魔女は、今にも視線で殺せるような威圧を放ちながら、クルアドを睨みつけている。
「忌々しい。忌々しい鳥どもめ。再びその姿を見る事になるとはな」
「忌々しくてどーも。支配に頼ってでしか生きられない哀れな魔女さん?」
「お前に構う時間など端から無いのだが⋯。ケイトレット、さあ、城に戻るぞ。その鳥は、他の者に処分を任せよう」
そう、魔女が言うと魔女の背後からは兵達が前へ出た。
改めて見ると、兵達は皆顔色が悪く、その目は焦点が合っていない。うわ言の様に処分、と呟いている。
「⋯行かない。僕は、お前の子供じゃない!どうしてこんな事が出来るんだ!アルニリア‼」
アルニリア、彼女の名前。村にいた時は、名前で呼んでいた。あの時まで。
アルニリアは目を開くと、それから、嬉しそうに笑った。
「ああ、嬉しいわ。私の事を思い出してその名を呼んでくれるなんて。⋯でも、それと同時に、凄く悲しいわ。何故、私の物になってくれないのかしら?何で、私から離れようとするのかしら」
喜んだ顔で話したかと思えば、すぐに感情が抜けたような表情で、そう言った。
怒っているような表情にも見えるが、話している内容は理不尽でしかない。
「質問に答えろ!どうして、どうして人をそんな風に扱うんだ!」
恨んでいる。確かに恨んでいる。それと、悲しかった。
どうして村を襲ったのか、何故、人をそう扱うのか。
アルニリアは、暫く考える素振りをした後、分からないと言うように、首を傾げた。
「私は私の好きな物が離れてほしくないだけよ?それの何が悪いの?私、悪い事してる?大事な物は、しまっておくでしょ?私は私の側にいてくれる人が好き。優しくしてくれた村の人も好き。貴方は特に好き。だから私が大事にするの」
返ってくる言葉は、やはり人として扱っているとは思えない言葉だった。
謝ってほしいわけではない。そんな事をしても、もう村は戻らない。
じゃあ、何をしてほしいかと言ったら、無いんだろう。
これは結局、僕自身の過ちの八つ当たりでしかないからだ。
「人は物じゃない!⋯そんな事をしなくても、村の人は優しかったんじゃないのか!こんな事、しなくて良かったじゃないか⋯!」
僕は、やっぱりあの時に間違えてしまったんだろう。僕が取った行動で今になっている。
分かっていたら⋯⋯助けなかったんだろうな。
「駄目よ。だって皆、私を置いて行ってしまうもの。嫌よ、私、ずっと皆にいてもらうの。私が支配の力を使えば、ずっと一緒にいられるわ。時間なんて関係ない。でも私の力でもどうにも出来ない事があるの。それが貴方達よ」
憎々しげに言いアルニリアが憎々しげに見つめる先は、クルアドだった。
クルアドは、小馬鹿にしたような態度で、アルニリアに向け言う。
「そりゃあ僕達は束縛が大っ嫌いでね。嫌いな奴に好き放題されるとか、気持ち悪すぎて吐き気がするよ」
言いたい事は分かるが、少し唖然としてしまった。
昔の彼は罵倒なんて出来そうにないような、面倒見の良い、それこそ兄のような存在だっただろう。
「クルアドって口悪くなる時あったんだ⋯」
「ん?ああ、口?捻くれて口が悪くなっちゃった。治んない」
てへっと、やっちゃったとでも言うように、口を指差しながら言う。
「へー、そんなになるくらいだったんだ」
「うん、元凶あれ」
指差す先は、アルニリア。
「⋯あれ」
「あれ」
「え、っとじゃあつまり⋯」
「おう。僕がいない間に、村を滅ぼされて、同族は殺され人は生ける屍。荒れに荒れて捻くれまっしぐら」
「⋯ごめん」
「別に良いよ。どうせここで君は悪くない、とか言ってところで君は聞かないだろ?取り敢えず今はそれで良いさ」
口が多少悪くなる所はあっても、やっぱり変わらないみたい。
昔から、僕を丸め込むのが上手い。言い返す隙を与える気がない。
ほんの少し、安心してしまった自分がいる。
「どうして皆私から奪おうとするの」
アルニリアは弓を引いていた。矢をクルアドに向けている。
「だから皆嫌い。鳥は特に嫌い。私の物になったくれないくせに、私の物は奪おうとするの。あの村にいた鳥もそうだったわ」
魔女は怒気を含ませながら、話し続ける。
「邪魔をするから、全部殺したわ。私の物になってくれない鳥なんていらない。」
「じゃあその羽は?それ、どっから調達してきた?」
さっきの光る矢とは別に、今構えているものは見かけは普通の矢のようだ。ただ、矢の大きさがでかい。そして、その矢には、大きく鮮やかな青の矢羽が付いていた。
あの羽は─
「あれって、ベドの羽⋯⁉」
グラデーションがかかった綺麗な羽。あれは間違いなく、ベドの羽だ。
彼は美しい物が好きで、よく村に来る度に、綺麗な石や布などを土産に持ってきていた。よく、世界にはもっと綺麗な物がいっぱいあるぞと、色んな景色の話や生き物の話もしてくれた。
面倒くさがりの癖に、クルアドがいない時はよく話し相手になってくれたっけ⋯。
「ベドは⋯ベドは今!」
縋るようにクルアドへ目を向けた。
生きていてほしい、そう思ったが、クルアドは首を横に振った。
「死んだよ⋯。なんとか村から逃げる事は出来たみたいだが、村から離れた海岸で会った。その時に聞いた。村の事も、魔女の事も」
「ベド⋯」
「ああ、この青い羽の事?本当に厄介だったわ。あいつ一人だけになってもずっと足掻き続けて」
当時を思い出したのか、うんざりしたような表情を浮かべる。
「ケイ以外の村人は支配下に置いたんだけど、それが駄目だったのかしら。あいつ、逃げる前に何か仕掛けて行ったのよ」
どうして、ベドは、死んでいたの?
じゃあ、僕の中にいるベドは一体⋯?
「ごめん、ケイ。今は、説明する暇はない。だけど分かって欲しい。ベドは、本当に君を大事にしてた。それは嘘じゃない」
決してふざけていない声で、クルアドは言った。
「クルアド⋯」
目を合わせると、優しい表情で、笑った。ほんの少し、頭を撫でながら。
「待ってて、すぐに片付けるから」
行ってしまう。アルリニアを、魔女を倒す気でいるんだ。
止めないと。いなくなってしまう。
「っクルアド!」
腕を掴み引き止める。けれど、優しく振りほどかれる。
「大丈夫。一人にしないよ」
「待って───!」
真っ直ぐ、魔女に向かって飛んでいった。