。
一応、剣は持っていこうか。
自室のドアノブに手を掛ける。
もう、決めた事だから。意を決しドアを開ける。
螺旋階段を降りると、丸と曲線で描かれた模様がある。
中が空洞なら音は反響するんじゃないだろうか。
音を立てすぎないよう、耳を床へ近づけながら、コンコンと床を叩いてみる。
コンコン、コンコン、叩いていくと、音が少し反響する場所があった。
丸い模様に沿って、隙間に指を入れてみる。
ガコッと音がなり、床の一部が剥がれた。
「本当にあった⋯」
中を除くと、はしごがあり、微かに風が通っている。
そよそよと、風が髪を揺らす。
天井から差す月明かりが、穴を照らす。
息を呑み、梯子に手を掛けた。
梯子を降りて、風を頼りに手探りで道を進んだ。とても長い通路のようだ。
途中何回か転びそうになり、ほんの少し慌てた。
思えば、こんなに必死になった事はあっただろうか。
思い出そうとしても、ずっとずっと、ぼんやりとしている。濃い霧が立ち込めるように、まるで見せないようにしているように、真っ白なんだ。
すっとほんのり明るく光がある場所が見える。
出口だ。
歩いて、歩いて、やっと出られた。
「此処って、森の中⋯?」
出口は森にある小さな洞窟と繋がっていたようだ。
木々が生い茂り、風がざあっと吹く。
此処が森の何処かは分からない。
分からないけれど、まるで足がこの場所を知っているかのように、さくさくと進む。
森の中に入った記憶がないのに、何故か知っている。何故か分かる。この先は、とても大事な場所だった気がする。
何で、そんな風に思えてしまうんだろう。
「⋯」
静かで、森の木によって薄暗い中に陽が道標の様に転々と差していた。
始めて来た場所だ。
けど、どうしてだろう。此処が、懐かしいと感じるのは。
けど、懐かしいと感じると同時に、少し、寂しい。
何だろう。足りない気がする。もっと、賑やかだった気がする。
ああ、そうだ、鳥がいない。囀る鳥の声が、聞こえない。
どうして足りないと思うのだろう。
もっと奥に、行ける気がする。僕は何処に行こうとしているんだろう。
「真夜中にお散歩だなんて優雅だね〜」
頭上から声がした。
上を見上げると、太い木の枝に乗り、こちらを見下ろしている。
あの男だ。
目が合うとすぐに側へ降りてきた。
「さっきぶり、どうせ夢の中の居候が煩かったんだろう?」
だったら最初から来れば良かったのに、そう言いながらニコニコと顔を合わせてくる。
「はあ、君の言う通り、我儘な奴だったよ」
「だろう?だから言ったのに」
「言っておくが、君も煩くて我儘だからな」
「えぇ⋯それは心外⋯あいつよりはマシだよ⋯⋯」
本気でドン引きしたような顔をしている。
傍から見たら似たようなものなのだが⋯。
「それより⋯どうどう?この森は?」
ケラケラ笑いながら、有翼族はゆっくりと近づいてくる。
「懐かしくないか?君は森の中に探検に行くのが好きだったからな」
「⋯僕にそんな記憶はない」
「うん、そうだね。でも、覚えてるんじゃない?だって君、ずっと森を真っ直ぐ進んでるんだもん。まるで道を知ってるみたい。ねえ、案内しようか?それと散歩のお供に、君は僕の話を聞きたいかい?君にとって信じたくない話かもしれないけど」
有翼族は、人を惑わす生き物だ。人を言葉巧みに操り、喰らう怪物。そんな言葉を信じてはいけない。
だけど、本当に、そうなのか?
此処にいる一人?っていえばいいのか、それと夢の中にいるもう一人、この二人は、本当に僕を騙そうとしているのだろうか。
信じれるかは分からない。けれど、話を聞くのは僕の自由。
だったら僕は決めた。
「教えてくれ。僕の小さい頃に、何があったのか」
「その意気だ。知ろうとしてくれて嬉しいよ。君はやっぱり、昔と変わらないね」
僕は、誰なんだろう。
今起きている事がやっぱり夢なのだろうか。目が覚めたら、また新しい景色が広がっているのだろうか。
「ほら、こっちこっち」
手を引かれる。強く、何処かへ連れて行かれる。
いつの間にか翼から腕に変えたのだろう。肘や一部に羽が生えた腕が僕の手を掴んでいる。
鋭い爪が生えている様だが、爪の先が当たらぬよう、掴んでいるようだ。
手を握って、連れられて、まるで⋯友達のよう。
ほんの少し、頭に浮かんだ光景がある。
誰かの手を、引っ張っている。まだ幼い、小さな手が、自分より大きな手を、引っ張っている。
こっちこっち!早く遊ぼうよ!
待ってよ!早いよ!
知ってる。僕はこの感じを、知ってる。
誰かと手を繋いでいた。今よりも小さい頃。思い出せない記憶の中で。
知らない、記憶。なのに知っている記憶。
繋いでいる大きな手は、肘のあたりに、金色の羽が生えていた。
あの時手を繋いでいた子って─
「なあに、なんか思い出してんの?」
「⋯昔も、こんな事があった気がするんだ」
「へえ、思い出してきたんだ。君は手を人の手を引っ張る側の方が多かったけどね」
「僕が⁉⋯もしかして僕が引っ張っていた相手って⋯やっぱり君?」
「お、正解〜。いやあ、思い出してもらえるって嬉しいもんだねえ!」
るんるんとご機嫌になって、手を繋ぎながら先を歩く彼。
「じゃあ、君の名前は?」
「思い出してみなよ。そしたら僕の名前は分かるから。にしても、あいつのせい?随分絆されているんじゃない?」
「さあね。正直、分からない事が多い。何で君と夢の中の彼を信じてみようと思うのか、どうして一緒にいると安心してしまうのか⋯。取り敢えず、今は知りたい」
「そうだね。ま、此処まで来ればもういっか。うん。幼い頃、君の手を引いていたのは僕だ」
「やっぱり⋯」
有翼族と、関わりがあったんだ。じゃあ、有翼族が人を惑わし喰らう怪物って言うのも、多分⋯嘘。この国も全て、嘘⋯。
「ここは、本当は国じゃない⋯」
「そう、昔は違ったよ。此処はそもそも、国じゃなくて、小さな村があったんだ」
森の中へ、中へ、進んでいく。
「昔々、と言っても、凄く昔ではないよ。ほんの少し昔、十年前、ある小さな村があった」
それから、ゆっくりと、昔話のように、当時の事、僕が思い出せない記憶の一部を、話しだした。